香港在住日本人主婦が綴るリレーミニエッセイ Vol.150

2020/03/04

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ディープな香港を感じるノンフィクション

 はじめまして、KOKURIです。私の趣味は月並みですが「読書」。香港在住歴は早いものでもう2年。でも、なかなか香港人のリアルな生活を目にしたり、心の声を聞いたりする機会には恵まれません。今回は、そんな私に多様な香港の一面を垣間見せてくれた2つのノンフィクション作品をご紹介します。

 

バックパッカーの聖書となった旅文学の名作
沢木耕太郎『深夜特急第1便香港・マカオ』
 「若い頃、読んだな~」とか「ドラマ見たわ~」という声が聞こえてきそうな本書。私も中学生の頃に読み、大人ってあてもない旅にでるものなんだな、と思いました(笑)。著者は「まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ」と、インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスの旅をスタートします。デリーへの格安航空券が2カ所のストップ・オーバーが可能だったため、経由地として香港とバンコクを選ぶのですが、単なる通過点だったはずの香港に、一週間また一週間とビザを更新してまで長居することに…。原因のひとつはあの重慶大厦(チョンキンマンション)。今でこそ妖しさ控え目ですが、本書の舞台である70年代前半は強烈な不思議空間。名前からして嘘くさい安宿「黄金宮殿(ゴールデンパレス)」を根城に街歩きを始めた著者は、夜の廟街(ミウガイ)の喧騒に酔い、香港にどっぷりハマります。

 

絶望と倦怠、希望に煩悶する香港人と生きる
星野博美『転がる香港に苔は生えない』
 『深夜特急』が旅人の視点で描かれた香港なら、本書は香港の実生活に飛び込んだ体験記。香港が中国へ返還される1997年をはさんだ2年間の記録で、そこで出会う人々は、中文大卒のエリートから茶餐廳で働くウエイター、大陸から密航してきた肉体労働者に、香港人と結婚した日本人女性、スペイン系修道院から派遣されたインド人シスターなど多種多様。語学力と好奇心、そしてとにかく図太い勇気で、著者が出会う人と腹を割った話をしていく姿にはワクワクするものの、時に厳しい本音に直面して深く傷つきもするので、読んでいると胸が苦しくなることもしばしば。そんな著者が住む街が、深水埗(シャムシュイポー)にある鴨寮街(アプリウガイ)。電気関係の屋台が並んだ通りを見下ろす安アパートで、朝から晩まで人々が活発にやり取りするのを、著者は窓から飽きもせず眺めます。著者が出会った青年は祖父から続く自分のルーツを語るときにこう言います。「多分香港の誰に聞いたって、本が一冊書けるくらいの物語を持ってると思うよ。」香港を見る目が間違いなく変わるルポルタージュです

 

 

「香港の街の匂いが私の皮膚に沁みつき、街の空気に私の体熱が溶けていく。」『深夜特急』
彌敦道(ネーザンロード)に面した重慶大厦の入口。上階にあるゲストハウスも今は観光名所化してそれほど安くないとか…。

彌敦道(ネーザンロード)に面した重慶大厦の入口。上階にあるゲストハウスも今は観光名所化してそれほど安くないとか…。

 

 

「そして転がりながらも、自分が行き着く先を見据え、瞬時に決断して安全な場所へ方向転換していく。香港で生きるとは、そういうことである。」『転がる香港に苔は生えない』

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著者が住んだのは鴨寮街198号三楼B室。写真はC室なので、左側奥にB室があるのかも…。

著者が住んだのは鴨寮街198号三楼B室。写真はC室なので、左側奥にB室があるのかも…。

 

 

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KOKURIKOKURI(コクリ)のプロフィール

夫の異動のため、この10年で引越しは4回。書斎を持つ夢を捨て、現在の読書は電子書籍が中心。荷造りも面倒なので、ミニマリストになるべく修行中。

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