アール・ヌーヴォー様式の代表格アルフォンス・ミュシャの世界
アール・ヌーヴォーを代表する画家、アルフォンス・ミュシャ。活動の場所は主にウィーンやパリだったが、1904年からの6年間、シカゴの美術学校で教鞭を執ったこともあり、そこで彼は新しい芸術、つまり“アール・ヌーヴォー”の世界を説いた。彼の描いたポスターはアール・ヌーヴォー特有の、自然への賛美と装飾的な美に満ち、それは即ち同時代に進んでいた世の中の急速な工業化と、それによる創造性の枯渇への抵抗でもあった。
一般的なアール・ヌーヴォー芸術においてもそうであったように、女性はミュシャの作品に一貫して描かれた主題である。特に“The femme nouvelle(新しい女性)”のイメージは寓意的かつ装飾的な両方の魅力を備えたテーマだったため、過度に工業化され、非人間的で男性的な世界への異論として、女性賛美を用いていたアール・ヌーヴォー派の他のアーテイスト同様、ミュシャも好んで描いた。
壁画から家具や衣服、街の宣伝ポスターなど、人々の目につく様々なメディアを通し、ミュシャのアートはハイ・アートの境界線を越えて広がっていた。1900年台後半からは祖国チェコの誇りや芸術的伝統に惹かれ、帰国して定住。国家行事のポスターを手がけるなど、スラブ諸国の文化の伝道に注力した。
以下に彼の代表作を簡潔に解説していこう。
【Job Cigarette Papers(1896)】
煙草の広告として制作されたこのポスターは、火の点いた煙草を持った美しい女性、そして彼女の長く渦巻く髪とJOBのロゴが一体となって、その印象的な構図を作り出している。無邪気に紫煙をくゆらせる、少しワイルドなさま、閉じた目と抑えた微笑みがエクスタシーを感じさせる。日常の一コマを神秘的な美しさにまで昇華させ、アートと商業を見事に融合させることに成功した作品。
【The Seasons(1896)】
彼の初期を代表する連作の一作目。調和のとれた自然のサイクルがテーマのこの連作は、独特の自然の背景に調和した四季の美しさが特徴的で、彼独自の女性賛美的な美しさの中には、死と再生というテーマが隠されている。また、構図は日本の木版画にも影響を受けている。画材にパネルを選んだのは、中流階級を始めとした一般層の家庭にも手が届く、新しいアートの形として彼自身が興味を持ち、人々に広まることを望んでいたからだ。
【Snake Bracelet with Ring(1899)】
女優・サラ・ベルナールの依頼によってミュシャがデザインし、パリの金細工師、ジョルジュ・フーケが制作したコラボレーション作品。手首を包む厚いゴールドの蛇の体、尾は腕の上を滑り、オパール、ルビー、ダイヤモンドがモザイク状に美しく配された蛇の頭が手の甲を彩る一方、蛇が咥えるチェーンは、ブレスレットとゴールドの指輪を繊細に繋いでいる。アートとデザインの境界を越えた先の新しい美を求めた、ミュシャの意欲作。
【Le Pater(1899)】
ミュシャの霊的哲学が投影されたイラストレートブックであり、自身の象徴的な解釈をもって、主の祈りのそれぞれの行のイメージを表現している。これには八芒星や三日月、サークルなど、カバラとフリーメーソンの哲学から引用された多くのミステリアスなモチーフが含まれており、彼のスピリチュアリズムとフリーメーソンに対する信念が垣間見える。彼はこの本を自身の代表作と公言し、センチュリーマガジンもミュシャを”ニューミスティック”と評し、ミュシャはこの惑星を影で満たす、ミステリアスな存在と表現した。