花樣方言 ズージャ語講座 応用編
1月から日本で放送しているアニメ『石膏ボーイズ』は芸能業界ネタとパロディーが売り。主人公はなんと、4体の石膏像からなるバーチャルアイドルグループ。石膏像なので動きませんが言葉を話します。風呂柳節子の「節子の部屋」の場面では、出ました、ズージャ語、「節子のヤーヘー」。
業界用語のズージャ語は、ただひっくり返すだけでなく、長く伸ばす、という特徴があります。寿司→シースー、暇→マーヒー、派手→デーハー。とんねるずの木梨憲武はシースーをさらにひっくり返して「スーシー」と言ったことがあって(この話は知る人ぞ知る、伝説的な業界ネタ)、その後しばらく「ヒーマー」とか「ハーデー」のような新型(?)がはやったとか。「スーシー」は、本当に二重にひっくり返したのか、あるいは、ひっくり返さなかったのか、区別はつきませんが、いずれにせよ「伸ばす」ことは、ズージャ語の語感やリズムのために大切なのです。
「伸ばし」は、日本語のしくみや成り立ちを知る上で、とても重要です。駅名のローマ字表記に使われている「Ōsaka」のような鉄道ヘボン式や、ついに外務省も容認した「Ohno」(大野)のような表記、こう書けば外国人が「オーサカ」「オーノ」と読んでくれると思ってるのかもしれませんが、しかし、どう表記しようが、ほとんどの外国人は長短を区別できません。…いやいやアメリカ人だってちゃんと「イチロー」と言ってるじゃないか、って?…いえいえ彼らは「イチロー」と「一路」を区別できませんよ。「コンピューター」か「コンピュータ」か、などという論議も、長いか短いかどちらかに決めなければならない宿命を負った、あくまで日本語側の問題。おおむねアクセントのある部分と語末がいくぶん長めになるため、長短を聞き分けるセンサーが超敏感である日本語話者は長音と取りがちですが、英語話者としては、長かろうが短かろうが知ったことではありません。「オノ」と呼んでも大野さんは振り向きませんが、「ベティ」と呼べばベティーさんは振り向きます。
関西では、木、手、毛、目、蚊、のような1音節の語は、きー、てー、けー、めー、かー、のように長く発音します。これらは2拍の語と同じアクセントの型で発音され、あたかも声調言語のメロディーのように聞こえます。関西弁の発音には、渡来人である弥生人の言葉の特徴が比較的濃く残っていると考えられ、アクセントの型の種類が日本語の中で最も豊富。一方、先住民である縄文人の言葉は無アクセントあるいは単純な一型アクセントであったと考えられ、福島、栃木、茨木、福井、宮崎、熊本などに残る一型アクセントや、また、東北の北部や出雲や鹿児島などの、長短の区別がない言葉(非拍方言)が縄文語のなごりなのでありましょう。その中間に位置する、名古屋や東京や岡山広島などの言葉は、弥生人がもたらしたアクセントを模倣し吸収しながらも、しかし関西型のレベルにまでは至らなかった元縄文語、ということになります。
時代の先端を走っていたギョーカイ人たちがズージャ語によって、おそらく無意識のうちに目指したのは、4拍で、なおかつ平板型アクセント(1拍目が低くて2拍目以降が高く平ら)の語の創造、だったのではないでしょうか。ドタキャン、ダメ出し、ガチンコ、ピーカン、など、ギョーカイ系用語の多くが4拍の平板型、そして、シースー、マーヒー、デーハー、ヤーヘー、2拍を伸ばして無理やり4拍平板型にしています(伸ばしの「ー」は1拍分。これが重要)。そしてズージャ語に未来を予知されたかのように、その後東京の言葉は4拍平板型を激増させていきます。リモコン、パソコン、財テク、留守電、コスプレ、イケメン、激安、爆買い、などなど、ここ30年の複合省略語はほとんど4拍平板型です。もとは頭高型だった、トースト、ユーモア、サーファー、サークル、なども平板型へと変化、さらには、彼氏、アニメ、クラブ、など3拍の頭高型まで平板型へ。もともとの和語でも平板型は4拍の語に多かったのですが、近代化以降の、銀行、病院、警察、鉄道、空港、…などなど膨大な新造漢字語(多くが4拍)によって数を増やし、さらに外来語の、テーブル、トンネル、アルバム、アイロン、…また、後半部を省略した、リハビリ、イラスト、コンビニ、…などなどを加え、そして現在、とめどなく作り出される複合省略語のアクセントの器となっているのです。4拍平板型は驚異的な生産性を持った、実に子沢山なアクセントタイプです。
東京語のアクセントが今後この調子で平板型へと収斂して、縄文語への回帰、先祖返りをすると安易に予測することはできません。形容詞の新語は依然、エグい、ケバい、ウザい、キモい、など、起伏型の中高型です。日本語のアクセントと中国語などの声調の研究はここ数十年で飛躍的に進歩しましたが、まだまだ未解明の問題は多くて、なぜ「佐藤」や「加藤」が頭高型で「伊藤」や「後藤」が平板型なのか、など、謎はたくさん残っています。ちなみに4拍平板型の「ユニクロ」は、香港では頭高型(?)になって、「ユ」が高くなります。
大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり