花樣語言 Vol.145「動物のおなまえっ!」
警察の隠語で「さんずい」といったら「汚職」のこと。「うかんむり」といったら「窃盗」。だが「窃」の部首は「宀」ではなく、究、空、窓、などと同じ「穴」(あなかんむり)である。警察の教養など所詮この程度、チコちゃんに叱られる!(NHK見ない人はわからないね、すみません)…だが、漢字の部首の見極め方は難しい。日ごろ漢和辞典を手にしない人はピンと来ないだろう。では問題、次の字の部首はそれぞれ何か。鼠、鹿、馬、鳥、魚、羊、犬、牛、龜、龍。
正解は、これらは全て、一字がそのまま丸ごと部首である。つまり「鼠」や「鹿」の部首は「臼」や「广」ではなく、馬、鳥、魚、は「灬」ではない。龍(竜)や龜(亀)もこれ以上分解しない。誕生日を「牛一」と言うことは香港人なら誰でも知っているだろう。これは「生」の字を二つに分解したものだが、しかし部首が「牛」だというわけではない。「生」もこのままで部首である。部首は、知識を持ってないと判別できない面倒極まりないものなのだ。「鳥」の部首は「鳥」でも「烏」の部首は「灬」。
「龍」は架空の生き物だが漢民族なら大昔から誰もが知っていた。「豕」(ブタ)も部首であり、極めて重要な動物だったが、呼称が「豕」(シ)、「豚」(トン)、「豬」(チョ)と多様化するにつれ、偏や旁(つくり)が付いていった。「豚」の部首は「月」ではない。「豕」だ。それに「象」の部首も「豕」である。ロバが「驢」なのは馬に似ているからで、ラクダ「駱駝」も馬に…似ているといえばギリギリ似てなくもない。が、ゾウがブタというのはどうも…、と、このへんの感覚は古代漢族の気持ちになってみるしかない。ゾウは大昔、中国にもすんでいた。きっと巨大なブタの仲間に見えたのだ。形さえ何とか似ていれば、漢族は「大きさ」は意に介さない。カンガルーは「袋鼠」で、大きくてもネズミだ。カメレオンは「變色龍」、小さくても龍。パンダ「熊貓」も大きいけど猫。キリン「長頸鹿」は首の長い鹿。サイ(犀)もかつて中国にいた。「犀牛」と言う。部首が「牛」、ダメ押しでさらにもうひと文字「牛」を付ける。(ロバは「驢馬」とは言わない。)しんにょう+サイ=「遲」(遅)。だが、あの動物は走ったらかなり速いぞ。
カバは「河馬」だが、かの動物を最初に河の馬と見たのは古代漢族でも日本人でもない。「hippopotamus」は古代ローマの百科事典に出てくる。馬(hippos)+川(potamos)。カバの生息地はアフリカ、以前はローマ帝国の領土だったナイル川河口にもいた。オランダ語では「nijlpaard」=ナイルの馬。ドイツ語「Flusspferd」=川の馬。かつてオランダ語やドイツ語からの翻訳造語は日本のお家芸だった。酸素、盲腸、十二指腸、膵臓、蛋白質、などなど数知れず。鶴はオランダ語で「kraan」、英語も同系で「crane」であるが、互いに異なる意味で日本語に入っている。前者は蛇口を意味する「カラン」、後者は工事現場で見る「クレーン」だ。蛇口は中華圏で「水龍頭」と言う。それが日本で蛇に格下げされてしまった。龍の日本版は「たつ」であり、たつは龍以上に、水をつかさどることを専業特化している。せめて「たつ口」とか「鶴口」ぐらいに訳せなかったか、と思ったりする。「蛇口」という地名が深圳にある。
英語の家畜の名前は若干変わっていて厄介なことで有名。sheep/mutton 、cow/beef、pig/pork。生きているときと、死んで人さまの食べ物になったときとで呼び名が変わる。前者がもとからあった英語、後者はフランス語に由来し、ノルマン・コンクエスト、すなわちフランス語を話すノルマン人がイギリスの国王や貴族になっていたころから使われだした。当時は英語を話す農民階級が家畜を養い、フランス語を話す支配層がそれを食べていた。その歴史的ヒエラルキー構造が語彙の中に映されている。今日、英語を使う外国人は、過去のイギリスのどうでもいい事情のせいでわざわざ単語を使い分けなければならない。フランスの牧場ではマトン(mouton)もビーフ(bœuf)もポーク(porc)も生きて元気に動いている。
「pig」は本来、子豚を指した。北欧古語の「小さい」が語源で、北欧諸語では「少女」の意味になり、英語ではブタになったという。香港ではときに女の子がブタと呼ばれる(傻豬)。もともと「swine」のほうがブタ一般を表した英語で、ドイツ語「Schwein」と同系。同様に畜産関係では「タマゴ」も入れ替わっている。かつて英語の卵は「ei」または「ey」で、オランダ語「ei」、ドイツ語「Ei」と同じだったが、バイキングが持ってきた北欧語の「egg」が最終的に残った。cf.ノルウェー語「egg」、スウェーデン語「ägg」、デンマーク語「æg」。タマゴは漢語でも新旧がある。「卵」が古くて「蛋」が新しい。最近は和語の「玉子」を香港でよく目にする。日本語からの最新の借用語のうちのひとつだ。寿司ネタや居酒屋のメニュー、はたまた玉子丼、マクドナルドの玉子牛堡(beef & egg burger)。ただし一部の人たちは、どうしてタマゴがのび太のお母さんなのか、不思議に思っている。
大沢ぴかぴ