深センものがたり 第46回
問わず語り、その五(過去の記事はPPWウェブにて公開中)
※問わず語りとは、誰かに求められた訳でもないのに、勝手に語ることである。
深センのシークレットビーチ
(前々回の続き)、小梅沙ビーチから環海路を東へ歩いて約2時間、世間ではあまり知られていない(知る人ぞ知る)隠れビーチリゾートへ着く。このビーチは“玫瑰(薔薇の花)海岸”と名付
けられ、白砂が美しい大鵬湾内の絶景ビーチである。なぜか、城やチャペルがあったり、白馬がいたり、花が咲き乱れる園など幻想的な(人工的でもあるが)リゾートエリア。ブライダル業界では有名なウエディングフォト撮影場所なのだ。
広大な海やロマンチックな建物を背景に、思いにふけながらサラサラの白砂を裸足で歩くシーンは、さぞかし物語の主人公になった気分になるであろう。
このリゾートは植林された緑が多く、特に初夏には多くの鳥たちが集まり、早朝と夕刻にはうるさいほど“さえずり”が響き渡る。その鳥の中に、ひときわ甲高いカラスのような「カァーカァー」という鳴き声が混じっている。そこで今回のコラムもまたまた脱線するが、、、
カラス(烏、または鴉)
深センでカラスをほとんど見たことがない、なぜだろう? という思いで突然調べてみた。
清の時代まではカラスがとても多かった。中国の東北地方、とくに満州族のカラスに対する崇拝は有名である。狩りの生活が多かった時代、狩人にとってのカラスは仕留めた獲物を見つけてくれる貴重な鳥であった。また、「黒」を縁起のいいものとして扱う思想があったので、カラスの黒色の羽は大変珍重され、書物、絵画、衣類、建造物などにはカラスが描かれていた。
その後、狩猟生活から農耕生活に移行し、カラスは作物を盗んで食べるから毛嫌いされていった。農耕においては害敵を徹底的に排除したこともあり、カラスも国家の駆除対象となった。国家が穀物生産倍増計画を遂行した約70年前、その駆除方法が国家に評価されたため、特に沿岸部と都市部ではカラスが姿を消していったので、あまり見かけなくなったのである。
カラスには外敵から身を守る知恵がある。安全な所に隠れ込む知恵もある。現在もどこかで身を隠して生息していると考える(深センの自然が残る地域にはカラス科に属する鳥は生息している)。
※「烏」と書く字。カラスはからだが黒く、目がどこにあるかわからないので、「鳥」の字の目にあたる部分の一画を省いたそうだ。
※日本において、風呂に入っている時間が極端に短い人を、“からすの行水(ぎょうずい)”と言う。これはカラスの水浴びが短時間で終わるため(実際のカラスの水浴び時間は1分~3分ほど)。
次回のコラムでは、深センで聞くカラスのような「カァーカァー」という鳴き声の主は?という調査結果を述べることにする。
今回の問わず語り、後半はカラスが主人公になったようだが、筆者はカラスが好きではない。
深セン在住20年のベテランコンサルタント
宮城 紀生
miyagi@waya.net.cn
深セン華日(ワーヤ)コンサルティング
会社設立・運営、法律相談、会計財務税務
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