業界のリーダーに聞いた 【Maxim’s Caterers Ltd. 黄耀霆氏】
業界トップを走り続ける香港日本食の仕掛け人
激化する競争を生き抜くブランディングとは
今や訪日外国人の7割を香港人が占めていると言われるほど、香港人の「日本好き」が加速する昨今。街中にある元気寿司や一風堂などの日本食チェーン店は連日長蛇の列をなす盛況ぶりだ。これら数多くの日本食レストランを一手にプロデュースしているのが大手Maxim’sの日本食チェーンレストラン部門(以下、JCR)。業界を牽引するJCRの風雲児とも言えるトップ、アンドリュー・ホワン氏(以下アンドリュー氏)に話を伺った。
アンドリュー・ホワン(黄耀霆)氏
1984年香港生まれ。留学先のカナダの大学ではファイナンスを専攻した。卒業後、香港へ戻りコンサルタント会社に就職。
2013年にMaxim’sに入社し、16年より現職のJapanese Chain Restaurants部門(JCR)のCasual Dining Segmentを率いる。
趣味は旅行やアウトドア。
●正真正銘の日本食でなければならない●
舌の肥えた香港人はユニークで本格的な食体験を求めている。
●若いチームだからこそゴールや対価を明確に●
莫大な数のスタッフ教育には、目標を明確化しモチベーションを上げることが大事。
●飽くなきバリエーションの追求と斬新な発想を●
コロナによる個食が進み、変化する外食スタイルにあった業態を常に探求する
北海道へスキーに行き、海鮮を食べる。大阪では本場のお好み焼きを、福井では越前そばを、もはや本物の味を知った香港人の日本旅行の足取りは広域かつ細分化している。昔から音楽、アニメ、ゲーム、ドラマなど日本文化に親しんできた彼らは、この十数年で地方都市にも直行便が飛ぶようになると、気軽に日本旅行を楽しむように。日本食への理解が深まり、香港人のニーズは以前に比べより高く本物志向へシフトしている。
そのようなニーズに応えるように、また新たな日本食ブームを引き起こすように展開するのが飲食大手Maxim’sのJCR。部門自体は1995年に発足し、2006年に元気寿司や千両と、11年には一風堂、19年に焼肉ライクと契約を結び、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで続々と出店してきた。JCR全体では150店舗数を誇り、香港で展開する日本食チェーン最大手といえる集団だ。
食への興味が未来への道に導いた
これはある一つのストーリーから始まる。かねてより香港人の日本食愛に着目していたMaxim’sゼネラルマネジャー(GM)は「本格的な日本食レストランの数を増やし、香港の日本食産業を活性化する」ことを目的に、ある一人の男を部門長に抜擢した。これが後にJCRを現在の規模、そしてブランドの知名度向上へと爆進させるアンドリュー氏に他ならない。彼は、2013年の入社後よりGMの直下で戦略展開マネジャーとして活躍してきた人だ。もともとは別会社でコンサルタントとして働いていたという氏。その顧客は小売、金融など多岐に及んだが、ずっと心に秘めていた「ひとつのことを深く追求したい」という気持ちに従うようにMaxim’sに入社した。自身が大のグルメ家だったこと、そしてここでならたくさんのチャンスに巡り会えると確信したのだそうだ。そんなアンドリュー氏へ、腕試しと言わんばかりにGMはあるプロジェクトを一任した。
「現在、中環のアレクサンドラハウスにあるラーメン居酒屋「GOGYO五行」は以前はifcにありました。当時、弊社が手掛けるレストランの中でも売り上げ不振に直面していたのがGOGYOでした。この立て直しプロジェクトを任され、黒字へと転換させたのが最初の功績ですね」と氏は振り返る。ハイエンドなラーメン居酒屋としてワインを取りそろえるなど、高級感の演出を重視していたが、ラーメンというB級グルメにワインのペアリングは不評だったことを受け、もっとカジュアルに楽しめるようにと、ビールのプロモーションを展開した。またifcという立地から、夜遅くまで働くオフィスワーカーのためハッピーアワーを設け、飲食を終えればまた職場に戻るフレキシブルなライフスタイルを提供することにも成功した。そうしてGOGYOは不動の人気店となり、リース契約終了の18年まで、カジュアルだけれど本物志向の消費者の心をとらえ続けた。
腹を満たすだけではない食文化の体験
今年で入社10年目を迎えるアンドリュー氏は、ここ数年の香港における食のトレンドやニーズの変化について3つの要素を挙げる。
1つ目は「フードデリバリービジネスの台頭」だ。Covid-19の流行以前にはテイクアウトやデリバリーサービスを提供していなかった飲食店は、閉店もしくは減益という厳しい現実に直面した。一方で、フードデリバリービジネスは瞬く間に拡大し、私たちの生活に定着したことは言うまでもないだろう。
2つ目は、特にこの5年の間に人々は食に対し専門性を求めるようになったこと。アンドリュー氏は「20年前の日本食と言えばうどん、天ぷら、寿司、ラーメンというステレオタイプのイメージしかありませんでした。しかし、現在では寿司なら日本人職人がその場で握るおまかせを、ラーメンならカウンター数席のみのこだわりのあるラーメン店に食べに行くのが、香港人のニュースタイルへと変わってきています」と語る。それは香港人がニセコにスキーをしに行ったり、日光へハイキングに訪れることと同じように、食に求めるものも深く特化してきているというのだ。
そして3つ目は世界的なトレンドでもある「食のローカル化」。日本ではこの地産地消の考えは真新しいものではないが、多くを輸入品に頼る香港では、近年になり注目され始めてきたのだという。「ローカルで生産されたものにプレミアム価値を認め対価を払うことは、これからの飲食業界において大きなストリームになるでしょう」と語る。実際、GOGYO五行では地元ブリュワリーと共同開発したクラフトビールや、香港人デザイナーによるオリジナルスタッフTシャツを採用したりと、香港製造のものを大事にしている。
多岐に渡る業態だからこそノウハウの共有が可能に
前述の通り、ラーメン、寿司、焼肉など幅広いブランドを手がける同社だが、一見するとばらばらとも言える業態を一括管理するメリットを、アンドリュー氏は3つ教えてくれた。
1つ目はリスク分散できる点だ。コロナにより外食産業が大打撃を受けている最中にも、キヨスクタイプの「魚尚」の売上は絶好調だった。様々な業態があるからこそ、変化する消費者のニーズに対応できたことで共倒れにならずに済んだという。
2つ目は知識や成功事例を業態間で共有し、それぞれのマーケット成長につなげられること。例えば、ライセンス契約を結んでいる「一風堂」ブランドでは、オリジナルラーメンの味を踏襲するルールがあるが、香港限定メニューの開発は可能なので、力を入れている部分だという。この限定メニューは香港人の受けもよく、全世界で香港が一番限定プロモーション数が多いという。同様に、1人焼肉の「焼肉ライク」でも、香港人の海鮮好きに合わせ、肉だけでなく海鮮メニューも取り揃えているという。
最後は「豊富な人材」を誇る点だ。JCRのオフィススタッフだけでも100名、店舗を含めると4千名ともなる巨大チーム。しかしこの数は言い方を変えれば「人材投資への労力とコスト」が発生することでもある。これに対しアンドリュー氏は人材の管理法について次のように話す。「働くスタッフそれぞれのゴールを明確に設定し、パフォーマンスがよければ昇格や給料を上げるなど、モチベーションを維持・向上するシステムを徹底しています」。氏が入社後に自ら始めた同管理法により、日本文化や日本食が好きな意欲あるスタッフが切磋琢磨し働ける場が作られているという。
またアンドリュー氏が常に持っている信念、それは「自ら決断をし、行動に移せるスタッフ育成を」ということ。一つひとつの業務に関して上司に相談をしていては、JCRのような大規模かつスピードの問われる部門では、足かせになってしまう。さらに、「スタッフ全員にこの仕事を楽しんでもらいたい。私が大の食いしん坊で、今の仕事が好きなように、自らを大事に働いてほしいと思います」と気さくな笑顔で話してくれた。
確かな品質を武器に拡大を続けていく
最後に氏にブランド力を維持・向上させる方法について伺うと「日本食のオリジナリティーを大事にし、価格以上の価値を消費者へ提供すること」と断言する。パートナー会社が培ってきたノウハウを完全踏襲し、日本の伝統や文化、おもてなしの心を尊敬し、香港で展開し続けることこそが、ブランドの存在感を訴求できるという。またこれからの飲食業界について氏は「小売店がますますオンラインにシフトする今後、スペースの余った商業施設にはレストランがさらに多く出店するでしょう。人口数の変わらないマーケットに対し、供給が増える結果、競争の激化は避けられません。私どもは引き続き、確かな品質とともに店舗の拡大及び、新たなキュイジーヌのトレンドを生み出していく所存です」と頼もしく語ってくれた。
「焼肉ライク」は高価なイメージのある焼肉をHKD48と求めやすい価格で提供し常識をくつ返した。また、大勢でワイワイ食べる印象を払拭し、個食が好まれる流れにも乗り大人気となった同ブランドは今後、香港全土に17店舗に増える見込みだという。香港マーケットをいかにリードし続けるのか、次はどのような流行を仕掛けるのか、同社の展開から目が離せない。
Maxim’s Caterers Ltd.(美心食品有限公司)
1956年の設立以来、香港を拠点に食品、飲料、レストランチェーンの大手として業界をリードしてきた。maxim’s cakes(美心西餅)やSTARBUCKS、北京樓、Jade Garden(翠園)など香港で暮らす人々にとって身近なブランドを手がけている。
www.maxims.com.hk/zh-hk