殿方 育児あそばせ!第39回

2022/05/04

殿方育児あそばせ

 

「常に子供の味方であれ」どころか自分本位の一方的な思い入れで長男の少年野球に向き合っていた事に気づいた私。広州行きが決まり、長男の中で野球に対する熱意や取り組みがどのように変わってしまうのか……
結果から言うと、長男は私が思う以上に女子アナと合コン、じゃなかったプロ野球選手になりたかったのだった。
長男はますます練習に打ち込むようになり、毎日欠かさず練習内容を送って来て、調子が悪い時は動画を撮って私の意見を求めた。父の教えを愚直に守り、母親がブチ切れるぐらい勉強なんてほったらかして練習に打ち込んだ。本人や周囲の大人からの報告によって長男の活躍を知り、私はますます女子アナとの合コン……、ではなく長男の将来に希望を感じていた。

やがて六年生となり、中学進学後の所属チームを検討することになった。小学時代に所属していたリトルリーグには地元のチームにしか所属出来ないというルールがあったが、中学硬式になるとその枷が外れる為、六年生の秋頃から噂を聞きつけた各チームの監督や会長が長男の元を訪れるようになり、甘言を弄しては勧誘に励んだ。もし長男が親孝行であれば、「部費も遠征費も不要!」の某チームに進んだであろう。ミーハーだったなら、「マー君※1も坂本※2も俺が育てた」と胸を張る某チームを選んだであろうし。流川楓※3であれば「近いから」という理由で、自宅から5分の某チームを選んだ筈である。各チームの体験練習に参加しながら、長男は私にアドバイスを求めて来る事もあったが、「親の夢押し付け問題」に反省していた私は「好きなとこ選んだらええよ」としか言わなかった。

「決めたで」

決心を伝えてきたLINEに書かれていたチームは、その厳しさから「10人に1人しか卒団を迎えられない」と噂される、殺人的な練習量と超スパルタ指導で有名なチームだった。「自堕落に関しては誰にも負けない」と自負する私の遺伝子を受け継いでいるとは、とても思えないストイックさである。
かくして平日は毎夜11時近くまで、週末も朝7時から夜までという、アンビリーバブルな野球漬けの日々が始まり、私にとっては夜遅くに送られてくるLINEの報告を楽しみにする日々が始まった。

長男の中学野球は総じて順調といえる実績を残すことが出来た。いくつか例を上げるなら、スクリーンショット (1011)
・無安打試合を逃した悔しさからマウンドを蹴ったところ、即時交代させられ、Vシネ俳優にしか見えない監督から、失禁するぐらい怒られる。
・キャプテン就任から一週間後、審判の判定に不満そうな顔をしたという理由でキャプテンを解任され、「永世便所掃除当番」に就任するという、アンジャッシュ渡部もビックリな転落をみせる。
・県の代表選手に選出され、全国大会初戦に三番ライトで先発。その一打席目で右中間を深々と破り、二塁ベース上で派手なガッツポーズをしたところ、三塁を狙わなかったという理由で即代走を送られ、その後チームは決勝に進むも、ピッチャーで選出された筈にも関わらず、最後までブルペンにすら入ることなく、煮干しにされた鰯並みに干される。
内容の割に何故か笑いを取りに行ってしまっているのは、やはり私の遺伝子を受け継いでいると言わざるを得ない。

かように汗と歓喜と栄誉と笑いに満ちた中学野球を過ごした長男は、海外で働く父親を一喜一憂させながら、卒業の日を迎え、熱心に誘いを頂いた九州の某強豪私立高校に特待生として進学することになった。野球少年全ての憧れである甲子園を目指す日々が始まることになる訳だが、この時はまだ、長男本人はもとより、異国に暮らす能天気野球バカ親父も、二人揃って野球漫画のような日々が始まるのだろうと考えていたのである。

まだ続きます。

※1マー君 田中将大、33歳。兵庫県伊丹市出身のピッチャー。投げるのがすごい人。楽天⇒NYヤンキース⇒楽天在籍。奥さんは里田まい。
※2坂本  坂本勇人、33歳。兵庫県伊丹市出身のショート。打つのも守るのもすごい人。ジャイアンツ在籍。
※3流川楓 バスケ漫画『SLAM DUNK』の登場人物、11月生まれ。神奈川県出身のスモールフォワード。点を取るのがすごい人。


スクリーンショット (587)

松浦儀実

1966年兵庫県生まれ淡路島育ち。2009年に小説「神様がくれた背番号」を上梓、同作は漫画化連載され、日本文芸社よりコミックス全三巻発売中。広州駐在十二年目だが臭豆腐とドリアンは未だに食えない。かつて広州に存在したヘヴィメタルバンド「東京女神」でボーカルを務めるがメンバーの帰任であえなく解散。天命を知らないどころか、惑いっぱなしで、恐らく未だ立ってさえいない55歳、阪神タイガース原理主義者。

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