2分で読める武士道 第28回「阿部一二三はなぜ茶髪ロン毛にしたのか?」

2022/10/26

2分で読める武士道

世界中で注目されている日本人特有の性格や行動の数々。
それらの由来は武士道精神にあった。
しかし、肝心の日本人にその武士道精神が浸透していないのが日本の現状である。

筆者が外国生活を通して感じた日本人の違和感を「武士道」や「葉隠」などの武士道関連文献をもとに紐解いていく。

 

 

 第28回 阿部一二三はなぜ茶髪ロン毛にしたのか? 

現在ウズベキスタンのタシケントでは世界柔道が開催されている。今大会の目玉はなんといっても66㎏級の阿部一二三(ひふみ)選手と丸山城志郎選手のライバル対決。前評判通り、両者ともに決勝まで順当に勝ち上がり最高の状態、最高の舞台での再戦が実現した。結果は阿部選手の優勢勝(返技によるポイント)に終わり、残念ながら丸山選手の一年越しのリベンジは叶わなかった。今回は4分の本戦内での決着とあり、一見すると阿部選手がついに丸山選手に対して引導を渡したかのように見えたが、丸山選手も決勝に上がるまでに東京五輪メダリストたちをことごとく破ってきたことを考えると、丸山選手の圧倒的な強さは未だ健在で、パリ五輪に向けた二人の戦いはまだまだ終わらなさそうだ。

現代の英雄は崇拝されるものではなくて同情されるものにならなければだめ(三島由紀夫「若きサムライのために」文春文庫)

今回の勝利で柔道での勝敗については阿部選手が一歩リードした形になったが、一方でファンの数に関しては、負けてしまった丸山選手が大きくその数を増やしたように感じる。というのも今回阿部選手は茶髪ロン毛という柔道選手としては極めて珍しい風貌で大会に臨んだのが良くなかったようだ。その姿は柔道にあまり詳しくない人が見たら、ホスト? を思わせるような俗に言うチャラ男にしか見えなかったのだろう。圧倒的な強さで優勝はしたものの、何かにつけてサムライだ礼儀だ人間性だなんだとうるさい日本人の目には阿部選手の風貌は美しく見えなかったのかもしれない。

文化を守るということは自分を守るということだ。(三島由紀夫「若きサムライのために」文春文庫)

しかし、他のスポーツに目を向ければ、茶髪ロン毛のような文化は珍しくない。例えば日本サッカーに初めて金髪文化を取り入れたのは98年W杯の中田英寿ではないだろうか。私は当時まだ小学生だったので、そのような風貌の弱冠20歳の中田選手に大人たちがどのようなコメントをしたのかは分からないが、日本人の金髪姿にカルチャーショックを受けた日本国民も少なくはなかっただろう。しかし、そうやって中田英寿が従来の日本サッカー文化にメスを入れた結果、現在多くの日本人サッカー選手が世界で活躍できるようなサッカー文化が日本にも根付いたわけである。文化に逆らうことは大変な勇気とエネルギーが必要で、特に風貌、行動や風習などの文化を変えようとすると周りからの批判は絶対に避けられないし、失敗に終わることの方が多い。阿部選手は今回見事に結果を残したが、引き続き批判を浴びることは免れないだろう。しかし一度文化を逸脱した以上、阿部選手に日本柔道の文化を守る必要義務はなくなり、このまま茶髪ロン毛を貫き通すのか、それともある日突然丸刈りになって試合に臨むのかは彼自身で好きに決めることができる。守られない代わりに守るものもなくなったわけである。

文武両道とは全然原理の違うもの両方に目をいつも見ていなきゃいけない。くっつけないために両方持ってなきゃいかん。(三島由紀夫「若きサムライのために」文春文庫)

最近は週刊誌での熱愛報道や試合前後の言動で物議を醸しだし始めている阿部選手。これは東京五輪時には絶対に見られなかった光景だ。ただ私は本人は批判上等で茶髪、熱愛、ガッツポーズなどのパフォーマンスとも取れる行為をしているのではないかと思う。妹想いのお兄ちゃんキャラでメディアでチヤホヤされるのが嫌だったのかもしれない。いずれにしても今回の世界柔道でしっかり優勝できたことは、何をしようと彼が畳の上での自分と、畳の外での自分をはっきりと分けて行動が取れている証拠となった。一方で丸山選手や他の選手たちは人気が出てきたのはいいものの、どうしても世間の目を気にするあまり、オンとオフの自分が混同してしまって柔道でももう一つ壁が乗り越えられていないように見えなくもない。
結果として、この一年で人間的に一皮むけたのは阿部選手だったというわけか。とはいえ、彼もまだまだ若く髪型や発言、勝利後のガッツポーズのセンスには改善の余地があるので、今後の彼の成長に期待しつつ、日本柔道に新しい風を吹かせてくれることを楽しみにしている。


profile筆者プロフィール

宮坂 龍一(みやさか りゅういち)
東京都出身。暁星高校、筑波大学体育学群卒業。
香港の会社、人事、芸能、恋愛事情にうるさい。

 

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