花様方言 Vol.203 <どうぶつの森>

2020/12/09

Godaigo_logo

 「竈」←今この字を知らないと小学生にもばかにされる。「かまど」である。が、今、日本の子どもたちにとっての「かまど」は「竈門」だ。かの漫画のヒーローの名字「竈門」は福岡県大宰府の「竈門神社」から取ったらしい。(漫画家の故郷に近い。)三種の神器の電気炊飯器ができてカマドが日本の家庭から姿を消すと、「竈」(竃)の字も忘れ去られた。香港ではカマドは「灶」である。えらくシンプルであろう。日本の漢字より画数が少ない(それも、めちゃくちゃ少ない)非常に珍しい事例である。

 「竈」の字を分解すると、上から順に「穴」「土」「黽」である。「穴」はカマドの穴、そしてカマドは「土」でできていた。で、「黽」は、カエルを意味する。日本ではこれを「おおがえる」と名付けている。腹がふくれているカエルの形を表した象形である。成り立ちとしては「蛙」よりも古い。大昔の漢民族はカマドの丸くふくれた形をカエルに見立てた。「黽」を使う字はほかにも、蠅(蝿)、繩(縄)がある。ハエはカエルのように腹がふくれていて、でかい目がぎょろっと付いてる。(だからといってハエがカエルに似ているという発想はとうてい現代の日本人にはできない。)そして「繩」は、「蠅」の応用だ。ハエは「∞」を描くごとく、よじれたように飛ぶ。だから、糸を「∞」型によじって編んだ「なわ」をハエの飛行形態になぞらえて「繩」としたのだ。カエル→ハエ→なわ。カエルと「なわ」に直接の関係はない。こういう発想についていけないと漢字の成り立ちを理解することはできない。カマドのまわりを飛びまわっているハエも、まさか自分とカマドのあいだに共通項があろうとは、しかもそれが「カエル」であろうとは、夢にも思うまい。

 

P07 Godaigo_767

 

 ほかにも次のようなのがある。「鼈」は、スッポンを表す。広東語では「水魚」、他地域では「王八」というところが多い。ののしり言葉の「王八蛋」は、つまり「スッポンの卵」。相手を「スッポンから生まれたやつ」と、ののしっているのだ。「鼇」は、大きなウミガメ。浦島太郎が乗ったような伝説上の大海亀もこれ。「鼉」は、中国にいるワニの一種。ヨウスコウワニ。これの皮で太鼓を張ったらしい。(画数が多すぎて小型のQRコードにしか見えない。「黽」の上に「單」と書く。)スッポン、カメ、ワニの類が、カエルを意味する「黽」で表されている。どういう分類法なんだと文句を言いたくもなるが、漢字の世界はダーウィンの進化論とは違うのだからしかたない。科学的な近代生物学とは無縁の世界だ。クジラ「鯨」やワニ「鰐」も「魚」に分類されている。鼈と鼇にも「鱉」「鰲」という魚偏の異体字がある。

 「玳瑁」や「贔屓」も巨大なカメである。「鼈甲」(べっこう)とは、漢方薬なら文字通りスッポン(鼈)の甲羅(こうら)のことだが、日本語では普通、玳瑁(たいまい)の甲羅の加工品を指す。贔屓(ひいき)とは、大きな石のカメである。甲羅の上に石碑を乗せている。石碑の下に敷かれて、石碑を引き立てているから、「引き立てる、味方する」という意味になった。略さずに書くと「贔屭」で、二文字合わせて「貝」が計六つも入っている。「贔」のような字はけっこうある。品、森、蟲、磊、姦、晶、轟、孨(よわい)、焱(ほのお)、猋(つむじかぜ)、毳(むくげ)、犇(ひしめく)、聶(ささやく)、麤(あらい)。周星馳のファンなら「鑫淼」をご存知であろう。「金水」とは違う。「鑫」は「裕福、豊富」、「淼」は「ひろい」。「森」も、ただ木が多いだけではなくて、「静かで、ひっそりとしたさま。おごそかなさま」。特殊なものでは、「雲」が三つ、とか、「龍」が三つ、というのもあるが、こんな面倒な字は覚えなくともよい。「龍」が三つで、キングギドラと読む。(読みません。)

 「贔」には「いかる」という訓があるが、この字がカメを表す場合、それはメス亀だという。(オスは鼇。)オス・メスを並べた名前は、翡翠、麒麟、鳳凰など間々あるが、聖獣とか瑞獣などと呼ばれる伝説上の動物である場合が多い。翡翠(かわせみ)は実在の鳥だが、縁起物であり、宝石(ヒスイ)の名前にもなった。「麒麟」も縁起物だが、これは非常にクセ者でもある。まず、伝説の「麒麟」は、首が長くない。キリンビールのラベルの、あのけったいな形の動物が「麒麟」だ。『もののけ姫』に「シシガミ」という動物の神様が出てくるが、香港版では「麒麟神」と名付けられている。つまりあのような形をした生き物が、中華圏の人たちがイメージする「麒麟」なのだ。上野動物園にキリン(ジラフ)が来たとき日本人が勝手に「キリン」にしてしまった、と言われるが、ジラフを初めて「麒麟」と呼んだのは、しかし漢民族のほうが先だ。明の時代、鄭和が遠洋航海の末、持ち帰った異国の動物の中にジラフがいた。それを描いた瑞應麒麟圖の「麒麟」はまぎれもなく首の長いキリン(ジラフ)である。現在、中華圏でジラフは「長頸鹿」と呼ばれ、もう誰も「麒麟」だとは思ってない。(台湾では「麒麟鹿」ともいう。)NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』はもうすぐ大詰め。いずれ麒麟がくる(乱世が治まる)のだろうが、首の長いキリンは、いつまで待っても出てこないだろう。毎週、日曜夜のNHKは、麒麟がくる前にダーウィンが来る。

 『月曜から夜ふかし』でマツコが、「どうしよう…、鬼滅の刃。まだ見てないから…。見てないと怒られるんでしょ?“キメハラ”が流行ってるんでしょ?」と、鬼滅の刃ハラスメントを恐れている旨を明かしていた。竈門とか不死川(しなずがわ)とか悲鳴嶼(ひめじま)とか鎹鴉(かすがいがらす)とか、こういう字を読めとか書けとか言われるのもキメハラだ

大沢ぴかぴ

Pocket
LINEで送る