旬な人 インディペンデント キュレーター「吉竹 美香氏」

2023/01/11

アジア最大級の草間彌生回顧展を手がけた
インディペンデント キュレーター
吉竹 美香 氏

 M+開館1周年を記念して「Yayoi Kusama : 1945 to Now」が5月まで開催中だ。日本以外ではアジア最大級と称される同展では、日本が生み出した国際的アーティスト、草間彌生の70年以上に渡る創作活動のすべてが語られている。1945年から本格的に創作を始めた彼女の作品200点以上が展示された大規模な同展だが、実は企画から展示に至る舞台裏には、日本現代美術史の専門家である日本人女性キュレーターの活躍があった。共同キュレーターとして同展を手がけたM+の副館長兼チーフ・キュレーターであるチョン・ドリュン氏(鄭道錬、以下ドリュン氏)との出会いや、吉竹氏がアートの道を歩むきっかけとなったできごと、そして奇才・草間彌生と交わしてきた対話とは ー。

Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices Courtesy of M+, Hong Kong

Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices Courtesy of M+, Hong Kong

幼少期よりアートを身近に感じていた
ロサンゼルスで日本人の両親のもとに生まれた吉竹氏。もとは、アーティスト活動をしていた母が、幅広い表現の場を求めて60年代に渡米したことから、吉竹一家は現在にいたるまでアメリカを拠点として生活をしてきた。幼少期より著名画家サム・フランシスとも家族ぐるみの交流があったことなどもあり、幼い少女は美術館に連れられ、さまざまなアート作品を目にする。

アートを語るうえで欠かせない言語という存在
カリフォルニア大学バークレー校へ進学すると、両親の思いである「外交官」という将来像を胸に国際政治学を専攻するかたわら、馴染みのあるアートを学ぼうと美術史をダブル専攻した。2012年に日本戦後美術史の博士論文を執筆しカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で博士号を取得すると、アメリカで日本現代美術を専門にするキュレーターがいないこともあり、キュレーターの道を志すようになる。吉竹氏は「アートを理解する上で大事なのは言語です。当時、日本現代美術に関する翻訳資料や書籍がない時代でした。国籍を越えて多くの人に美術を通して日本の文化、歴史、思想、哲学を知ってもらいたいと思ったのが大きいですね」と振り返る。
その後はさまざまな美術館にてキュレーターとしてのキャリアを積んでいく。例えばロサンゼルス現代美術館ではキュレーター、ポール・シンメル氏のもと「村上隆回顧展 ©MURAKAMI」を手がけ造詣を深めた。また、大学時代に先輩として交流のあったドリュン氏(後のM+副館長兼チーフ・キュレーター)とはこの頃から、ニューヨーク近代美術館での「東京1955‒1970新しい前衛」展に共に参画し、信頼関係を築いた実績がある。この他にも李禹煥や奈良美智の回顧展、2017年にはハーシュホーン美術館にて「Yayoi Kusama: Infinity Mirrors」北米巡回展、そして2021年にはニューヨーク植物園で「Kusama: Cosmic Nature」展などを手がけ、日本を代表するアーティストたちの伝達人として、アート界の第一線を進んできた。

「M+」一大プロジェクトへの大抜擢
2018年にM+とドリュン氏による草間彌生展立案の際も、真っ先に声がかかったのが実績のある吉竹氏だった。企画から4年の歳月をかけ、昨年11月より「Yayoi Kusama: 1945 to Now」を、満を持してオープン。チケットは連日完売、入場口には長蛇の列も見受けられる注目のエキシビションとなっている。

Co-curators of Yayoi Kusama: 1945 to Now: Mika Yoshitake, independent curator (left) and Doryun Chong, Deputy Director, Curatorial and Chief Curator, M+ (right) Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices Courtesy of M+, Hong Kong

Co-curators of Yayoi Kusama: 1945 to Now: Mika Yoshitake, independent curator (left) and Doryun Chong,
Deputy Director, Curatorial and Chief Curator, M+ (right)
Photo: Winnie Yeung @ Visual Voices
Courtesy of M+, Hong Kong

Installation view of Pumpkin (2022) at Yayoi Kusama: 1945 to Now, 2022 Photo: Lok Cheng M+, Hong Kong

Installation view of Pumpkin (2022) at
Yayoi Kusama: 1945 to Now, 2022
Photo: Lok Cheng
M+, Hong Kong

Installation view of Yayoi Kusama: 1945 to Now, 2022 Photo: Lok Cheng M+, Hong Kong

Installation view of
Yayoi Kusama: 1945 to Now, 2022
Photo: Lok Cheng
M+, Hong Kong

草間彌生との対話を通して
現在93歳の奇才・草間彌生について氏は次のように話す。
「とにかくとてもパワフルな人。彼女は戦争や震災のなくならない現代社会における暗闇や孤独、戦いを憂いています。自身の作り出す作品を通して、人と人同士のつながりや癒しを表現したいと、かつて私に話してくれました」。
手がけた本人として同展の見どころを伺うと「Infinity(無限)、Accumulation(集積)、Radical Connectivity (急進的な繋がり)、Biocosmic(バイオコスミック)、Death(死)、Force of Life(生命の力)、と6つあるテーマの中で、BiocosmicとRadical Connectivityには、草間彌生の強烈なメッセージが込められています」と語る。今までの作品の中でもたびたび登場する、草間自身が幼少期よりモチーフにしてきた植物は、生命や自然、宇宙とのつながりを意味するものだ。さらに、彼女自身がアジア人として経験してきた人種差別を消滅させ、どの人間もイコールになる、つまり平等の立場になるという意味合いもある水玉模様。同展では、作家のこんな強い思いがダイレクトに感じられる内容となっている。

© YAYOI KUSAMA

© YAYOI KUSAMA

© YAYOI KUSAMA

© YAYOI KUSAMA

© YAYOI KUSAMA

© YAYOI KUSAMA

自分に一番生きがいを感じる仕事を見つけた
最後に吉竹氏はキュレーターの仕事をこう表現する。「幼い頃より両親には外交官になるように言われてきましたが、日本のアートを世界に紹介する架け橋になるこの仕事が一番生きがいを感じます」。来る2024年にはロサンゼルスのハマー美術館にて「気候変動展」を企画中という。世界で問題になっている「気候変動」というテーマに対し、30名以上の作家が、科学的、政治的な視点から表現する。中でもアジアで活躍するアーティストやアジア系の作家を多く招聘する予定だ。アメリカを基盤に、日本現代アートを伝えていく彼女の今後の活躍から目が離せない。


Yayoi Kusama : 1945 to Now
M+, West Kowloon Cultural District, 38 Musuem Drive, Kowloon
www.mplus.org.hk
キュレーター・美術史家 吉竹 美香氏
ロサンゼルス生まれ。カリフォルニア大学バークレー校で美術史と政治の学士号、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で修士号と、2012年には博士号を修得した。同年、ロサンゼルスのBLUM&POEギャラリーで、日本の戦後美術史でムーブメントを起こした「もの派」のグループ展「REQUIEM FOR THE SUN: THE ART OF MONO-HA」をキュレーション。このグループ展はAICAによる「コマーシャルギャラリーでの最高展覧会賞」を受賞した。また、アメリカで開催された歴代の草間彌生展は彼女が手掛けたものだ。

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