セントラル「Sagrantino(サグランティーノ)」本質を貫き8周年

2015/09/30

スパークリングワインあの光は僕らを突き離すなんて事はせず、優しく包み込んでくれるはずなのに、見る人によって夕日に感じ得る事が異なる。10年以上前、彼はタイのプーケットで傷ついた心を地平線に沈み行く夕日に透かしながら、そして途方に暮れながら、ビーチにポツリと座り込んでいた。シンハビールを片手にサンダル・短パンで通り過ぎていく観光客の会話が潮風に乗って聞こえて来たが、それとは全く無縁に、彼の背中にはリゾート地に似つかわしくない哀愁が漂っていた。

彼の宿泊先は地元の漁師の宿。漁師と共に海へ出かけ、その日の夕食の素材を漁して、宿泊客全員で食卓を囲むというスタイルの宿だったそうな。夕日に照らされた漁師の顔が朱色に染まり、彼に話しかけている。「お前はそんな小ちゃなことでクヨクヨしてるのか?マイペンライさ。人生には取り組むべきもっと本質的な何かがあるんじゃないのか?」

大学を卒業して保険会社に就職し、一時は外交員200名を部下に持ち、経営陣にも一目置かれた彼。その保険会社が2000年に経営破綻によって外資系に包括移転されると、彼よりも10歳以上若いアメリカ人が上司として本部より送り込まれ、片っ端からリストラを始めたそうな。「お前は英語が話せないからクビだ。」それが上司の第一声だった。営業マンとして脂が乗って来ている頃だっただけに、彼のショックは、さぞかし大きかったことだろう。

さまよう事、数ヶ月。かの漁師の言葉で、閊えていた異物が、胸からスウーっと消えていくのが自分でも分かったそうな。そこから彼の第二の人生がスタートした。自分の中に眼を向け、何をしたいか、するべきかを真剣に考え、行き着いた答えが”料理”だった。自分を救ってくれたあの漁師の料理のように、自分の料理が人を幸せにできたらいいな、と。

そんな想いから、本場の英語とサービスと料理を同時に身に付ける為にラスベカスの大学に留学する事を決めた。その後、放課後のアルバイト先であったヒルトンホテルでイタリア人のトップシェフにその努力が認められ、最終的にそのシェフの紹介状を片手にイタリアに飛ぶというストーリーに発展する(※その物語の詳細はPPWのWEBサイト内で”Sagrantino”で過去記事を検索)。そしてイタリアに渡った彼は、給料無しでレストランの屋根裏部屋に住み込みしながら北から南へ修行の旅を続けた。

僕は彼のイタリアでの修行時代の話を聞きながら、その料理をサSagrantino店内グランティーノで食べるのが好きだ。ある日のスペシャルメニュー、塩とニンニクを振りレモンを搾ったハマチのカマのグリルを頂いた時は「シチリアにはイカなどをただ焼いただけ、なんていう素材の良さを活かしたシンプルな料理が多いんですよ」とか、フィレンツェ名物のTボーンステーキを食べた時は、「キャンティ(ワインの種類)がズラリと長テーブルに並んでいて、客が勝手に抜栓して飲む食堂があるんです」といった話を聞いたりもした。

そんな修行が一段落した彼ことサグランティーノのオーナーシェフ安田さんが店を出そうと思ったのがここ香港。ここでもまた、キーパーソンとなる香港人の男に助けられる。物件巡りをしていた夜、フラッと立ち寄ったバーでたまたま隣の客に話Sagrantino安田さんしかけたのがきっかけだった。その男は「日本人が香港で日本料理屋じゃなくて、イタリアンだって?!アンタ面白いな。香港はコストが高いから出店資金が不足したら、いつでも連絡くれ」と、香港のとある有名銀行の名刺を差し出したそうな。正規の審査の上で融資された数ミリオン香港ドルを、安田さんは数年で返済し終えたと言うから脱帽である。

そんな努力家の安田さんが経営するサグランティーノは今年10月で8周年を迎える。「今回はエチケットに8の文字が入ったオーストラリア産の8 cuve seccoというスパークリングワインをご来店頂いた方にサービスしようと思ってます。」とのこと。サグランティーノに行ったことがある方も無い方も、この機会に是非お立ち寄り頂きたい。レストラン激戦区、香港での8年間を貫く“本質”に出会えるはずだから。
(文:鳥丸雄樹)

 

Sagrantino

Sagrantino Italian Restaurant
住所:5/F., THE LOOP, 33 Wellington St., Central
電話:(852)2521-5188
ウェブ:http://www.sagrantino.com.hk/

 

 

鳥丸 雄樹(とりまる ゆうき)
元JEFユナイテッド市原のジュニアユースでもあり、元バンドマン。ロンドンのコヴェントガーデンにあるHard Rock Cafeや上海でライブ活動を行い、ロスの日刊サンへの寄稿を経て現在に至る。

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