2019/2020シーズン発表「香港フィルハーモニー管弦楽団」
香港フィルハーモニー管弦楽団(以下香港フィル)の音楽監督兼主席指揮者・ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン(以下ヤープ)は2018/2019のシーズンよりアメリカの名門「ニューヨーク・フィルハーモニック」の音楽監督も兼任し、現在世界のクラシック界が最も注目する鬼才指揮者。ヤープと香港フィルの8年目となる2019/2020シーズンのプログラムが発表された。
まず取り上げたいのは「BEETHOVEN 250」と銘打って、2020年に生誕250年を迎えるベートーヴェンの全交響曲と全協奏曲が2019/2020シーズンと来年2020/2021の2シーズンに渡って演奏されることだ(指揮は全てヤープ)。2019/2020シーズンではピアノ協奏曲の全5曲を中国の人気ピアニストであるラン・ラン(1月16、18日)、オーストリアの名匠ブッフビンダー(1月31日、2月1日)、香港が生んだ素晴らしいピアニスト、レイチェル・チェン(2月26、27日)、「アイスランドのグレン・グールド」とも呼ばれるヴィキングル・オラフソン(3月20、21日)、今年3月に本紙にてコンサート情報を発信直後、たちまちにチケットが完売した日本を代表するピアニスト辻井伸行(5月22、23日)らがそれぞれの協奏曲を奏でる。なおピアノ協奏曲のコンサートでは交響曲全9曲のうち1~5番が併せて演奏され、残りの4曲は2020/2021シーズンに演奏予定となっている。
「BEETHOVEN 250」以外のコンサートも聞き逃せないプログラムが目白押しだが、そのいくつかを紹介したい。まずは2019/2020シーズンのオープニングコンサート(9月6、7日)。2015年にワルシャワで開催されたショパン国際ピアノコンクールで優勝し、世界を驚かせた韓国のピアニスト、チョ・ソンジンが香港フィル初共演かつシーズンオープニングコンサートでラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏するこのコンサートは絶対に聞き逃せない。
マーラーの未完の大曲、交響曲第10番がアムステルダムでの初演以来実に95年ぶりに香港で蘇演される世界中のマーラーファン注目のコンサート(12月13、14日)は貴重なチャンス。少々専門的な内容となるが、マーラーの死で殆どのオーケストレーションなどの完成(全5楽章)をみぬまま絶筆となったのがこの作品。そのためこの曲には様々な作曲家が補筆を試み、多くの異なる版が存在するという数奇な運命を遂げている。その一方、マーラーの未亡人からオリジナル楽譜を受け取ったオランダの名指揮者メンゲルベルグは、楽譜に特段手を加えなくても演奏可能と判断、第一楽章と第三楽章を1924年に名門アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団と演奏を行った。その当時の楽譜をヤープは使い、現在世界中の誰もが聴いたことの無いこのオリジナル作品を95年のブランクを経て聞くことが出来る。なおヤープはわずか19歳でこのアムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターに就任、その後レナード・バーンスタインの勧めで指揮者に転向した事を書き加えておきたい。このマーラーの作品と共に演奏されるのはショスタコーヴィチの交響曲第10番。この作品はヤープが香港フィルの音楽監督に就任する6年前の2006年4月、香港フィル初共演で取り上げた曲。当時、ヤープが現在のポジションに就くとは誰も想像もしていなかったが、筆者は香港フィルと初顔合わせでありながら、オーケストラの力を掌握仕切った強烈な演奏を繰り広げた13年前のこのコンサートを昨日のことのように覚えている。
映画「アマデウス」はモーツァルトとサリエリという2人の作曲家の葛藤と嫉妬を描いた作品として、ご覧になった方も多いと思うが、この2人がそれぞれ作曲したレクイエムを聴くことが出来るコンサートは興味深い(5月15、16日)。映画の中では死の淵にあるモーツァルトがレクイエムの作曲に取り組み、サリエリが作曲の手助けをするシーンは印象的だったが(史実とは異なり、フィクションとされている)、偉大な音楽家たちに思いを馳せながら、2人のレクイエムを聴くのも一計だ。
スウェーデンのノルランドオペラの首席指揮者でベルギーのアントワープ交響楽団の次期首席指揮者就任予定の香港生まれの女性指揮者エリム・チャンのコンサート(1月10、11日)では、フィンランドを代表する作曲家カレヴィ・アホの打楽器協奏曲(アジア初演)、ストラヴィンスキーがリムスキー=コルサコフの追悼のために1908年に作曲した”葬送の歌”。初演後、ストラヴィンスキーがこの曲の楽譜を紛失したと思われたが、2015年にサンクトペテルブルク音楽院の書庫で楽譜が偶然発見され、初演から108年経った2016年にサンクトペテルブルクで再演された一曲である。このコンサートでは同じくストラヴィンスキーの色彩豊かな「ペトルーシュカ」が演奏される。この意欲的なチャンの香港凱旋公演は聴きものだ。
クリスマス・コンサートは香港フィルの年末恒例の風物詩となっているが、今年のクリスマス・コンサートとはそのスタイルが全く異なる(12月23、24日)。昨年までは子供向けのアトラクションを加えたものであったが、今年は静岡県生まれでアメリカを中心に日本や世界で活躍するジャズピアニストで作曲家のHiromi(上原ひろみ)が香港フィルと初共演。そしてヨーロッパの様々なオペラハウスで活躍し、現在びわ湖ホールの音楽監督を務める沼尻竜典が指揮を務めるという、在港日本人としてはたまらないコンサートに違いない。コンサートの風物詩としてもうひとつ人気なセントラルのハーバーフロントで開催される無料野外コンサート「Swire Symphony Under The Stars」が11月16日、昨年同様にヤープ指揮で行われる。このコンサートの無料チケット争奪戦は大変なもので、毎年チケット予約開始数分で終了となるまさしく「プラチナ・チケット」のひとつ。チケット予約方法は香港フィルの公式サイトで開催日の1~2か月前から告知されるので、お聴きになりたい方は要注意。
近年世界中で人気が高いスクリーンコンサートについても紹介してみたい。本紙7月5日号発行前後に香港フィルは「スター・ウォーズ」シリーズの第一作目の「新たなる希望」と「帝国の逆襲」のスクリーンコンサートを予定しているが(7月4~6日)、2019/2020シーズンでは「スター・ウオーズ」シリーズの「ジェダイの帰還」(1月4、5日)と「ジュラシック・パーク」(4月10、11日)が取り上げられる。またフランス生まれのアカデミー賞受賞映画作曲家アレクサンドル・デスプラが自ら指揮を執り、自身の音楽を聴きながらスクリーンで映画を見て楽しむコンサートは、映画ファンにとっても魅力的だ(5月1、2日)。映画音楽の他にもBBCの人気番組「プラネット・アース」(4月3、4日)などフルオーケストラを聞きながら映像を楽しむコンサートもあるが、ライブ演奏ならではのスケールと臨場感の大きさをぜひコンサートホールで「体験」して頂きたい。
なお先ごろイギリスのクラシカル雑誌「グラモフォン」が今年の世界最高のオーケストラを選ぶ候補に香港フィルがノミネートしたことを発表しました。アジアのオーケストラが本誌にノミネートされるのは、同誌の長い歴史で香港フィルが初めてです。
チケット発売はパッケージ購入などの先行発売はすでに始まっているが、各公演ごとのコンサートの販売は7月15日からURBTIXにて取り扱い開始。
各種コンサート詳細は香港フィルのサイト、チケット予約はURBTIXのサイトにて確認頂きたい。
香港フィルサイト:www.hkphil.org
URBTIXサイト:https://ticket.urbtix.hk