花樣語言Vol.131クリスマスの前とあと

2017/12/19

ディズニー映画『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』は世界中にいまだ熱烈なマニアがいます。ハロウィンとクリスマスが錯綜するキテレツな話ですが、アメリカ人のハロウィン観がわかるだけでなく、クリスマスの描写も考察に値します。

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『ナイトメアー~』のクリスマス世界には、キリストの要素が全く含まれていません。これを、「メリー・クリスマス」ではなく「ハッピー・ホリデーズ」と言い替えるような、非キリスト教徒への配慮としての「ポリティカル・コレクトネス」ととらえることは可能です。けれども卑近な例で、日本のクリスマスのことを考えてみてください。キリスト抜きでもクリスマスが成り立つことが、まさに実証されているではありませんか。「クリスマス」(キリストのミサ)は、ギリシャ語やラテン語では「キリストの誕生」で、現在のイタリア語、スペイン語、ポルトガル語など南部のカトリック圏の言葉でも「誕生」に由来します。しかし、北欧はどうでしょう。スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語、北部の低地ドイツ語などでは「ユール」と言って、これは北方ゲルマン系民族の伝統行事「冬至祭」のことです。ゲルマン民族のキリスト教化はとても遅かったので、つまり北欧~北ドイツでは、キリスト抜きのクリスマス(=冬至祭)が全くもって可能なのです。「夏至祭」も盛んで、シンボルの三角みそおでんのような形のポールは、同じくディズニー映画の『アナと雪の女王』でエルサの戴冠式のときに立てられています。

北欧はクリスマスの準備が早いと言われます。これは、ユールの始まりが北欧版女の子の節句、ルチア祭=12月13日からとされるためではないでしょうか。しかし北欧より遥かに早いのが日本のクリスマス商戦、この開始日はハロウィンの伝来によって実に明確になりました。11月1日です。ハロウィンの10月31日が終わるとカボチャの飾りは全て消え、緑と赤のクリスマスモードへと一変します。これは川劇の変臉を彷彿させる見事なツラ変わり。スーパーの寿司売り場をオレンジ色に彩っていた「ハロウィン巻」はこの日をもって「サーモン巻」へと名前がもとに戻ります。きっと31日の深夜0時にシンデレラのごとく魔法が切れるのに違いありません。

実際はハロウィンのカボチャは腐るまで放置するものとされます。クリスマスツリーは1月6日まで飾るのが「正統」。しかしクリスマスツリーこそ本来、キリスト教とは何ら関係ありません。ユールの木です。北方ゲルマン民族は改宗後も樹木信仰を捨てず、清教徒の国アメリカへの移住後には、アダムとイブのリンゴを表す赤や金色のボールが付けられ、てっぺんにはキリスト誕生を知らせるベツレヘムの星。冬至がキリスト教の衣装をまといます。電飾は、キリストこそまさにこの世の「光」、電化される前はローソクです。『星の王子さま』の日本語訳は岩波書店の翻訳出版権が切れた2005年初頭までずっと内藤濯の古い訳のままで、フランス語の原本ではただツリーの光(la lumière)とだけ書かれている部分を「ロウソクが光っている」としてありました。え、ツリーにロウソク?かつての日本の子供たちはさぞ不思議に思ったでしょうね。2005年以降の新訳本でも内藤版を踏襲した「ロウソクの光」が新潮社版にありましたが、ほかの訳者は「きらきら光る」とか「クリスマスツリーの灯り」とか、しています。

そもそもキリスト教では、クリスマスをキリストの「誕生」とはしていません。キリストの誕生日は不明なので、「降誕」の記念日だと、難解な理屈をこねています。英語の「クリスマス」が盛んに使われ始めたのは19世紀からで、これはドイツ、北欧から大量の移民が冬至祭の習慣を持ってアメリカに渡った時期と一致します。率直に言いましょう。クリスマスもまた、ハロウィンと同じく、キリスト教の行事ではなかったのです。キリスト教徒でないあなたも、冬を明るくする冬至のお祭りだと思ってはしゃげばいいのです。キリスト教にとって最も重要なのはクリスマスではなくイースター、復活祭です。香港に来て初めてイースターを知ったという日本人は結構いますが、さすがの日本もこの行事の商業イベント化は難しいでしょうね。濃厚な宗教色を取り去ったら、卵とウサギぐらいしか残りません。

サンタクロースもまたクリスマスとは別物。彼のご先祖(?)にあたるシンテルクラース(聖ニコラウス)の日は12月6日、オランダ語圏の子供の祭典です。北欧のユールにも伝統的なサンタがいます。香港ではクリスマスの翌日26日も休日で、この日はオーストラリア、カナダなど旧英領地域に広く根付いている「Boxing Day」にあたります。教会の寄付活動のプレゼントの箱(box)を開ける日だったとか、クリスマスに休まず働いた人たちのための休日だとか言われます。香港には、クリスマスプレゼントをこの日まで待って開けるという独特の風習があって、「拆禮物日」いう独自の呼称があります。「禮物」(贈り物)の箱を「拆」(こわす)=開封する日。この日について知らない在住日本人が多いのは、公式名称が「The first weekday after Christmas Day」となっているからです。

大沢ぴかぴ

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