中国法律事情「不安の抗弁権 その2」高橋孝治

2016/04/18

中国の法律を解り易く解説。法律を知れば見えて来るこの国のコト。

前回中国の不安の抗弁権の規定とそれが世界にも類を見ない先履行者保護規定であることを解説しました。一体どうしてこのような規定ができたのでしょう。まず中国の民法の基礎理論を見ていきましょう。
もともと中国に民法はありませんでした。古代中国において法律は皇帝が民衆を支配する道具として作られていたので、民衆同士の間の問題を解決するための法律(民法)という概念はなかったのです。中国が本格的に民法導入へ動いたのは、1980年代半ばの改革開放の始まりによってでした。つまり中国の民法は歴史的に非常に新しいのです。しかも民法の伝統を持っていないために歴史的背景に縛られることなく、貪欲に外国の民法を参考にすることができたと言われています。
不安の抗弁権はもともとドイツ法やフランス法にあった規定です。そして契約内容の履行前に契約違反として契約解除などを規定するのはアメリカ法の特徴と言われています。つまり中国の不安の抗弁権はいろいろな国の規定を寄せ集めてできたものなのです。まさに世界中の民法を参考にした成果といえるでしょう。
中国の不安の抗弁権は一般的には以上のように説明されますが、筆者は別のアプローチもあると思います。日本法の考え方では、契約は基本的には一方的な解除は簡単に認められるべきものではありません。相手方も契約による効果を期待しているからです(そのため合意解除なら問題ありません)。これに対し中国の合同法が制定された当時(1999年)は経済改革の最中でした。そのため、経済政策が大きく変わればそれまでの契約を破棄させ、経済政策を円滑に進めようという意思が合同法には反映されたと言われています。中国で不安の抗弁権で契約解除まで認められるのは、経済政策の変更により資力が大幅に変化する企業が出現することを予測してのことと考えることもできると思います。
いずれにしろ、中国では相手に対し前号で説明したような不安を感じたら義務の履行を拒否、さらには契約解除できること、相手が不安を感じたら履行拒否、解除がされるということに注意しましょう。

高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。現在、中国政法大学博士課程で中国法研究をしつつ、執筆や講演も行っている。
行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

Pocket
LINEで送る