旬な人 日本人初のシニアマスター有段者「八木 佳祐氏」
恩師のパッションを受け継ぐ
日本人初のシニアマスター有段者
「道着とスーツと履歴書」、八木さんが本格的に香港へ移住した時の所持品はたったこれだけだった。目的はただひとつ、憧れの恩師・周年發氏が率いる道場に入門すること。武術に惚れ、また恩師との出会いに導かれ、現在は正式に登録する有段者の中、日本人初と言われるシニアマスターのタイトルを持つ彼の唯一無二的ストーリーに迫る。
インタビューに応じてくれたのは気さくな好青年という印象の八木 佳祐さん。快活に幼少期からの生い立ちを話すその横顔は、普通の人のそれと同じ。しかし一度、詠春拳の構えに入ると、表情は一変凛々しく、背筋も伸び、達観した雰囲気さえ漂うから不思議だ。香港の中文大学留学中に詠春拳に出会い、一度は日本へ帰国するも、恩師である周年發氏の教えをまた乞うように荷物ひとつで来港。現在、詠春拳歴20年以上のベテランである彼は、詠春拳中国武術段位6段、Worldwide Martial Art Association(WWMAA)8段(シニアマスター+試験官)資格取得と、他者が容易に真似できないタイトルを持つ。
フィルムの中のスターの姿が焼き付いた
カンフーや武術との出会いは小学生時代にさかのぼる。父親が借りてきた、香港を代表するアクションスター主演の有名映画を観て育った。幼い瞳には、小柄ながら鋭敏に動き闘うスターたちのかっこいい姿が焼き付き、後の彼の進路を左右する大きな出会いとなったことは言うまでもない。「中学3年の進路相談の際、八木は将来どんな職業に就きたいか?と担任に聞かれ、真っ先にカンフーがしたいと答えたんです。今思うと返事になっていませんよね(笑)」と当時を振り返る八木さん。部活ではサッカーやバスケットボールもしていたが、やはりカンフーへの想いはぬぐい去るどころか、年々大きくなっていった。
そんな中、担任のすすめもあり、英語を学ぶためアメリカ交換留学のプログラムがある高校へ進学。留学では英語の学習はもちろん、カンフーが一大ジャンルとして注目を浴びていることを感じ、またカンフーの本場である香港で学びたいという気持ちを抱くようになった。時を同じくして、地元・横浜に帰った後は、少林寺拳法道場の門を叩き、技を磨いていった。
「そしてまた高3の進路相談の時がやってきました。僕は真っ先に先生に、中国語学科と中国留学がある大学に行きたいと伝えましたね。振り返ると、僕の人生の節目は、カンフーを軸に道を選んできたようなものです」と彼は語る。
初めての香港留学で経験した大きな出会い
そうして念願の香港中文大学での留学生活が始まったのが20歳の時。日中は勉強、夜は稽古というライフサイクルを長年繰り返してきた努力の人であり、少林寺拳法黒帯保有者の実力もある。もちろん体力や拳には人一倍自信があった八木さんだが、友人の紹介で訪れた詠春拳の道場で、彼の人生を変えてしまう大きな出来事に出逢った。
「拳が早すぎて見えなかったんですよね。周年發先生の拳が。生まれて初めての経験でしたし、こんな人が本当にいるんだと圧倒されました」と彼が語るように、このことを機に周氏率いる詠春拳に没頭する日々が始まった。
しかし、1年という留学生活はあっという間に過ぎ、卒業後は両親のすすめもあり、日本で就職をすることになった八木さん。メーカーの営業マンとして多忙な生活を強いられる中でも、詠春拳ひいては周氏の存在はいつも脳裏をかすめていたという。そんな中、6年半が経ったある日、「香港へ行きたいので退職します」と上司に告げ、すぐ香港の友人へ電話をし、家探しをしてもらった。そうして冒頭の「道着とスーツと履歴書」を握りしめ、香港の地をふたたび踏むことになった。八木さんは「後にも先にも、人生で大きな決断をしたのはこの時だけですね」と振り返る。
恩師の人柄についていきたい一心で
それからは道場の隣にある狭いワンルームが、香港での城となった。ありがたくも見つけた就職先で日中の勤務が終わると、道場へ直行する。いわば学生時代からのライフサイクルはここ香港でも変わらなかった。そんな彼に一体何が彼を愚直なまでに詠春拳に対峙させるのか聞くと「僕は詠春拳ならどの派でもいいわけじゃないんです。パッションの人である周師博に習いたかった、ただそれだけですね。師博は初心者でも上級者でも関係なく全力で教えるんです。今でも生前よく言っていた師の「自信を持ちなさい」という言葉は僕の胸にいつもあります」と話してくれた。
そんな周氏は世界で10人もいないと言われるWWMAA10段(グランドマスター)の保有者。詠春拳を広めた葉問
(イップマン)の孫弟子として、数十年に渡り香港を拠点に教えてきた人だ。惜しくも2023年に他界し、その後は八木さん含む門下生たちが道場を切り盛りしている。恩師の突然の訃報にショックを受けた時期もあったが、八木さんは24年に日本人初の8段(シニアマスター+試験管)に見事合格し、恩師の遺影に胸をはって報告をしたという。「周師博の人柄に習い、僕も熱いパッションで詠春拳を広めたいですね。日本はまだまだ道場が少ないので、将来的には本場の詠春拳をより多くの日本の方に知ってもらいたいです」と抱負を教えてくれた。
八木 佳祐さん
1983年横浜生まれ。小学生の頃に、ビデオでブルースリーやサモハンキンポー、ジャッキーチェンの作品に出会う。サッカー部やバスケ部に所属するなどスポーツに勤しみ、高校時代に本気で武術を学ぶため少林寺拳法を始める。香港中文大学へ交換留学中に恩師・周年發氏に出会い、日本での社会人経験を経て、2011年から香港に在住。日本人で八木さんだけというWMAA8段保有。
發道詠春
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