花樣語言Vol.139 そだねー効果

2018/04/09

冬季オリンピックのカーリングで話題になった「そだねー」(そうだね)。メディアはこぞって「北海道訛り」だという。が、北海道の人たちは「そかねー?」と思うだろう。「そう」の長音短呼(国語学の方面ではこう呼びます)は全く北海道に限ったことではない。日本全国にある。関西の「そやね」も「そうやね」の短呼だ。「そやな」とか「せやな」も、そやで。そもそも東京でも「そうして」を「そして」と言っているし、書くときもそう書いている。

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長音短呼は、伸ばしの本場(?)である関西でも決して珍しくはないが、あほう(阿呆)→あほ、などはかなり新しい変化だ。言葉が隣町へ、さらにその隣村へと地道に伝わっていく速度をおおざっぱに「100年で100キロ」として、まさに京阪からだいたい50~100キロぐらいまでの「あほ」圏の外側に、それを取り巻くように、縮まる前の古い形である「あほう」圏が残っている。近畿では本来、木(きー)、手(てー)、目(めー)などがことごとく長い。「大阪」も「おさか」(小坂)の伸びた形だ。短音長呼なら、「女王」を「ジョーオー」と伸ばす「東京訛り」も有名である。アナウンサーでも東京出身だとこう言っている。江戸の生まれの夏目漱石が「一所懸命」を「一生懸命」としたのも「イッショ」→「イッショー」という短音長呼なのかもしれない。そしてイッショー懸命は、こんどは長音短呼によって自動的にイッショ懸命に「戻った」とみることもできる。

わたくしもカーリングは見ていた。ただし目的はかなりズレていて、対戦相手の、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語を聞くためである。カーリングは選手が試合中に言葉をたくさん話す珍しい競技なのだ。日本チームの「そだねー」と「もぐもぐタイム」のおかげでテレビが選手の声を大きく拾ってくれるようになって大変ありがたかった。「そだねー」には感謝こそすれ、つべこべ言える立場にない。というわけで久々の北欧ネタ。『アナと雪の女王』以来だろうか。北欧諸語はお互いよく似ていると言われるが、言われるほど似てない、と言われることが最近は多い。北欧語をありのままに正しく知る人が以前より増えたからだ。次の3つを比べてみよう。意味は「anewhouse」に相当。

 et ny thus:デンマーク語
 et nytt hus:ノルウェー語
 ett nytt hus:スウェーデン語

「ありがとう」は北欧諸語でいずれも「タック」だと知られているが、つづりは全て違う。デンマーク語:Tak、ノルウェー語:Takk、スウェーデン語:Tack。日本の方言を香港で話題にすることのメリット(?)は東京や大阪など国内より香港のほうが日本各地の出身者がまんべんなくそろっているからにほかならないが、ヨーロッパ語に関しても同じことが言えるので、身近に北欧の人がいたら試してみるとよい。デンマーク人がどれだけノルウェー語やスウェーデン語を書けるか。スウェーデン人がデンマーク語とノルウェー語のつづりの違いがわかるか。そもそもこれらの微妙な違いは、はたして「必要」なものなのか。結論から言うと、それなりに必要なのである。つづり方の規則がそれぞれ異なるので、一見ばらばらに見えるのだ。統一することは、不可能ではない。けれども統一しなければならない理由というのも存在しない。

日本語の長音表記には複数の方法がとられている。「大(おお)きい」や「氷(こおり)」では「お」を書き、「そうだ」や「あほう」や「王(おう)」では「う」を添え、外来語では「ボート」のように長音符号を使う。統一しないのだ。日本は重大な事を「折衷案」で解決する癖があって、送り仮名の問題もそう、つまるところ歴史的仮名遣いとの折衷である。「おほきい」「こほり」「とを(とお、数字の10)」のように旧仮名で「ほ」「を」の場合が「お」。ひとつの日本語の「オー」という音に3つの表記法を使う我々は、3つの言語で3つの表記法の北欧語に、つべこべ言える立場にない。

実はノルウェー語とスウェーデン語にも「長短」がある。「ありがとう」の「takk、tack」に対して「tak」だと「ターク」と長くなって「屋根」の意味になる。ほかでもない、「-kk」や「-ck」は直前の母音が短いことを表すのだ。デンマーク語では屋根は「tag」だがこれはターグとは読まない。デンマーク語の発音は驚異的に面倒なので説明は省略。同じゲルマン語の仲間であるオランダ語にも母音の長短はあって、『アンネの日記』の「Anne」は「アネ」と読むのだが、もし「Ane」ならば「アーネ」と読む。「アンネ」というのは、ない。アネとアンネの区別がないのは、英語でアナとアンナの区別がないのと同じである。『アナ雪』のヒロインは「Anna」、これを「アンナと雪の女王」としなかったのは、字づらよりも、耳で聞くと「アナ」に近く聞こえる事実を優先したため、だと思う。「アナ」は短くなっても「女王」のほうは、東京ローカルの発音だと長くなる。「アナと雪のジョーオー」。短呼と長呼の折衷(?)。来年、続編が公開されます。

大沢ぴかぴ

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