花樣語言 Vol.152 さつきさん、やよいさん

2018/10/24

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みどりさんとなおみさんの話を書いたら、さつきさんが大臣になった。以前なら「紅一点」で済まされた話だが、きょうび、内閣に女性が一人だけだと先進諸国のメディアからは酷評される。このひらがなの名前は香港のメディアでは「片山皋月」である。「皐月賞」などの「皐」はこれの異体字だ。名探偵コナンの去年の劇場版『から紅の恋歌』(唐紅的戀歌)に「皐月」というキャラがいて、香港では「皋月」。さてTVBで、なんと『ケロロ軍曹』の再放送が始まった。ヒロイン日向夏美のクラスメイトに「師走さつき」という女生徒がいて、これの広東語訳は「皋月」ではなく「五月」である。同じく「霜月やよい」というのもいて、これは「弥生」。このコンビの名前はとても趣きがある。師走は十二月、皐月は五月、霜月は十一月、弥生は三月、であります。

『となりのトトロ』(龍貓)の草壁サツキは香港で「皋月」でも「五月」でもない。「大卷草子」で、妹のメイは「次子」。次子は「廁紙」と同音なので、「大卷次子」は「太巻きのトイレットペーパー」である。草子は「草紙」で、これはロールタイプのペーパーが普及する以前の、かつての古い形態のトイレの紙だ。姉「草紙」が古くて妹「廁紙」が新しい。苗字の「草」をちゃんと活用して、妹には「次」の字。趣き…はないが、これはこれでなかなか高度なワザである。『千と千尋の神隠し』(千與千尋)以降はオリジナルに忠実な訳名になるが、この姉妹の名前の「伝統」は今も変わらない。もちろん一部のツウは、「草子」は本当は「サツキ」で「五月」の意味であり、「メイ」も英語のMay、便所紙姉妹ではなく五月姉妹なのだと知っている。台湾では、草子、もとい…サツキは「小月」と言われ、「皋月」か「五月」が前提として存在していることがわかる。妹、草壁メイの台湾訳は「草壁梅」、これはもちろん北京語音による音訳である。梅=méi。梅は三月なのにMay(五月)とは、これいかに。

日本人の名前には、漢民族が見るとびっくりするようなキレイなものがある。徳川家康、桜木花道、といった名前が台湾ではビルに付けられているとNHK『日本人のおなまえっ!』で紹介していた。が、一方で、びっくりするような下品な意味にとれるのもある。香港には、日本人の名前ギャグ、というのがあって、わざとそういう変なのを作って遊ぶのである。邊渡友次子(邊度有廁紙=トイレットペーパーはどこにある)、清里明日香(請你明日香=明日死んで下さい)、月京美麗(月經未嚟=月経がまだ来ない)。残念ながら下ネタ系が多くてこれ以上の傑作はここでは紹介できない。「春子」というのは睾丸の意味なのでこれだけでじゅうぶんびっくりする。台湾には『春子』というテレビドラマがあったのだから、同じ漢語圏でも、所変われば、である。

広東語で生殖器官を表す場合の「春」は当て字で、本当は「膥」だという。こういう字は学者やマニアの領域である。広東語は当て字がとても多くて、「父」の意味の「ロウタウ」も古い文献にある「老竇」だとされるが画数が多すぎるので普通は「老豆」と書かれる。父親が「豆」と無関係なのと同じで精巣も「春」とは(おそらく)関係ない。日本語も広東語同様、漢字文化圏の辺境に位置していて当て字が多い。日本語の場合は音読に加えて更に訓読の当て字がすごくて、さつき「五月」、あすか「明日香」「飛鳥」などはその代表例。香港ではチャゲ・アンド・アスカの影響で「飛鳥」は有名で、かつて『もののけ姫』(幽靈公主)の「アシタカ」まで「飛鳥」と訳されたが、近年は「明日香」も知名度が上がった。「あすか」の意味は諸説あって、いまだによくわかっていない。「飛鳥」の字があてられた理由もナゾだ。これも諸説あるが、万葉集では【飛鳥(とぶとり)の明日香の里を置きて去(い)なば君が辺は見えずかもあらむ】のように、地名「あすか」の枕詞として「飛鳥(とぶとり)の明日香」は決まり文句なのである。今回は危うく話が下品な方向に向きかけたので、万葉集で教養レベルを引き戻しておく。

万葉集は当て字のおもちゃ箱。古事記は当て字のびっくり箱、日本書紀は当て字の玉手箱である。漢字の「二月」に「キサラギ」とカナを付けた熟字訓が日本書紀に出てくる。1300年の時を経てなお暦の和名は現代社会に生きている。中華圏では、皐月(皋月)、弥生(彌生)と書いてもまず通じない。皋は地名や人名では使われるが、川岸、湿地、などの意味の、ほとんど古語。植物のサツキも日本以外では知名度が低くてツツジ(アゼリア)の一種という認識しかない。サツキは旧暦五月に咲くからサツキなのだが、競馬の皐月賞は四月だ。旧暦なら三月である。50年前の皐月賞にアスカという名馬がいた。『ケロロ』の霜月やよいの声優は谷井明日香という人である。意味のわからない名前は人気がある。イメージの飛躍が自由だ。

「やよい」の意味も一般にはあまり知られてないが、これは「いやおい」の縮まった形。「いや」は「いよいよ、ますます、きわめて」(弥=彌)なので、草木がいよいよ生い茂る旧暦三月が「弥生」だ。「彌敦道」は「きわめてまっすぐ(敦=素直、一途、誠心誠意)な道」。もちろん「ネイザン・ロード」(NathanRd.)の広東語式「当て字」だが、本当にあの道はまっすぐで曲がった所が一か所もない。

大沢ぴかぴ(比卡比)

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