花様方言 芸能業界の隠語、ズージャ語講座

2016/02/01

馳星周(周星馳ではありません)の小説『不夜城』で、主人公の健一は、新宿の台湾人の長老が自分に北京語だけ教えて閩南語を教えてくれなかったのは自分を身内として認めていなかったからだと考えます。閩南語はよそ者に聞かれたくないような話をするとき、信用できる仲間内だけで使っていた言葉だったからです。実際には、閩南語は使用地域がとても広くて話者も多く、方言差はあってもお互いかなり通じるので秘密の話をするのに適した言葉とはいいにくいですが、台湾系、上海系、東北系などのグループがしのぎをけずる『不夜城』の中の新宿歌舞伎町のような限られた空間であれば有効かもしれません。湖南省など、隣村とも全く話が通じないような地域の言葉であれば、どこへ行っても身内だけの秘密の会話が可能です。閩南語でも、発音を聞けば同郷人かよそ者かはすぐにわかります。泉州系と漳州系の閩南人が住む台湾、例えば、「日本」を「リップン」と言えば泉州系、「ジップン」と言えば漳州系です。
方言が地域による言葉の違いであるのに対して「隠語」は職業など特定の集団ごとによる言葉の違い、そして広義には隠語も方言と同質のものとみなして「社会方言」といったりします。部外者に通じない言葉を、という意図が特になくても、特定の目的を持った集団や組織というものは、内部でしか通じない言葉があたかも方言のように自然にできてくるものなのです。拳銃をハジキとかチャカとか言うのはヤクザですが、警察の隠語でもあります。両者は何かと交渉の機会が多いですから、世界中の国や地域でたいがいヤクザ用語と警察用語は共通です。福山雅治主演の探偵ガリレオの劇場版『容疑者Xの献身』で刑事を演じる柴崎コウが、ガサ入れの際に「歌舞伎町に出るからチャカとチョッキ用意しといて」と命じられるシーンがあります。こう言われて普通のチョッキを着ていく刑事はもちろんいないはずです。
ダフ屋の「ダフ」、ドヤ街の「ドヤ」、ガサ入れの「ガサ」などは一般にも広く知られている隠語起源の言葉、それぞれ「札」
「宿」「捜(さが)す」の倒語です。このように隠語には倒語の形式が多くて、件の芸能業界の隠語、ズージャ語もこの範疇。
「トーシロ」(素人)や「グラサン」(サングラス)など今でも広く知られているのはほんの一握りのズージャ語、「ヤノピー」(ピアノ)、「セーガク」(学生)など、かつての主力級はほとんど通じなくなっています。絶滅危惧種といわれるに至ったズージャ語、次の言葉の意味、わかりますか? ①ジャーマネ ②マーヒー③ザギン ④オカジュー ⑤クリソツ ⑥インベンション⑦チャンカー ⑧ナオン ⑨マイウー ⑩ゲーハー ⑪ビータ⑫エブリウィーク。答は、①マネージャー ②暇 ③銀座④自由が丘⑤そっくり ⑥小便(ションベン)に行く ⑦かあちゃん(嫁さん) ⑧女 ⑨うまい ⑩禿 ⑪旅(ミュージシャンの演奏旅行など) ⑫シューマイ(逆にしてマイシュー→毎週、英語にしてエブリウィーク)。
ズージャ語は、ここには書けないような下品な言葉が多いのも特徴。そもそもこれらの言葉を業界に持ち込んだのは民放テレビが始まった頃の第1世代、すなわちジャズバンドで酒場や米軍回りをしていたような人たちです。まだロックはなかったので、彼らの音楽はズージャー(ジャズ)。テレビが産業として軌道に乗り始めると、新規に入社してくるのは東大など名門大学をまともに出た育ちのいいエリートたち。この両階層のギャップはすさまじくて、このあたりの事情はテレビ局と芸能界の歴史に詳しい小林信彦さんの小説や評論などでもうかがい知ることができます。『妖怪ウォッチ』には、懲りずにやらせばかりやる矢良瀬古利無(やらせ・こりない)という年配のディレクターvs.エリート肌の若いプロデューサー、という業界人事のステレオタイプな構図を映したキャラが出て
きました。ちなみに小林さんは、ゲバゲバ・ピーで一世風靡した『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』の「ゲバゲバ」という言葉の生みの親でもあります。
業界第1世代の引退につれズージャ語は前世紀の80年代にはすでに衰退の一途をたどっていたのですが、バブル期から90年代にかけて一般大衆の興味が番組や芸能人だけでなく業界そのものに向くようになったため、多くの業界用語がこの時期に一般社会へと流れ出ていきます。ドタキャン、ダメ出し、ガチンコ、雨傘番組、インディーズ、ロケハン、ズラ、などなど。それより早くは、ギャラ、生(放送)、打ち上げ、あし(交通費、交通手段)、トップ屋、ピーカン(快晴)、NG、などが流出、あるものは一般語として定着し、あるものは死語となって消えていっています。
「NG」は、「OL」などと同じく香港でよく使われる、和製英語の頭字語。70年代、香港の映画界では多くの日本人が撮影技
師などとして働いていたので、「NG」は彼らが残していった業界用語なのかもしれません。今でもまだ香港では、「NG」とい
う言葉を使うのは多くが業界人です。
大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)ゴダイゴ1

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