2分で読める武士道 第29回「なぜあの夜、人魚姫は王子を刺さなかったのか?」
世界中で注目されている日本人特有の性格や行動の数々。
それらの由来は武士道精神にあった。
しかし、肝心の日本人にその武士道精神が浸透していないのが日本の現状である。
筆者が外国生活を通して感じた日本人の違和感を「武士道」や「葉隠」などの武士道関連文献をもとに紐解いていく。
第29回 なぜあの夜、人魚姫は王子を刺さなかったのか?
にんぎょひめはにんげんになって、王子さまのそばにいたいとおもいました。そこで、まじょのところへいって、にんげんにしてほしいとたのみました。
以前まで英語の絵本しか聞きたがらなかった4歳の娘が最近になって日本語の絵本にも興味を持ち始めてきた。特に最近のお気に入りは「にんぎょひめ」だ。人魚姫といえばディズニーのリトルマーメイドを思い浮かべる人も多いだろう。リトルマーメイドは、自分の声と引き換えに人間になったアリエルが王子や仲間とともに海の魔女アースラを見事にやっつけて、最後は父親やお姉さんたちの祝福を受けながらめでたく王子と結ばれるという、泣く子も喜ぶディズニー代表作のひとつである。
最後に愛と友情と正義が勝つというベタな話の終わり方はディズニーの十八番であり、それはそれで観る者を楽しませ、感動させ、特に子どもたちにとっては多くの教訓を得られるストーリーになっていることは間違いない。ただ大人になるにつれ、そういった愛と勇気がいつも勝ってしまう後味すっきりのストーリー展開にはどうしても物足りなさを感じてしまう。
そう感じるのは私も例外ではなく、娘から寝る前に「にんぎょひめ読んで!」と初めて言われたときは全く気が乗らず、これは読み聞かせている自分が先に寝落ちするなと覚悟をして読み始めたのを覚えている。しかし、いざ最後まで読んでみると、このアンデルセンの描いた人魚姫の後味の悪い結末に娘ともども虜になってしまった。
そのよる、うみにおねえさんたちがうかんできました。「まじょにたのんで、ナイフをもらってきたよ。これで王子さまのむねをさすのだ。そうすれば、おまえはうみのあわにならなくていいんだよ。」
アンデルセン版では王子様が他の女性と結婚してしまうと人魚姫は海の泡になって消えてしまうというディズニー版にはない設定が付け加えてあり、案の定王子様は隣の国の姫に恋をして結婚することになってしまう。
つまり、王子様とずっと一緒にいたいと人間になった人魚姫が生き残るにはもはや王子様を殺す以外に手立てはなくなってしまったのである。
にんぎょひめは、王子さまのねているへやにしのびこみました。王子さまは、ベッドですやすやとねむっています。「王子さま、さようなら」。にんぎょひめは、こころの中でそういって、ナイフをふりあげました。でも、どうしても、王子さまをさすことはできません。にんぎょひめは、なみだをながしながら、ナイフをうみになげすてました。そして、じぶんもうみにとびこんでいったのです。
王子様を殺さなければ自分は泡となって消えてしまうと分かっていながら、結局殺すことができなかった人魚姫の葛藤と潔さが私には武士のそれと重なって見えた。心から愛した人に対して死ぬまで想いを告げないその姿勢は、まさに武士道の教えの一つである「忍ぶ恋」そのものであり、4歳の娘の横で私がこの人魚姫の真の愛にひそかに感動したのは言うまでもない。
「にんぎょひめよ。これから三百年、にんげんのためになることをおやりなさい。そうすれば、かみさまはあなたにいつまでもかわらないしあわせをあたえるでしょう。」
そして魔女のお告げ通り、泡となり天に上っていった人魚姫。ディズニー版とは真逆の方向に結末は向かっていくが、しかし、ここで終わらないのがアンデルセン。最後にしっかりと謎の天使を登場させ、人魚姫に「三百年の献身を終えたときお前の願いが叶う」という読んだ後で読者たち同士が自然とこの「三百年」について議論が繰り広げられるような結末を描いている。
子どもと絵本を読んだり、ディズニー映画を一緒に見るようになり、それらの童話がなぜ何十年、何百年も語り継がれているのかがよく分かってきた。正義が勝つことを教えてくれるディズニーもよし、人間の本性や欲というものを生々しく描く童話もよし。特に子どもに物事の善し悪しを教える場合は、人魚姫や花咲じいさんなどの童話を例にしながら話してあげると一発で理解してくれる。そして、ぜひ、親御さんには積極的に子どもに絵本を読んであげてほしい。アンデルセンの人魚姫を読んでこうやって記事を書いている私のように、大人でも童話に十分に感化されるし、何より子どもへのしつけの仕方が上手になると私は思う。
筆者プロフィール
宮坂 龍一(みやさか りゅういち)
東京都出身。暁星高校、筑波大学体育学群卒業。
香港の会社、人事、芸能、恋愛事情にうるさい。