花樣語言Vol.137文豪に逢おう

2018/03/12

『文豪ストレイドッグス』の劇場版が日本で封切。これのポスターが日本の公共図書館に貼ってあって、公益社団法人日本図書館協会の名のもと、キャッチコピーまで付いています。「図書館は、たくさんの文豪に逢える場所」。文豪の名前の付いたイケメンキャラがたくさん出てきて殺しあう暴力満載のアクションアニメ、昔なら教育関係者から真っ先に排斥されそうな内容ですが時代は変わりましたね。

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各キャラはそれぞれの作品にちなんだ異能力を使って戦います。太宰治は「人間失格」、芥川龍之介は「羅生門」、宮沢賢治は「雨ニモマケズ」。三島由紀夫と村上春樹がいないようですが、やはりこういう名前は冗談には使いづらいのでしょうかね、ある種のタブーによって。もし三島がいたら異能はおそらく「金閣寺」(相手を炎上させる)、村上春樹はきっと「騎士団長殺し」。

香港の書店も今やたくさんの日本の文豪に逢える場所です。近年、台湾で日本文学の翻訳が実に盛んで、それらが繁体字書籍の共通市場である香港にどんどん入ってきます。古い小説を新しい翻訳で読むとまた違った味わいがあって感動ですが、名訳の中にちりばめられた迷訳・珍訳・誤訳の数々にも感動できます。太宰の『人間失格』(「異能」ではなくて本物の小説のほう)で主人公と心中をはかる女性は「関西」の言葉を話すと書いてあるのに実は広島。これは「関西」の範囲が問題で、小説が書かれた当時はまだ西日本全体を指して「関西」と言うことが多かったのです。注釈を付けるか、あるいは「西日本」と訳さないと誤解が生じます。日本への旅行者が増えて、中華圏でも「関西」という概念は定着しつつありますが、香港の超個性派マルチタレント杜如風の旅番組「関西攻略弐」(2016年TVB)では三重と名古屋が含まれていました。

「人間」は中華圏では「人々の暮らす世の中、世間」といった意味ですから『人間失格』は「世間において格を失う」のように取られます。2016年の芥川賞『コンビニ人間』もそのまま『便利店人間』、…コンビニの中の人間世界(?)。台湾では日本式漢語を理解できる人が多いのでかまわないのでしょうが、香港では、かなり困ります。居酒屋、株式会社、攻略…などは知ってても「本屋大賞」の「本屋」のようなのは…ちょっと無理。だって日本に行っても、旭屋「書店」、と書いてあるじゃないですか。三島由紀夫の『鏡子の家』には世界の崩壊を信じながら生きるニヒルな男が出てきて「崩壊」という語が何度も使われますが、去年出た漢語訳ではそのまま「崩壞」。巻末の解説に、翻訳権を得て出版された台湾初の繁体字漢語版、というような説明がありますが、『鏡子の家』は1987年頃の台湾版漢語訳がすでにあって、香港の図書館もこれを所蔵しています。30年の歳月を隔てた二つの翻訳、比較すると面白いです。旧版では「崩壊」は「崩潰」。香港では「崩壞」はまだオタク用語の域を抜けきれていない日本式書きかえ漢語ですが台湾ではどうやらすでに市民権を得ているもようですね。北京語音で同音になる「権利」と「権力」も決して「混同」しているわけではなく、日本語の「権利」はすでに意図的に「權力」と訳されていることが鮮明です。旧版では「權利」、新版では「權力」。「誰も青空を曇天に変える権利なんかないのだ」→誰都沒有權力把藍天變成陰天。

「OL」は先の東京オリンピックの前年の1963年、週刊誌「女性自身」の読者投票によって作られた和製英語(香港や台湾でも使っています)、『鏡子の家』はそれより早い1954~6年の話なのですが新訳版には「OL」が出てきます。原作では「オフィス・ガール」、旧訳版では「職業婦女」。また、「絆創膏」が新訳版で「OK繃」(これはバンドエイドやサビオなどパッド付き救急絆創膏の台湾での呼称で、「応急絆」の意味のオーキューバンが→OQ絆→OK繃、と変化)、「リーゼント」が「飛機頭」(これって香港からの輸入語でしょ、プレスリーが本家ですが『ビー・バップ・ハイスクール』の仲村トオルが有名)、「応援団長」がなんと「啦啦隊長」(これではチアリーダーになってしまいますが)…などなど1950年代にはなかったはずの新しい訳語がふんだんに使われていて、作品が実に今風な雰囲気に化粧直し、リフォームされています(『家』だけあって…)。『鏡子の家』は今でもじゅうぶん鑑賞に堪える名作だし、「リベラル」な側からの支持も多いですが、惜しむらくは、やはり言葉が古い。(ジーパンが「ジン・パンツ」です。ところで「ニヒル」ってわかります?かれこれ20年以上耳にしてませんが。)言葉が替わっただけで、つまり視点が現在からのアングルに替わっただけで、文学作品は随分と若返るのですね。今、中華圏で読まれている日本の文豪たちの作品はとても新鮮です。

『人間喜劇』や『悪童日記』は日本語の翻訳タイトルですがこのまま中華圏で流通しています。『デカメロン』は台湾に「大蜜瓜」という訳があった、と聞いたことがあります。ギリシャ語で「十日」の意味のはずなのに、デカい、メロン(蜜瓜)。もし事実だったとしたら、すごいことです。

大沢ぴかぴ

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