花樣語言 Vol.166 <万葉あれこれ>

2019/05/22

Capture万葉集は99.6%が和語でできている。古今和歌集の和語率は99.8%、竹取物語は91.7%。源氏物語は87.1%、枕草子は84.1%、女流文学の最高峰だが平安時代の散文ともなると漢語は結構多い。万葉集に出てくる数少ない漢語には、布施、塔、法師、婆羅門、香…のような仏教用語があり、双六(すごろく)のサイコロの目を和語(ひ、ふ、み、よ…の系列)ではなく漢語で「いち、に、さむ(さん)、し、ご、ろく」と読んだ歌もある。現代人がトランプで、ワンペア―、ツーペア―、スリーカード、セブンブリッジ…と言うような感覚だろうか。

「令和」は、和語だらけの万葉集の、よりによって漢文で書かれたわずかな部分、梅花歌の序文から「令月」の「令」を取った。于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。(初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす)。『小王子廣東話版』(星の王子様の広東語訳)という本があるのだが、序文だけは文語の漢文で書いてある。「令和」を万葉集から取った、などと言うのは、広東語版星の王子様から、本文の広東語ではなく序文の漢語を取ったようなものだ。梅花歌の序文の「梅」の対句に「蘭」があるが、万葉ことば事典、万葉植物図鑑…の類に「蘭」は載っていない(そもそもラ行の項目自体がない)。つまり、序文に書かれただけでは「万葉の花」として認められない。ならば「令月」も万葉の言葉とは認められない。「序文」は更に続いて、庭舞新蝶、空歸故鴈、という対句も出てくる。万葉集に「蝶」を歌った歌がないことは有名だが、しかしこの通り、漢文調の序文には出てくる。令月、梅、蘭、蝶…、実に濃厚な大陸文化の香り。当時、梅は遣唐使が持ち帰った超トレンドな花だった。大宰府で催されたというこの梅花の宴は、外来文化にかぶれたセレブなインテリたちの歌会パーティーである。

万葉の時代、一般庶民は漢字など全くわからなかったが、貴族や官僚の多くはそれなりに漢語に長けていた。「序文」を見てもよくわかる。庭舞新蝶、空歸故鴈(庭にはこの春生まれた蝶が舞い、空には去年の秋に来た雁が帰っていく)、この「新」と対句の「故」は、「温故知新」のように「古い、元々の」の意味。故宮、故郷、故事成語、などもそう。だから「故人」というのは本来「旧友」のことなのだが、しかし日本では「死人」である。物故、病故、故友…は漢籍でも「死」の意味だが、故人=死人は日本流だ。梅花歌の大伴旅人は万葉集の別の歌の序文で亡き妻を「故人」と書いていて、これが故人=死人のハシリである。日本式漢語の芽もまた、この時代すでにあったのだ。「鏡前」の対句「珮後」の珮(おびだま)は、帯につるした飾り玉のことだが、こういう字は現代の日本人は苦手だ。「忖」という字も、忖度(そんたく)ぐらいしか使わないから定着しない。中華圏なら、心忖、暗忖、思忖、のような熟語も出てくるので覚えられる。湖畔の「畔」も、河畔、枕畔(まくらもと)、耳畔(みみもと)、多様な使い方が本来の漢語にはある。

令和の「令」から「命令」の「令」しかイメージできない中高年が日本には多い。が、「令嬢」や「令夫人」の「令」を思い浮かべなければならない。令堂(相手の母親を敬って)、令尊(相手の父親を敬って)、令郎(ご子息)、令弟(弟さん)のような敬称・誉め言葉(令=良い、うるわしい)の用法が本来ある。梅花歌の序文は中国南北朝時代の『文選・帰田賦』の「於是仲春令月,時和氣清」のパクリだというが、漢語は本来、パクったほうが偉い。パクればパクるほど漢籍の知識が豊富だと評価される。ただし字の背後の意味まで正しくパクらなければならない。蘭薫珮後之香=「蘭は女性の衣装に漂う香のように薫る」ということだが、蘭は「麗人、佳人」を象徴して、「蘭室」といったら「佳人のいる部屋」「かぐわしい妻の部屋」という意味だ。色気も失せた三段腹の古女房でも「蘭室」。今風に言うと、三段腹は「ミシュ”ラン”」だが。

いにしえの日本のエリートたちの漢語は、発音もなかなか正確だったと推測されている『。悉曇口伝』という、平安時代の日本語の発音を解説した貴重な本を東京大学の国語研究室が持っている。ラ行音は「以舌端上内巻付上顎呼」とある。この「巻」は「巻き舌」のことではなく、また「L」でもなく、現代日本語同様「はじき音」系の「R」だったと推定されるが、では漢語の「蘭(」Lan)のような側面音「L」は正しく発音できたのだろうか。恐らく日本語ラ行音「R」で代用していたのではないか。中国人にはそれでもじゅうぶん「L」に聞こえるし、日本人も「L」を発音した気になっている。この伝統(?)も後の世まで引き継がれたが、中世以降にやってきた南蛮人たちの耳には到底「L」には聞こえなかった。日本語訛りの英語は今日「、Engrish」と呼ばれる(。劇場版コナン『世紀末の魔術師』で毛利蘭は「蘭は中国読みでもランなんですね」と言っている。()かつて東京に「べらんめえ調」という、ふるえ音の「R」があった。昭和アニメ『ど根性ガエル』の梅さんがそうだ。()ここは「蘭」と「梅」で、取り合わせ良く。)

「令和」は漢音「れい」でなく呉音で「りょうわ」と読むべき、と言う東大の教授がいる。そんなこと言ってるから東大はノーベル賞取れないんだ…とは(言いたいけど)言わないでおこう。「東京」は「とうけい」と漢音で読む傾向にあったが、明治後期に呉音「とうきょう」で落着したという経緯がある。もし「とうけい」だったなら「東京特許許可局」はもう少し言いやすかったろうと思ったがやはり、とっきょきょきゃきょく、もとい、きょかきょく、の部分が言いにくい。

 

大沢ぴかぴ(比卡比)

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