花樣語言 Vol.154 子のつく名前

2018/11/21

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ちびまる子ちゃん(小丸子)は香港でやたらと人気がある。貞子や花子(トイレの)も有名で、香港では「~子」はいまだ日本女子名の代表格だと思う。Midoriという英語名を持つ香港人女性に漢字にしてくれと頼まれて「美朵莉」と書いたとき、「子」はつかないのか、と聞かれた。「子」の何たるかがわからなくても、「子」は「ko」なのだということすら知らなくても、日本女子名のイメージは「子」なのだ。そんなに「子」がよければいっそのこと「綠子」としてやればよかったと思っている。これまた香港で大人気だった『Dr.スランプ』(IQ博士)に「則巻みどり」というキャラがいて、台湾版では「則卷綠」だが香港版では「則卷綠子」である。

「子」の何たるかは当の日本人もあまりよく知らない。古代には小野妹子のように男子名だったことは学校でも教えるが、上流階級の女子の敬称としても使われていた。平安時代には皇族や貴族の女子はもっぱら「~子」だった。これが知られていないのは、当時「実名」は非公開が普通だったからである。社会生活において実名を使わない習慣は現在もタイやマレーシアなど世界のあちこちにある。室町~江戸時代は貴族文化の衰退で実名という制度がなくなって「子」はすたれるが、一方で、徳子、茶子、のような変則型(子の前の字を音読)が現れる。眞子さまは訓読で、愛子さま、佳子さまは音読。皇族女子名の「子」は明治維新後の新制度ではなくて古来からの習慣である。「チャコ」といえば昭和の人気者、ケンちゃんチャコちゃん。クレヨンしんちゃんの劇場版『オトナ帝国の逆襲』に出てくるレトロなキャラ「チャコ」は香港版で「茶子」となっていた。歴史的にチャコが茶子で正しいことを知っている人はそうそういるものではないので、これは恐らく、まぐれ当たりの大正解である。もっとも「チャ」に漢字を当てるなら「茶」ぐらいしかない。まぐれというより、超高確率で当たる、か。(ほかに、咤、詫、などが日本語音で「チャ」である。)

明治維新で公家や大名の「~姫」が「~子」になって、「子」は復興する。これが庶民にも広まり、それまでの「お静」のような呼称が「静子」になるのである。が、当初はまだ敬称だった。「静」さんが自分で自分の名前を「静子」と言ったとしたら、それは現在の例でたとえるなら、外国人が日本語を話すとき自分の名前に「さん」をつけて「私はリーさんです」と言ってるようなものになったのだ。こういう時期を経て明治末期になると、これから生まれる女性には必ず子を付けよう、と主張する人物が現れる。平凡社の創始者として有名な文化人、下中弥三郎である。かくして日本の女子名は「~子」になった。ナカムラとかモモタローとか、日本式の名前を今も本名として使っているパラオでは、サトーサン(Satosan、佐藤さん)という名前も正式に存在する。欧米人が「Midori」を愛称や芸名などに使うのはスケートの伊藤みどりさんの影響なのだろうか。大谷翔平選手の活躍が今後も続けば、彼はアメリカでもっぱら「オータニサン」と呼ばれているのだから、My name is Ohtanisan.と言う人たちが将来現れるかもしれない。

明治安田生命が毎年調査してきた名前ランキングは日本人の名前の傾向がわかるとても貴重な資料である。大正元年生まれの女子の1位は「千代」だが、正子、文子、千代子、静子がベスト10入りしている。翌、大正2年には正子が1位。大正5年にベスト10の全てが「~子」になる。貞子も大正5年に10位に入り、大正8年に4位でこれが最高位。大正の人気が「正」なら、昭和は「和」だ。昭和2年から27年まで、「和子」が1位にならなかったのは15年の「紀子」、17年の「洋子」、24年の「幸子」に抜かれた3回だけ。昭和6年から10年間は、和子、幸子、節子が不動の1、2、3位である。和子人気の後は、恵子、久美子、由美子、陽子、智子などが順次1位を占め、昭和40年に「明美」にその座を明け渡すまで「子」の首位独占は半世紀続く。大正10年から昭和32年まではベスト10が完全に「~子」だけで占められていた。

「直美」は昭和43年から3年間1位。昭和初期以来のナオミ人気のピークがここだ。48年には、真由美、恵美、香織、恵、美穂、美香の6つの「子」無しネームがベスト10に入って「子」を逆転する。「子」が最後に1位になったのは57年の「裕子」で、ちなみにこの翌年は田中裕子さんの「おしん」の年。以降、8年間「愛」が1位、61年には「子」がベスト10から姿を消した。平成にベスト10入りするのは、桃子、菜々子、莉子の3つだけ。前回の女子サッカーワールドカップの日本代表には「子」が一人もいなかった。なでしこ(撫子)ジャパンならぬ、無「子」(なしこ?)ジャパン。

「おしん」は「~子」よりも有名な日本人女子名で、これにあやかった名前を持つ女子は世界各地にいる。香港ではディスカウント食品チェーン店「759阿信屋」の「阿信」が「おしん」だ。さて「貞子」だが、国際社会で有名なサダコは井戸やテレビの中から這い出てこない。国連難民高等弁務官だった緒方貞子さんが尊敬されていて、アフリカの難民キャンプで生まれた女の子たちの多くが「Sadako」という名前をもらっている。地域柄、前髪を垂らした直毛のSadakoさんはいない。香港では目下、「杯緣子」(コップのフチ子)が隠れた人気である。

 

大沢ぴかぴ(比卡比)

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