マルチリンガル教育のその先「本帰国して見えた、わが家の想定外」Vol.2
香港で日本人駐在員の家庭に生まれ、英語・広東語・普通話・日本語の4言語学習の幼稚園に通っ
たわが子。小学校入学のタイミングで本帰国し、特別なサポートを受けることなく過ごした彼の語学
力は、1年後にどうなったのか。ひとつの事例として紹介したい。

その言語は、本当に「身についていた」のか
まず、私の通訳にさえなってくれていた広東語。耳にする機会がなくなったことで、帰国後まもなく完全に忘れてしまった。そもそも香港在住中も息子がどこまで理解していたのか、今となっては疑問が残る。
北京語も同様に、あっという間に抜け落ちていった。これに関しては弁論大会でトロフィーをもらった時も先生に教えられた通りに暗記した文章を発音していただけで、内容はほとんど理解しておらず、忘れてしまったのも無理はない。
きょうだい同士の会話で3~4割ほど使っていた英語も、日本では「外で英語を話すのは恥ずかしい」という意識が芽生えてしまったようで、次第に使わなくなった。その結果、香港の友だちと電話で話そうとしても言葉が出てこない。伝えたい気持ちはあるのに表現できず、途中で諦めてしまう̶̶そんな状態になっていた。
彼には母語がある!はずが…
本帰国から1年が経ち、ほかの3言語をほぼ見事に忘れた息子。それでも彼には日本語が残っている。基礎となる母語にとりあえず集中してくれればそれで構わないと思っていたのだが、先日、担任の先生からこう言われ、私は言葉を失った。
「教科書は読めています。ただ、こちらが質問したことに対して、見当違いな答えをすることがあります」
彼にとって”本を読む”とは、文字を目で追う作業でしかなかったのだ…。幼稚園で4言語の読み書き・リスニングをひたすら叩き込まれた息子は、文章から内容を理解すること、何かを学び取ることを、してこなかったように思える。もちろん、多言語の幼児教育を受けて内容をしっかり理解できる子どももたくさん見てきた。ただ、それには向き不向きがあるようだ。実際、香港では7~8言語をネイティブのように操れる人もいるし、広東語と英語を織り交ぜなければ話せない人、日本語も英語も流暢に話せるのに記述することはとても苦手な人もいて、言語能力の違いに驚かされた。
見過ごしてきたサイン
思い返せば、こちらの質問に対して噛み合わない返答をすることは以前からあった。また、「䬞呀(アイヤー)!ボクのオモチャ、brokenだよ」といった言語ミックスもしばしば起こっていた。それに対しては、「そうだね。ああ、おもちゃが壊れちゃったね」と導くようにはしていたものの、見過ごしていた場面も多く、深刻に受け止めてこなかったことを今は反省している。
基本に立ち返る
現在小学2年生の彼は、1年生の学習テキストから学び直している。本を読むとは、その意味を理解し、そこから何かを得るということ。「なぜですか?」と聞かれたら、「こういう理由だからです」と答えること。「何が起こりましたか?」と問われたら、「まず〇〇が起こり、次に〇〇になり、最後は〇〇でした」と、順序立てて説明すること。そんな、ごく基本的なところから、改めて始めている。
著者:菅原 悠
建築学科を卒業後、住宅設備メーカーにて研究開発職に従事。2013年に来港し、2児を育てる傍ら編集ライターを務める。11年間の香港生活を経て、2024年に帰国。現在は事業者向け住宅専門誌にて取材記者として活動中。日本語教育能力検定試験資格を持つ。


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