香港建築トリップ 「Zaha Hadid(ザハ・ハディド)」

2022/08/10

不可能建築の女王が手掛けた
香港理工大「Innovation Tower」をめぐる

mainイラク出身の女性建築家「Zaha Hadid(ザハ・ハディド)」。形式にとらわれない唯一無二のデザインが高く評価される世界的建築家だ。
しかし大胆すぎる設計がゆえ、「アンビルト(不可能建築)の女王」と揶揄されるほど彼女の構想は実現困難とされ、個人事務所を立ち上げてから何年もの間、手掛けるプロジェクトが具現化されることはなかった。
だがその後の建築技術の目覚ましい発達により、不可能と考えられていた彼女のデザインに時代が追いつき、世界各地で次々と作品が誕生。2004年には建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を獲得するなど、建築の世界において、なくてはならない存在となる。
しかし、世界中で様々なプロジェクトを抱え第一線で活躍するなか、2016年、心臓発作により65歳にしてこの世を去った。

 

東京五輪“幻“の「ザハ建築」

日本人に一躍その名が知られることとなったのは、昨年開催された東京オリンピック新国立競技場建設を巡る騒動だろう。

2012年に実施された国際デザインコンクールで、審査委員長を務めた世界的建築家・安藤忠雄氏が、ザハの作品を「満場一致で最優秀賞とした」と発表したのも束の間、当初の予算を大幅に上回るなどとして各方面から猛烈な批判を受け、異例の再選考に。結果、日本人建築家・隈研吾氏によるコスト重視のデザイン案に収まった。

そんなザハが世に出るようになった契機が、ここ香港にあるというのをご存知だろうか。

 

世に出るきっかけは「香港」×「日本人建築家」

個人事務所を設立したものの、建築界でまだほとんど知られていなかった彼女が知名度を上げることになったのは、1983年に行われた香港の建築計画でのこと。そのきっかけは日本人建築家によるものだ。

香港の山上、ビクトリア・ピークに建設予定の高級クラブにおける国際コンペの際、ザハの作品は落選案だったにも関わらず、選考委員の一人であった日本人建築家・磯崎新氏がその奇抜性を高く評価。500以上ある案の中から最優秀賞へと引っ張り上げたのだ。これにより建築界にその名を知らしめることとなった。

しかし不運にもこの直後、事業者の倒産という形で計画自体が白紙に。長らく香港に彼女の作品が建つことはなかった。

 

単調な街並みにダイナミックな魅力をもたらす白い宇宙船

main2ビクトリア・ピークの計画が頓挫してから30年後の2013年、遂に香港で初となるザハ作品が完成する。香港理工大学キャンパス内にある「The Jockey Club Innovation Tower(ザ・ジョッキークラブ・イノベーション・タワー)」だ。

彼女の最大の特徴である、垂直の壁や窓が極端に少ないシンボリックな曲線デザインの大型建築。近くを通ったことのある方なら、あの不思議な白いビルに一度は目を奪われたことだろう。並んだドミノを思わせる高層ビル群に突如現れる宇宙船のような建物が、香港の街にダイナミックで魅力的な変化をもたらしている。

 

未来のデザイナーに残したイノベーションの仕掛けとは?
CAD実習室だろうか、Macがずらりと並ぶ教室

CAD実習室だろうか、Macがずらりと並ぶ教室

建物内部を見ていこう。

このイノベーション・タワーはデザイン系の学部棟なのだが、外部もさることながら、内部の構造もとても複雑だ。細かな窪みで陰影をつけ、しなやかな曲線と鋭い直線のコントラストで近未来的な印象を強調。同じフロアのなかに高低差をつけるなどすることで、どの階、どのエリアに立っても、同一の景色がないほど変化に富んでいる。既成概念にとらわれないこの空間は、デザインを学ぶ者にとって素晴らしい環境だろう。

廊下に無造作に置かれた未来の芸術家たちの作品

廊下に無造作に置かれた未来の芸術家たちの作品

また教室とは別に、ドアのない開かれた小ホールのような場所が点在し、自然発生的なコミュニティを創り出したい意図が見える。まさにイノベーションの名の通り、革新的な「何か」を起こす場を、ザハは学生たちに与えたかったのだろう。

※以前は部外者も自由に出入りできた香港理工大、残念ながら現在は関係者のみ入校可能となっており、イノベーション・タワーも敷地外からしか見ることができなくなっている。

近未来的なエントランスホール

近未来的なエントランスホール

Photo3

細かく入れられたスリットを天窓からの強い光が強調する

Photo2

曲線と直線が行きかう吹き抜け

亡き後も香港界隈に続々と誕生予定の建築作品

彼女の設計事務所である「Zaha Hadid Architects(ザハ・ハディド・アーキテクツ)」の手掛けるプロジェクトは、現在も着々と進んでいる。

香港では、区旗にも描かれる花・バウヒニアをイメージして設計されたという中環の超高層オフィスタワー「The Henderson」や、香港科学技術大学の学生寮の計画がスタート。またお隣の深センでは、都市型庭園と一体になった超高層商業ビルの計画が始まっており、ザハ亡き後も、ここ香港・華南地区に彼女の情熱が宿る建築作品が続々と誕生予定だ。

 

文・写真/ 菅原 悠

大阪公立大学工学部建築学科卒。住宅関連企業にて設計・研究開発に従事したのち、2013年に香港移住。週末はもっぱら山、川、海に出没する2児の親。
執筆のご依頼は yusugahara0317@gmail.com までどうぞ。

 

 

Pocket
LINEで送る