花様方言 Vol. 179<アドミラリティーとクーロン>

2019/12/11

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香港島の「Admiralty」の漢字名は「金鐘」。かつては英海軍の拠点で、金色の鐘を鳴らして昼飯や終業の時間を知らせていたことが由来とされる。イギリス人はこの場所をAdmiralty(海軍本部)と呼び、香港の庶民は金鐘と呼んだ。日本人はアドミラリティーと言い、こう書いてきた。今では「アドミラ”ル”ティ」が増えているが、古い世代、特にかつての香港フリークたちは、いまだに「アドミラ”リ”ティ」である。
最近、急激に増えた香港関連の記事で、日本の新聞を見て気づくのは、地名の書き方などが以前と違うことである。コーズウェイベイの漢字名は「銅鑼湾」、これに「どらわん」と振り仮名を付けた大手新聞があった。日本が香港ブームに沸いていたのはだいたい1990年代初頭から1997年までで、マニアの形成はそれより早く80年代なかばごろから始まって2005年ごろまで続いていた。当時、コーズウェイベイを「どらわん」と言ったら、これはふざけた言い方であり、ギャグの部類だった。でなければ、よっぽどの初心者である。どんなガイドブックにも必ず「コーズウェイベイ」と載っていた。元朗は「ユンロン」と言っていたが、日本のテレビで「ゲンロー」と言ったのを聞いて、どこのことかと一瞬考えてしまった。まさか湾仔(ワンチャイ)までをも「わんし」、香港仔(アバディーン)を「こうこうし」と書く気ではあるまい。沙田や将軍澳を「九竜半島側」と書くのはどうかと思ったが、香港の地図が「香港島」と「九竜半島」のふたつに色分けされているのを見たとき頓悟した。この人たち(日本の大手新聞の記者やテレビの番組制作者たち)には「新界」という概念がないのだ、と。10月ごろになってようやく「新界」の字が現れてきた。誰かが注意したか、あるいは記者たちも少しは勉強したのだろう。香港が「香港、九龍、新界」の3つでできていることは基本中の基本である。ともあれ、今の香港を語る人と、かつてフリークだった人たちとの間に、ほとんどつながりがないことが用語の違いによってわかる。
尖沙咀(または尖沙嘴)は「チムサーチョイ」とカナ書きするのが普通だ。が、「チムシャッツイ」または「チムサッチョイ」のように言う人がけっこういる。英語では「Tsim Sha Tsui」と書かれる。沙田も「Sha Tin」なので、香港に来たばかりの人は「シャーティン」のように読み、香港人や香港在住者が「サーティン」と言ってるのを聞いてるうちにだんだん「サーティン」と言うようになっていく(ならない人もいる)。深水埗は「ShamShui Po」で「サムスイポウ」、石硤尾は「Shek Kip Mei」で「セッキップメイ」、なぜ香港で「S-」の地名が「Sh-」と書かれるのかは説明が長くなるので割愛せざるをえないが、昔の広東語では「Sh-」と言っていた、ぐらいにご理解いただきたい。ただし、馬鞍山「Ma On Shan」などの「山」(サーン)が「Shan」で、新蒲崗「San Po Kong」などの「新」(サン)は「San」、というような書き分けがあったり、西營盤「Sai Ying Pun」などの「西」(Sai、サイ)は決して「Shai」とは書かない、などのルール(?)があったりする。「Ts-」の問題も同じだ。広東語の教本には今も「茶」の音声表記を[tsa]として「ツァ」とカナ書きしたのがあるが、茶果嶺は「Cha Kwo Ling」である。湾仔も「Wan Chai」、だが新界にも別の湾仔があって、そちらは「Wan Tsai」と書く。広東語には、チャとツァ、チとツィ、サとシャ、シとスィなどの区別がないことがそもそもの混乱の原因である。ちなみに銅鑼湾も同名の場所が沙田にあるが、そこは「Tung Lo Wan」であって、絶対に「コーズウェイベイ」とは言わない。
Loyalty(忠実、誠実)、Royalty(特許使用料)というまぎらわしい英単語がある。日本語では前者はロイヤルティ、後者はロイヤリティ、のようになることが多い。原因は、後者は日本語に入ったのが古くて、前者の「brand loyalty」(特定のブランドへの愛着心、銘柄忠実度)などは新しいから、であろう。英語には、リアリティー、クオリティー、オリジナリティー、パーソナリティーなど一連の「-ality」の語群があって、おそらくこれらの形につられて、類推によって「Royalty」はロイヤリティーになった。また後ろの「イ」に「ル→リ」と同化した、ともいえる。アボカドの「カ」が前後の濁音の影響で「アボガド」になるのも同化だ。古い時代の外来語の形は、クリストではなくキリスト、ケイクではなくケーキ、また、ステッキ:スティック、テキスト:テクストのように新旧で意味が若干異なる場合もある。最近の新しい外来語はこういう勝手な変更が許されない傾向にあり、特にネットの時代になって、やれアボガドではない、アボカドだ、やれシュミレーションではない、シミュレーションだ、などとうるさく言われるようになった。だから「loyalty」は発音にできるだけ「忠実」に、ロイヤルティ。だから古くはアドミラリティ、新しくはアドミラルティ。
九龍 「九龍」には「クーロン」という日本語独特の読み方がある。「九」を日本語漢字音の呉音で「く」と読んで、なな、はち、くー、じゅう、の要領で長く伸ばす(単音長呼)。これも、クーロンではないぞカオルーンだ、いや、カウロンと言え、などと突っ込むやからがいるが、いやクーロンでいいのだ、これが日本語での伝統ある言い方だ、と対抗する声もある。かの「九龍城」(九龍城寨)はいまだ人気が衰えず、「クーロン城」と読む人はあとを絶たない。ジャッキー・チェンの映画の邦題にも『ポリス・ストーリー2/クーロンズ・アイ』があったし、42年前、ゴルゴ13もクーロン城で戦った。ルパン三世の劇場版第1作(1978年)もクーロンだ、って? いやそれは、クローン。

大沢ぴかぴ

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