~香港で田舎暮らし~ ヴィレッジ・ハウス(村屋)通信
Vol.4 静かな村での騒音問題 (前編)
文・鳥丸雄樹
昨年の後半あたりから日本での業務が増えてきたことで、たびたび村屋の部屋を中長期で空けるようになった。
香港戻りの時は、空港に到着して税関の前にある『香港居民はこちら↑』の青い案内板を目にするとほっとする。到着ロビーを出てからUberタクシーを呼びHKD300ほどをかけて村まで帰宅し、またしばらく滞在してから日本に向かう、ということを2カ月に1度は経験するようになった。
夜、自宅に到着すると、香港を発つ前に残していったそのままの光景が私を出迎えてくれる。畳んだタオルケットも、洗って重ねていった食器もそのままだ。やっぱり出発前に掃除をしてから出ていくと帰宅した時に気分が良いなと思い、静まる村の空気に沁み入りながらその日は就寝するのである。
翌朝は小鳥のさえずりが目覚まし時計代わりとなり、起床後はお湯を沸かし、屋上でキャンプ用の椅子に腰を下ろして山と朝日に顔を向けながらコーヒーをすする。
日本との往復を繰り返すようになると、村屋に戻る度に何かしらの変化を感じる。2軒先の家の車が電気自動車に変わって幽霊みたいな音を立てて走り出したとか、リフォームしていた対面の家が綺麗に生まれ変わった、などだ。
最近、私が住む村とその近隣の村では新しい村屋の建築やリフォームが目立つ。きっと大家は物件を貸し出して家賃収入を得る気なのだろう。静かだった村の人口が少しずつ増えていっている気がするのだ。
私の部屋は2階建ての2階と屋上を有する。入居時は隣の家の2階は空き家だったこともあり、長らくの間、私の部屋にはカーテンがなかった。最近は若夫婦が引っ越ししてきてベランダでタバコを吸うので、風向きによっては私の部屋にも臭いが漂ってくることがある。
以前から隣の部屋の内覧に何組か来ていたのを知ってはいたものの、その度に私は、こちらの窓から視界に入るほかの部屋は空き家であって欲しい、と願っていたこともあり、隣にはヤバい奴が住んでいる、と内覧客に思わせようと試みていた。パンクロックやニルヴァーナの曲を爆音でかけて牽制球を放っていたのだ。しかし、ギターヴォーカルのカードコバーンが放つ世の無常への怒りの叫び声は彼らには届かなかったようだ。いや、もしかしたら私が日本に行っている間に内覧に来て借りることを決めてしまったのかもしれない。
さて、本題はその若夫婦の下の階であるグランドフロア(日本でいう1階)に住む住人についてである──。
次回へつづく
Vol.3 村内を通りたければ通行料を支払え
文・鳥丸雄樹
先日、知人と話す機会があった。「あ、奇遇ですね。僕も半年前に村屋に引越したんですよ」と言う。どのあたりかを尋ねるとランタオ島の東涌付近で、その辺は私も新居探しの際に一度見に行ったことがあった。「○○学校の辺りでしょ?地下鉄の駅を造ってるんだよね」「そうです、そうです。村の入り口に野良犬がいて、この前カバンを噛まれちゃいました」「ああ、怖いよね。うちのほうもこの前、猿がいて通行人の荷物を襲っていたよ」「あ、そうそう、うちは住所がないんですよ(笑)」「え?どういう意味?」「所有者がタックスを払いたくないから、村屋を建てても登記していないんですって。だから賃貸契約書にも住所が書けないし、郵便も届きません」「それ、すごいよね」。香港の田舎隅々までに法律が行き届いているのだろうか、と村屋に住んでから徐々に感じ始めている。香港島や九龍とは違う世界観がここには存在する。
さて、私も新居に移るにあたり、住所なしの彼にも引けを取らない経験をさせていただいた。引越前に新居の掃除で通うこと2週間、その間に村の入り口には「私有地につき一般車両の通行を禁ずる。ここは代々、李一族の土地である為、ゲートは常に施錠される。御用のある方は下記の連絡先まで。携帯 ○○○○-○○○○ 管理人」との立札があることを知った。村のゲートには鎖が掛けられ、時には施錠されていたり、時には開いていたりした。
不動産仲介業者からは「私の家の前の駐車スペースを常日頃使う場合は、毎月400HK$を村の管理委員に支払わなければならないが、使わないのであれば支払う必要はない。そして、たまに友達が来て駐車するくらいならば、問題ない」と聞かされていた。【管理委員】とか【ゲート施錠】とか聞いた時には、いかにも村らしいなぁと感じた。 取りあえず、2週間後に引越業者の車が入れるようにする為に、立札にあった携帯番号にWhatsAppで挨拶文を送っておいた。「ゲートの管理人様・李一族の方へ。はじめまして。今度、村の○番地に引越をしてきました日本人です。○月○日に引越の車が家の前まで来ますので、その時はゲートを開けてください。また、日にちが近づいたらご連絡をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。良識ある村民となりますようがんばります」というような文章だ。
賃貸契約締結後、引越業者2社から見積を取り、レスポンスが早くて安い方に決定した。エレベーターがない場合、フロアを1階上がるごとに引越費用も割増となっていくそうで、2階にある我が家まで、ベッドのマット、冷蔵庫、洗濯機、段ボール5箱を運ぶと1900HK$とのことだった。段ボール箱とパッキングのガムテープは無料サービスで事前に送り届けてくれた。
引越の日が近づいてきたが、村のゲートの管理人からは返信がなかったので、不動産仲介業者から管理人を突いてもらうことにした。そして、不動産仲介業者を通しての回答に唖然とした。「引越業者の車を村内に入れる為には、村の永久通行権を500HK$で購入しろ」と言うのだ!! 頭の中で警報ベルが鳴りながら、すぐさま引越業者に連絡を入れた。「村に車を入れることはできないそうで、ゲートから家まで約30mあるのだけれど、同じ値段でやってくれるよね?」答えは否。1900HK$ の20%増し(380HK$追加)になると言う。 380HK$の割増料金を支払って、ゲートの管理人と徹底抗戦を張るか、潔く軍門に下るか。悩ましい、そしてシャクに触る。
近くの村に住む香港人の友人にも相談してみた。
「あ~。物件決める前に相談してくれれば良かったのに。香港は村それぞれに風習やルールがあるから、把握した上で決めないと大変よ。朝起きたら入居者の家のドアの外に嫌がらせで大きな岩が置かれていて外に出られなくなった、とかよく聞くのよ」と言うではないか。このエリアの村々では各村長が集まる会合があるそうで、友人が住む村の村長から私の村の村長にお言葉添えをしてもらえるようなことも二人で思案した。
しかし熟考の末、3つの理由からゲートの管理人に500HK$を支払い、永久通行権を購入することにした。
①数年後にこの村屋を退去する際も引越業者の車が入れる、②今後も通販ECサイトで買い物をするだろうから、村のゲート前での受け渡しは私が苦労するだけである、③何よりも【郷に入っては郷に従え】ではないか。
無反応だった管理人にその旨をWhatsAppでメッセージすると、「ようこそ我が村へ!現金と引き換えにゲートの鍵をお渡ししますね。明日11時にゲート前で!どうぞ素敵な村ライフをお過ごしください!」と、急に優しい文面のメッセージが返ってきた。
私だって伊達に中国在住20年を迎えるわけではない。鍵受け渡しの当日は菓子折り持参で待機した。
どんなツラをした村社会の象徴が来るのかという好奇心と共に。しかし、鍵を持参したのは彼のフィリピン人メイドだった。喰えない奴め。
つづく
※登場する固有名詞は全て仮名です。※写真はイメージです。
Vol.2 引越と大掃除で大忙し
文・鳥丸雄樹
賃貸契約を締結し、引越の準備が急ピッチで始まった。
大家さんは普段ポーランドに住んでいる華僑で、たまたま香港に一時帰国しており契約開始日より2週間も前倒しで鍵をくれた。旧住宅は人様に明け渡すために大掃除と断捨離。新居も綺麗にしてから荷物を運びこみたいと思い、旧住宅と新居との往来がスタートした。既に大家さんや不動産仲介業者から近隣の住民に日本人が引越してくることが伝えられているのか、村人から「ありがとう。おまかせ(香港ではお任せコース料理がブーム)。」と取りあえず知っている単語を連発された。 独り暮らしだが、自分でも驚くほどに所有品が多いことに気が付く。捨てる物は捨て、誰かが使えそうな物はボランティア団体運営のリサイクルショップに寄贈することにした。リサイクルショップへ15回は往復したと思う。
新居は家具付きではないので、いくつか家具を購入する必要があった。搬送を依頼する際に、IKEAの販売員が新居の村名の一字【乪】を見て、「なんだ?!この漢字は?見たことないし、読めない!パソコンでも打てない!」と言われた。秘境・男の隠れ家に相応しいではないか。
屋上でのBBQライフを実現するために力強い味方となってくれたのが、日本でいう楽天・アマゾンである中国のECサイト【淘寶】だ。サイト内で購入したものは中国各地から一旦深圳の倉庫に集結される。全部集まったら一括で届けてくれる配送業者がいるので、とてもスムースだ。なによりも価格が香港で購入した場合の半額、もしくはそれ以下であるため、購買意欲が上がってしまう。淘寶では、屋上のパラソル(傘)とBBQ台、それに昼寝用キャンプベッドを購入した。
さて、香港での家具購入において留意点がある。エレベーターがない建物の場合、自分が住む階まで運んでもらうと、その分送料が加算されるのだ。逆にG/Fで受け取れば安く済むので、全てG/Fから自力で運ぶことにした。(図参照) こんな重労働をやっているとお腹が空いてきた。しかし、我が村にはレストランも個人商店もない。仕方なく、下調べしていた隣村まで徒歩で行くことにした。隣村には2つのレストランと1つの個人商店があるようだ。片方のレストランが閉まっていたので、もう一方のレストランに入った。入店するなり、サングラスを掛けたお爺ちゃん店主の接客態度に苦笑してしまった。
店主「なんだ?!お前は?」
私「え?! ご飯を食べに来ました。」
店主「今日(PM12:07)は手羽先の醤油煮しかないけど、食うのか、食わねえのか?」
私「え、あ、た、食べます! その前にトイレ行ってきます。」
店主「トイレは無いから、そこの隣の廃校に行ってやってこい。ところでお前、見ねえ顔だな。どこのもんだ?」
私「あ、外国から来ました。」
店主「そんもん、発音聞けば分かるんだよ!どこの国かを聞いてるんだ!」
と、こんな調子であったが、最後は打ち解けることができたと認識している。 見たことのない人間が店内に入ってくると「なんだ?!お前は?」という反応に、村社会・村文化を感じた。
廃校の斜め前にあった遊技場(公園)に遊具がひとつもないことにも驚いた。
つづく
※登場する固有名詞は全て仮名です。※写真はイメージです。
Vol.1 不動産仲介手数料のグレーゾーン
文・鳥丸雄樹
先日、ある理由で住んでいた部屋を退去しなければならないことになった。猶予は約2ヶ月。さて、どこに住もうか。20年ほどの香港生活、振り返ると尖沙咀のビルの屋上にあるペントハウス(違法建築)、牢屋のように狭い套房、プールなど施設が充実した高層マンションと、色々なところに住んできた。
思案していると、半年前にオフィス近くまで打合せに来てくれた日本人男性の言葉を思い出した。「今日は元朗の自宅から来ました。私は【村屋】に住んでいるんですよ。交通は不便ですが、広いし家賃も安くて良いですよ」。コロナ禍において、多くの人が距離ある生活に身を置くことになり、例外なく私にも【アウトドア・ブーム】が訪れた。今では自然の中でワイルドに料理をするソロキャンパーとなってしまった。なんか、村屋いいかも。いつの間にか不動産サイトで【村屋】のみにチェックマークを入れ検索を始めていた。
不動産サイトで気になった【村屋】のエージェント10社くらいに予め準備していた中文をWhatsAppから送る。日本人であること、予算感、理想の村屋、2ヶ月後には引越さないといけないことなどを綴った文章だ。エージェントの反応は様々で、挨拶もなく「仕事なに?給料いくら?何人で住むつもり?ペットは?」とだけ返信してくる者がいたり、内覧には立ち会わずWhatsAppからの文書と写真とで済ませようとする者がいたりして、営業マンとして反面教師にさせて頂いた。「ここからタクシーで〇〇まで行って、この石碑を右に曲がって、この建物の裏側の2番目の部屋だから。鍵はここに隠してあるから勝手に入って見て。気に入ったら連絡ちょうだい。」と当日になって立ち会わないことを知り、現地で唖然としたこともあった。
結局のところは、最初に返信をくれたビリーさんの紹介物件を借りることとなる。メッセージだけではなく、電話もくれ「掲載している物件の他にもあるから、是非一度現地に来て欲しい」と言ってくれた。営業の鉄則=鉄は熱いうちに打て、である。
ビリーさんと他のエージェントの物件とを天秤にかけながら、トータルで10軒は見ただろうか。ランタオ島、粉嶺、元朗と足を運んだが、最初に見たビリーさんの物件が一番バランス良く気に入った。
村屋を選ぶ上で、譲れない条件があった。①屋上つき、もしくはG/Fで庭つきのどちらかであること、②BBQができることだ。三階建ての二階などは、論外である。
中には、屋上と部屋まで行く階段とが住民の共用エリアという物件もあったが、気を遣いそうで選考から外した。ビリーさんの物件は①②を満たし、しかもG/Fに私のみの玄関があり、独立した階段で上がることができた。屋上も私のみのスペースだ。
ビリーさんは、物件以外にも「この街は、あそこにスーパーがあって、ここからミニバスが出ていて都市部に行ける、あそこのタイ料理屋は美味い」など車でアテンドをしてくれた。契約時も一句一句丁寧に説明してくれ、「納得してから、デポジットを支払えば良いから。」「賃貸条件をちゃんと理解してから、サインすれば良いから。」と大変丁寧に対応をしてくれた。彼からはプロ意識を感じた。
ただ、ひとつだけ気になっていることがある。仲介手数料は一般的にどこの不動産仲介業者も【家賃1ヶ月分の半額】だと認識していたのだが、彼曰く「尖沙咀とか銅鑼湾と違って、村屋は家賃が安いから、我々の仲介手数料は【家賃丸々1ヶ月分】となりますので。」と言うのだ。あまりにもサラッと言うので、ああ、そんなもんなんだ。と納得してしまったが、契約書に書かれた大家の仲介手数料は家賃1ヶ月分の【半額】だった。
知り合いの香港人にこのことを話すと「ああ、それはヤラれてるね。」とか「実は大家は仲介手数料を支払わない取り決めが事前にあって、あなたが大家の分まで肩代わりされているから丸々家賃1ヶ月分なんだよ。」という反応が返ってくる。
しかし、しかしである。では、他の物件に住みたいと思ったのか。否である。私は【プライベートなBBQスペース】を手に入れたのだ。それが最優先事項である。
つづく
※登場する固有名詞は全て仮名です。※写真はイメージです。