目から鱗の中国法律事情「中国の食品チェーン安全監督の強化 その7」

2025/12/31

中国の法律を解り易く解説。
法律を知れば見えて来るこの国のコト。

Vol.106 中国の食品チェーン安全監督の強化 その7

 

今回のシリーズでは、2025年3月13日に発布された「中共中央および国務院による食品安全のチェーン監督の一層強化に関する意見(中共中央弁公庁国務院弁公庁関于進一歩強化食品安全全伴条監管的意見)」を見ています。今回は、(十七)から見ていきましょう。

七、フードサービスの包括的な規制メカニズムを健全にする。
(十七)オンライン・オフライン一体型のネット注文食事サービス監督管理を強化する。市場監督管理部門は、工業情報化、ネット情報管理などの部門と連携し、食品安全に関する重大な違法行為があるプラットフォームに対し、法に基づき処分を行う。プラットフォームと店舗に対し「インターネット+厨房公開」の実施を推進し、店内飲食なしのテイクアウトサービスに対する監督管理と社会的監視を強化する。

(十八)集団給食施設の食品安全共同管理を強化する。教育、民政、衛生健康などの部門は、各業界の集団給食施設に対する食品安全教育と日常管理を強化する。市場監督管理部門は、集団給食施設の食品安全監督検査及び抜き取り検査・モニタリングを強化し、違法行為を法に基づき取り締まり、同級の業界主管部門に通報する。

(十九)学校食品安全の協同管理メカニズムを整備する。教育部門は、農業農村部門、市場監督管理部門と連携し、学校食堂の食品安全に関する全過程管理制度を確立・整備する。教育部門は学校食品安全関連業務の統括管理と指導を強化し、学校食堂向け大量食材供給業者の資格審査制度を整備し、供給業者の不良記録のリストを作成し、高品質で安全な食材の学校食堂への搬入を推進する。学校食堂向け大量食材の集中入札調達を推進し、調達デジタルプラットフォームを構築し、食材調達・供給・検収・決済等のプロセスを規範化する。教育部門は小中学校の給食監督保護者委員会の効率的かつ規範的な運営を指導し、市場監督管理部門などと連携して、フィードバックまたは直面している問題を速やかに処理する。市場監督管理部門は、請負経営、食材供給、給食提供などの事業主体の参入許可を厳格に審査し、学校の食品安全に関わる違法行為を法に基づき取り締まる。

 

これまで、この「意見」では、中国の食品に関する規制を様々な角度から強化してきました。そして、(十八)では、集団給食施設、すなわち学校の給食センターや会社の社員食堂などについても抜き取り検査などを行うとしています。さらに、(十九)では、学校の食堂向けの大量食材供給業者が不良行為をしていた場合、その記録をリスト化するなどして、高品質で安全な食材の学校食堂への搬入を推進することまで規定しています。このような規定は、中国や香港に暮らす日本人には直接の影響は少ないかもしれません(とは言っても、中国の日本人学校に食堂がある場合、当然、この規制の対象になるため、完全に無関係というわけではありませんが……)。しかし、少なくとも、中国当局は、これまでの中国での食品の不祥事など、中国食品への信頼が揺らいでいるため、このような「意見」を出し、中国食品への信頼性を取り戻すことを目的としているようです。そのため、様々な分野での食品規制を強化しているこの「意見」ですが、学校給食への規制まで強化している点で、中国当局の食品への信頼性を確保するという本気度が伝わってきます。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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中国の法律を解り易く解説。

法律を知れば見えて来るこの国のコト。

 

Vol.105 中国の食品チェーン安全監督の強化 その6

 

今回のシリーズでは、2025年3月13日に発布された「中共中央および国務院による食品安全のチェーン監督の一層強化に関する意見(中共中央弁公庁国務院弁公庁関于進一歩強化食品安全全鍵条監管的意見)」を見ています。かなり長くなっていますが、食品規制は一般消費者の健康にもかかわることなので、全文を見終わるまで続けていきましょう。

(十四)インターネットでの食品配送の安全管理を強化する。市場監督部門は、インターネットでの注文プラットフォーム、ケータリングの運営元が食品安全法規に基づく義務を果たすよう監督し、インターネット注文・配送における食品安全責任を実施するものとする。人的資源社会保障部門(日本の「厚生労働省の一機関」に相当)は、食品安全法律知識を国家職業技能標準でインターネット配送の配達員に習得させるものとする。ネットワーク食品注文プラットフォームは、飲食店経営者には国家商業技能標準を、インターネット注文・配送業を行う労働者の訓練方法と結合させるシステムを確立し、食品安全法律知識の訓練を強化することとする。

六、インターネット食品販売の新業態の監督を強化する
(十五)インターネット食品販売の従業主体の責任。インターネット取引の場を提供するプラットフォーム企業は、特別な食品安全管理機関または指定された専任の食品安全管理担当者を設置し。厳格に食品生産経営者のインターネット上での販売主体の能力を審査し、その主体の情報、食品情報を公示し、法により食用農産品に対する合格証を展示し、薬物残留計測などの検査を行ない、インターネットでの販売行為の管理・コントロールを強化し、規定違反の行為を発見した場合には直ちに処置を行わなければならない。配信者及びそのサービス機関は、マーケティング活動を規範的に実施し、推奨する食品について法に基づき検査を実施しなければならない。広告活動に参加する者は、食品類インターネット広告の設計、制作、代理、掲載などを法に基づき行わなければならない。食品生産経営者は、品質安全管理を厳格に実施し、オンラインとオフラインで同一基準・同一品質を維持しなければならない。事業主体が製品の違法性を知っていたか、または知るべきであったにもかかわらず関連措置を講じなかった場合、法に基づき責任を負うものとする。

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日本でも食品の宅配サービスなどが盛んとなっていますが、中国ではそれ以上に盛んとなっています。その食品の宅配サービスはおろか、インターネット上で食品を購入する場合、さらにはネット上での個人間取引にまで食品安全のための規制が入ることになっています。この規制の強さは日本も見倣うべきかもしれません。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.104 中国の食品チェーン安全監督の強化 その5

 

今回のシリーズでは、2025年3月13日に発布された「中共中央および国務院による食品安全のチェーン監督の一層強化に関する意見(中共中央弁公庁国務院弁公庁関于進一歩強化食品安全全鍵条監管的意見)」という、食品を生産者から消費者の口に入るまで連続したチェーン的な食品安全の強化を目的とした意見について見ていました。今回は、前回の続きで、三(十)から見ていきましょう。

(十)食品貯蔵の属地管理責任を強化する。県級以上の地方政府は、食品貯蔵に関する部門監督と業界管理責任を明確化し、管轄区域内の食品貯蔵主体が食品安全責任を履行するよう督促する。食品生産経営者以外の者が温度・湿度などに特別な要求がある食品貯蔵業務に従事する場合、食品安全監督管理の範囲に組み入れるものとする。

四、食品輸送の協同監督メカニズム構築の加速
(十一)バラ積み液体食品輸送の許可制度を実施する。法に基づきバラ積み液体食品輸送許可制度を確立し、輸送車両の食品安全参入条件と技術基準を明確化し、食品
輸送許可証を発行して専用車を確保するものとする。輸送許可制度の対象となるバラ積み液体食品の重点品目リストを策定するものとする。

(十二) 食品輸送全過程の監督管理を強化する。市場監督管理部門は、交通運輸、農業農村、食糧・備蓄等の部門と連携し、食品及び食用農産物の輸送における出荷者、運送業者、受取人に対する協同監督管理メカニズムを整備・確立するものとし、輸送電子伝票管理要件の研究・策定を進め、引渡し、積み卸し、輸送管理及び輸送手段の日常管理を強化し、従事者教育訓練を充実させ、各当事者の食品安全主体責任を確実に履行させ、食品の汚染・変質リスクを防止するものとする。

五、食品配送の安全及び配送安全管理の健全化
(十三)食品配送の安全管理を強化する。郵政管理部門は、郵便事業体・宅配事業体に対し、実名制受取・受取時検査・安全検査制度の実施を監督し、配送ルートを利用した偽造食品・粗悪食品の流通を防止する。郵政管理部門は市場監督管理部門などと連携を強化し、配送過程における食品安全関連違法情報の調査・処分を強化し、配送ルートを利用した偽造食品・粗悪食品販売の違法行為を法的に取り締まるものとする。

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食品安全の「チェーン(連鎖)」監督の名の通り、やはりこの意見は、食品に関して全体を見た意見のようです。これまで紹介してきた規定は、食品の製造や貯蔵などについてでした。しかし、ここではそれだけでなく、「輸送」方法についても言及し、偽造職員や粗悪食品の取締りにも言及しています。この規定は「意見」ではありますが、中国では政策にも法的効果があるとされ、この意見のみで直接的な取り締まりが行われる可能性もあります。実務にもどのような変化があるのか注目されるところです。(続く)

 

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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中国の法律を解り易く解説。

法律を知れば見えて来るこの国のコト。

 

Vol.102 中国の食品チェーン安全監督の強化 その4

 

今シリーズでは、2025年3月13日に発布された「中共中央および国務院による食品安全のチェーン監督の一層強化に関する意見(中共中央弁公庁国務院弁公庁関于進一歩強化食品安全全鍵条監管的意見)」という、食品を生産者から消費者の口に入るまで連続したチェーン的な食品安全の強化を目的とした意見について見ています。今回は、前回の続きで、二(六)から見ていきましょう。

(六)特殊な食品の登録許可制度を改善する。省級以上の市場監督管理部門は、その職責により厳格に特殊な食品の登録、提出、生産許可審査を展開し、条件に合致した優先審査対象品については優先審査を実施するものとする。市場監督管理総局および国家衛生委員会は、特殊食品の技術の連携、専門家の共同レビューを実施するために協力を強化するものとし、食品の健康表示と健康食品の機能表示に関する業務を総合的に整備するものとする。

(七)食品安全検査員制度を改善する。市場監督管理部門は、食品安全検査性能の能力開発を強化し、さらに食品安全検査員制度を改善し、ライセンス審査、監督検査、登録検証やその他の専門的な検査業務をよく進めるものとする。訓練と評価、統一的な配置と使用を強化し、専門的な検査能力とレベルを向上させるものとする。

三、食品貯蔵の規制メカニズムの確立を加速させる

(八)食品貯蔵安全監督を強化する。農業や農村部、税関、市場監督、食品および備蓄部門は、食品貯蔵規制システムを確立し、明確に監督管理するものとする。食用農産物、食品、食品添加物、食品原材料などを貯蔵し、主体的に兼特管理、検査に従事する者に対するビジネス慣行を規範化するものとする。

(九)食品貯蔵主体の責任について決定する。食品貯蔵の主体は、食品安全管理制度を建設し、食品の貯蔵条件、食品貯蔵記録、厳格なリスク管理を確立しなければならない。食料貯蔵が、委託方式の場合、受託者の食品安全保障能力に対して、審査をしなければならず、併せて受託者が食品安全の要求通りに貯蔵しているか監督しなければならない。職員貯蔵の委託側と受託側は明確に出入庫の際に検査を行うものとし、厳格に出入庫管理を行うものとする。

食品の検査や備蓄の際の検査の強化について述べています。今まで見てきた規制よりかは、かなり抽象的な規定が多くなっています。では具体的には食品安全のための検査はどのレベルでやるのかなどは、今後、その規定や基準などが発表されるのを待つことになるものと思われます。(続く)

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立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.102 中国の食品チェーン安全監督の強化 その3

2025年3月13日に発布された「中共中央および国務院による食品安全のチェーン監督の一層強化に関する意見(中共中央弁公庁国務院弁公庁関于進一歩強化食品安全全鍵条監管的意見)」という、食品を生産者から消費者の口に入るまで連続したチェーン的な食品安全の強化を目的とした意見について見てきました。今回は、前回の続きで、一の(四)から見ていきましょう。

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(四)食用農産物の品質と安全性の追跡協力と法執行の協力体制の構築を加速させる。農業農村部は、市場監督総局などの部門と共同で、食用農産物の品質と安全の追跡管理方法を制定し、食用農産物の品質と安全の追跡目録を確立するものとする。農業と農村、市場監督部門は、食品と農産物の品質と安全の管理監督情報を共有し、フィードバック体制を確立し、食品農産物の質量と安全のリスク防止を強化し、世論と緊急対応の調整と連携の監視を強化するものとする。食品と農産物の品質と安全性に関して、行政当局と法執行機関が緊密に連携・協力し、特に大きな問題を整理し是正するものとする。

二 食品の生産と管理許可審査の強化
(五)食品生産と市場アクセスの規制を行うものとする。食品生産と経営許可部門は厳格に許可を審査する必要があり、許可条件を自ら変更することや審査せずに許可することは厳禁とし、省級以上の市場監督部門は、食品生産と経営許可の状況に対し、監督と検査を実施するものとする。地方政府は、市場監督部門以外の部門の実施する許可について指定し、法律の規定に適合する場合は、申請を受理し、材料の審査、現場の件さ、許可の決定について責任の区分を明確にし、許可と監督業務の連携体制を完全なものにするものとする。伝統的な特色ある食品への加工と生産技術の保護、および近代的な検査技術との有機的な連携を行い、食品の特色と品質の安全を確保するものとする。

中国では、細かい規制については「法律」を知っているだけではダメで、各地方の地方性法規(日本でいう「条例」)も知っている必要があります。中国では各地方ごとに独自の規制がなされている場合が多くあるからです。そして、この意見の二(五)では、「地方政府は、市場監督部門以外の部門の実施する許可について指定し」と定められています。このため、この食品規制についても各地方性法規での規制を否定していないことになります。
まだまだ、中国の各種規制を全て網羅することは難しく、自社が活動する特定の地方の規制だけを徹底的にマスターすることにとどまることになりそうです。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.101 中国の食品チェーン安全監督の強化 その2

前回から、2025年3月13日に発布された「中共中央および国務院による食品安全のチェーン監督の一層強化に関する意見(中共中央弁公庁国務院弁公庁関于進一歩強化食品安全全鍵条監管的意見)」という、食品を生産者から消費者の口に入るまで連続したチェーン的な食品安全の強化を目的とした意見について見ています。今回は、前回の続きで、この意見の二から見ていきましょう。

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(二)食用農産物の原産地と市場参入の関係を強化する。農業・農村部門と市場監督部門は、調整と協力を強化し、合格証の表示が食用農産品の産地から搬出することと市場搬入の間の架け橋となる作用を持つようにするものとする。農業・農村部門が合格証を表示することを承諾した場合、関連する業務の指導サービスおよび監督検査を経て、市場に並べることができ、規定された市場へ並べることを許される合格証を表示していない場合は、法によって調査され、食品農産物が市場に出る前に禁止薬品および規制を超えた薬品の残留がないか測定を強化するものとする。市場監督部門は、食品採算経営者へ商品検査の強化を通知し、食用農産品を市場で法にしたがって展開し、検査もしくはサンプリング検査をし、禁止薬品および規制を超えた薬品の残留がないか測定を行うものとする。食品生産経営者が、合格証の表示を許された食用農産品を優先的に取り扱うことを奨励する。合格証を表示することを承諾する問題について、通報し、捜査する制度を確立し、不合格商品の処置過程についても改善を行う。

(三)食肉製品検査検疫証明書の検証を強化する。農業・農村部門は、食肉製品の検査と検疫証明書の管理を強化し、食肉処理と検疫証明書の情報体系を確立し、肉類製品のペーパーレス証明書の品質検査を促進し、検査検疫証明を公開し、明確に検索できるようにしなければならない。家畜や家禽に水や他の物質の注入を禁止する関連規定を完全なものとする。市場監督部門は、食品生産経営者に対して、食肉製品の検査検疫証明書を食肉製品購入検査の基本的な証明書とするよう促さなければならない。積極的に情報技術手段の応用を模索し、農業・農村部門との情報共有と相互接続を強化するものとする。

これらの規定からまず食品に貼られているラベル(品質に関する合格証)の信頼を大きくあげようとしている姿勢が見えます。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.100 中国の食品チェーン安全監督の強化 その1

最近は大幅に改善されましたが、以前は中国食品への信頼性はかなり低い状況にありました。しかし、改善されたといっても、中国では随時新た強い規制により安全性を高めるようにしています。
そんな中、中国共産党中央委員会と国務院は、2025年3月13日に「中共中央および国務院による食品安全のチェーン監督の一層強化に関する意見(中共中央弁公庁国務院弁公庁関于進一歩強化食品安全全鍵条監管的意見)」という意見を発布しました。この意見は、中国の食品を生産者から消費者の口に入るまで連続し、チェーン的な食品安全の強化を目的としています。この意見は、「政策」であり、「法律」ではありません。しかし、中国では「政策」にも「法的効果」を認めています。
そのため、この意見という政策でも中国の食品のチェーン安全は強化されることになります。このシリーズでは、この意見について見ていきましょう。

中共中央および国務院による食品安全のチェーン監督の一層強化に関する意見(全訳)

食品安全監督の責任を一層明確にし、健全な共同管理体制を確立するため、全チェーン監督を強化し、食品安全の最低限を断固として守り、人民群衆の健康と生命の安全を効果的に守るため、党中央と国務院の同意を経て、以下の意見を打ち出す。

一. 食品と農産物の共同監督の改善
(一)食品と農産物の品質と安全規制責任を厳格に実施する。生態環境部門は、農地の土壌重金属汚染の調査と改善の推進に責任を負うものとする。農業・農村部門は、食用農産物の作付け・育種から卸売・小売市場または生産・加工企業に入るまでの品質・安全監督責任につき責任を負い、市場監督部門は、食用農産物の卸売・小売市場または生産・加工企業に入るまでの品質・安全監督責任につき責任を負うものとする。県レベル以上の地方政府は、食用農産物の品質と安全に関する地方管理責任を真面目に実施し、管理監督能力の強化を行い、そのレベルの政府でできる食用農産物の品質と安全に関する監督の相互機能と規制の隙間の問題を解決するよう研究し、規制の抜け穴と死角の出現を避けるものとする。郷鎮政府は食用農産物の品質と安全監督責任を負うものとする。

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(続く)


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立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.99 日本と中国の著作権の対象 その5

前回までで、著作権法は概ねどこの国も同じだが、微妙に違う点もあるという話をしてきました。そして、中国と日本の著作権法の規定を比べると、中国の著作権法では直接保護の対象となっていないものの、日本では保護されるものに「口述権」があるということが分かりました。今回はこの話です。

口述権とは
口述権とは、「その言語の著作物を公に口述する権利」です(日本の著作権法第24条)。つまり、小説などの著作物を、公の場で読み上げるといった権利です(個人的な場でない限り、「読み上げる」行為も著作権侵害になります)。では、日本は著作権法第24条によって口述権も保護されていることが分かりました。
しかし、中国の著作権法には口述行為を直接規制する条文はありません。とは言っても、中国の学術書や学術論文などを読んでみると、一貫して「小説などの文章著作物を著作権者の同意もなく公の場で読み上げる行為は著作権侵害を構成する」と書かれています。しかし、残念なことにこのように表現しているものの、どのような法的構成によって著作権侵害を構成するのかについては一切書かれておりません。これに無理やり法的根拠を与えようとすると、中国著作権法第10条の「17」に規定されている「著作権者が享有すべきその他の権利」を用いるしかなさそうです。

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結局、「著作権者が享有すべきその他の権利」という中国の著作権法に存在する権利は非常に便利な規定であると言えそうです。法律があっても解釈次第で様々な権利を創設することができるのですから。もっとも、あくまで学説上は、「小説などの文章著作物を著作権者の同意もなく公の場で読み上げる行為は著作権侵害を構成する」と考えており、その法的根拠が「著作権者が享有すべきその他の権利」との規定であると「考えられる」程度の話であり、中国の裁判所(人民法院)が本当に中国でも「口述権」を認めるかは分かりません(まぁ、さすがに認めるでしょうが)。

このように単に著作権と言っても、各国で微妙が違いがあるということです。

(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.98 日本と中国の著作権の対象 その4

前回は、中国の著作権法第10条に規定されている、著作権法が保護する具体的権利についてその前半部分を見ました。今回は、その続きです。

 

(十二)までは前回
(十三)撮影製作権 視聴覚著作物の撮影製作方法により、著作物を媒体上に固定させる権利
(十四)翻案権   著作物を改変し、独創性を有する新たな著作物を作り出す権利
(十五)翻訳権   著作物をある言語から別の言語に変換する権利
(十六)編集権   著作物または著作物の一部を選択又は編成し、新たな著作物として編集する権利
(十七)著作権者が享有すべきその他の権利

 

前回紹介したものと合わせて、これら(十七)の権利のうち、(五)~(十七)の権利は著作権者が、その行使を他人に許諾し、かつ、取り決めなどによってその権利を許諾したときは報酬を得ることができるとされています(中国の著作権法第10条第2項)。逆に言うと、(一)~(四)の権利(公表権、氏名表示権、改変権、同一性保持権)は著作権者が他者に行使させることができない権利ということになります。この点は日本と同じです(日本の著作権法第18条~第20条、第59条)。

さて、前回と合わせて中国の著作権法で保護される権利の内容を見てきました。これは日本で認められている権利と比べるとどうなっているのでしょう。日本の著作権法では、先に説明した(一)~(四)の権利以外は以下のようになっています。複製権、上演権及び演奏権、上映権、公衆送信権等、口述権、展示権、頒布権、譲渡権、貸与権、翻訳権、翻案権等、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利が認められています(日本の著作権法第21条~第28条)。

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これらの権利は中国で認められている権利と同じものもあればその名称が異なる権利もあります。例えば、中国の「情報ネットワーク伝達権」は日本では「公衆送信権等」と呼ばれています。

これに対して、中国の著作権法では保護対象となっていないものの、日本では保護されるものに「口述権」があります。

(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.98 日本と中国の著作権の対象 その3

日本と中国の著作物(続き)
前回見たように、中国の著作権法では、演劇、演芸、舞踊、曲芸なども著作権保護の対象となります。しかし、日本ではこれらには著作権は生じないものの、実演も日本国内で行われるなどの要件を満たす限り、著作物ではないものの著作権法により保護されるとしています。
このように、結果として演劇などの実演も日本国内で行われる場合には著作権法の保護対象となりますが、そもそも著作物に該当するのか、著作物ではないものの保護の対象となるのかについて差異があります。

中国の著作権内の具体的権利
中国の著作権法第10条には、著作権法が保護する具体的権利について規定されています。それによれば、その具体的権利は以下の通りです。

(一)公表権:著作物を公表するか否かを決定する権利
(二)氏名表示権:著作者の身分を表明し、著作物上に氏名を表示する権利
(三)改変権:著作物を改変する、または他人に授権して著作物を改変させる権利
(四)同一性保持権:著作物が歪曲、改纂されないよう保護する権利
(五)複製権:印刷・コピー・拓本・録音・録画・ダビング・デュープ、デジタル化などの方法によって著作物を一部又は複数部製作する権利
(六)発行権:販売または贈与の方法で公衆に著作物の原本又は複製品を提供する権利
(七)貸与権:有償で他人が視聴覚著作物及びコンピュータソフトウェアの原本または複製物を一時的に使用することを許諾する権利。ただし、コンピュータソフトウェア自体が貸与の主な対象ではないものを除く。
(八)展示権:美術著作物、撮影著作物の原本または複製品を公開陳列する権利
(九)実演権:著作物を公開実演し、併せて各種手段を用いて著作物の実演を公開放送する権利
十)上映権:上映機材、スライド映写機等の技術設備を利用して、美術、撮影、視聴覚著作物等を公開し再現する権利
(十一)放送権:有線方式又は無線方式によって著作物を公開伝達または中継し、および拡声器又はその他の信号・音声・画像を伝送する類似工具を通して公衆に著作物を伝達・放送する権利。ただし、(十二)情報ネットワーク伝達権の権利を除く。
(十二)情報ネットワーク伝達権:有線又は無線方式により公衆に提供し、公衆が選定した時間、場所で著作物を入手できるようにする権利
(十三)撮影製作権:即ち視聴覚著作物の撮影製作方法により、著作物を媒体上に固定させる権利
(十四)翻案権:即ち著作物を改変し、独創性を有する新たな著作物を作り出す権利
(十五)翻訳権:即ち著作物をある言語から別の言語に変換する権利
(十六)編集権:即ち著作物又は著作物の一部を選択又は編成し、新たな著作物として編集する権利
(十七)著作権者が享有すべきその他の権利:著作権者は、前項第五号乃至第十七号に規定する権利の行使を他人に許諾し、かつ、取り決め又は本法の関連規定により報酬を得ることができる。 著作権者は、本条第一項第五号乃至第十七号に規定する権利の全部又は一部を譲渡し、かつ、取り決め又は本法の関連規定により報酬を得ることができる。

(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.97 日本と中国の著作権の対象 その2

前回、中国の著作権法第3条を見ました。今回も、前回の復習で中国著作権法第3条を見てから、著作物に関する日本との差異を見てみましょう。

日本と中国の著作物(続き)

中国の著作権法第3条
本法にいう著作物とは、文学、美術及び科学分野において、独創性を有し、かつ、一定の形式で表現可能な知的成果をいい、次の各号に掲げる著作物が含まれる。
(一)文字による著作物
(二)口述による著作物
(三)音楽、演劇、演芸、舞踊、曲芸芸術による著作物
(四)美術、建築による著作物
(五)撮影による著作物
(六)視聴覚著作物
(七)工事・建築設計図、製品設計図、地図、見取り図等の図形による著作物及び模型著作物
(八)コンピュータソフトウェア
(九)著作物の特徴に合ったその他の知的成果

これに対し、日本の著作権法第2条第1号は以下のように規定しています。

著作物
思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

これを見ての通り、中国はその著作物の定義について、文字、口述、音楽、演劇、建築など具体的な形式をあげています。これに対し日本はあくまで具体的な形式をあげずに著作物を定義づけるという方法を採っています。
また、ここで注目したいのは、中国は演劇、演芸、舞踊、曲芸などを著作物に含むとしているのに対し、日本は演劇などは著作物の例には入っていないという点です。日本の場合は、著作権法第2条第3号および第7条に以下のような条文もあります。

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著作権法第2条第3号
実演 著作物を、演劇的に演じ、舞い、演奏し、歌い、口演し、朗詠し、又はその他の方法により演ずること(これらに類する行為で、著作物を演じ ないが芸能的な性質を有するものを含む。)をいう。
第7条
実演は、次の各号のいずれかに該当するものに限り、この法律による保護を受ける。
一 国内において行われる実演
二 次条第一号又は第二号に掲げるレコードに固定された実演
(三以下 略)

(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学アジア地域研究所特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら、講演活動などもしている。韓国・壇国大学校、東アジア人文融複合研究所、海外研究諮問委員や市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。

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Vol.94 中国の治安管理処罰法改正 その1

中国では、現在「治安管理処罰法」の改正が議論されています。今シリーズでは、これについて見ていきましょう。

治安管理処罰法とは
中国の治安管理処罰法とは、2005年8月28日に公布され、翌年3月1日から施行された治安維持に関する法律です(主席令第38号)。治安管理処罰法第1条では「社会秩序を維持し、治安を確保し、公民、法人、その他の組織の合法権益を保護し、公安機関と人民警察が法令に従って治安管理の職責を保障し、規律するために、本法を制定する」と定めています。
日本では、治安管理処罰法は、中国の「軽犯罪法」であると説明されることもあります。つまり、大きな犯罪行為には刑法が適用され、軽微な犯罪行為については治安管理処罰法が適用されるということです。
中国では、もともと「治安管理処罰条例」(1957年10月22日公布・施行)と新しい「治安管理処罰条例」(1986年9月5日公布、翌年1月1日施行)という軽犯罪法に相当する法規がありましたが、これらが廃止されて2006年3月1日から治安管理処罰法が施行されました。

治安管理処罰法改正の流れ
冒頭で述べたように、この治安管理処罰法の改正が議論されています。この議論の始まりは、2023年8月28日に、法改正の予備審査が全国人民代表大会常務委員会第5回会議に提出されて、閉会日の2023年9月1日に全国人民代表大会のウェブサイトで改正案の全文が公開されました。
そして、2023年9月30日に、広く意見公募が行われ、12万5,962件の意見が寄せられたとされています。そして、この意見を参考にしながら、湖南省、広東省、江蘇省、雲南省、山東省などで関係者との議論が行われました。こうして、市民の意見や関係者の意見なども吸収して改正案がより練りこまれているとされています。

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治安管理処罰法改正の重要ポイント
今回の治安管理処罰法改正の重要ポイントは、「中華民族の感情を傷つける」罪と、未成年者の非行行為に対する措置についてということになっています。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.93 中国で仲介業者から得た情報を勝手に使用した裁判事例 その2

今シリーズでは、仲介業者に依頼しているにもかかわらず、仲介業者から得られた情報だけを勝手に使って契約を進めた場合はどのようになるのかを見てきました。今回は、前回の続きです。

【事例】被告Aが家を買おうと思い、原告B社に売家情報の探索を委託した。B社は家・甲を見つけ、その情報をAに提供した。ところがAはB社を経由せず、甲の持ち主と直接売買契約を結んでしまった。B社は既にAと「B社が提供した情報を基に、悪意をもって売り主と直接契約をした場合、当該家の価格の1%の違約金を支払うもの」との「確認書」を作っていたと主張し、それを基に甲の価格100万元の1%に当たる1万元の違約金をAに請求すべく人民法院(裁判所)に提訴した。

前回で、この事例では結局原告B社は敗訴、つまりAは違約金は支払う必要はないとの判断がなされたと説明しました。人民法院(裁判所)は、例えAがB社が情報提供した甲の持ち主と契約したとしても、それはB社から提供された情報を用いたとは必ずしも言えないと判断したのでした。

Aの立場からすれば納得いく判断と言えますが、仲介業者側にとっては非常に厄介な判断と言えます。自身が委託契約に従い適切な情報を提供しても、報酬が受け取れない可能性があるためです。しかし、この事例は、最高人民法院が「他の裁判でも参考にすべき事例」に指定しています。そのため、中国で、類似の判断は出やすいものになっていると言えます。

中国は、社会主義国家として、業者よりも一般市民に有利な判断をすることが多く見られます。この事例もそのようなケースの一つと言えるかもしれません。28959167_m

中国で仲介業務を行う場合には、まずその仲介が自社だけに依頼しているものなのか、他社にも依頼を出しているのか、また提供する情報が自身を通じなくても一般的に入手できる情報なのかを確認することが重要と言えるでしょう。もしかすると、情報を提供しても、仲介料はおろか違約金すら取れない可能性も中国ではあるということになるからです。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.92 中国で仲介業者から得た情報を勝手に使用した裁判事例 その1

売買をするときに、適当な買い手や売り手を見つけるために、仲介業者に依頼を出すことはよくあることです。しかし、その仲介業者が持ってきた情報だけを勝手に使ってしまった場合はどのようになるのでしょうか。今回から、このような事例について見ていきましょう。

【事例】被告Aが家を買おうと思い、原告B社に売家情報の探索を委託した。B社は家・甲を見つけ、その情報をAに提供した。ところがAはB社を経由せず、甲の持ち主と直接売買契約を結んでしまった。B社は既にAと「B社が提供した情報を基に、悪意をもって売り主と直接契約をした場合、当該家の価格の1%の違約金を支払うもの」との「確認書」を作っていたと主張し、それを基に甲の価格100万元の1%に当たる1万元の違約金をAに請求すべく人民法院(裁判所)に提訴した。29210789_m

裁判が始まるとAは以下のように主張しました。「甲の売り主は多くの仲介会社に売却の委託を出していた。B社は家の情報を独占しているわけではないし、独占的に販売代理をしているわけでもない。別の所からも甲の情報をもらっており、決してB社からの情報を利用したわけではない」。後に人民法院(裁判所)は別の仲介会社C社もAに甲の情報を、さらにD社もAの妻に甲の情報を提供していたことを確認しました。

そして、人民法院(裁判所)は、当該違約金の支払いは認められたものの、Aは上告し、上告審は「違約金を支払う必要はない」と判断しました。理由は以下の通りです。多くの者が甲の情報をAに提供していたので、仮にB社が甲の情報をAに提供しなくても、Aは甲の情報を得ることができたためである。

つまり「B社が提供した情報を基に、売り主と直接契約」したという違約行為そのものが存在しないという判断であったことになります。実際にその通りであった可能性は極めて高いのですが、このような判断がまかり通ってしまっては、仲介業に従事する者は一方的に不利な状況に置かれることになります。
(続く)


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立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.91 中国で、一つの事例に法律が競合する場合 その3

本シリーズでは、中国では法律の適用順序が明確に決まってはおらず、「法律通り」のはずなのに全く異なる結論が出ることがあるという話を、事例を用いてしてきました。

総括
その見てきた事例は以下の通りでした。
[事例]AがBから家を買い、その際にBは「間もなく隣接する道路の拡張工事があり、庭が少し削られるが立ち退く必要はない」と説明していました。Aは鍵を受け取り、その家での居住を開始しました。ただ、家の所有権移転登記はまだ済ませていませんでした。3カ月後、隣接する道路の拡張工事が始まりましたが、当初の計画から変更があったのか、結果としてAは当該家から立ち退かざるを得なくなりました。そこでAは当該家の売買契約の解除を求め提訴しました。

この事例で第一審では、Aに契約法(中国語原文は「合同法」)第94条が適用され、契約解除が認められました。しかし、第二審では契約法第142条が適用され、契約解除は認められませんでした。
逆に言うと、中国で法律通りの結論であると自信を持っていても、別の条文を用いれば、それとは異なる結論となり、しかもその異なる結論の方が裁判結果となる可能性があるということです。現在、この契約法は廃止され、代わって「民法典」という法律が施行されています。しかし、契約法第94条と類似する規定は、民法典第563条にも規定されています。28086391_m

このように現在は契約法は廃止となっているものの、この事例が示す重要なポイントは、中国では、法律通りで問題ないと考えている結論があったとしても、法律の適用順序が明確に定まっていないために、他の条文を参照した別の結論が裁判結果となることがあるということです。中国で法実務に携わる場合には、このような点にも注意をする必要があります。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.90 中国で、一つの事例に法律が競合する場合 その2

本シリーズでは、一つの事例に法律が複数適用される可能性がある場合、中国ではその法律が適用される優先順序が決まっていないという話をしています。これを具体的に見るために、前号に引き続き事例を見ていきましょう。

[事例]AがBから家を買い、その際にBは「間もなく隣接する道路の拡張工事があり、庭が少し削られるが立ち退く必要はない」と説明していました。Aは鍵を受け取り、その家での居住を開始しました。ただ、家の所有権移転登記はまだ済ませていませんでした。3カ月後、隣接する道路の拡張工事が始まりましたが、当初の計画から変更があったのか、結果としてAは当該家から立ち退かざるを得なくなりました。そこでAは当該家の売買契約の解除を求め提訴しました。

この裁判の結果としては、Aは、契約法(中国語原文は「合同法」)第94条により、契約解除が認められました。しかし、この結果に不満を持ったBは上訴しました。

上訴による第二審の結果
そして、上訴の結果、Bに契約法第142条の規定が適用され、Aの契約解除は認められないとの結論に至ったのです。契約法第142条は「目的物の毀損(きそん)、滅失のリスクは、目的物の交付前には売主が、交付後には買主が負担するものとする。ただし法律に別の規定もしくは当事者間に別の約定があった場合はこの限りではない」と規定していました。

契約法第142条の規定は、目的物(この事例では「家」そのもの)が引き渡されたら、その目的物に発生する危険(リスク)は買主が負うとしているのです。この場合の「危険」には、道路工事で家を立ち退かなければならなくなることも含むと裁判で示されたのです。24977118_m

二つの裁判結果
このように、この裁判では第一審と第二審では全く異なる結果が出ました。しかし、ここで問題なのは、どちらも「法律通り」であり、どちらが間違えているという問題ではないということです。いわば適用する法律によって回答が変わるということを表しているのです。(続く)


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Vol.89 中国で、一つの事例に法律が競合する場合 その1

日本では、似たような法律が複数ある場合、法律の適用順序についてもルールがあります。このような法律の適用順序のルールについては、法律に規定があるわけではありませんが、日本では、基本的に新しい法律が優先的に適用され、また一般法との関係では、特別法が優先的に適用されるということになっています。
一般法とは、広く一般的に適用される法律で、特別法とは、限られた場合に適用される法律のことです。例えば日本の民法は、一般的な売買のルールを規定していますが、日本の消費者契約法は、個人が業者と売買する場合に適用される法律になっており、個人が業者と売買する場合には消費者契約法が民法に優先して適用されることになります。
ところで、中国ではこのような法律の適用の優先順位が明確に定まっていません。それでは、中国で一つの事例に適用される可能性がある法律が複数ある場合はどうなるのでしょう。今回のシリーズではこれを見ていきましょう。214240_m

家の立ち退きに関する事例
まず、中国で実際に起きた事例を見ておきましょう。

[事例]AがBから家を買い、その際にBは「間もなく隣接する道路の拡張工事があり、庭が少し削られるが立ち退く必要はない」と説明していました。Aは鍵を受け取り、その家での居住を開始しました。ただ、家の所有権移転登記はまだ済ませていませんでした。3ヶ月後、隣接する道路の拡張工事が始まりましたが、当初の計画から変更があったのか、結果としてAは当該家から立ち退かざるを得なくなりました。そこでAは当該家の売買契約の解除を求め提訴しました。

この裁判の結果としては、Aによる契約解除の主張は認められました。この裁判では、契約法(中国語原文は「合同法」)第94条が適用されたのです。契約法第94条は、「以下の一つの状況に該当する場合、当事者は契約を解除することができる。(1)不可抗力により売買の目的が実現できなくなったとき。(以下略)」と規定されていました。
しかし、この結果に不満を持ったBは上訴しました。(続く)


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Vol.88 中国の労働分野における「集団契約」 その5

今回のシリーズでは、中国の労働分野における「集団契約」を見てきました。特に前回は、集団契約の締結方法を見ていました。今回は、その続きです。

集団契約の締結方法の続き(④までは前回)
⑤労働行政部門による集団契約の有効確認
3部作成した署名入り集団契約のうち1部を労働行政部門(労働を司る政府機関)に提出したわけですが、労働行政部門が15日以内にその集団契約に異議を出さない場合、集団契約が有効となります。
協議をした者の資格や協議の手続き方法、集団契約の内容が法律などの規定に合致しているかなどを労働行政部門は確認し、これに違反していた場合、異議が出されることがあります。異議が出された場合、労働者側と企業側の協議した代表者に「審査意見書」が送付され、この場合にはこの審査意見書を参考に再度協議をやり直すことになります。

⑥集団契約の周知
集団契約提出から15日間、労働行政部門から異議が出されない場合、集団契約が有効となり、協議をした代表者は、それぞれ労働者側、企業側全員に集団契約の内容を周知することになります。

特殊な集団契約
集団契約は必ずしも一つの企業内で作成するわけではありません。一定の地域内の企業が合同して作成する区域性集団契約や一定の業界内で合同して作成する業種性集団契約という場合もあります。この意味では、集団契約は日本でいう就業規則に似ていますが、やはり就業規則ではなく、どのような範囲で効力があるのかも自由に決められる「契約」であると言えます。27613262_m

その他の注意点
日本企業という中国にとっての外資企業ではあまりないことかもしれませんが、中国の上位の工会(労働組合)は企業に集団契約を作成するように指導することもあります。その意味では、企業側にその気がなくても集団契約を作成せざるを得ない場合もあるので注意しましょう。
また、集団契約が締結されていて、労働者の個別の労働契約が集団契約より劣る内容だった場合、個別の労働契約は集団契約と同じ労働条件まで自動的に引き上げられます。個別の労働契約は集団契約を下回る内容を契約することはできないのです。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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Vol.87 中国の労働分野における「集団契約」 その4

今回のシリーズではこれまで、中国の労働分野における「集団契約」の定義と規定すべき内容について見てきました。それでは、集団契約とはどのように締結するのでしょうか。今回はこれを見ていきましょう。

集団契約の締結方法
本シリーズ第1回で見たように、集団契約は、基本的に工会(労働組合)と企業が締結しますが、工会がない場合には、労働者の代表が工会に代わって集団契約を締結することになります。23196919_m

①協議の準備
まず、労働者側もしくは企業側が集団契約を締結したいと考えた場合、相手方に集団契約締結のための協議を要求することになります。この協議の要求は書面で相手方に通知し、この要求を受けた側は、20日以内に書面によりどのように協議を行うか回答をしなければならないとされています。

②協議
協議のためには、労働者側と企業側がそれぞれ3人以上かつ同じ人数の代表者を選びます。そして、それぞれその代表者の中から、1人首席代表を選んで、協議を行います。
協議は双方対等の立場で、相互尊重、誠実信頼、公平協力、双方利益に配慮して、過度な要求はしてはならないとされています。

③次回の協議
協議で意見が一致した場合、それを集団契約の草案とし、双方の首席代表がこれに署名します。協議で意見が一致しない場合には、次の協議時間、場所および内容について協議します。次回の協議については、地方性法規(条例)で北京市や大連市などでは、60日以内に次回の協議を行わなければならないとされています。

④協議で意見が一致した場合
協議で意見が一致し、集団契約の草案が完成し、首席代表がこれに署名した場合、この労働契約の草案を労働者代表大会もしくは労働者全員に配布します。そして、労働者代表大会もしくは労働者全員の討論によって集団契約が可決された場合、「集団契約の草案」を「集団契約」とし、双方の首席代表は集団契約を3部印刷して署名します。そして、それぞれ労働者側、企業側で集団契約を保管し、残り1部は労働行政部門(労働を司る政府機関)に提出します。(続く)


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Vol.86 中国の労働分野における「集団契約」 その3

前回は、中国の労働分野における「集団契約(中国語原文は「集体合同」)」に規定すべき内容について見ました。今回は、この規定すべき内容についてさらに具体例を見てみましょう。

集団契約で規定すべき内容の具体例
前回は、集団契約で規定すべき内容の一覧を見ました。そして、そこに掲げられていた各項目にはさらに具体例もあげられています。もっとも、全ての項目の具体例を見るには紙幅の都合からも難しいため、ここでは、労働報酬と労働時間、休息休憩の項目について集団契約で規定すべき具体例を見てみましょう。

〇労働報酬
・企業の給与レベル、給与分配制度、給与標準および給与の分配形式
・給与の支払い方法
・残業、休息日の労働に関する給与および特別手当、支給標準および奨励金の分配方法
・給与の調整方法
・試用期間および疾病・私用休暇などの期間の給与待遇
・特殊な状況下の労働者の給与(生活費)支払方法
・その他の労働報酬の分配方法

〇労働時間
・労働時間制度
・残業、休息日の労働の方法
・特殊な労働者の労働時間
・労働定額の標準(一定の労働条件下で一定の業務を完成させるのに必要な労働量の標準)

〇休息休憩
・一日の休憩時間、週の休息日の割り振り、年次有給休暇の方法
・標準の労働時間が実行できない場合の休息休憩
・その他の休憩

以上のような具体的規定を集団契約に規定するわけです。例えば、企業の給与レベルとは、勤続年数やある役職に就いているなどの者の給与は、原則〇〇元であるなどの規定ということです。(続く)28035649_m


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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Vol.85 中国の労働分野における「集団契約」 その2

中国では労働分野で、当局からの通知でときどき「集団契約(中国語原文は「集体合同」)」という言葉を見ることがあります。この「集団契約」とは、何なのかを本シリーズでは見ていきます。

前回は、中国の労働分野における「集団契約(中国語原文は「集体合同」)」の定義などにについて見ました。今回はその続きを見ていきましょう。

集団契約で規定すべき内容
集団契約には、絶対に記載しなければならない内容というものは中国全域で適用される法律には規定されていません。集団契約で規定できる内容は、自由に決めることができるということです。ただし、地方性法規(地方ごとに適用される、いわゆる日本でいう「条例」)には、集団契約に最低限規定しなければならない内容と解釈できる規定があったりします。
もっとも、集団契約に規定すべき例として挙げられている内容としては以下のものが挙げられます。
・労働報酬
・労働時間
・休息休憩
・労働安全および衛生
・法定外保険および福祉
・女性労働者および未成年労働者の特殊保護
・職業技能訓練
・労働契約の管理
・賞罰
・人員削減
・集団契約の期限
・集団契約の変更および解除手続き
・集団契約の履行につき紛争が発生した場合の協議による処理方法
・集団契約に違反した場合の責任
・双方が協議すべきと判断したその他の内容27830484_l

しかし、集団契約の内容についても地方性法規(条例)で地方ごとに別の例が挙げられている場合もあります。中国は、事実上連邦制なのではないかと思われるほど地方性法規(条例)が発達している部分があります。労働法分野はその中でも特に地方性法規が発達しており、地方ごとに規制が異なる分野となっております。
連邦制とは、法律も異なる複数の地方が寄り集まって一つの国家となっているような体制のことです(例:アメリカ合衆国など)。(続く)


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Vol.84 中国の労働分野における「集団契約」 その1

中国では労働分野で、当局からの通知でときどき「集団契約(中国語原文は「集体合同」)」という言葉を見ることがあります。この「集団契約」とは、何なのかを本シリーズでは見ていきましょう。

集団契約とは
中国の労働分野の集団契約は、工会(労働組合)や労働者の代表が企業と各種労働条件について締結する契約をいいます。集団契約は、基本的に工会(労働組合)と企業が締結します。ただし、工会がない場合に、労働者の代表が工会に代わって集団契約を締結することになります(労働法第33条第2項、工会法第20条第2項)。
個別の労働契約は、企業と労働者の労働関係を成立させるために締結しますが、集団契約は労働関係を成立させるための効力はなく、成立している(成立する)個別の労働契約で成立した労働関係に標準的な労働条件を設定するために締結します。
日本などでは、企業同士が継続的に売買を行う場合などに、その企業同士で売買をする最低限の約束を基本的契約とすることがあります。例えば、「今後、当社と御社で売買契約を行う場合、その対価の支払いは商品を引渡した月の末日とし、検品はその支払日までに行わないと、賠償請求には応じない」などです。要するに、これと同じで、労働者と企業が締結する労働契約全てに共通する部分を集団契約という形式でまとめて締結しておくというものが集団契約なのです。
そのため、集団契約の内容は、「企業内全体の労働者の権利義務となる」と明確に法律上も規定されています(労働法第35条)。4094409_l

日本式に集団契約を理解すると
このような集団契約の効力を見ると、日本式に考えると、集団契約とは、労使協定や就業規則に近い効果を持つと言えそうです。それは労働者が企業と個別に締結する労働契約に規定されていなくても、集団契約に規定されている内容が労働者の労働条件などになってくるためです。
この意味では、中国で就職する際には、その企業にはどのような集団契約があるのか早めに確認した方がいいでしょう。ただ、もちろん、集団契約は、労働者と企業が平等に協議することで締結することが「できる」ものであり(労働法第33条)、必ず集団契約を締結しなければならないわけではありません。そのため、労働者が確認すべきことは、集団契約の内容以前に、そもそも集団契約が存在するのか(個別の労働契約以外に、労働者の労働条件を定めているものがあるのか否か)が第一の確認事項になるということです。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.83 中国民法典における契約 その4

今シリーズでは、2021年1月1日から施行されている中国民法典における契約の規定を見ています。前回は、「申込の取消」が途中で終わってしまいました。今回は、その続きからです(中国語では「取消」は「撤銷」)。

申込の取消(撤銷)(続き)
中国民法典第476条は「申込は取消しをすることができる。ただし、以下の場合にはできないものとする。①申込者が、承諾を伝える期限を確認する、もしくはその他の方法で明示的に取消はしないとの確認をしていた場合。②申込を受けた者が、その申込が取り消されないと信じる理由があり、かつ契約履行のために合理的な準備をした場合」と規定していると前回述べました。
これを見ると、申込の撤回より要件は厳しくないものの、やはり契約のために申込まれた者が準備行為をするなどした場合は、申込の取消は出来ないことになっています(もっとも、その他に申込が取り消されないと信じる正当理由があることが必要ですが…)。そのため、相手方が申込に対して承諾した後は、申込の取消はできないという規定もあります(中国民法典第477条)。24390683_l

申込の失効
しかし、申込がなされてもその申込がいつまでも効力を持つわけではありません。申込の効力が失われるときも中国民法典には規定されています。中国民法典第478条は「次のいずれかに該当するときは、申込は失効する。①申込が拒絶された場合。②法律により申込が取消された場合。③承諾のための期間が満了して申込を受けた者が承諾をしなかった場合。④申込を受けた者が申込内容を大幅に変更した場合」と規定しています。
確かに、申込が拒絶されたり、申込が取消されたりしたら、常識的にも申込は失効したと考えていいでしょう。ここで分かりにくいのは、「申込を受けた者が申込内容を大幅に変更した場合」でしょう。申込を受けても、その申込の内容通りの承諾がなされるかは分かりません。
例えば、「Aという製品を100万円で買わないか?」という申込があったとして、「買いたいが、80万円であったら承諾する」というように、申し込まれた条件を変えて承諾するべく交渉する場合があります。つまり、そのような申込の内容をそのまま受け入れるのではなく、別の条件を示したが、その内容が大幅に変更されたものであった場合、それも申込の失効と法律上取り扱うということです。

「契約」のための「申込」などは、ビジネスを行う場合、必須の知識です。今シリーズで指摘したような点は覚えておきたいものです。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.82 中国民法典における契約 その3

今シリーズでは、中国民法典(2021年1月1日施行)における契約の規定を見ています。前回までで、申込の効力の発生時期まで見ました。

申込の撤回
中国民法典第475条は以下のように規定しています。「申込は撤回することができる。申込の撤回は本法第141条の規定によるものとする」。そして、中国民法典第141条は、「行為者は、意思表示を撤回することができる。意思表示の撤回の通知は、意思表示が相手方に到着する前もしくは意思表示と同時に相手方に到着する必要がある」と規定しています。つまり、申込の撤回をする場合には、申込が相手方に到着する前か申込と同時に相手方に到着する必要があるということです。

分かりにくいかもしれない部分なので、手紙で契約を締結していた場合のことを想像してみましょう。まず、手紙で相手方に契約の申込をしたとします。しかし、この申込を撤回したくなった場合、その手紙が相手方に到着する前か到着と同時に、「既に申込の手紙は出しているが、それは撤回する」という内容の通知が相手方に届く必要があるということをいっているのです。24521063_l

申込が相手方に到着した場合、相手方も、その内容で合意するか考えます。そのような考える作業を相手方が始めた以上、もう申込者の一方的都合で申込は撤回できないということです。そのため、申込を撤回する場合は、申込の意思表示が相手方に到着するより前か同時に相手方に到着する必要があるのです。

申込の取消(撤銷)
申込の撤回とは別に「申込の取消」という規定もあります(中国語では「取消」は「撤銷」)。法律上、撤回と取消は異なります。撤回は、最初から申込をするつもりがなかったのに間違えて申込をしてしまった場合などに、最初からその申込がなかったこととする意思表示をいいます。これに対して取消は、申込をした後、事情が変化したために申込をしたけれどその申込をやめることとする意思表示をいいます。撤回の場合、最初から申込がなかったものと扱われますが、取消の場合、取消がされるまで申し込みはなされていたとして取り扱われます。

そして中国民法典第476条は「申込は取消しをすることができる。ただし、以下の場合にはできないものとする。①申込者が、承諾を伝える期限を確認する、もしくはその他の方法で明示的に取消はしないとの確認をしていた場合。②申込を受けた者が、その申込が取り消されないと信じる理由があり、かつ契約履行のために合理的な準備をした場合」と規定しています。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.81 中国民法典における契約 その2

前回から、中国民法典(2021年1月1日施行)における契約の規定を見ています。今回は2回目です。

契約の成立
中国民法典第471条は、「当事者が契約を締結するとき、申込、承諾の方法もしくはその他の方法を採ることができる」と規定しています。契約は、複数人の合意で成立するものなので、まず契約を締結することそのものに対し申込が行われ、それに対する承諾があって契約が成立することが原則となります。しかし、両者が合意すれば、例えば代金を支払ったときに契約が成立するなど、申込・承諾以外の要件によって契約が成立するようにすることも可能となります。これが「その他の方法を採ることができる」という規定です。
続いて、中国民法典第472条は「申込とは、他人と契約を締結するための意思表示で、その意思表示は、次に掲げる条件を満たさなければならない。①内容が具体的に定められていること。
②申込者が承諾を受ける意思を表明するもので、申込者はその意思表示に拘束される」と規定しています。「申込」と簡単に言いますが、中国民法典ではこの「申込」についても明確に定義づけを行っています。そして、どのような「申込」も必ず「契約の申込」にはならず、「内容が具体的に定められている」などの要件が課されています。26132692_l

申込の効力の発生時期
中国民法典第474条は、「申込の効力発生の時期は、本法第137条の規定によるものとする」と規定しています。なお、中国民法典第137条は「(第1項)対話による意思表示は、相手がその内容を知ったときに効力を生ずる。(第2項)対話ではない意思表示は、相手方に到達したとき効力を生ずる。対話ではない方法による電子形式の意思表示は、相手方が特定の電子システムを指定したとき、当該電子システム内にそのデータが届いたとき効力を生ずるものとする。特定のシステムについて指定がないとき、相手方がその電子システムにデータが届いたことを知ったときもしくは知ることができたときに効力を生ずる。当事者が、電子メッセージでの意思表示の効力について別段の定めをしたときは、その約定によるものとする」と規定しています。
つまり、申込は、原則として相手がその内容を知ったときに効力を生ずるが、特定の電子システム上で意思を確認するとあらかじめ約束していた場合には、そのシステムに申込内容が含まれたデータが到着したときに効力を生ずるとしているのです。
この申込が有効になる時期は、単純なようで大きな問題となります。「契約の成立」で述べた通り、中国民法典第472条によって「申込者はその意思表示に拘束される」ため、申込が有効となったら、申込をした者も自由に申込を撤回することができなくなるためです。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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Vol.80 中国民法典における契約 その1

ビジネスを行う上で、「契約」とは基本的な行為であることは間違いないでしょう。今さらですが、これからしばらく中国民法典における契約を見ていきます。本連載でも2020年7月10日号(747号)から何度か2021年1月1日から中国で新しい「民法典」が施行されたと述べてきました。この中国民法典では、第463条以下に契約について規定しています。

契約の形式
中国民法典第469条第1項では、契約は書面の形式、口頭の形式もしくはその他の形式により締結されると規定しています。そして、書面の形式には、契約書、手紙、電報、テレックス、ファクシミリなど内容を具体的に表現できるものを指すとしています(第469条第2項)。そして、電子データの交換、電子メールなどの方法で、記載内容が表現され、かついつでも閲覧できるデジタルデータ文も書面とみなすと規定されています(第469条第3項)。26439061_l  日本でも、契約は、原則として両者の合意のみで成立します。しかし、口頭の合意では後でどのような契約内容であったのかトラブルが発生する可能性があるため契約書を作成するのです。中国もそれと同じということです。それであっても、書面の形式による契約が、テレックスやファクシミリも含む、さらにはいつでも閲覧が可能なメール文による契約も書面形式による契約と定めている点は、中国民法典の分かりやすい点と言えるでしょう。

契約の内容
中国民法第470条第1項は、契約の内容は当事者の約定によるものとし、一般的には以下の条項を含むものとすると規定しています。そして、これに続けて、①当事者の姓名もしくは名称および住所、②目的物、③数量、④品質、⑤価格もしくは報酬、⑥履行期限、場所および方式、⑦違約責任、⑧紛争解決の方法、という8つの条項を掲げています。そして続けて、当事者は各契約書のも半分を参照しながら契約を締結することができる、と規定しています(第470条第2項)。
これらの規定は「一般的には」とか「することができる」とか絶対に従わなければならない規定ではありませんが、このように細かく契約の締結方法すら規定しているのが中国民法典と言うことになります。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.79 中国の非法人組織 その3

前回までで、中国民法典に非法人組織も財産関係を持てると規定していることについて見てきました。今回は今シリーズの最終回です。

日本にも実は非法人組織に関する規定はある
これまで、中国に非法人組織についての規定があることが非常に特別なことのように述べてきました。しかし、実は日本にも非法人組織について規定している法律の条文はあります。例えば、日本の民事訴訟法第29条は、「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる」と規定しています。
これは「法人」でないサークルなどであっても、代表者または管理人がいる場合には、民事裁判の原告または被告になることができるという意味です。例えば、法人格を取得していない演劇サークルなどに舞台出演を依頼したが、結局その演劇サークルが無断欠席して、出演依頼をした者が演劇サークルに損害賠償請求の訴訟をする場合などについては、法人格がなくても訴訟の相手方となれるのです。この場合、サークルの構成メンバー一人一人に訴訟を行うより、サークルに対して訴訟をした方が合理的だからです。3568746_l

中国の非法人組織も財産関係を持てるとの規定
しかし、やはり財産の所有関係については、日本や欧米の法的知識を学んだ者にとっては、法人格がないのに財産関係を持てる(=財産を所有できる)ということが理解し難いこともまた事実です。繰り返しですが、「法人」というのは、そもそも財産関係の対象とならない存在を、法律的に「人」」としての地位を与えて、「財産関係の対象にした存在」だからです。
それにもかかわらず、前回説明しましたように、中国ではこの非法人組織にも財産関係を認める規定につき詳細な説明がなされておらず、当たり前のことと認識されているように思われます。
この点から見ると、一見すると日本や欧米の法律に極めて近い法律となっているように見える中国の法律も、実はまだ日本人などが理解する法律とは大きく異なる世界にあるのだな、と思わせてくれます。一見すると、中国の法は日本と似ているように見えますが、やはり日本での法律上の常識がそのまま通じるとはいえないということです。

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.78 中国の非法人組織 その2

前回、中国では民法典によって、法人ではない団体(非法人組 織)にも財産関係を持つことが許されていると言いました。これ について、より深く見ていきましょう。

中国での条文解説
前回も、法律上は、生きている人間が「自然人」で、自然人ではないけれど法律上「人」として扱い、財産の所有などが認められている存在が「法人」であると説明しました。このような棲み分けをしている以上、理論上「財産の所有ができる『法人』ではない組織」という団体が存在するはずがないことになります。
しかし、例えば、石宏(主編)『中華人民共和国民法総則条文説明、立法理由及相関規定』(北京大学出版社、2017年)8頁や楊立新(主編)『中華人民共和国民法総則要義与案例解読』(中国法制出版社、2017年)35頁などでも、「自然人、法人、非法人組織の間の社会関係は多種多様で、さらに所有に関する社会関係以外についても、民法典によって調整することとしている」とだけ説明しています。そして、ここにはなぜ中国では非法人組織にも財産関係があり得るのかが説明されていません。
中国では、非法人組織も財産関係を持つということが当たり前すぎてわざわざ説明することもないということなのでしょう。

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非法人組織に財産関係を認めるのは中国独自の規定?
中国では、非法人組織も財産関係を持つことが当たり前と認識されているため、なぜこのような規定となっているのか明確な説明はなされません。そのため、根拠のない筆者の想像の域を出ないのですが、中国の非法人組織に関する規定は以下のような理由があって制定されたのではないでしょうか。社会主義国では、もともと個人が財産を所有するという発想がなかった(薄かった)ため、外国との貿易を行うために財産関係の法律を急ぎ制定したという経緯があります。そのとき、中国は法律を実態に合わせるという制定方法を採っていたので、サークルのように、法人格を取得していないにもかかわらず、「組織」として成立している団体と「法人」の違いが明確には分かっていなかったのではないでしょうか。
このため、中国以外の社会主義国の民法には、このような規定は必ずしもあるわけではありません。例えば、北朝鮮の民法などは、非法人組織が財産関係を持てるという規定は持っていません。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.77 中国の非法人組織 その1

法人とは
「法人」というと多くの人は「会社のこと」と思うかもしれません。現実的に多くの人が目にする「法人」は会社のことかもしれません。しかし、法律上「法人」とは「法律上、人として扱われるもの」をいいます。日本でも中国でも、法律的な行為(例えば、契約など)を行うことができるのは「人」に限られるとされています。
生きている人間は当然「人」ですので、法律的な行為を行うことができます。しかし、法律的な行為を行うことができるのが生きている人間に限られると不合理なことが多く発生します。例えば、契約を締結するときに、会社名義での契約が締結できず生きている人間だけが契約を締結できることになっていたらどうなるのでしょう。そのような場合、当然にその会社の社長などの名で契約することになるとは思いますが、社長は会社自身ではありません。社長もある日突然退任するかもしれません。もし、契約を締結した社長が突然退任したら、その契約はどうなるのでしょう。会社の名称が契約上に出てこず、さらに契約の際に名を提供した者がその会社にいないのであれば、もうその会社と契約を締結したとは言えません。
このように、会社の代表者と契約をしても、会社の代表者は変更になる可能性があるので、会社そのものと契約が締結できなければ意味がありません。このような事情から、生きている人間ではないが、契約を締結するなど法律的な行為ができるように法律上している存在を「法人」というのです。「法人」の語源は、人ではないが「法律上人として取り扱う存在」ということです。25284968_l

中国の非法人組織?
ところで、中国では2020年5月28日に「民法典」が公布され2021年1月1日から施行されており、本連載でも何度か民法典を重点的に取り上げてきました。そして、本連載第46回(PPW751号(2020年8月14日号)掲載)でも少し述べましたが、民法典第2条には「民法は平等な主体として自然人、法人、非法人組織間の人身関係や財産関係の調整を行う」という規定があります。さらに、民法典第102条~第108条には「非法人組織」という規定もあります。
中国では、法人となっていない団体も財産関係を持つ(=財産を保有することができる)ようです。日本では、法人となっていない団体は法律上財産を保有することすらできません(日本で法人となっていないサークルのような団体は、その団体名義で銀行の通帳などが作れないのはそのためです)。しかし、このような規定を見ると中国での法人の位置づけとは何なのかという問題が出てきます。今シリーズでは、このような中国の非法人組織の規定を見ていきましょう。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.76 中国の新法「インターネット詐欺防止法」その4

今シリーズでは、2022年12月1日から施行されている中国の新法「インターネット詐欺防止法(中国語原文は「反電信網絡詐騙法」)」について見ています。前回は、インターネット事業者の義務などを見てきました。今回はこのシリーズの最終回です。

銀行の義務
銀行は銀行口座や支払アカウントについて国家が定めた上限以上の数を開設してはならないと規定されました(第16条)。SIMカードの数量規制と同じく、大きい数の上限が設定されるのでしょうが、特に詐欺行為などを行っていなくても、今後は上限到達を理由に銀行口座開設ができなくなる可能性があります。

インターネット事業者のユーザー情報取得
インターネット詐欺防止法は、インターネットの利用者にサービスを提供する際に、ユーザからその身分情報を取得しなければならず、それがなされない場合、サービスを提供してはならないと規定されています(第21条)。同様の規制はこれまでも中国ではありましたが、インターネット詐欺防止法では、この「サービス」にソフトウェアのダウンロードやインスタントメッセージ、オンラインゲーム、オンラインライブなどを含むとしています(第21条第4号)。これから中国で、微信などのインスタントメッセージを始める際にも、身分情報が求められるということになりそうです。25200874_l

その他の規制
インターネット詐欺防止法は全50条であり、まだまだいろいろな条文があります。しかし、残りの条文は本シリーズ第1回で説明したように、各地の公安が連携してインターネット詐欺活動に有効な懲罰を加えるというような規定となっています。ここまで直接市民の生活に関係が深い条文をピックアップして見てきましたが、見ての通り「インターネット詐欺防止法」という名称はついていますが、インターネットのユーザ管理のための法律という側面があります。
第1回目でも述べましたが、インターネットを普通に使う分には普段の生活から大きく変わることはないと思われます(もっともインスタントメッセージを始める際には身分確認など若干の手間は増えますが)。しかし、今後、インターネット詐欺防止法をどのように解釈するのかという指針も発表されていくでしょう。
それらの追加情報も、特に中国で企業に勤めている・企業を経営している方は確認しておく必要があるでしょう。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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Vol.75 中国の新法「インターネット詐欺防止法」その3

今シリーズでは、2022年12月1日から施行されている中国の新法「インターネット詐欺防止法(中国語原文は「反電信網絡詐騙法」)」について見ています。前回、「インターネット詐欺防止法」は法学の常識からすれば奇異な条文があると述べました。他の部分はどうなのでしょう。

新たな機関
インターネット詐欺防止法では、国務院(日本の「内閣」に相当)はインターネット詐欺防止業務を行う機関を設立するとし、さらに地方人民政府はその地方のインターネット詐欺防止業務を指導し、インターネット詐欺防止の目標、任務おおよびその業務機関について決定しなければならないとされています(第6条)。

インターネット事業者や銀行などの義務
さらに、インターネット詐欺防止法第7条は、インターネット事業者、銀行金融機関、銀行以外の決済機関およびインターネットのプロバイダーは、リスクの防止と管理について責任を負い、インターネット詐欺に対する内部統制メカニズムとセキュリティ責任システムを確立し、セキュリティ評価を強化し、新しいビジネスの詐欺に対するリスクへの対策を強化するとしています。2030460_l この文言から見ると、インターネット詐欺防止法は、銀行や決済機関を介しての振り込みなどを特にその対象としていると言えそうです。本シリーズ第1回や第2回でも「銀行によるネットバンクの取扱いに強い規制が入るということになりそうです」と述べました通りのことを表す規定と言えましょう。
そして、インターネット事業者には、ユーザーの身分情報を登録する義務も課されました(第9条)。こうして、インターネット事業者を通じてインターネットユーザーの個人情報が政府に登録されることになりました。さらに、SIMカードは国家が定めた上限以上の数を処理してはならないとも規定されました(第10条)。これについては非常に多い数が設定されるでしょうが、今後は上限到達したことを理由にSIMカードが手に入らないという可能性も出てくるかもしれません。
さらに、異常な詐欺行為を行っていると判断されたSIMカードは、インターネット事業者によって機能停止させることがあるとも規定しています(第11条)。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.74 中国の新法「インターネット詐欺防止法」その2

前回は、2022年9月2日に公布された中国の新法「インターネット詐欺防止法(中国語原文は「反電信網絡詐騙法」)」が制定された経緯を見ました(主席令第119号。2022年12月1日施行)。
今回は、この法律の重要ポイントを見ていきましょう。

インターネット詐欺とは
インターネット詐欺防止法である以上、まず重要になってくるのは「インターネット詐欺」をどのように定義づけているかです。
インターネット詐欺防止法では、インターネット詐欺(電信網絡詐騙)を、不法な占有を目的として、電気通信ネットワーク技術を用いて、遠隔、非接触等の手段により、公私の財産を詐取する行為をいうとしています(第2条)。ここで驚くべきことは、「不法な占有」、「財物を詐取」と規定していることです。このような表現では、現実に存在する物体としての財物を不法に自身が占有したときのみにこの法律が適用されるように読み取れます。しかし、インターネット詐欺で問題になるのは実在する財物ではなく、電子マネーのデータなどの方ではないでしょうか。前回もインターネット詐欺防止法について「銀行によるネットバンクの取扱いに強い規制が入るということになりそうです」と述べました。ネットバンキングなどを通じて「現金」などの詐取を対象とし、電子マネーなどは含まれないという発想はこの条文にも表れています。
もちろん、電子マネーデータの取得も「財物」であり「不法な占有」の対象となるという解釈が示される可能性はあります。しかし、条文の文言を丁寧に読むとそのようにはなっていないということです。24376336_l

インターネット詐欺防止法の適用範囲
そして、インターネット詐欺防止法の適用範囲は、まず中国国内で行われるインターネット詐欺行為、さらには中国公民が国外で行うインターネット詐欺行為も対象となります。そして、中国国内でインターネット詐欺を行う外国の組織または個人、中国国内でインターネット詐欺行為を行うために他者に製品やサービスを提供した外国の組織または個人も対象となるとしています(第3条)。ここでも驚くべきことは「中国公民が国外で行うインターネット詐欺行為」も対象となるとしていることです。「中国公民が国外で『中国国内に対して』行うインターネット詐欺行為」ではありません。
法律は通常、その行為を行った国の法律やその行為の対象となった国の法律が適用となります。そのため、中国公民が単に国外でインターネット詐欺を行った場合(中国に対して行っていない場合も含む!)にも、一律にインターネット詐欺防止法の対象となることは非常に奇異なことと言えます。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.73 中国の新法「インターネット詐欺防止法」その1

中国では、2022年9月2日に新しい法律として「インターネット詐欺防止法(中国語原文は「反電信網絡詐騙法」)」が可決・公布されました(主席令第119号)。この新法は2022年12月1日から施行される予定です。中国に在住している方は分かると思いますが、中国ではものすごい勢いでインターネットが普及しています。そして、それに伴いインターネット上の詐欺行為などが多く見られるようになったことからこの法律が制定されたとされています。今シリーズでは、この新法について見ていきましょう。

インターネット詐欺防止法制定経緯
中国ではインターネットの爆発的普及と同時にインターネット上での犯罪も多発するようになりました。特にインターネット詐欺防止法の制定理由として中国政府は、以下のような実態を挙げています。
インターネット詐欺は数も増えているが、類型も複雑化している。2022年4月には最高人民法院(最高裁判所)が10件のインターネット詐欺の典型例を公開したが、それも虚偽の投資への誘因やニセ健康グッズの販売など多方面に及んでいる。特に2018年8月から2019年4月にかけて、37人で結成したチームがインターネットゲーム上で詐欺を働き189万元の被害を出している。さらに、2021年12月に公安が発表した2021年1月~11月の犯罪統計でもインターネット詐欺事件は37万件発生し、容疑者は54.9万人いるとなっている。
このような現状に対応するためにインターネット詐欺防止法は制定されたとされています。23877716_l

インターネット詐欺防止法の規定
インターネット詐欺防止法に規定されている内容は、基本的に「刑事罰」です。そして、規制の対象となるのはインターネット事業の経営者や銀行などとなっています。条文上では明確には述べておりませんが、インターネット詐欺に対する対策ということで、銀行によるネットバンクの取扱いに強い規制が入るということになりそうです。また、各地の公安が連携してインターネット詐欺活動に有効な懲罰を加えるという規定も置かれました。
このため、インターネット事業などを営んでいる方以外には、普段の生活を大きく変える法律ではないと言えます。しかし、先に述べたような中国で大規模となっている犯罪行為へ対応する新法ができたということで、次回も引き続きインターネット詐欺防止法の条文を見ていきましょう。
(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

 

 

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Vol.72 中国で新制定された「先物およびデリバティブ法」 その5

本シリーズでは、本年8月1日から施行されている中国の「先物およびデリバティブ法」(中国語原文は「期貨和衍生品法」)について見てきました。新法ということもあり、全条文が新しい規定なのですが、全てを見ると際限がないので、いくつか規定をピックアップして見てきました。今回は本シリーズの最終回です。

先物取引者や先物取引機構に関する規制
「先物およびデリバティブ法」第49条は、先物取引を行う者について規定しています。第49条第1項では、先物取引者(先物取引を行う者)とは、「先物およびデリバティブ法」に基づいて、先物取引を行って、取引結果を受け入れる自然人、法人もしくは法人以外の組織としています。中国では、法人格のない団体も法人と同様に活動できますが、ここでもそのように規定されています。
そして、先物取引機構は、先物取引者に対してサービスを提供する際は、先物取引者の基本的状況、財産状況、金融資産の状況、取引に関する知識および経験、専門的能力などの関連情報を十分に理解し、サービスの重要な内容につき確実に説明をし、取引のリスクを十分に伝えて、取引者に上述の状況に適合するサービスを提供しなければならないと規定されています(第50条第1項)。さらに、「先物取引者は、先物取引に参加およびサービスを受ける際には、先物経営機構が明示的に要求した第50条第1項の内容について、真実の情報を提供しなければならない。情報の提供を拒絶もしくは情報の要求に対して提供をしない場合、先物経営機構はその結果について告知し、併せて規定に従いサービスの提供を拒絶しなければならない」とも規定されています(第50条第2項)。
このように、先物取引は、取引対象の時価の大幅な変動によって、大きく利益を上げることも、大きく損をすることもあるため、取引を行う際にはリスクの説明と自身の知識や財産状況についての詳しい説明をする必要があります。そして、この説明ができない場合、先物取引に参加できないわけです。
そして、先物取引機構がこの規定に反した場合、それによって得た所得の10倍以下の罰金が科され(ただし、得た所得が50万元より低い場合は、50万円以上500万元以下の罰金)、情状が特に悪い場合は、営業許可が取り消されることになります(第135条)。スクリーンショット (1995)

世界最大規模を誇る中国の先物取引市場に対し、ついに法的規制ができたというのは世界の投資家が注目している点です。投資をしていない人(や会社)も今の中国はこうなっているんだというくらいは抑えておきましょう。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.71 中国で新制定された「先物およびデリバティブ法」 その4

前回までで、今年8月1日に施行された中国の「先物およびデリバティブ法」(中国語原文は「期貨和衍生品法」)の定義を見終わって、その規制内容の一部を見ました。今回もその続きです。

「先物およびデリバティブ法」上の規制(続き)
先物取引などはうまい使い方をすれば、マネーロンダリングの手段となります。そのため、「先物およびデリバティブ法」第18条第1項では、先物契約は実名で行わなければならず、身分証明書をもって口座を開設しなければならないと規定しています。さらに、「先物およびデリバティブ法」上の「先物契約」は、「あらかじめ決められた日に、決められた価格で特定の商品を売買する契約」のうち、先物取引所で行われるものをいうと、前回説明しました。これを反映して「先物およびデリバティブ法」第19条は、「先物取引所で先物取引を行う場合、国務院の先物規制当局の規定に従った先物取引所の会員またはその他の参加者でなければならない」という規制もあります。先物取引を行うには、まず先物取引所の会員や参加者にならなければならないということですね。もっとも、先物取引に参加するには、保証金を拠出することも必要なので(第22条)、金銭の拠出なく簡単に参加できるわけではありません。
続いて「オプション契約」については、法律により設立された場所で、国務院によって授権されたもしくは国務院の先物監督管理機構の承認を経て、デリバティブ取引を行うことができると規定されています(第30条第1項)。このように、先物契約のように「先物取引所」と限定はされていませんが、「オプション契約」も、定められた場所でのみ行うことができるということになっています。人の利害に大きな影響を与えるため、誰でもどこでも自由に「オプション取引」を締結できるわけではないということです。

スクリーンショット (1782)「先物およびデリバティブ法」上の期間満了時の取扱い
「先物契約」とは、先物取引所で締結される、あらかじめ決められた日に、決められた価格で特定の商品を売買する契約のことをいうと本シリーズ第2回でも説明しました。これを反映して「先物およびデリバティブ法」第44条第1項は「先物契約に規定する時期が到来した場合、取引者は現物の引き渡しまたは現金の交付をしなければならず、そのときに契約は終了するものとする」と規定されています。これに対して、「期限到来時に売買をする権利を有する」に過ぎないオプション契約の場合は、「規定する時期に、買い手は約定した価格で目的物を購入もしくは売却する、または約定に従い現金で差額を決済する権利を有し、契約の売り手は約定により対応する義務を負うものとする。標準オプション契約の行使は、オプション決算機構により行うものとする」と規定されています(第44条第2項)。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.70 中国で新制定された「先物およびデリバティブ法」 その3

前回までで、「先物およびデリバティブ法」(中国語原文は「期貨和衍生品法」)の定義規定をある程度噛み砕いた説明をしました。今回もその続きです。

先物およびデリバティブとは?(続き)
今回は、「スワップ契約」と「先渡契約」の噛み砕いた説明を見てみましょう。

「スワップ契約」とは、「先物契約」や「オプション契約」と似ていますが、売買ではなく、将来のあらかじめ決められた日に、あらかじめ決めておいたモノ同士を交換する契約のことです。しかし、前回の説明を見ていただければ分かりますが、「先物およびデリバティブ法」では「スワップ契約」を特に「金融契約」としています。そのため、「先物およびデリバティブ法」におけるスワップ契約の対象は金融関係に限るということになります。例えば、将来の一定の時期に、その時の為替レートを予測して、日本円と人民元を交換するなどです。また、外国の通貨との交換に限らず、このお金から生じる利息を交換しようという場合もあります(それぞれ異なる変動利息の交換を約束しておけば、同じ通貨でも利息が異なり、交換する意味が生じます)。

そして、「先渡契約」とは、あらかじめ決められた日に、決められた価格で特定の商品を売買する契約のことをいいます。この定義だけ見ると、先渡契約は先物契約と同じということになります。しかし、「先物およびデリバティブ法」上の「先渡契約」は、「『先物契約以外の』、将来特定の時期および地点で特定の目的物を一定数提供することを約束する金融契約」と定義づけています。そのため、契約の定義は同じでも、先物契約は「先物取引所で、統一的に定められた基準によって~」行われる契約、一方、先渡契約は、「先物取引所以外で」行われる契約を指すことになります。P20 Lawyer_847 v2

「先物およびデリバティブ法」上の規制
 さて、「先物およびデリバティブ法」における定義の説明が長くなってしまいました。そろそろ本題である「先物およびデリバティブ法」上の規制内容について見ていきましょう。

例えば、「先物およびデリバティブ法」第17条第3項には、以下のような規定があります。「先物契約および標準オプション契約は、経済的価値を有し、契約は容易に操作されないもので、公益に適合していなければならない」と規定されています。先物契約やオプション契約は、商品の時価変動に応じて大きく利益をあげたり、大きく損することもあるので、操作ができないようにしなければならないという規制が入っているわけです。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)、国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格者)。中国法研究の傍ら講演活動などもしている。韓国・檀国大学校日本研究所 海外研究諮問委員や非認可の市民大学「御祓川大学」の教授でもある。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』、『中国社会の法社会学』他多数。FM西東京 84.2MHz日曜20時~の「Future×Link Radio Access」で毎月1、2週目にラジオパーソナリティもしている。Twitterは@koji_xiaozhi

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Vol.69 中国で新制定された「先物およびデリバティブ法」 その2

前回は、2022年8月1日に施行される予定の中国の「先物およびデリバティブ法」(中国語原文は「期貨和衍生品法」)の用語の一部について見ました。今回は、その続きです。

先物およびデリバティブとは?(続き)
前回は、「先物およびデリバティブ法」における「先物取引[期貨交易]」と「デリバティブ取引[衍生品交易]」について見ました。しかし、「先物およびデリバティブ法」上の定義規定はこれだけではありません。前回見た定義の続きを見てみましょう。
「先物契約[期貨合約]」とは、先物取引所で、統一的に定められた基準によって、将来、特定の時期および場所で一定量の目的物を取引することを約束する契約で(第3条第3項)、「オプション契約[期権合約]」とは、買い手が将来特定の時期に特定の価格で約束した目的物(先物契約を含む)を売買する権利を有することを約束する標準もしくは非標準の契約のことをいいます(第3条第4項)。さらに、「スワップ契約[互換合約]」とは、将来、特定の時間内に特定の目的物を相互交換することを約束する金融契約で(第3条第5項)、「先渡契約[遠期合約]」とは、
先物契約以外の、将来特定の時期および地点で特定の目的物を一定数提供することを約束する金融契約をいいます(第3条第6項)。
しかし、このような説明をされても、何を言っているのかよく分かりません。そこで、以下、嚙み砕いて説明してみましょう。

スクリーンショット (1517)

先物かオプションかどちらが得?
「先物契約」とは、あらかじめ決められた日に、決められた価格で特定の商品を売買する契約のことをいいます。例えば、Aという商品があったとして、それが現在時価100円だったとしましょう。この商品を2ヶ月後に100円で購入する約束をする契約をすることが先物契約です。そして、現実にはその2ヶ月後にはその商品Aの時価が120円になっていたら買い手は得をするし、Aの時価が90円になっていたら買い手は損をするのです。ところで、「先物およびデリバティブ法」では、「先物契約」を「先物取引所で、統一的に定められた基準によって~」と定義づけています。つまり、「先物およびデリバティブ法」上の、「先物契約」とは、「あらかじめ決められた日に、決められた価格で特定の商品を売買する契約」のうち、先物取引所で行われるものをいいます。
これに対して、「オプション契約」とは、あらかじめ決められた日に、決められた価格で特定の商品を売買する「権利」を有することを約束する契約をいいます。つまり、先物契約とは異なり、必ず売買する必要はなく、売買する権利を放棄することもできるわけです。そのため、オプション取引の場合、先の商品の時価が思うように上がらなかったり、下がった場合には購入しなくていいことになります。とはいっても、一方的に売買の権利を持つ人が得するわけではありません。当然、権利取得のための権利料を支払う必要があるので、権利放棄すれば完全に損失がないというわけではありません。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

 

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Vol.68 中国で新制定された「先物およびデリバティブ法」 その1

中国では、2022年4月20日に「先物およびデリバティブ法」(中国語原文は「期貨和衍生品法」)が制定され公布されました(主席令第111号。今年8月1日施行予定)。「先物およびデリバティブ」とは、金融商品のことで、日本では「先物取引」、「デリバティブ取引」、「スワップ取引」などと呼ばれるものです。

数年連続世界一の中国市場
先物およびデリバティブ法制定時には、以下のように言われました。
中国では30年にわたる経済発展により、すでに世界でも重要なデリバティブ市場となっている。2021年には取引件数は75億1,400万件、取引額581兆2,000億人民元に到達し、中国のデリバティブ取引の規模はここ数年連続して世界一となっている。しかし、先物市場は、リスク管理が必要な市場でもあり、取引システム上のリスクを発生させないことが重要である。このようなこれまでの法システムの欠陥を補完するために「先物およびデリバティブ法」を制定する。
中国のデリバティブ取引が数年連続で世界一になっているにもかかわらず、やっとその市場を管理する法律ができたというのは制定がかなり遅いようにも感じます。しかし、いずれにしても、世界一のデリバティブ市場を規制する法律が新たに制定されたのですから、世界中の投資家が注目している法律と言えます。今回のシリーズでは、中国の「先物およびデリバティブ法」を見ていきましょう。

先物およびデリバティブとは?スクリーンショット (1303)
「先物およびデリバティブ法」は、当然に先物取引やデリバティブ取引を規制するための法律です。それでは、先物取引やデリバティブ取引とはどのようなものを言うのでしょうか? まずは、規制の対象となる取引の形態を見ていきましょう。
「先物およびデリバティブ法」第3条には、この法律で用いる用語の定義規定が置かれています。それによれば、「先物取引」とは、先物契約または標準オプション契約を主として行う取引をいいます(第3条第1項)。そして、「デリバティブ取引」とは、スワップ契約、先渡契約、非標準オプション契約およびこれらの組み合わせた取引で先物取引以外の取引をいいます。これだけ読んでもよく分からないので、解説が必要ですが、残念ながら今回はもう残り文字数がないようです。この用語の解説は次回に続きます。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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Vol.67 中国で個人情報保護法が施行 その3

今シリーズでは、2021年11月1日から施行されている中国の個人情報保護法(中国語原文は「個人信息保護法」)について見ています。前回までで、中国の個人情報の定義や規制内容などを見てきました。今回は、やや応用的な内容を見ていきます。

憲法上の根拠はない?
中国の個人情報保護法第1条は以下のように規定しています。「個人情報に関する権益を保護し、個人情報の処理活動について規範し、個人情報の合理的利用を促進するために、憲法に基づき、本法を制定する」。しかし、残念ながら中国憲法には、個人情報保護に関する規定や個人情報を流布させてはならないとするプライバシー権などについては規定がなされていません。中国の法律はだいたい第1条に「憲法に基づき、本法を制定する」と規定しています。個人情報保護法も、そのような他の法律と同じように規定したのでしょうが、中国憲法上に個人情報やプライバシーに関する規定がないにもかかわらず「憲法に基づき、本法を規定する」という基礎がない上に法律を制定したという状態になっていると言えます。スクリーンショット (1149)

政府の情報収集は?
本シリーズ第1回では、これまで中国では社会管理のために国家が積極的に市民の情報を集めていたと述べました。それでは、個人情報保護法の制定で、もう国家が市民の情報を集めるということはないのでしょうか。
これについては、本シリーズ第2回で、個人情報を処理できる場合について述べましたが、その中で、個人情報を処理でき場合には、③法定の職責または法定の義務の履行に必要な場合や⑦法律、行政法規が規定するその他の場合があると述べました。これらの規定は、結局、法律上職務や義務が定められていれば個人情報の処理(個人情報の収集、保存、使用、加工、伝達、提供、公開、削除など)は、本人の同意を得なくてもできるとしているいうことです。ということは、このような政府が個人情報を収集できることを、法律上の職責にしたり、法律や行政法規に規定すれば、政府も自由に個人情報の収集ができることになります。そして、今のところ、政府が本人の同意なく個人情報の処理をできると直接規定した規定はありません。しかし、本シリーズ第1回でも述べましたが、中国では「社会主義国家として社会管理のために市民の情報を集めている」ため、中国の社会制度は社会主義制度であるとしている中国憲法第1条第2項などが既に政府が自由に個人情報の収集などをできるとしていると解釈する可能性はゼロではありません。
後半は、かなりこじつけ的な法解釈をしましたが、あくまでこのような解釈をしてくるという可能性を示すものです。
単に個人情報保護法が施行されたと言っても、法律はその社会独自の事情を反映して運用がなされるものです。単純に「日本と同様か」ではなく、どんな社会の法なのかもおさえて評釈することが重要です。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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Vol.66 中国で個人情報保護法が施行 その2

中国では2021年8月20日に、個人情報保護法(中国語原文は「個人信息保護法」)が公布され、2021年11月1日から施行されています。前回に続いて、中国の個人情報保護法について見ていきましょう。

規制される個人情報に関する行為スクリーンショット (911)
中国の個人情報保護法で、「個人情報の処理」という用語が使われています。「個人情報の処理」とは、個人情報の収集、保存、使用、加工、伝達、提供、公開、削除などのことをいいます(中国・個人情報保護法第4条第2項)。そして、「個人情報の処理」を行う際には、以下のいずれかを満たしている必要があるとされています。①個人の同意を取得している、②個人の一方の当事者である契約の締結や履行に必要がある場合、または法により制定された就業規則や法により締結された集団契約の実施など人的資源管理に必要がある場合、③法定の職責または法定の義務の履行に必要な場合、④突発的な公衆衛生上の事件に対応するため、もしくは緊急の状況の中で、自然人(生きている人間)の生命健康および財産安全の保護のため必要がある場合、⑤公共の利益のためのニュース報道、世論監督などの行為を行う場合、合理的な範囲で処理をする場合、⑥個人情報保護法の規定に基づき、合理的な範囲内で個人が自ら公開またはその他すでに合法的に公開された個人情報を処理する場合、⑦法律、行政法規が規定するその他の場合(中国・個人情報保護法第13条)。
これらからすると、中国国内での通常の企業活動を行う場合には、個人の同意を得ている場合や就業規則を根拠として企業としての労働者管理の場合に、「個人情報の処理」ができると覚えておけばよいでしょう。

個人情報保護法の規定の対象となる者
中国の個人情報保護法は、中国国内で自然人の個人情報を処理する活動を行う場合に適用されます。また、その他にも、①中国国内の自然人に対して商品またはサービスを提供することを目的とする場合、②中国国内の自然人を分析、評価する場合、③法律や行政法規に規定するその他の場合には、中国国外で行う中国国内の自然人の個人情報の処理に対して中国の個人情報保護法が適用されます(中国・個人情報保護法第3条)。
(続く)


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Vol.65 中国で個人情報保護法が施行 その1

中国では2021年8月20日に、個人情報保護法(中国語原文は「個人信息保護法」)が公布され(主席令第91号)、2021年11月1日から施行されています。これについては、顧客情報の管理などにもかかわってくるので、多くの日本企業も注目しているのではないでしょうか。今シリーズでは、この中国の個人情報保護法について見ていきましょう。

個人情報保護法制定の理由
スクリーンショット (635)中国では、これまで個人情報保護の法律がなく、このような法制定を行うことには非常に後ろ向きでした。それは、社会主義国家として社会管理のために市民の情報を集めているのはむしろ政府の方であり、政府が法律で自らの市民の情報収集を行いにくくすることをしないためと言われていました。しかし、中国ではインターネット利用者が激増しており、企業などが利益のために顧客情報の収集をする際に、違法な収集や個人情報の売買などが行われ、個人情報の利用方法から市民の生活の安寧が脅かされ、場合によっては生命や健康、財産の安全などに問題が発生するようになったため、個人情報保護法が制定されたとされています。
これまでの中国の法の方向性を大きく転換させるという意味で、この個人情報保護法制定は大きなことと言えるでしょう。

個人情報とは
中国の個人情報保護法では、個人情報の定義を、電子またはその他の方式で記録されたすでに識別されたもしくは識別可能な自然人(生きている人間)に関する各種情報で、匿名化処理が行われた情報は含まないものとするとされています(第4条第1項)。これに対し、日本では、個人情報は、①当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの、または②個人識別符号が含まれるものとされています(日本の個人情報保護法第2条)。これを見ると、日中ともに個人情報とは、特定の個人を識別できる情報と言いたいように見えますが、日本は、氏名や生年月日など例示を挙げているために、ある程度分かりやすくなっています。これに対し、中国の個人情報の定義は、非常に抽象的なものになっています。
また、まず「電子的方式で記録された」という言葉が定義の頭につくように、やはり中国の個人情報保護法は、インターネット利用者増加が直接の原因となって制定されたと言えそうです。
(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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Vol.64 中国の通信販売に対する規制 その2

前号で、中国における通信販売に対する法規制を見ました。しかし、まだすべての条文を見れていないことから、今号でもまずは中国における通信販売の法規制について見ていきましょう。
中国では、通信販売などの規制については消費者契約保護法がしています。前回は消費者保護法第25条第2項まで確認しているので、今号ではこの続きである消費者程法第25条第3項と、第28条を見ましょう。

第25条第3項
消費者から返品される商品は無傷でなければならない。業者は、返品された商品の受領日から7日以内に、消費者が商品に対して支払った額を返金するものとする。返品の商品の運賃は消費者が負担するものとする。業者と消費者の間で、これとは異なる合意をした場合は、その合意に従うものとする。

第28条
インターネット、テレビ、電話、郵便などの方法により商品もしくはサービスを提供する業者、および証券、保険、銀行などの金融サービスを提供する業者は、消費者に業者の住所、連絡方法、商品もしくはサービスの数量および質量、価格もしくは費用、履行期限とその方法、安全注意事項およびリスクの表示、購入後のサービス、民事責任などの情報について提供しなければならない。

スクリーンショット (447)これらの条文を見て分かる通り、中国における通信販売の規制の内容は、広告規制と購入した際の契約解除の話題くらいのもので、日本のそれとほぼ同じといっていいです。日本では同じような場合、商品を受け取ってから、8日が経過するまで返品することもできます。
これまでも何度か説明してきたように、中国では民法の制定が非常に遅かったという歴史があります。その結果、やっと成立した中国の民法典は、世界中のいろいろな国の制度を、条文化したとも言われています。
つまり、世界各国の類似の制度が中国の民法典にも規定されていることが多いということです。通信販売の規制についても民法典と同様に、特に重大な中国独自の条文があるわけでもなく、日本と同じような規制がかかっているだけということになっています。
中国法だからといって、全ての法律に特徴的な規定があるわけではなく、日本とほとんど変わらない規定となっている分野もあるのです。このような多くの国で、基本的に同じ内容となっていることは、民事法の分野では割とあることです。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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Vol.63 中国の通信販売に対する規制 その1

日本では、通信販売などで物品を購入した場合、その商品を受け取った日から8日を経過するまでの間は、買主はその売買契約を解除することができるとしています(日本の特定商取引法第15条の3)。
これは、通信販売は、直接物品を見て購入を決めるわけではないので、その商品が想像と異なっていた場合に、買主を守るための規定と考えられています(その他、日本では通信販売に対しさまざまな広告規制などもあります(日本の特定商取引法第11条))。
それでは、中国では通信販売に対する規制はどのようになっているのでしょうか。今シリーズではこれを見ていきましょう。スクリーンショット (227)

消費者権益保護法による規制
中国には、日本でいう特定商取引法のような法律がありません。特定商取引法とは、特定商取引(訪問販売や通信販売など)を公正にし、購入者などが受けることのある損害の防止を図るとともに購入者等の利益を保護し、商品などの流通および役務の提供を適正かつ円滑にし、国民経済の健全な発展に寄与するために制定されました(特定商取引法第1条)。
これに対し、中国では、通信販売に対する規制などは「消費者権益保護法」で規制しています。これは、中国では通信販売によるトラブルは、消費者保護の対象と捉えているのに対し、日本では、消費者保護の観点も持ちつつ、国民経済の健全な発展のために規制をすることが必要と考えられているということの表れと言えます。
さて、中国の消費者権益保護法第25条および28条は、以下のように規定しています。

第25条 業者がインターネット、テレビ、郵便などの方法を用いて商品を販売したとき、消費者は商品を受け取ってから7日以内に、理由を説明することなく返品する権利を有する。ただし、以下の商品は除外する。
(1)消費者が注文したもの
(2)新鮮で腐りやすいもの
(3)オンラインでダウンロードした、また消費者によって開封された視聴覚製品やコンピュータソフトウェアなどのデジタル製品
(4)新聞や定期刊行物
前項の商品の他、商品の性質上、購入時に消費者が確認した返品に適さないその他の商品は、返品の対象とはならない。
(第25条は第3項まであるが、紙幅の都合もあり、今号は第25条第2項まで見る)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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Vol.62 中国の著作権法改正 その4

 今シリーズでは、2020年11月11日の中国著作権法の改正(2021年6月1日施行)について見てきています。今回もその続きです。

  「実演家の権利(続き)」

 中国著作権法改正の理由は、実演家の権利保障をする「視聴覚的実演に関する北京条約」という著作権に関する国際条約に対応するためのものでした。実演家の権利保障として、改正中国著作権法第40条は以下のように規定しました。


中国著作権法第40条

 演者が所属する実演事業者の実演業務遂行のために行う実演は、職務実演とし、演者は身分を表示する権利と、演出イメージが歪曲されないよう保護を受ける権利を有し、その他の権利の帰属は、当事者間の取り決めによる。当事者間に取り決めがない、または取り決めが不明確な場合には、職務実演の権利は実演事業者が享有するものとする。
職務実演の権利を演者が享有する場合、実演事業者はその業務範囲内で当該実演を無償で使用することができる。


スクリーンショット (4)日本でも、「視聴覚的実演に関する北京条約」に対応するための著作権法改正が2014年(平成26年)5月14日に行われました(2015年(平成27年)1月1日施行)。これによって、このとき日本の著作権法には以下のように改正されました。

 

 


日本の著作権法第7条

 実演は、次の各号のいずれかに該当するものに限り、この法律による保護を受ける。
一 国内において行なわれる実演(改正により下線太字部分が「行われる」に改正)
二~七 (略)
八 前各号に掲げるもののほか、視聴覚的実演に関する北京条約の締約国の国民又は当該締約国に常居所を有する者である実演家に係る実演(八は新設条文)


日本ではもともと実演家の権利を保護していたため、中国と比べると大きな改正ではありませんでした。日本の著作権法第7条第1号の送り仮名の誤りを修正し、第8号を新設したのみです。この第8号で、日本も「視聴覚的実演に関する北京条約」を締結した国の国民または居住者である実演家の権利を保護しているのです。
しかし、日本では「実演が法律による保護を受ける」としているのに対し、中国は「演者は身分を表示する権利と、演出イメージが歪曲されないよう保護を受ける権利を有」すると具体的に規定されており、専門知識がない者にも分かりやすいと言えます。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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Vol.61 中国の著作権法改正 その3

 今シリーズでは、2020年11月11日の中国著作権法の改正(2021年6月1日施行)について見てきています。今回もその続きです。

スクリーンショット 2021-11-08 151402

  「視聴覚作品」

 前回までで、中国著作権法第3条の改正点について見てきました。しかし、中国著作権法第3条では、まだ(六)が改正されています。旧法では「映画作品および映画の制作に類する方法により創作された作品」で、新法では「視聴覚作品」と規定されました。この改正理由については、以下のように言われています。「技術の進歩により、これまでの規定では新しく生じた事象に対して対応できないため」。

 これは要するに、これまで映画に類する著作物と言えば、プロフェッショナルがスタジオなどで制作するものであり、相当の設備を準備する必要があり、制作が困難だったわけですが、優酷やビリビリ動画などに個人が動画(映画に類すると言える可能性がある)をアップロードする時代になったということです。このような技術の進化に伴い、「映画作品および映画の制作に類する方法により創作された作品」という相当の設備を準備して制作する動画のみを前提とした表現で示すことが適切ではなくなったということです。そのため、中国著作権法第3条(六)の旧法では「映画作品および映画の制作に類する方法により創作された作品」という規定は「視聴覚作品」に変更されたのです。

実演家の権利

 本シリーズ第1回で述べた通り、中国著作権法改正の理由は、実演家の権利保障をする「視聴覚的実演に関する北京条約」という著作権に関する国際条約に対応するためのものです。このため、改正点は多くありますが、特に実演家の権利を保障する条文が大きな目玉となっています。この実演家の権利保障は、改正中国著作権法第40条に規定されました。


中国著作権法第40条

 演者が所属する実演事業者の実演業務遂行のために行う実演は、職務実演とし、演者は身分を表示する権利と、演出イメージが歪曲されないよう保護を受ける権利を有し、その他の権利の帰属は、当事者間の取り決めによる。当事者間に取り決めがない、または取り決めが不明確な場合には、職務実演の権利は実演事業者が享有するものとする。

 職務実演の権利を演者が享有する場合、実演事業者はその業務範囲内で当該実演を無償で使用することができる。


(続く)


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Vol.59 中国の著作権法改正 その1

 中国では、2020年11月11日に「著作権法」が改正されました(2021年6月1日施行)。この改正は、「視聴覚的実演に関する北京条約」という著作権に関する国際条約に対応するためのものでした。「視聴覚的実演に関する北京条約」は、俳優や舞踏家などの実演している人の権利を保障するための条約です。このため、この「著作権法」改正では、映画の著作物などに対して大きな改正がありました。今回のシリーズでは、改正された点を主にして中国の著作権法の概要を見ていきましょう。

スクリーンショット 2021-09-06 145606

  中国で著作権保護の対象となる著作物

 中国著作権法第3条では、保護の対象となる著作物について定められています。しかし、この第3条も改正が入りました。以下、旧法と新法の違いを見てみましょう。


中国著作権法第3条

 本法で作品というときは、次の形式で創作される文学、芸術と自然科学、社会科学、工学技術などの作品が含まれる。(太字下線部分が、新法では、以下の文言に改正「文学、美術および科学領域で、独創性を有し、かつ一定の形式で表現可能な知的成果をいい、次の各号に掲げる作品が含まれる。」)

(一)文字による作品
(二)口述による作品
(三)音楽、演劇、演芸、舞踊、曲芸芸術による作品
(四)美術、建築による作品
(五)撮影による作品
(六)映画作品および映画の制作に類する方法により創作された作品(新法では、以下の文言に改正「視聴覚作品」)
(七)工事・建築設計図、製品設計図、地図、見取り図などの図形による作品および模型作品
(八)コンピュータソフトウェア
(九)法律、行政法規に規定されるその他の作品(新法では、以下の文言に改正「作品の特徴があるその他の知的成果」)


 この旧法と新法の差異は、実はかなり大きなものです。まず、旧法の本文では、列挙されたものが中国著作権法でいう「作品」になるとしているのに対し、新法では「一定の形式で表現可能な知的成果で、次の各号に掲げる作品が含まれる」としています。これはどういうことなのか次回見ていきましょう。(続く)


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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Vol.58 中国における保証契約(中国民法第681条~第702条)その5

 今シリーズでは、2021年1月1日から施行された中国民法典上の保証契約について見てきました。今回は、最高額保証契約という日本でいう「根保証(ねほしょう)」について見て今シリーズの締めくくりとしましょう。

スクリーンショット 2021-08-13 111857

  根保証(ねほしょう)とは

 根保証とは、将来発生する不特定の債務を保証することをいいます。例えば、継続的に売買取引をしている会社同士があったとします。そこでは、絶えず売買が発生して、金銭のやり取りをしています。この金銭に保証をかける場合、売買を行う一回ごとに保証契約を締結することは非効率と言えるでしょう。そこで、〇月〇日までに発生する、売買契約により発生する金銭支払い債務について、〇〇円を限度として、一括して保証すると、不特定の債務に対して保証を行うのが根保証契約なのです。

 

最高額保証契約

 中国民法典第690条は、日本でいう根保証に相当する最高額保証契約について規定しています。条文は以下の通りです。


第1項
保証人と債権者は、協議により最高額保証の契約を締結し、約定した最高債権額限度の範囲内で一定期間に連続して発生した債権について保証を提供することができる。

第2項
最高額保証は本章の規定の他、本法第2編の最高額抵当権の規定を参照するものとする。


 ここで参照される最高額抵当権の規定で、最も重要なのは、その額の確定の時でしょう。中国民法典第423条を最高額保証契約に合わせて読み直すと、①約定された債権確定期間となったとき、②債権確定期間を約定していないか、その約定が明確でない場合に、債権者または保証人が最高額保証契約を締結してから2年を経過した後に債権を確定しようと請求したとき、③新たな債権が発生する可能性がないとき、④本来の債務者または保証人が破産を宣告されたときなどに最高額保証契約が保証する金額が確定するとされています。これにより金額が確定した場合は、通常の保証契約と同じ取扱いになります。

 保証契約というのは、2人で行っていたはずの契約に保証人が出てくるなどやや複雑になる場合があります。しかし、民法典の基本的な規定ではあります。本シリーズ第2回では日本と異なる点についても触れました。そのあたりについてはよく知っておく必要があるでしょう。


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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Vol.57 中国における保証契約(中国民法第681条~第702条)その4

 今シリーズでは、2021年1月1日から施行されている中国民法典における保証契約を見ています。前回は、一般的な保証契約の際に、債権者が保証期間内に本来の債務者に対して訴訟や仲裁の申立てを行わなかった場合には、保証人は保証の責任を負わなくなり(中国民法典第693条第1項)、連帯責任による保証契約の場合、債権者が保障期間内に保証人に保証責任を負うよう請求しない場合にも保証人は保証責任を負わなくなります(中国民法典第693条第2項)と述べて終わりました。

 これはちょっと意味が複雑なので、今回丁寧に見ていきましょう。

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  債権者が保障期間内に本来の債務者に対して訴訟や仲裁の申立てを行う

 保証契約というのは、前提として債権者Aさんと債務者Bさんがいて、AさんはBさんに金銭などを請求できるということになっています。しかし、Bさんの財力では本当に金銭を支払ってもらえるのかAさんは不安なので、保証人Cさんと保証契約を締結して、Bさんが支払えなかったときにはCさんに支払ってもらうとするわけです。そして、AさんとCさんの間の保証契約の期間は決まっています。

 そのため、保証契約の期間が経過しても、BさんがAさんに支払いをしていなかった場合、Cさんは「もうAさんは金銭の請求をする気がないんだな」と思うのが普通ではないでしょうか。しかし、Aさんは保証期間終了後にCさんに請求をしてきたら、Cさんは「保証期間も経過したのに、まだ請求されるのか。もっと早く言ってくれなければ、こちらにも金銭の使い道の予定がある」と文句を言うでしょう。

 そのため、Aさんは、Bさんから支払いがないにしても、保証期間内に積極的にBさんから支払いを求める意思表示(=Bさんに対する訴訟や仲裁の申立て)を見せなければ保証人であるCさんに保証契約に基づく請求はできないことにしたのです。これが中国民法典第693条第1項の意味です。

 

連帯保証で、債権者が保障期間内に保証人に保証責任を負うよう請求しない場合

 連帯責任による保証契約とは、債務者と保証人どちらにも直ちに請求ができる保証契約をいいます。この場合も同様です。債権者Aさんは、債務者Bさんに金銭などを請求できる権利を持っていて、保証人CさんはBさんの支払いについて連帯責任による保証契約をAさんと締結したとしましょう。この場合に、保証期間が過ぎた後、AさんがCさんに「保証契約に基づき支払いをしろ」と言っても、Cさんは「言うのが遅すぎる。保証期間内に言ってください」と言うでしょう。このように、保証期間内に保証人への請求をしなければ連帯責任による保証契約であったとしても保証人は支払う必要はないというのが、中国民法典第693条第2項の意味です。(続く)

 


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Vol.56

 前回は、2021年1月1日に施行された中国民法典における保証契約の全般を見てきました。今回は、保証契約の実行方法について見ていきましょう。

  一般的な保証契約の実行

 中国民法典第687条第2項によれば、一般的な保証での保証人は主たる契約に争いがあって、裁判や仲裁を経ずに、債務者の財産が法による強制執行されたとしても、債務の履行ができなくなるまでは、債権者に対して保証責任を負うことを拒否することができるとされています。ただし、以下の場合にはこの限りではないとされています。①債務者が行方不明で、さらに執行できる財産がないとき、②人民法院(裁判所)が債務者の破産事件を受理したとき、③債務者が財産不足で債務の全部の履行ができないもしくは履行能力がないことにつき債権者にその証拠があるとき、④保証人が書面でこの規定に定められた権利を放棄したとき。

 このように、保証人となっていたとしても、一般的な保証契約の場合、まずは本来の債務者が当該債務を負担することになります。

 

連帯責任による保証契約の実行

 一般的な保証契約に対して、連帯責任による保証契約の場合、本来の契約の債務履行の期日が到来した場合に、債権者は、ただちに債務者か保証人のいずれかに請求をすることができます(中国民法典第688条)。いわゆる、連帯責任による保証契約の場合、「一般的な保証契約の実行」で述べたような、保証人が保証しなくてはならない場合に限らずに保証をする必要があるのです。

 

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保証人の権利

 しかし、保証人もただ保証人になるだけではなく、本来の債務者にあらかじめ保証人に対して担保を提供することを求めることもできます(中国民法典第689条)。ま
た、保証人の知らないところで本来の債権債務の期間が延長されていたとしても、保証契約も自動的に延長されることはありません(中国民法典第692条)。

 さらに、一般的な保証契約の際に、債権者が保証期間内に本来の債務者に対して訴訟や仲裁の申立てを行わなかった場合には、保証人は保証の責任を負わなくなり(中国民法典第693条第1項)、連帯責任による保証契約の場合、債権者が保障期間内に保証人に保証責
任を負うよう請求しない場合にも保証人は保証責任を負わなくなります(中国民法典第693条第2項)。この意味については次回見ていきましょう。(続く)

 


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Vol.55

 前回、2021年1月1日から施行された中国民法典上の契約の規定を全体的に見ました。今回から本題である保証契約について見ていきましょう

保証契約とは

 中国民法典第681条では、保証契約とは債権の実現を保障するために、保証人と債権者が債務の期日が
到来したときもしくは当事者間で決定した債務を履行すべき状況が生じたにもかかわらず、債務者が不履行にした場合に、保証人が債務を履行するもしくはその責任を負う契約をいうとしています。保証契約は、あくまで主たる債権が存在していることが前提となるため、主たる債権債務に関する契約が無効となった場合、保証契約は無効となるとも規定があります(ただし、法律に別の定めがある場合を除く)(中国民法典第682条第1項)。

 要するに、何らかの契約があったとして、その契約が履行されないときに、代わりにその責任を負う者を決めておき、契約の履行の安全を確保するのが保証契約ということです。また、保証契約はあくまで債権者と保証人の契約であり、書面で行う必要があるともされています(中国民法典第685条)。

 

日本の保証と異なる点

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 「保証契約とは」で述べた内容は、日本の民法の「保証債務」の項目に規定されている内容とほとんど同じです。しかし、中国の保証契約は、日本と大きく異なる点もあります。まず法人組織は保証人とはなれないという規定です(中国民法典第683条第1項)。さらに、公益目的の非営利法人や法人格を持たない組織も保証人となることはできません(中国民法典第683条第2項)。日本では、定款の定める範囲に付属する範囲であれば法人も保証人になることができると考えられています。また、法人格を持たない組織は日本では契約の主体になれないので、保証人になることができないと当然のことを述べているように思えます。しかし、中国では法人格を持たない組織は、法人格を持たないものの、自己の名を
もって民事活動を行えるため(中国民法典第102条)、中国ではこのような規制があるのです。

 

保証の方法

 保障の方法には、一般的な保証と連帯責任による保証があるとされており(中国民法典第686条第1項)、この点は日本と同じです。また、保証契約の内容が不明確である場合には、一般的な保証責任を負うことになります(中国民法典第686条第2項)。(続く)

 


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Vol.54

 中国では、これまで長らく民法通則、物権法、契約法(中国語原文では「合同法」)など個別の民事法を寄せ集めて「民法的な法律」を構成してきましたが、2020年5月28日に「民法典」が公布され、2021年1月1日から施行されているとは、本連載でも何度も述べてきたことです(中国民法典施行と同時に過去の「民法的な法律」群は全て廃止)。本連載では、民法典制定に合わせてここしばらくずっと中国民法典を取り扱ってきました。今シリーズでは、中国民法典のうち、契約について見ていきましょう。

契約とは

 契約とは、当事者間で何らかの権利や義務を発生させる当事者同士の合意によって成立する取り決めのことをいいます。具体的には、例えばAさんが所有している本をBさんに所有権を移転させる代わりに、BさんはAさんに1000円を支払う義務を負うということを取り決めるなどです(この例の契約は一般的には売買契約と言います)。このように、契約というのは当事者同士で取り決めを行えばよく、民法ではよく使われる契約について規定しているのみで、民法上に規定されていないような契約についても当事者同士の合意で締結することができます(日本民法第521条第2項、中国民法典第467条第1項)。この民法に規定されている契約形態を「有名契約」とか「典型契約」といいます。

 日本では典型契約には、贈与契約、売買契約、交換契約、消費貸借契約、使用貸借契約、賃貸借契約、雇傭契約、請負契約、委任契約、寄託契約、組合契約、終身定期金契約、和解契約の13
種類があります。これに対して、中国ではもっと多くの典型契約があります。2021年1月1日で廃止された「民法的な法律」の一つ契約法と比べても、中国民法典では典型契約が増えています。以下、廃止になった契約法と中国民法典の比較を見てみましょう。

 

中国の典型契約
中国の典型契約

 

 本シリーズでは、中国民法典になって新しく制定された「保証契約」について見ていきましょう(保証契約は、これまで「民法通則」に簡素な規定があるのみでした)。

 


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 Vol.53

 前回、中国民法における詐害行為取消権の条文を途中まで見ました。今回はその続きから見ていきましょう。

 中国法律事情

 

中国民法における詐害行為取消権(続き)

 中国民法第539条

 債務者が明らかに不当な低価格で財産を譲渡するか、明らかに不当な高価格で他人の財産を譲受けるまたは他人の債務に担保を提供し、債権者の債権の実現に影響を与えた場合、債務者の相手方がそれを知っているか知っているはずであるとき、債権者は人民法院に債務者の行為の取消しを請求できる。

 第540条

 取消権を行使できる範囲は、債権者の債権の範囲に限るものとする。債権者が取消権を行使するに必要な費用は債務者が負担するものとする。

 第541条

 取消権は、債権者が取消の理由を知った、または知っていたはずの日から1年以内に行使しなければならない。債務者の行為の日から5年以内に取消権が行使されない場合も取消権は消滅するものとする。

 第542条

 債権者の債権の実現に影響を与える債務者の行為が取消された場合、それは最初から法的拘束力を持たないものとする。

  以上が中国民法における詐害行為取消権の条文の全部です。契約法の時代の2条しかなかった規定から5条と条文の量は大幅に増えましたが、その内容については契約法の時代から全く変わらないと言ってよいでしょう。

 

中国民法における詐害行為取消権

 2021年1月1日から施行された中国民法では、第538条~第542条に詐害行為取消権が規定されました。その規定は以下の通りです。

 中国民法第538条

 債務者が、その債権を放棄、債権の担保を放棄、財産を無償譲渡などの方法で財産権を無償で処分するもしくは債権の履行期間を悪意をもって延長し、債権者の債権の実現に影響を与える場合、債権者はその債務者の行為を取消すよう人民法院に請求することができる。(続く)

 

詐害行為取消権の条文に見る中国法の特徴

 中国民法第539条は、「明らかに不当な低価格で財産を譲渡するか、明らかに不当な高価格で他人の財産を譲受けるまたは他人の債務に担保を提供」と規定するなど、日本の条文に比べて非常に具体的に規定しています。中国法は、その条文に解釈の余地がないほど具体的に規定を置く場合が多々ありますが、詐害行為取消権の条文もその例通りということができるでしょう。

 


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 Vol.52

 前回、詐害行為取消権の意味を説明しました。今回は、中国の詐害行為取消権を具体的に見ていきましょう。

 中国法律事情52

 

契約法(合同法)時代の詐害行為取消権

 2021年1月1日の中国民法施行より前は、中国では契約法(中国語原文は「合同法」)第74条~第75条に詐害行為取消権が規定されていました。その条文は以下の通りでした。

 契約法第74条

 債務者が期日が到来した債権を放棄もしくは財産を無償で放棄し、債権者に損害を与えた場合、債権者は人民法院に債務者の行動を取消すよう請求することができる。債務者が明らかに不当な低価格で財産を譲渡し、債権者に損害を与え、譲受人もその状況を知っている場合、債権者は人民法院に債務者の行動の取消しを請求することもできる。 取消権を行使できる範囲は、債権者の債権の範囲に限るものとする。債権者が取消権の行使のために要する費用は、債務者の負担とする。

 第75条

 取消権は、債権者が取消の原因を知った、または知っていたはずの日から1年以内に行使しなければならない。債務者の行為から5年以内に取消権が行使されない場合も取消権は消滅するものとする。

このように、契約法上の詐害行為取消権は非常に簡素な規定でした。

 

中国民法における詐害行為取消権

 2021年1月1日から施行された中国民法では、第538条~第542条に詐害行為取消権が規定されました。その規定は以下の通りです。

 中国民法第538条

 債務者が、その債権を放棄、債権の担保を放棄、財産を無償譲渡などの方法で財産権を無償で処分するもしくは債権の履行期間を悪意をもって延長し、債権者の債権の実現に影響を与える場合、債権者はその債務者の行為を取消すよう人民法院に請求することができる。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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 Vol.51

 前回まででは、中国民法が施行されることに合わせて中国民法における所有権を見直しました。今回からは、中国民法における詐害行為取消権を見直してみましょう。まずは、中国民法のおさらいからです。

 

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中国民法とは

 中国ではこれまで民法通則(1986年)、物権法(2007年)、担保法(1995年)、契約法(中国語原文は「合同法」)(1999年)、不法行為責任法(中国語原文は「侵権責任法」)(2009年)などの単行法規を寄せ集めて「民法的な内容の法律」を構成してきました。しかし、これらの単行法規には、相互矛盾する部分もあり、各単行法規を解体して統一の「民法」典の制定を求める声がありました。

 そして、2020年5月28日に全国人民代表大会でついに「民法」が可決・同日公布され、2021年1月1日から施行されました。そして、2021年1月1日にはこれまでの民法的な内容を構成していた各単行法規も全て廃止となりました。

 

詐害行為取消権とは

 もし、他人であるAさんに対して債権(金銭などを要求する権利)を持っているにもかかわらず、Aさんがあなたへの金銭債権の支払いを妨害するために、所有している唯一の財産を無償でさらなる他者へ譲渡してしまったらどう思うでしょうか?このような、「違法」とまでは言えないが、他者の権利を妨害する行為を日本語では「詐害行為(さがいこうい)」といいます。日本でも、このような他者の権利を妨害する行為は、一定の要件を満たして裁判所に申し立てれば、取り消すことができます(あくまで「違法ではない行為」を取り消すので、裁判所の判断が必要です(日本の民法第424条~第426条))。

 それでは、中国では詐害行為取消権はどのようになっているのでしょう。民法的な内容を構成する単行法規で民事法として効力を持っていた時代は、中国では契約法第74条~第75条に詐害行為取消権が規定されていました。そして、民法典では詐害行為取消権は第538条~第542条に規定されています。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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 Vol.50

中国民法における所有権(中国民法第240条~第270条) その4

 これまで、中国の所有権について見てきましたが、今回でこのシリーズも最終回です。(※以下、「民〇条」は、2021年1月1日から施行される中国民法の条文番号を、「物〇条」は、2020年12月31日まで施行される物権法の条文番号を意味します)

 

私人の所有権(続き)

 前回、中国では私人の所有権は、私人に対しては、原則として日本と同様の所有権が認められているが、「合法的な」財産と表現されている点に注意が必要であると述べました。これは、要するに盗んできた財物など「非合法に」取得した財物には、所有権の保障の対象とならないと考えられています。

 これに加えて、本シリーズその1でも述べた通り、公共の利益に必要があれば、団体、個人の家屋が徴用でき、補修や災害救助など緊急の必要がある場合には団体や個人の不動産や動産も徴用できるとしています

 

営利法人のその他の所有権

 私人の所有権については説明しましたが、それでは企業などの法人の所有権はどのようになるのでしょう。これについては「営利法人は、その不動産および動産に対し、法律、行政法規および法人の規則に従い、占有、使用、収益を得および処分する権利を共有する」(民269条第1項)、「営利法人以外の法人の不動産および動産に対する権利については、関連する法律、行政法規および法人の規則を適用するものとする」(民269条第2項)、「社会団体法人、援助法人が法によって所有する不動産および動産は法律の保護を受ける」(民270条)と規定されています

 

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物権法と民法の差異

 

 物権法(2020年12月31日まで施行)の所有権の規定と民法(2021年1月1日から施行)の所有権の規定は概ね同じですが、若干差異がある部分もあります。例えば、先ほど営利法人や社会団体法人・援助法人の所有権について説明しましたが、これは物権法では「『企業』法人」や「社会団体」と表現していました。「企業法人は、その不動産および動産に対し、法律、行政法規および法人の規則に従い、占有、使用、収益を得および処分する権利を共有する」(物68条第1項)、「社会団体が法によって所有する不動産および動産は法律の保護を受ける」(物69条)。

 中国の所有権の規定で、物権法から民法への切り替えによって改正された部分は、このような表現の差異程度であり、大きな変化はありません(しかし、全く表現が修正されていないわけではありません)。

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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Vol.49 中国民法における所有権(中国民法第240条~第270条) その3

 前回まで、中国の所有権について見てきました。今回もその続きです。(※ 以下、「民〇条」は、2021年1月1日から施行される中国民法の条文番号を、「物〇条」は、2020年12月31日まで施行される物権法の条文番号を意味します)

 

国家所有と集団所有の所有権の制限

 前回、集団所有の所有権については、「具体的に誰が利用するのかや土地に生じる費用をどのように負担するかなどはその集団のメンバーで決定する」と述べました。これは結局、その集団に、その集団所有物の管理を行わせているのみであり(むろん、そこから収益があがればその集団の利益になるのですが(町による集団所有から生じた利益については民263条、物61条))、もし集団内の誰もその土地を使いたくなかったら、誰も費用を支払えなかったらといった場合が条文上想定されていません。

 通常、所有者がその所有物を使うことがなくなった場合、売却してお金に換えるなどは通常よくある手法です。中国でも、「所有権者は自己の不動産もしくは動産を法により占有、使用、収益を得る、処分する権利を持つ」と規定しており(民240条、物39条)、この意味では中国でも自由に処分(売却)ができそうに見えます。しかし、本シリーズその1で見たように、法律により国家の所有に属すると規定されている動産や不動産の所有権は誰も得ることができないし(民242条、物41条)、集団所有の所有物に対し集団のメンバーの決定による事項の中に「所有物の処分(売却)」が規定されていません。

 このように、日本と同じような処分(売却)を含めて自由な処理ができるのが所有権であると規定しながら、国家所有や集団所有の場合には、その所有権にいろいろな制約がかかっているのです。

 

53784d40-f4da-48f1-acce-b9933ad09b54私人の所有権

 ここまで、国家所有と集団所有について見てきました。それでは、私人の所有権はどのようになっているのでしょうか。

 私人の所有権については、「私人の合法的な収入、家屋、生活用品、生産工具、原材料などの不動産および動産については所有権を共有する」と規定し(民266条、物64条)、「私人の合法的な財産は法律の保護を受け、どのような組織や個人も占拠、略奪、破壊してはならない」とも規定しています(民267条、物66条)。この規定により、私人に対しては、原則として日本と同様の所有権が認められていると考えられています。

 しかし、日本とは異なり、「合法的な」財産と表現されている点について注意が必要です。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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Vol.48 中国民法における所有権(中国民法第240条~第270条) その2

 前回は、中国民法が制定されたことをきっかけに中国の所有権の構造について簡単に見てきました。今回はその続きです。(※ 以下、「民〇条」は、2021年1月1日から施行される中国民法の条文番号を、「物〇条」は、2020年12月31日まで施行される物権法の条文番号を意味します)

 

国家所有の財物とは

 それでは中国で国家の所有とされているものにはどのようなものがあるのでしょう。これは例が非常に多いので、全てを列挙することはできませんが、代表例をあげれば以下のようになります。鉱物資源、河川、海域(民247条、物46条)、無人島(民248条)、都市の土地、法律で国家所有とされた農村の都市郊外および農村の土地(民249条、物47条)、森林、連峰、荒地、砂浜などの天然資源(法律で集団所有とされたものを除く)(民250条、物48条)、国防施設(民254条第1項、物52条前段)、鉄道、道路、電力設備、電話・通信およびガスなどの基礎施設で法律で国家所有とされたもの(民254条第2項、物52条後段)。概ねこのようなものが国家所有とされています。基本的には土地(人間が居住する土地については都市部)などが国家所有の財物とされていると考えてよいでしょう。また、民法では物権法では制定されていなかった「無人島は国家所有とする」という規定ができました

 

(Confirmed)759_中國法律集団所有の財物とは

 国家所有の次に法律で規定されているのは、「集団所有の財物」についてです。これも、細かく全ての例をあげることは難しいですが、代表例をあげれば以下のようになります。法律の規定により集団所有とされた土地、森林、連峰、草原、荒地、砂浜(民260条(一)、物58条(一))、集団所有の建築物、生産施設、田畑の水利施設(民260条(二)、物58条(二))、集団所有の教育、科学、文化、衛生、体育などの施設(民260条(三)、物58条(三))、集団所有のその他の不動産および動産(民260条(四)、物58条(四))。

 これらのうち特に農民が集団所有している不動産や動産については、具体的に誰が利用するのかや土地に生じる費用をどのように負担するかなどはその集団のメンバーで決定することとされ(民261条、物59条)、集団が所有している土地および森林、連峰、草原、荒地、砂浜などは集団の経済組織もしくは村民委員会で所有権の行使方法を決定するとしています(民262条、物60条)。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
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Vol.47 中国民法における所有権(中国民法第240条~第270条) その1

 前回までで、今年5月28日に中国で「民法」が可決され、2021年1月1日から施行され、同時にこれまで中国で民法的内容を構成してきた数々の単独民事法規が廃止されると述べました。今回からは、「民法」の具体的内容について見ていきましょう。まずは、これまで単独民事法規の一つである物権法(2021年1月1日廃止予定)の第39条~第69条に規定されている内容から大きな変更はないものの、中国における所有権を見ていきましょう。ここでは特に所有権の一般的規定と国家所有、集団所有、私人所有の規定(中国民法第240条~第270条)について見ていきます。
(※ 以下、「民〇条」は、中国民法の条文番号を、「物〇条」は、物権法の条文番号を意味します)

 

P22 Lawyer_755中国における所有権の複雑さ

 なぜ、民法施行前の物権法時代から大きな変化はないにもかかわらず、中国における所有権を見ていくのでしょうか。それは、中国と日本とでは所有権の基本的構成が大きく異なるために、日本人が最も疑問を抱く点であるため、民法制定を機に再確認しておくにはいい素材となるからです。

 中国は社会主義国家であり、社会的資源は全て国有もしくは公有であるという前提がありました。このため、日本などとは所有権のあり方も大きく異なります。まず、法律により国家の所有に属すると規定されている動産や不動産はいかなる団体や個人もその所有権を取得することはできません(民242条、物41条)。そして、公共の利益に必要があれば、法律に定められている権限および手続きにしたがって、補償などを行うことによって集団所有の土地や団体、個人の家屋、その他不動産を徴用することができるとの規定もあります(民243条、物42条)。また、補修や災害救助など緊急の必要がある場合には法律に定められている権限および手続きにしたがって、団体や個人の不動産や動産を徴用できるとしています(民245条、物44条)。

 このように、社会に必要があれば個人の所有権の保護が強くなされないというのが中国の所有権のあり方であり、日本と大きく異なる点と言えます

 

国家所有物の権利行使は?

 しかし、国家所有の場合にはその所有権はどのように行使されるのでしょうか?国家所有の財産は全国民の所有という意味で、国務院が国家を代表してその所有権を行使するとされています(民246条、物45条)。(続く)

 


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Vol.46 中国の全人代で民法が可決 その2

 中国の全国人民代表大会で5月28日に「民法」が可決されました。この意味について前回に引き続き見ていきましょう。

 

(Confirmed)751_中國法律事情民法の中に婚姻家庭法分野・相続法分野が!

 今回制定された中国の民法典は、総則、物権、契約、人格権、婚姻家庭、相続、不法行為責任および附則からなり、全1260条となっています。民法の中に、婚姻家庭法分野と相続法分野が含まれているというのは、実は非常に大きなことです。

 日本で民法というと、所有権や取引に関して規定している「財産法」分野と、家族や相続に関して規定している「家族法」分野があると考えています。しかし、中国では長らく「民法」とは「財産法」をいうのであり、家族法については民法とは別の家族法という独自の分野があると考えてきました。これは、中国が法律のモデルにしていたソビエト連邦での学説がそのようになっていたためです。実際に、これまで中国で「民法」的な内容について書かれた教科書などを読むと、「財産法」についてしか書かれておらず、「家族法」という別の教科書を読まないといけない場合が多くなっていました。

 しかし、今回の民法には「家族法」分野の規定もあり、長らく中国が取ってきた民法の他に家族法という分野があるという学説が立法によって否定されたことになります。これは中国がこれまで継受してきたソビエト連邦の学説からの脱却で非常に大きなことです

 

これまでの単独立法が廃止

 実は、中国では民法制定に先駆けて、総則編にあたる「民法総則」という法律を2017年10月1日から施行してきました。しかし、この時、それまで中国で民法総則的な内容を規定してきた「民法通則」は廃止されず、しかも民法通則と民法総則では異なる内容が規定されている部分もあり、問題となっていました。しかし、2021年1月1日に民法が施行されると同時にこれまでの個別の民法的内容を構成してきた単独立法が廃止されることも決定しました。

 これからは、中国で民事法の内容を確認するには「民法」のみを確認すればいいことになります。

 

日本民法とは違う!

 先ほど、「民法総則」は2017年10月から施行されていたと述べました。しかし、この「民法総則」でも、法人格を取得していない団体の民事活動を認めるとか、占有権の規定がない、所有権を認めても補償があれば公共の利益に応じて徴用が可能など、日本の民法とは異なる部分が多いという点は注意が必要です。今後、本連載でも中国民法を検証していく予定です

 


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Vol.45 中国の全人代で民法が可決 その1

 中国の全国人民代表大会で5月28日に「民法」が可決されました。これはどういうことなのでしょう。今回は民法制定の意味を見ていきましょう。

 

P26 Lawyer_747中国にとっての民法の始まり

 1949年10月に中華人民共和国は成立宣言をしました。その後、新国家成立に伴い各法律を制定するための動きが始まりました。実際に、民法も1954年から起草作業が始まり、1956年には完成したとされています。さらに、1956年の党大会でも、民法を制定するとの表明がされていました。その後1962年に再度民法起草作業が始まり、1964年には2つ目の民法草案が完成しました。しかし、間もなく中国では各種政治運動が勃発し、結果として完成していた民法草案は日の目を見ることがありませんでした。

 なお、この時の民法草案は、社会主義国家として、ソビエト連邦の民法典が大きく参考にされていたとされています

 

改革開放政策以降の民法

 その後、改革開放政策が始まり、外資企業との取引のために「民法」の制定が必要とされました。しかし、社会主義国家では私的な取引は存在しないという前提があったため、「民法」を制定してよいのか、社会に対する経済規制を行う「経済法」を制定するのかで大きな議論が巻き起こりました。この結果、「民法」ではなく「経済契約法(中国語原文は「経済合同法」)」(1981年)、「渉外経済契約法(中国語原文は「渉外経済合同法」)」(1985年)、「技術契約法(中国語原文は「技術合同法」)」(1987年)が制定されました。

 そして、このように民法のうち、個別の単独法をそれぞれ制定するという方法が中国では根付いていきました。すなわち、日本では「民法」というと総則編、物権編、債権編、親族編、相続編の5つに分かれていますが、中国ではこれらを個別の単独法として公布・施行するという方法です。その結果、民法通則(1986年)、物権法(2007年)、担保法(1995年)、契約法(中国語原文は「合同法」)(1999年)、不法行為責任法(中国語原文は「侵権責任法」)(2009年)などの単行法規がそれぞれ制定され、これまで中国の民法「的」な内容を構成してきました。

 今回、「中国初の民法が制定された」と報道されていますが、これまで「民法」という名称の法律が存在しなかっただけで、中国に「民法と同様の内容の法律」がなかったわけではないのです。しかし、これらの民法を構成する単独法は、それぞれが相互に矛盾する部分があり、実務上も問題が生じていました。(続く)

 


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 Vol.44 中国の債権譲渡(契約の譲渡・債の移転) その4

 前回までで、中国の債権譲渡の話題は終わり、中国では「債の移転」という表現で、債権譲渡の他に債務承諾も条文化しているという話をしました。今回はその続きです。


P26 Lawyer_743債務承諾

 債務承諾とは、債務の内容を変更しないで譲受人に対して債務者の債務の全部または一部を譲渡す行為とされています。そして、中国の契約法(中国語原文は「合同法」)第84条は「債務者は契約上の義務の全部または一部を第三者に移転させる場合、債権者の同意を得なければならない」と、第85条は「債務者の義務が移転した場合、新債務者は元の債務者が債権者に対してできた抗弁を主張することができる」、第86条は「債務者の義務が移転した場合、新債務者は主たる債務と関係のある従たる債務を承諾しなければならない。ただし、当該従たる債務が元の債務者自身に専属する場合はこの限りではない」と規定しています。

 つまり、債権譲渡のときの逆パターンで、債務承諾の場合も債権者に債務承諾があったことを知らせなければならないのですが、中国では債務承諾の場合は債権者への通知ではなく、債権者の同意が必要となっています。これは、債権者から見ると、債務を支払ってもらえばいいというものではなく、「あの人にこの債務を支払ってもらうことに意味がある」と考えている場合があるので、債務承諾の場合、債権者の「同意」が必要ということになっているのです

 

中国の「債の移転」

 さて、今シリーズでは、債権譲渡をメインとしながら、日中の違い、そもそも中国では「債権譲渡」は大きな論点ではなく、あくまで「債の移転」の一部であり、日本では条文が存在しない「債務承諾」という論点が債権譲渡と並行して存在していることなどを見てきました。

 取引関係の法制度というのは、意外とどこの国でも類似点が多いものです。そのため、取引をしていると、ついつい自国の法制度と同様であると思い込んでしまいがちですが、債権譲渡に関しても、大枠は日中で共通していますが、細かい点でかなり差異があるということを述べてきました。取引を行う際にも、このような細かい差異に気を付けながら進めていくようにしたいものです

 


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Vol.43 中国の債権譲渡(契約の譲渡・債の移転) その4

 前回までで中国の債権譲渡(契約の譲渡)の方法について見てきました。今回はその補足をしていきましょう。


P26 Lawyer_739債権譲渡での債務者の承諾?

 前回、債権譲渡を行うには債権の譲渡人と譲受人で合意をして、譲渡人が債務者に債権譲渡があった旨を通知する必要があると述べました。中国ではこれだけです。しかし、日本では、譲渡人が債務者に通知をするか、債務者の承諾があれば債権譲渡は債務者に対しても成立するとしています(日本の民法第467条第1項)。前回も述べましたが、債権譲渡があった旨を債務者に通知するのは、債務者が誰に債務を支払えばいいのかを常に理解させておくためです。それならば、債務者に通知を出すという方法のみでなく、債務者が債権譲渡があった旨を理解して、承諾をすればそれでもいいはずです。

 しかし、中国では債権譲渡が債務者との関係でも成立するための要件として「債務者の承諾」を挙げていません。そのため、債務者の承諾があったとしても、中国では債権譲渡は債務者との関係では成立しないことになります(この点、学説もなにも補完していません)。

 制度の趣旨から言えば、「債務者の承諾」でも十分なはずですが、債権譲渡が債務者との関係で成立するためには常に「譲渡人から債務者への通知」を必要としているのが中国法ということになります。

 

債の移転?

 さて、今シリーズ第1回目では、中国では債権・債務という言い方は、債権が一方的に権利を要求するニュアンスを感じるため「債」という用語を使っていたと述べました。これに代表されるように、中国は債権と債務を常に表裏一体の関係と考えています。つまり、「債権譲渡」があれば、「債務譲渡」もあると考えます。債務の譲渡のことを日本語では「債務引受け」といい、中国語では「債務承諾(原文では「債務承胆」)」といいます。

 この点、日本と中国では非常に対照的で、日本では債務引受けは「学説上できる」と考えられてはいるものの、条文上規定がありません。しかし、中国では債務承諾の条文があります。これはやはり中国では債権と債務は表裏一体であり、債権譲渡の規定があるなら、債務承諾の規定も置くべきという発想から来ていると言えるでしょう。

 そして、中国では「債権譲渡」のみが取り上げられることはほとんどなく、「債の移転(中国語原文は「債的移転」)」という表現を用いて、債権譲渡と債務承諾双方を論じます。(続く)

 


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Vol.42 中国の債権譲渡(契約の譲渡・債の移転) その3

 前回までで、中国の債権譲渡(契約の譲渡)のうち、中国の契約法(中国語原文は「合同法」)第79条で、債権譲渡が禁止されている場合の「当事者の約定で譲渡しないとした場合」までを見ました。今回はこの続きです。


P26 Lawyer_735法律の規定により譲渡できない場合

 債権譲渡ができない債権の一つに、「法律の規定により譲渡できない場合」が規定されています。これは具体的には中国の契約法第272条第2項後段の「請負人は、その請負った建築作業の全てを第三者にさらに下請けさせ、またはその請負った建築作業の一部をそれぞれ第三者に下請けさせてはならない」との規定などが挙げられます。つまり、建築は大規模なもので後々ビルの倒壊など社会的危険を伴う可能性があり、責任問題に発展するからその建築する権利を譲渡することなく、最初に請負った者が責任をもって建物を完成させろということです。

 

債権譲渡の方法――合意と通知

 債権譲渡が禁止されている債権でなければ、債権は債権の譲渡人と譲受人の合意で譲渡することができます。ここで重要なのは、あくまで債権を譲渡する人と受け取る人の合意であって、債務者の合意は関係ない点です。
 しかし、債務者にとってみれば、突然債権譲渡によって自分が支払う相手が変わっていたら驚きますし、誰に債務を支払えばいいのか分からなくなります。そこで、中国の契約法第80条第1項は「債権者の権利の譲渡は、債務者に通知することを要する。通知がない場合、当該譲渡は債務者に対して効力を生じない」と規定しています。つまり、債権譲渡は債権の譲渡人と譲受人の合意で成立するが、債権の譲渡人は債務者に債権譲渡があったことを通知しなければ債務者との関係では債権譲渡の効果が発生しないのです。
 ここではまた債務者に通知をすることになっているのが債権の譲渡人であるというのもポイントです。譲渡人は、債務者から見た場合、「債権を持っているはずの人」であり、その人が「債権を譲渡した」と言っているなら信頼ができます。譲受人が「私が債権を譲り受けた」と言ってきても、債務者から見れば「誰ですか、あなたは」としか反応できません。
 また、中国の契約法第80条第2項は「債権者は権利を譲渡した通知を撤回することができない。ただし、譲受人の同意を得た場合はこの限りではない」と規定しています。これは、債権を譲渡したと通知したり、撤回したりを繰り返すと債務者が誰に債務を支払えばいいのか混乱するからです。しかし、債務者がそれを理解し、同意すれば問題はないためこのような規定が置かれています。(続く

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

 

 


Vol.41 中国の債権譲渡(契約の譲渡・債の移転) その2

 前回は、中国の債権譲渡(契約の譲渡)の話題の中から、債権譲渡の説明と、中国ではなぜそれを「契約の譲渡」と呼ぶことがあるのかという話をしました。今回は、債権譲渡の方法について見ていきましょう。


P30 Lawyer_731債権譲渡(契約の譲渡)の方法――性質上譲渡できない債権
 それでは、債権譲渡とはどのように行うのでしょうか。まず、債権譲渡が禁止されていない債権であることが必要です。中国の契約法(中国語原文は「合同法」)第79条は、以下のように規定しています。「債権者は契約の権利の全部または一部を第三者に譲渡することができる。ただし、以下の一つの状況に該当する場合を除く。(一)契約の性質上譲渡できない場合、(二)当事者の約定で譲渡しないとした場合、(三)法律の規定により譲渡できない場合」。契約の性質上譲渡できない場合とは、一身専属権と呼ばれる「その人でないとその義務が果たせない債権」などを指します。例えば、ある芸能オーディションに合格して最終審査に出場する権利を持っていた人がいるとします。その人が「最終審査に出場する権利を他人に譲渡した」と言ったらどうなるでしょうか。芸能オーディションの審査は本人以外が出場しても何の意味もありません。このように、本人以外が権利行使することに意味がない場合などを「性質上譲渡できない場合」としているのです。

 

当事者の約定で譲渡できない債権
 次に、「当事者の約定で譲渡しないとした場合」ですが、これは当事者間で最初に「この債権は譲渡しない」と約束したのだから、その約束は守らなければならないということです。当事者間で譲渡しないと約束した債権を譲渡しても原則として無効となります。では、債権を受け取った第三者が、その債権が譲渡禁止の約束がなされていた債権であったと知らなかった場合はどうなるのでしょう。日本ではこのような債権を譲り受けた者が「知らなかった」場合には、その債権は譲渡できることになっています(日本の民法第466条第2項ただし書き)。
 しかし、中国にはこのような場合にどのように取り扱うかについては条文がありません。一応、学説上日本と同様に債権の譲受人が譲渡禁止の約束を知らない場合は債権は譲渡できると考えている学説もありますが、条文上は基準がないという点は重要です。中国では、裁判結果が別の事件に法解釈の拘束力を持たず、その場その場で異なる判断がなされる場合があるからです。(続く)

 


高橋孝治〈高橋 孝治(たかはし こうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)、中国ビジネス法務にも言及した『中国社会の法社会学』(明石書店)他 多数。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

 

 


Vol.40 中国の債権譲渡(契約の譲渡・債の移転) その1

 債権とは、「ある人がある人に何かをすることを要求する権利」を言います。例えば、八百屋さんにお金を払ったので、「その大根を引き渡しなさい」と請求する権利、以前お金を貸したので「○○円を返しなさい」と請求する権利などを債権と言います。法律上は、債権も財産の一形態ですので、譲渡することができます。これを債権譲渡と言います。中国では債権譲渡を「契約の譲渡(中国語原文では「合同転譲」)」と呼ぶ場合もあります。今シリーズでは中国の債権譲渡(契約の譲渡)について見ていきましょう。

 

債権譲渡(契約の譲渡)とは
債権譲渡とは、先に説明したように債権を他社に譲渡することです。例えば、AさんがBさんに100万円支払う義務を負っていたとします。そして、BさんはCさんに100万円支払う義務を負っていました。すると、Bさんから見るとBさんはAさんから100万円受け取って、Cさんに100万円支払うことになります。ならば、BさんはAさんに「100万円支払いなさい」と言える債権をCさんに100万円を支払う代わりに譲渡すれば、単にAさんがCさんに100万円を支払うだけで債権関係が処理できるので便利です。また、この場合、BさんにAさんに100万円請求する債権以外に財産がない場合、この財産で支払おうと考え実行することもよくあることでしょう(先に述べた通り、法律上債権も財産であり、金銭の代わりに支払い能力を持つものなのです)。

なぜ「契約の譲渡」と呼ぶのかことがあるのか?
中国では「債権譲渡」という表現を使わず「契約の譲渡」という表現を使う場合があります。実は、中国では「債権」とか「債務」という用語を一般的には使っていませんでした(「債務」は「債権」の反対で、「○○を支払わなければならない」という義務です)。債権や債務と言った瞬間、一方的に権利を主張するニュアンスが強くなりすぎると中国法は考えていました。売買契約を締結した場合、売主は代金を請求する権利と品物を引き渡す義務の双方を持つなど、実は債権と債務は同時に発生しているのです。
このため、中国は「債権」や「債務」と分けて考えるのは適切ではなく、「債」という用語でまとめて表現しました(中国の民法通則第84条。新法である中国の民法総則第118条では「債権」という用語を使っています)。このため、中国では「『債権』譲渡」という表現ができない時期がありました。そのため、中国では「契約上の権利」を移転させているという意味を込めて「契約の譲渡」と呼ぶ場合があるのです。(続く)

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員

中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


Vol.39 中国の労働組合(工会)その3

前回までで中国の労働組合(工会)は、日本の労働組合と大きく異なるということを見てきました。しかし、日本の労働組合と中国の工会が異なる点はまだあります。今回は、その点である工会費について見ていきましょう。

工会費
工会費とは読んで字のごとく、工会を運営するための費用です。日本の労働組合では組合費は基本的に組合員からの徴収でまかなっています。日本では労働組合に使用者が経理上の援助をした場合、その団体は労働組合ではないとされています(日本の労働組合法第2条)。それは、使用者から援助された金銭で労働組合の運営をまかなった場合、労働者の権利保護のために使用者と闘うことが難しくなり、労働者保護が実現できなくなるおそれがあるからです。
しかし、中国は異なります。工会法第42条は「工会の経費は、(一)工会会員の納付した会費、(二)工会組織を作った企業、事業単位、機関が毎月全労働者の給与の総額の100分の2を工会に納付する経費、(以下略)」と規定しています。つまり、工会は、最初から会社など(使用者)からも金銭を得ることを前提としているのです。
この原因は、前回までで説明したことと同じです。つまり、中国国内の事業体は全て国有であり、全ての労働者を雇用しているのは国家で、社長(董事長)と言えど国家に雇われている労働者、すなわち雇われ社長であるという前提です。この前提のため、工会に社長が加入することもでき、工会は労働者を絶対的に保護するものではなく、労働者と社長双方を説得し、時には社長側の意向に沿って労働者を説得することもあるわけです。すると、社長は雇われ社長に過ぎず、労働者の同僚ともいえる存在であり、工会は労働者の保護を全面的に行うわけではないのであれば、工会は会社からの金銭的支援を受けても何ら問題ないことになります。

中国の労働組合(工会)を見て
 今シリーズでは、中国の労働組合(工会)について見てきました。日本の労働組合とは大きく異なっていることが分かったかと思います。社会主義国というのは、一般的に社会主義改造をするためには、労働の仕方、土地の取り扱い方、女性の取り扱い方をまず伝統的な手法から特に大きく改革します。
このため、中国で労働関係を見るときには、「日本と大きく異なっている点が特に大きな分野である」ということを強く意識する必要があるでしょう。ところで、今シリーズで何度も述べてきました「全ての事業体が国有で、社長は全て雇われ社長」という前提は現在の中国には実態としてはないといえます。しかし、中国は、工会に関しては社会主義労働観の前提に立っているという基礎理論を変えないため、現実とはギャップがあるといえます。

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員

中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


Vol.38 中国の労働組合(工会)その2

前回は、中国の労働組合(工会)は市民の政治参加の手段であったことと、全ての事業体が国有であるため、真の雇用主は国家であるため、社長(董事長)も工会に加入できると説明しました。今回はこの続きです。

工会の労働者保護?
 会社の社長も工会に加入できるということは、労働者の権利が社長に侵害されている場合、工会VS社長という図式が成り立たなくなります。社長も工会内に位置しているからです。では、労働者の権利をどのように保護するのかというのかというと、「労働者と社長双方を説得する」というのが工会の労働者保護のための方法です。
社長が工会内にいるために、対立構造は作れず、双方を説得し、双方が納得させる点を見つけるのが工会の労働者保護のための方法なのです。これは当然に労働者サイドが説得させられ実際には労働者側の権利の主張が全く実現しない場合もあります。このため、工会は労働者の権利を代表しているとは言えず、日本のような強力な労働者保護を打ち出すことはありません。

これも、中国の社会体制が日本と大きく異なることが原因です。中国は社会主義国家であり、労働者や農民の権利を代表する共産党の指導で国家が動いています。すると、労働者や農民の権利を代表する共産党の指導によって動いている国家が全ての労働者を雇っているのだから、労働者の権利が害されるはずがないという発想になるのです。このため、中国には労働者の権利が侵害される場面は存在しないはずであり、労働者保護をそこまで掲げる必要はないということになるのです。
このため、工会のこの機能は「労働者の保護機能」というよりも「労働者と社長の利益調整機能」と言われることもあります。

団体行動権の否定?
 先に述べたような、労働者の権利が害されるはずがないという前提の下では、ストライキ権(団体行動権)も否定されることになります。労働者に不満はないはずだからです。事実、これまで長らく中国ではストライキ権は否定されてきました。しかし、最近は労働者の権利が害されることも多く、ストライキ権は「正面から認められてはいないが、禁止もされていない」という位置にあると解釈されています。
しかし、明確に「禁止」にはなっていなくても、中国でストライキはいまだグレーゾーンの行為であるということです。

(続く)

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員

中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


Vol.37 中国の労働組合(工会)その1

労働組合とはなんでしょうか。日本では、労働者の連帯組織であり、誠実な契約交渉の維持、賃上げ、雇用人数の増加、労働環境の向上などの共通目的を達成するための集団と言われています。しかし、中国ではこれと大きく異なります。以下、見ていきましょう。

工会と政治
 中国の労働組合は「工会」と呼ばれています。工会について規定している法律が「工会法」ですが、工会法第5条は以下のように規定しています。

工会組織および教育労働者は憲法および法律の規定により民主権利を行使し、国家の主人公としての作用を発揮し、各種の方法および形式により国家の事務に参加および管理し、経済および文化事業を管理し、社会事務も管理する。人民政府を補助し、業務を展開し、労働者階級の指導を保護し、労働者と農民の連合を基礎的な人民民主主義政治の社会主義国家政権とする。

この条文を見ると、まるで政党について規定しているかのように見えます。しかし、これが工会の本質なのです。
社会主義体制となった中国が行った統治モデルは、職場を通じた政治参加でした。つまり、各職場に工会(基層工会)を置き、そこに所属している労働者の政治的意見を基層工会が聞き、基層工会はその意見を一つ上のランクの工会(市県総工会や地方産業工会)に伝え、この意見を受け取った工会はさらに上のランクの工会にこの意見を伝え、最後は国家レベルの工会に意見が伝わり、国家レベルの政治家の耳にその意見が届くという形式です。
ここで疑問に思われるのは「上のランクの工会」という言葉でしょう。実は、中国には職場ではない場所にも工会があるのです。職場に置かれていない工会は、例えばある市や県を統括し、その市や県内の工会から上がってくる意見をまとめる役を担っています。
このように、中国の工会は日本の労働組合とは大きく異なり、労働者の意見を政治家に伝える、いわば政治参加のツールでもあるのです(もちろん、この他にも工会には労働者の権利保護のための機能も当然に「一部」あります)。そのため、工会は非常に政治的な側面を持ちます。

工会の加入者
 
工会に加入できる者は当然に労働者です。工会法第2条第1項は、「工会は職工が自ら結束した、労働者(工人)階級の群衆組織である」と規定しています。しかし、ここでいう職工や工人には「董事長(社長)を含む」と解釈されています。これは、中国国内の事業体は全て国有、つまり全ての労働者を雇用しているのは国家であり、社長と言えど国家に雇われている労働者、すなわち雇われ社長であるという発想からきています。

(続く)


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員

中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

 

 


Vol.36 中国での契約の違約責任の免責事由 その3

今まで2回にわたって、中国での契約の違約責任の免責事由を 見てきました。今回もその続きです。

(4)違約責任の免責のその他の法定事由(続き)
 前回、貨物運搬の契約を締結したものの、当該預かった貨物の性質から自然発火した場合や合理的な損耗が発生した場合には 違約責任が免責されると説明しました。(中国の契約法(原文は 「合同法」)第311条)。この他にも、モノを預かる契約を結んだ時に、預かり品の性質から、期間を超えたため、預かり品が変質、破損した場合にも違約責任が免責されるとしています(契約法第 394条)。

なぜこのような違約責任の規定があるのか
 3回にわたって中国での契約の違約責任の免責事由を見てきましたが、よく考えて読むと、どれも当たり前のことを言っているように見えます。特に、前回「相手方の過失の場合」には免責されると説明しましたが、今回も預かった貨物が自然発火した場合や預 かったモノ自身の性質で変質した場合には免責されるとも説明し ました。このような「自然発火するモノ」や「自動的に変質するモノ」を預けること自体が、預けた側の過失のようにも見えます。つまり、 同じことを何度も繰り返して述べているようにも見えるわけです。
 しかし、このように若干くどいのが中国の民法の特色でもある のです。何故かと言えば、中国にはもともと民法はありませんでした。古代中国では、法律は皇帝が民衆を支配するための道具として作られていました。このため、民衆同士の問題を解決するための法律、つまり民法は作成する必要はないものと考えられていた のです。中華民国時代になって民法が初めて作られましたが、その後「民衆の間に取引関係は存在しない」という前提の社会主義 国家となったために、再び中国では民法の制定が頓挫します。中国が本格的に民法導入ヘ動くのは、1980年代の改革開放の始まりによってでした。つまり中国の民法は歴史的に非常に新しいのです。しかも、民法の伝統を持っていないため、歴史的背景に縛ら れることなく貪欲に外国の民法を参考にすることができたと言われています。このため、外国で起こった事例を参考に、いろいろな 論点を民法(契約法)に導入したため、条文構成がかなりくどいというのが、現在の中国民法の特色の一つと言えるまでになっているのです。

約定の免責事由
 今まで説明してきたのは、あくまで「法律上の免責事由」です。あらかじめ契約で「この場合には免責する」と決めておけば、その契約に限り、あらかじめ決めた理由も免責事由になります。

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員

中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

 

 


Vol.34 中国法律事情「中国での契約の違約責任の免責事由 その2」高橋孝治

前回は、中国での契約の違約責任の免責事由のうち、不可抗力の場合を説明しました。今回は、2つ日以下の要件を見ていきましょう。

(2)相手方の過失の場合
 契約を守りたくても、相手に過失があって契約内容を守ることができなかった場合も免責されます。例えば、相手方にモノをあげるという契約を結んでいたにも関わらず、相手方の過失でそのモノを壊した場合などです。こちら側としては約束を守りたいにも関わらず、結果として、相手側がそれを妨害してしまったのですから、約束が守れなくても免責されるのは当然のことと言えます。

(3)想定外の事故
 当事者が想定していなかった事故が起こった場合には、一定の契約の違約責任が免責されます。これは全ての契約に適用されるわけではなく、一定の契約の場合のみの免責規定です。例えば、中国の契約法(原文は「合同法」)第338条には、「技術開発契約の履行中に、克服不可能な技術的困難が発生した場合、研究開発の失敗もしくは部分的失敗の責任は、当事者の約定によるものとする。約定がないもしくは不明確、本法第61条の規定によっても確定できない場合、責任は当事者で合理的に分担するものとする」と規定されています。契約法第61条とは、契約の途中で契約内容を追加するための規定です。

 この契約法第338条の「克服不可能な技術的困難」が想定外の事件の具体例と考えられています。ここでは、技術開発契約の履行中に想定外の事故が起き、責任の所在を明確にする約束もない場合は、合理的な範囲まで違約責任が免責されるということになります。ただ、全ての契約に使われる要件ではないため、あまり使うことはないでしょう。

(4)相手方の過失の場合
 その他、法律で個別に認められた場合にも違約責任が免責されます。例えば、貨物運搬の契約を締結したものの、当該預かった貨物の性質から自然発火した場合や合理的な損耗が発生した場合にも違約責任が免責されるとしています(契約法第311条)。

(続く)


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員

中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


目から鱗の中国法律事情 Vol.34 中国での契約の違約責任の免責事由 その1

一度、契約を締結しても、実際には契約を守ることができない場合もあります。その場合、さまざまな責任を負うことになりますが、免除される場合もあります。今回は中国で契約違反した時の責任が免除される場合について見ていきましょう。


日本の場合
日本で契約を守ることができなかった場合、それは「債務不履行」と呼ばれます。自らの責任で債務不履行になったわけではないと証明することや、相手方にミスがないなどの理由があれば、その責任は免除されます。


中国の場合
「違約責任」というものが発生します。この違約責任が免責されるための要件が中国の契約法(原文は「合同法」)にいくつか書かれています。その要件とは、以下の通りです。


(1)不可抗力の場合
 契約法第117条には「不可抗力により契約が履行できなくなった場合には、不可抗力の度合いに応じて責任を部分的もしくは全面的に免除する。ただし、法律に他の定めのある場合を除く。当事者の履行が遅れたために、不可抗力が発生した場合には責任は免除されない」と規定されています。そして、続く第118条では「当事者の一方が不可抗力により契約を履行できなくなった場合、直ちに相手方に通知を出し、相手方の損害を可能な限り軽減させ、合理的な期限内にその証明も行わなければならない」とあります。この2つの条文を根拠にして、中国では不可抗力により、契約を守ることができなくなった場合、①相手方に通知を出し、②合理的な期限内に不可抗力により契約が守れなかった旨の証明をして、免責されるとされています。

ただし、契約を守るべき日が来ても契約を守らなかつたために、不可抗力の状態となってしまった場合には免責されません。期日通りに契約を守っていれば、不可抗力の状態にはならなかったはずであり、さすがにこのような場合には免責されません。

なお、「不可抗力」とは、地震、台風、洪水、落雷、戦争、ストライキ、新しい法律が制定された場合などと考えられています。(続く)


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


目から鱗の中国法律事情 Vol.33 中国の裁判所の決定などによる物権変動 その2

中国では原則としてモノを引き渡したとき(不動産の場合は登記時)に所有権が移転します。しかし、前回はその例外として、人民法院(裁判所)や仲裁委員会の法律文書や征収(国家が公共の利益のために、所有者に補償をした上で公権力によって強制的に、集団もしくは私人の財産を国家の所有に移すこと)の場合は、その決定がなされたときに所有権が移転していると説明しました。

今回は、そのように国家機関によってまだ引き渡していない(登記手続きをしていない)にも関わらず、所有権だけ先に移転してしまったモノに対する扱いです。

早めに引渡しや登記を

裁判や征収などにより先に所有権などを失った場合には、特に不動産に関しては、「物権を処分するとき、法により登記をしなければならず、登記をしていない場合には物権の効力は生じない」としています(物権法第31条)。そして、法律上はこれ以上の規定が存在しないのです。各人民法院も、この例のように引き渡していない(登記手続きをしていない)にも関わらず所有権だけ移転してしまった場合には、「早めに引渡しや登記をするように」と呼びかけるのみにとどまっています。

残念ながら、中国は引渡し(不動産は登記)と所有権移転がズレるときは例外的場合であるため、法律に詳しく規定がなされていないというのが現状です。

中国での二重譲渡

実際に裁判の判決書や征収によって、引渡しや登記が済んでいないものの所有権だけ先に移転したモノを、第三者に自分が真の所有者だと偽って売却や譲渡をし(二重譲渡)、引渡しや登記を先にしてしまった場合はどうなるのでしょう。やはり、法律上の規定はありませんが、最高人民法院(中国の最高裁判所)の裁判官が興味深い論文を発表しています。そこでは、「実際に引渡しや登記を済ませた第三者が、裁判の判決書や征収によって所有権がなかったことを知らずに購入や譲受をした場合にはその第三者の購入や譲受の行為は保護すべきである」と書かれています。

つまり、既に所有権がないことを知っていてそのモノを取得した場合には、そのモノの完全な取得はできないが、知らずに取得した場合には完全な取得ができるというようにしようという意味です。

残念ながらこの論文は法律ではないので、必ずこのように判断されるとは限りませんが、最高人民法院の裁判官が書いた論文なので、高い確率で実務ではこのような判断がなされるものと予想されます。

その他の場合

また、裁判の結果や収征だけではなく、相続が発生した場合にも、相続した瞬間に所有権が移転していたり(物権法第29条)、合法な建造物の建設や取壊しの場合にも、登記をしていなくても建設時や取壊し時に所有権が発生もしくは消滅している(物権法第30条)という例外が規定されています。


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


中国の裁判所の決定などによる物権変動 その1

前回、前々回と2回に亘って、「日中の物権変動(モノに対する権利の移転)の時期」について見てきました。そこでは「原則として」日本では、物権変動の時期は双方の意思が一致したとき、中国ではモノを実際に引き渡したときか不動産の場合、登記をしたときと説明しました。今回はその例外の一つ、裁判所の決定による物権変動を見ていきましょう。

Capture1

裁判所・仲裁・収征の例外

中国の物権法第28条には以下のように規定されています。「人民法院(裁判所)、仲裁委員会の法律文書もしくは人民政府の征収の決定などによって、物権の設立、変更、譲渡または消滅が起こったときは、その法律文書もしくは人民政府の征収の決定などのときから効果が生じる」。ここでいう「征収」とは、国家が公共の利益のために、所有者に補償をした上で公権力によって強制的に、集団もしくは私人の財産を国家の所有に移すことをいいます。

つまり、人民法院や仲裁委員会が判決や仲裁書を出したり、国家が征収を決定した場合には、その瞬間に物権変動が起こっている(所有権の場合だと、所有者が変わっている)ということになるのです。中国は、原則として登記時や引渡時に所有権が移転するとしており、基本的には実際にモノを持っている人や登記を備えている人が所有者になるので、この場合は例外に該当すると言うことです。つまり、人民法院の判決や征収が行われると、まだモノを引き渡していないのに(不動産の登記を移転していないのに)、既に他の人のモノになっているということです(所有権は既に他の人に移っているが、事実としてそのモノはまだ自分の手元にあるという状態)。

 

例外規定の趣旨

中国をはじめとする社会主義国家は、国家が誰が何を所有しているのかを管理する体制が基本にもなっています。しかし、その一方で国家の決定は絶対であるという側面も持ちます。そのため、国家が物権変動を決定したときには、その瞬間から効力が発生するということになるのです。

しかし、ここで一つ問題が発生します。中国では原則としてモノの引渡時(不動産は登記時)に物権変動が発生するので、条文上日本の二重譲渡(所有権は既に他の人に移っているが、事実としてそのモノはまだ自分の手元にあるという状態で、そのモノを第三者に譲渡や売却をすること)に関する条文が存在しないのです。では、中国では二重譲渡の場合にはどう対処するのか、次回はこの話をしましょう。

 

 

 

高橋孝治

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

 


Vol.31「日中の物権変動の時期」第2回

前回は、日本と中国の物権変動(所有権の移転など)の時期の違いについて話をしました。今回はその続きです。

 

日本での引き渡し前のモノの法的状態(続き)

日本では、売買に合意したけれども、まだ引き渡していない場合は「所有権は買い手が持っているが、実際には売り手が所持している」という状態です。そのため、例えば売買に合意して、引き渡しまでに長期間要する場合には、売り手が所持している「買い手が所有権を持っているモノ」を別の人にまた売ってしまうかもしれません。このように、一つのモノを引き渡し前に複数回売ることを「二重譲渡」と呼びます。二重譲渡がされた場合、日本では意思の一致のみで物権変動が生じるので、買い手が複数存在することになります。この場合、実際にモノを引き渡された人が、他の買い手に対して所有権を主張できることになります(日本の民法第178条)。日本での「引き渡し」はこのように買い手が複数存在する場合に初めて重要な意味を持ちます。引き渡しを得られなかった買い手は、買ったはずのモノを結果として得ることはできませんが、複数の人に売った売り手に賠償請求などはできます。なお、この「二重譲渡」という考え方は、物権変動が意思の一致のみで起こるために発生する問題です。そのため、物権変動が交付で発生する中国では、「二重譲渡」という問題すら発生しません。

 

 

不動産の場合

ここまで、「モノを売る」「引き渡す」などの言葉を使ってきましたが、土地や家など不動産の場合はどうなるのでしょう。不動産の場合は「交付」「引き渡す」の言葉を「登記」に読み換えれば基本的に同じです(日本の民法第177条。中国の物権法第9条)。つまり、日本では土地なども基本的に「買います」「売ります」の合意のみで所有権は移転しており、「登記」は買い手が複数現れた場合にのみ、意味を持つ」ことになります。(もっとも、中国では土地は国有か集団所有のため「土地の所有権」は存在せず、単に「使用権」が認められるのみです)

 

 

中国の物権変動が交付・登記時の理由

中国では物権変動の時期がなぜ「交付」もしくは「登記」時なのでしょうか。これは「政府が管理を行うため」と言われています。つまり、計画経済を経験し、現在も国内の状況につき政府管理を行っている中国では、所有権が常に登記や実際に所持している人と一致していないと困るのです。社会体制の違いが、物権変動の時期の違いを作っていると言えます。

なお、今まで「原則として物権変動の時期は」といつ表現をしてきました。日中両国とも、「法律に特別の定めがある場合を除く」という条文があるので、特別の規定がある場合には、物権変動の時期は交付・登記時(日本では意思表示時)ではなくなることがあります。

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


Vol.30「日中の物権変動の時期」第1回

買ったモノはいつから所有権を持てる?

今回は突然ですが、まずクイズからはじめましょう。お店でモノを買ったとき、買い手はそのモノの所有権をいつから持つでしょう。

① 買い手が「あれください」と言ったとき
② 「あれください」に対して、売り手が「かしこまりました」と言ったとき
③ お金を支払ったとき
④ 買い手がモノを受け取ったとき
⑤ お店を出たとき

正解は、原則として日本では②、中国では④です(日本の民法第176条、中国の物権法第23条)。

 

 

物権変動とその時期

「物」に対する権利(所有権も「物」に対する権利の一つです)に変更が生じることを「物権変動」と言います。モノを買うことは、所有権者が変更されることなので、「物権変動」の一種です。

日本の民法では「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」と規定しています(第176条)。つまり、日本での物権変動は、両者の意思が一致したときに既に終了しているのです。先のクイズの例で言えば、買い手が「買いたい」という意思を示して、売り手が「売るよ」という意思を示したときです。つまり、②のときに所有権が既に移転しています。

これに対し、中国の物権法では「動産に対する物権の設定及び移転は、交付のときから効力が生じる」と規定しています(第23条)。つまり、中国での物権変動は、実際にモノを引き渡したときに発生するのです。つまり、買い手がモノを受け取ったときの④が中国での正解です。

 

 

日本での引き渡し前のモノの法的状態

中国では、基本的にモノを渡したときに所有権が移転します。そのため、原則として実際に持っている人と所有権者が常に一致するため、外部から見て非常に分かりやすくなっています。これに対して、日本では売買に合意したけれども、まだ引き渡していない場合、「所有権は買い手が持っているが、実際には売り手が所持している」という状態になります。そのため、買い手は「なんであなたが私のモノを持っているのですか。返しなさい」と言うことも可能です。しかし、売り手は代金が支払われるまでは、既に買い手のモノになっていても引き渡すことを拒否することができます(これを同時履行の抗弁権と言います)。(続く)

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


Vol.29「中国・契約法のファイナンス・リース契約」第3回

今まで2回にわたって中国の合同法(契約法)に規定されているファイナンス・リース契約について見てきました。今回は、ファイ ナンス・リース契約の最終回です。

 

ファイナンス・リース契約の賃料

ファイナンス・リース契約の賃料は、当事者同士で別の約定がある場合を除き、当該リース物件の価格にリース会社の合理的利益を加算した額にしなければなりません(合同法第243条)。また、借手は双方の約束に従い賃料を支払わなければなりませんが、リース会社が催告しても合理的期間内に借手が賃料を支払わない場合、リース会社は全ての賃料の請求をすることができ、契約解除をし、リース物件の回収もすることができます(合同法248条)。また、当事者間でリース契約終了後、リース物件の所有権が借手に移動する(契約終了と同時に、借手の持ち物になる)という契約を結び、賃料の大部分を支払っていたにも関わらず、借手に支払能力がなくなりリース会社が当該リース契約を解除し、リース物件を回収した場合、回収したリース物件の価格が未払いの賃料を上回っていた場合には、借手は賃料の部分的返還を請求することができます(合同法第249条)。

 

 

ファイナンス・リース契約の終了

ファイナンス・リース契約は約束していたリース期間の満了で終了します。しかし、リース期間終了後のリース物件の所有者について何ら規定をしておらず、不明確な場合で、さらに契約の補充などもできない場合には、当該リース物件はリース会社の所有物になります(合同法第250条)。

 

 

ファイナンス・リース契約のまとめ

これまで3回にわたって、中国の合同法の条文からファイナンス・リース契約を見てきました。形式上は賃貸借、実質は購入資金の融資という極めて特殊な契約であることがお分かりいただけたかと思います。中国では、非常に特殊かつ複雑な契約であることから、ファイナンス・リースを行うことができるのは、ファイナンス・リース業を専門に行う企業のみとしています(そのため本シリーズでは「貸手」という表現を使わず、「リース会社」と表現してきました)。ファイナンス・リースで備品を確保しようとする場合にはこの点、つまり、当該リース会社がファイナンス・リース業を行うための許可を得ている企業なのかどうかにも気をつけなければなりません。

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

 

 


Vol.28「中国・契約法のファイナンス・リース契約」第2回

ファイナンス・リース契約の締結

中国でファイナンス・リース契約を締結する際には、リース物件の名称、数量、規格、性能、検査方法、貸出期限、賃料の構成および支払期限・支払い方法、支払通貨の種類、貸出期間満了後の対象物の帰属などの条項を定め、書面による契約を行わなければなりません(合同法(契約法)第238条)。また、借手、リース会社、リース物件の売り手があらかじめ約定しておけば、売り手がリース物件の販売を拒んだとしても、借手は賠償請求でき、リース会社はこの賠償請求に対して協力しなければなりません(合同法第240条)。さらに、借手が売り手に対して持つリース物件を選択して購入する権利を、借手の同意がない状態でリース会社が勝手に変更してはならないことも明文で規定しています(合同法第241条)。

 

 

リース物件の法的地位

リース物件は当然リース会社が所有権を持ちますが(合同法第242条前段)、リース会社は借手にリース物件を占有および使用を保証しなければなりません(合同法第245条)。借手はリース物件を独占的に使用できますが、あくまで所有権はリース会社にあります。そのため、例え借手が破産しても、リース物件は借手の破産財産にならないことも法律上明確にされています(合同法第242条後段)。

また、リース物件が約束の条件に合わない場合や、使用目的に適合しない場合であっても、基本的にリース会社は責任を負いません。ただし、借手がリース物件の選択に関してリース会社に任せた場合や、リース会社がリース物件の選択に口出しをしていた場合には、リース会社もその選択に対して責任を負います(合同法第244条)。さらに、リース期間中にリース物件が第三者の身体や財産に損害を与えた場合も、リース会社が責任を負うことはありません(合同法第246条)。また、リース期間中にリース物件の修理義務を負うのは、借手側です(合同法第247条)。

前回述べたように、ファイナンス・リース契約とは、形式上は賃貸借ですが、事実上はリース物件の購入資金をリース会社から借り、購入資金を賃料の形で定期的に返済するという融資なのです。そのため、形式的にはリース会社がリース物件の所有者であっても、リース物件に関する責任を負うのは基本的には借手ということになります。通常の所有権と異なる点は、借手が破産してもリース物件が借手の破産財産にはならないという点くらいのものです。

次回は、ファイナンス・リース契約の賃料とリースの終了について説明します。(続く)

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学 博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


Vol.27「中国・契約法のファイナンス・リース契約」第1回

ファイナンス・リース契約とは

ファイナンス・リース契約とは、ある者(借手、ユーザー)がある機械(リース物件)を使いたいが、購入する資金がない場合などに、その機械を直接購入せず、リース会社にまず購入してもらい、リース会社からリース物件を貸与してもらう代わりに賃料を支払うという契約をいいます。このような契約は、形式上は賃貸借ですが、事実上リース会社から機械の購入資金を借り、購入資金を賃料の形で定期的に返済するという金融と似た構造を取るので、「ファイナンス」リースとよばれます。ファイナンス・リース契約終了時に、リース物件の所有権が借手に移るタイプの契約も行われています。日本には、民法上にファイナンス・リース契約に関する規定が存在せず、賃貸借の規定やそれぞれの契約書を用いてファイナンス・リース契約を行っています。

これに対し、中国の合同法(契約法)にはファイナンス・リース契約に関する規定が存在しています。本シリーズでは、中国の合同法のファイナンス・リース契約について見ていきましょう。

 

 

中国にはなぜリース契約の条文があるのか

まず、日本では規定されていないファイナンス・リース契約がなぜ中国で規定されているのかを考えてみましょう。日本の民法は、明治時代に作られた法律です。明治時代には、ファイナンス・リース契約という複雑な構成を取る契約は誰も考えたことがなく、民法にファイナンス・リース契約は規定されませんでした。その後、民法の財産や契約に関する条文は何回かの改正がされましたが、結局ファイナンス・リース契約は規定されずに現在に至っています。

さらに、民法はトラブルが発生したときのみ使われる法律であり、トラブルが発生しなければ、またはトラブルが発生しても契約者双方が自力で解決したり、自力で解決できるよう契約書などを充実化させておけば特に法律の出番はないわけです。そのため、特に必要がないと判断されているためか、現在まで日本ではファイナンス・リース契約は法律に導入されていませんでした(法律に規定すべきだ、という提言は多くなされています)。

これに対して中国は「社会主義国家で民間人の契約は存在しない」と民法の制定を長い問拒んできました。中国で民法制定への機運が高まったのは、1980年代からです。そしてファイナンス・リース契約を規定した合同法は1999年に制定され、しかも、ヨーロッパ各国の民法を参考にして、世界でどのような民事的問題が起こっているかを考慮して作成されたとされています。

このように中国が世界最新の動向を参考にしたために、合同法にはファイナンス・リース契約が法律上にも規定されているのです。(続く)

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


Vol.26「中国に贈与税がない理由」

贈与税とは何か

贈与税とは、何かしらの財産を無償で他人にあげた場合、もらった人がその財産について支払わなければならない税金をいいます。なぜ、無償の行為にまで税金がかかるのでしょうか。これは「相続税を補完するため」と説明されています。

相続税については、皆さんもご存じだと思います。誰かが死亡した時に、その人が持っていた財産を受け取った人が納めなければならない税金です。もし贈与税の制度がなければ、「自分は死が近い」と悟った場合に、生前に財産を「贈与」しておけば、それは「相続」ではなくなるため、税金の対象外ということになります。このような問題を防ぐために、死者が出ていない場合の財産の移動にも税金をかけることにしたのが贈与税です。

 

 

中国には贈与税制度はない

贈与税に関する知識は、中国ビジネスを行う場合にも必要です。ところが、中国には贈与税と相続税の制度は導入されていません。今回、これはなぜなのかを説明しましょう。

そもそもなぜ、相続税制度と贈与税制度は必要なのでしょうか。労働によって収入を得れば当然、所得税の対象になります。ならば、労働が理由でなくても、例えば親族の死が原因の収入についても課税するのは当然のことといえます。また、資産家の子がまた資産家になるという「富」が継続していくことを防ぐことも相続税制度の存在理由の一つと言われています。

 

 

中国が贈与税制度を否定する理由

この相続制度の存在理由に対して、中国は以下のような理由からこれを否定しています。①中国は社会主義国家であり、私有財産制を認めていないこと。②社会全体で富の分配ができているという社会主義思想からその必要がないこと。中国憲法第13条(公民の合法的私有財産は侵されない。国家は法律により公民の私有財産権と相続権を保護する)で、現在は私有財産を認めているようにも見えます。しかし、学説ではこの条文を「私有財産制を直接認めたわけではなく、政府が私有財産制を認めるよう努力することを宣言したものである」と考えています。まとめると、社会主義国家に贈与税制度や相続税制度はそぐわないものなのです。

しかし、「他者の死」による収入を否定しても、中国でも「労働」による収入は課税しています。ここには論理矛盾があるようにも見えます。そして、中国の著名な税法学者も「中国は経済発展し、富の偏りが発生している。相続税制度の整備を急ぐべきだ」と述べています。近いうちに、中国でも相続税制度、さらにはそれを補完する贈与税制度が導入される可能性もあると思われます。

 

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


Vol.25「中国の手形小切手の概要  その5」

先月まで4回にわたり、中国の手形小切手の概要と5種類の手形小切手の説明をしてきました。今回は中国の手形小切手の総括をしたいと思います。

 

送金機能としての手形小切手と不渡の制裁

5種類の中国の手形小切手は、基本的に銀行で手形小切手の作成(振出)か引受をしてもらわなければなりません(商業承兌匯票(商業引受為替手形)はこの例外ですが、流通数は極めて少ないです)。つまり、本シリーズ第1回でも述べましたが、基本的に日本のような「他者への債権を確かに譲渡した」という確認などの機能はなく、送金機能が主な目的となっているわけです。この点は中国では預金金額を超える小切手の振出が禁止されていることにも表れています。逆に言えば、中国の手形小切手は銀行の確認を基本的に得ているため、不渡を出すことが少ない安全な証券と言うこともできます。これを反映してか中国では匯票(為替手形)、本票(約束手形)には不渡に対する制裁がありません。ただし、支票(小切手)については不渡を出した場合、額面の5%の過料などの制裁がなされます。

なぜこのような制度になるのかと言えば、これも本シリーズ第1回で述べましたが、中国の手形小切手は銀行を通じて中国国内でどのような取引が行われたのかを政府が管理するためのものだからです。日本などの手形小切手とは目的が異なるのです。このため、かつては(現在と物価は違いますが)企業が30元以上の支払いを行う際は必ず小切手を用いなければならないという規定もありました。

 

手形小切手が無効になる場合

手形小切手にはそれぞれ「必ず記載しなければならない事項(絶対的記載事項)があり、それを一つでも欠くとその手形小切手が無効になります。具体的な絶対的記載事項は5種類の手形小切手でそれぞれ異なります。

また、中国では異なる金額が2つ以上記載されていた場合、その手形小切手は一律に無効になります(票拠法第 8条)。このような点にも注意しておきましょう。

 

※本シリーズは筆者(高橋孝治)が2014年6月19 日に北京和僑会「法律・労務・税務研究会」内で講演した「中国手形小切手法の基礎知識」の内容を再構成したものです。

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


Vol.24「中国の手形小切手の概要  その4」

前回までで5種類の中国の手形小切手のうち、3種類までを解説しました。今回はこの続きで、 本票と支票の解説をします。

 

本票(約束手形)の概要

本票を使う際は、まず①手形の申請人が自身の取引銀行に手形の申請をします。②申請を受けて銀行は、申請人に対して手形を発行(振出)します。③手形を受け取った申請人は、その手形で現金の代わりに支払いなどを行います。④手形を受け取った人は、手形を裏書譲渡することもできます。⑤手形所持人のうち、現金にしようと思った人が自身の取引銀行に手形を呈示すると、手形に記載されている金額を受け取ることができます。⑥その後、手形所持人の取引銀行と手形申請者の取引銀行が口座間取引で決済を行います。

本票も取引銀行を経由するので、個人で使用することはできません。また、最終的に口座間取引で決済がされるので、銀行匯票(銀行為替手形)と異なり申請の際に現金を支払う必要がありません。また本票は、管轄する手形交換所の区域内でしか使えないという制限があります。つまり、例えば北京で申請した手形を上海で呈示するなど、遠隔地取引には使えないということです。また、銀行匯票(銀行為替手形)と同じく現金取得のために銀行に手形を呈示することができるのは、手形の振出から1カ月以内です。

 

支票(小切手)の概要

支票を使う際は、まず①小切手の振出人が自身の取引銀行に小切手用紙の申請をします。②申請を受けた銀行は、振出人に対して小切手用紙を交付します。③用紙を受け取った振出人は、その小切手に金額を書き込み、それを現金の代わりに支払いなどを行います。④小切手を受け取っ た人は、小切手を裏書譲渡することもできます。⑤小切手所持人のうち、現金にしようと思っ た人が自身の取引銀行に小切手を呈示すると、所持人の取引銀行が振出人の取引銀行と決済を行います。⑥その後、小切手を呈示した人は、小切手に記載されている金額を受け取ることができます。

支票は、あらかじめ小切手用紙を受け取り、それに振 出人が自由に金額を書き込める点が最大の特徴です。この点は日本の小切手と同様です。ただし、中国の小切手は預金金額を超える金額を記入することは禁止されています。中国の小切手は金融機能を持たず、決済機能と送金機能しか持っていません。(続く)

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


Vol.23「中国の手形小切手の概要  その3」

前回までで、中国の手形小切手の全体の内容と銀行匡票の説明をしました。今回は銀行承兌匡票、商業承兌匡票について説明します。

 

銀行承兌睡票(銀行引受為替手形)の概要

銀行承兌匡票を使う際には、まず①手形の申請人が手形を作成(振出)し、それを申請人の取引銀行に持って行き、「手形の引き受け」を申請します。②銀行が引き受けをした場合、申請人はその手形で現金の代わりに支払いなどを行います。③手形を受け取った人は、手形を裏書譲渡することもできます。④手形所持人のうち、現金にしようと思った人が自身の取引銀行に手形を呈示し、取立依頼をします。⑤手形を呈示された銀行は、手形申請人の取引銀行に代金の取立を行い、これを受けた銀行は申請人に手形の額面の支払いを求めます。⑥手形の申請人が手形の金額を自身の取引銀行に支払い、取引銀行はこれを手形所持人の取引銀行に回収した旨を伝えます(送金します)。⑦これを受け取った手形所持人の取引銀行が手形所持人に対し、支払いを行います。
銀行承兌雁票の特徴は、手形の申請人や手形の所持人がそれぞれの取引銀行を経由して手続を行うので、取引銀行を持っていない個人は利用することができないという点です。また、手形の呈示が行われ、現金回収が終わってから手形の所持人に支払いをするので、手形の呈示から現金取得までに若干のタイムラグが存在することになります。また銀行承兌匡票には「○月○日に支払いをする」旨が記載されており、その日から10日以内が手形の呈示を行うことのできる期間になります。

 

商業承兌匡票(商業引受為替手形)の概要

銀行承兌匡票と基本的に同じですが、銀行以外の機関が引き受けを行うという点が異なります。つまり商業承兌匡票は、中国の手形小切手の中では数少ない引き受け・承認に銀行が関与しない手形小切手になっています。しかし、現実には商業承兌匡票は中国では例外的存在として取り扱われ、流通数は少なく、利用されたとしてもグループ企業内決済に使われる場合がほとんどだと言われています。(続く)

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

 

 


Vol.22「中国の手形小切手の概要その2」

前回、中国の手形小切手は日本のものと大きく異なり、政府による取引の管理と送金機能が主な機能になっていると説明しました。今回から、具体的な制度の説明に入ります。

 

中国の手形小切手は5種類

中国では手形小切手を一般的には「票拠」といい、票拠法という法律で規制されています。中国の手形小切手は、滙票(日本語では「為替手形」。以下カッコ内は日本語訳)、本票(約束手形)、支票(小切手)の3種類があります(票拠法第2条第2項)。さらに、滙票は銀行滙票(銀行為替手形)、銀行承兌滙票(銀行引受為替手形)、商業承兌滙票(商業引受為替手形)に分類できます。以下、計5種類の手形小切手の主な説明をしましょう。

 

銀行滙票(銀行為替手形)の概要

Capture_655_中國法律[confirmed]銀行滙票を使う際には、まず①手形の申請人が銀行に手形の額面にする金額を支払い、手形の申請をします。②申請と額面相当の金銭を受け取った銀行は申請人に対して手形を発行(振出)します。③手形を受け取った申請人は、その手形で現金の代わりに支払いなどを行います。なお、この時の支払い額は、手形の額面と異なっていても問題はありません。銀行滙票には、「手形の額面」とは別に「実際の決済額」を記入する欄があります。④手形を受け取った人は、この手形を他の人へ譲渡したり、別の支払いに使うこともできます(手形の裏書譲渡)。⑤手形所持人のうち、現金にしようと思った人が銀行に手形を呈示すると、「実際の決済額」の現金を受け取ることができます。⑥現金を支払った銀行は手形を振出した銀行に支払った金額の請求をします。⑧「手形の額面」と「実際の決済額」が異なっていた場合、手形を発行した銀行は手形の申請人に差額を返金します。
銀行滙票の最大の特徴は、手形が振出された後に「実際の決済額」を決められるという点です。つまり、取引の金額が直前まで分からない場合に使うことができます。また、現金取得のために銀行に手形を呈示することができるのは、手形の振出から1カ月以内という制限があるので、手形を受け取る時には注意しましょう。(続く)

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

 

 


Vol.21「中国の手形小切手の概要その1」

Capture_中国法律

企業間同士で支いの決済を行う場合には、「現金は後日支う旨の約束」をし、そのときは現金を支払わないこと(いわゆる掛け金にする)や、他人に対して持っている債権で支払うということがあります。これらは口頭の約束でも双方が合意すればそれで構いません。しかし、口頭の約束では「後日支払う旨」の約束は本当に守ってもらえるのか、他人に対して持っているという債権は本当に存在しているのかが分かりません。
この問題を解決するために、「目に見えない権利」を「目に見える形」にしたものが手形や小切手と呼ばれる証券です。手形小切手のうち、「〇月〇日に現金を支払う」ことを約束した証券を「約束手形」、あらかじめ他者に対して債権を持っており、「その債権を譲渡する」旨を記載した証券を「為替手形」と呼びます。さらに、あらかじめ銀行に当座預金があり、現金は銀行の日座から受け取るように指示した証券を「小切手」と言います。

 

手形小切手の送金機能

先ほど説明した手形小切手の形式は、日本などのものです。これに対して中国の手形小切手は日本などのものとは全く異なる趣旨を持ちます。中国の手形小切手は、銀行を通じて中国国でどのような取引が行われたのかを政府が管理するための制度となっています。つまり国内の取引を政府が管理していた計画経済の延長上にあるといえます。
そのため、中国の手形小切手の基本的な流れは、①銀行に手形小切手を作成(振出)してもらい(または銀行に引受(承認)をもらい)、②その手形小切手で取引相手に支払いをし、③現金に替えたいと思った手形小切手の所持人が(②で手形小切手を受け取った者が他者に手形小切手を譲渡(別の支払いに使用)することもある)銀行に手形小切手を提示して現金を受け取り、④現金を支払った銀行が手形小切手の引受・承認をした銀行から現金を回収するという形になります。
つまり、中国の手形小切手は、「債権を目に見える形にして譲渡する」ことは基本的になく、あらかじめ銀行で購入した手形小切手を相手に渡し、相手方はそれを現金化するという送金機能が主な機能となっています。(続く)

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


Vol.20「中国特許法の職務発明その2」

前号では、中国の職務発明の概要と「単位の物質的・技術的条件」について説明しました。今回は、「単位の業務の執行」と職務発明に対する褒賞について説明しましょう。

 

どのような場合が職務発明か

前回の続きになりますが、どのような場合が職務発明に該当するかについても規定があります。「会社の業務として」とは、①職務中に行った発明、②その会社が与えた本職以外の業務中の発明、③退職して会社を離れた、もしくは雇用・人事関係が終了してから一年以内に行った元の会社からの職務もしくは元の会社の業務に関係のある発明をいいます(専利法実施細則第12条)。さらに、同条では職務発明の際に勤務している会社は臨時的な会社も含むと明文で定めています。

 

・職務発明に対する褒賞

特許権を得た会社は、職務発明をした発明者や考案者に褒賞を与えなければならず、特許の実施後は、その普及と応用の範囲および得た経済効果に応じて、発明者もしくは考案者に合理的な報酬を支払わなければならないとしています(専利法第16条)。このように中国では、職務発明に対して必ず褒賞や報酬を与えなけ ればならない点に注意が必要です。つまり、職務発明は基本的に会社が権利を持ち、社員は特許権を得られないが、褒賞や報酬は得られるということを法律が保障しているといえます。

 

・職務発明を理論から見る

このような規定の源流は中国の計画経済期に見ることができます。1978年に公布・施行された「発明奨励条例」では、発明は全て国家に属するとされ(第9条)、その代わりに発明には褒賞が与えられることに なっていました(第6条・第7条)。つまり、計画経済期には国民全員が利益を亨受するという発想があったため、発明をしてもそれが 一律国家のものになっていました。しかし、それでは発明意欲などが減退するため発明者に褒賞が与えられるという構成を取ってい たのです。現在の中国の専利法もこの発想の流れを汲んでいるも のといえるでしょう。会社に特許権を認めやすくするということは、「会社全体が利益を享受しやすい」ということです。なお、誤解されることが多いようですが、1978年はまだ一部の経済特区以外は計画経済期で、中国全土が計画経済を放棄するのは1992年の南巡講話(経済発展をさらに進める政策)以降のことです。

 

 

高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


中国特許法の職務発明その1

今回は中国の専利法(日本語では「特許法」について説明しましょう。特に専利法の職務発明です。職務発明とは、会社の社員が会社の業務として行った発明をいいます。日本の特許法は、「発明を行った者が特許を受ける権利を有する」と規定しているため(日本の特許法第29条)、あらかじめ社員は会社と職務発明について、特許を受ける権利を委譲する契約を結んでおくことが多いようです。では、中国ではどうなのでしょう。

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・中国の職務発明は会社が権利者
専利法第6条第1項では以下のように規定しています。「当該単位の業務の執行あるいは主たる部分を単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明は職務発明とする。職務発明につき特許を申請する権利は当該単位に属する。申請し批准された後は、当該単位が特許権者となる」。本連載第17回(634号)でも説明しましたが、「単位」とは会社や学校など人間が所属する組織をいいます。以下、条文の引用以外で「単位」は会社と呼ぶことにします。

この条文にある通り、中国では原則として、職務発明の特許権を申請する権利は会社が持ち、申請して批准された後は、会社が正式な特許権者となるわけです。ところが専利法第6条第3項では「当該単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明で、単位と発明者や考案者が特許を申請する権利および特許権の帰属について契約を締結していた場合は、その契約に従うものとする」と規定しています。つまり、会社の業務として発明した場合を除き、会社の技術などを利用して完成した発明は、契約によって社員と会社のどちらが権利を持つこともできるということです。

また「単位の物質的・技術的条件」とは、当該会社の資金、設備、部品、原材料もしくは公開されていない技術資料などを指すとされています(専利法実施細則第12条)。中国での一般的な法解釈では、これら会社の資金や設備などの利用が発明の一部分のみであり、どんなに少なくても「単位の物質的・技術的条件」を利用したとされる、としています。次回は「単位の業務の執行」について説明しましょう。(続く)

高橋孝治

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

 


中国の学生アルバイトと定年その3

前回まで一人一単位の原則から、学生バイトや副業が禁止されていることまでを説明しました。中国の定年も一人一単位の原則と思われる規制があります。

・働かせては「いけない」年齢
「関于企業職工”法定退休年齢“涵義的復函」では中国の定年年齢を男60歳、女50歳、女性幹部は55歳としています。この定年は日本のそれとは異なります。日本では法律上の定年は、その年齢以降に「年齢を理由に退職させてもいい年齢」ですが、中国の定年は「働かせてはいけない年齢」となっています。この「働かせてはいけない」というのも法律に明文の規定はありませんが、学説では一貫して定年は就労禁止年齢とする説が支持されており、労働関係法規もその考えを前提に条文が作成されています。

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かつて単位制度が施行されていた時代の中国では、定年に達すると実際には仕事をせずに定年前に勤めていた企業から給料をもらうという制度になっていました。この働かずしてもらえる給料が年金の役割を担っていたわけです(そのため社会保険としての年金制度が必要なく、現在の中国で社会保険の完備が遅れている原因とも言われています)。

ここで一人一単位の原則と合わせると以下のようになります。学生時代→学校が単位となり管理される。企業勤務時代→企業が単位となり管理される。定年以降→定年前に勤めていた企業が単位となり、働かずして給料をもらい管理される。このように、定年を働かせてはいけない年齢と捉えることも、一人一単位の原則の表れと説明できるのです。

このように改革開放以降、終わりを告げたはずの単位制度の流れを汲むような制度が現在の中国にもかなり残存しているわけです。特に労働法関係は日本にはなじみのない「単位」制度を経験しているため、制度の歴史を知らなければ「なぜこのような制度があるのか」、「日本と似たような条文があっても日本とは制度趣旨が異なる」という点を見誤るので注意しましょう。

ただ残念なことに、単位制度が終わりを告げた今もなぜ単位制度「的」な学生バイトの禁止や定年を「働かせてはいけない年齢」と捉える制度が残っているのかはよく分かっていません。

なお、「女性幹部」の定年は55歳ですが、「幹部」の定義が明らかにされていないので、女性を課長クラスにして、事実上55歳まで働いてもらうことが多いようです。さらに平均寿命が延びたことに伴い、男60歳、女50歳では定年が早いとのことで、やっと定年年齢を改定する動きが出てきました。近いうちにこの年齢は変更になるかもしれません。

高橋孝治

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

 


中国の学生アルバイトと定年その2

1・学生バイトは禁止?(続き)
前回、中国では学生と雇用契約を結ぶことはできないと言いました。これは「学生は勉学に集中するべき」という意味なのでしょうか。そういう側面もあるでしょうが、この制度は単位制度の流れを汲むものと思われます。

・単位の戸籍管理機能
単位制度は、「労働を配給するもの」と前回説明しましたが、それ以外にも重要な機能があったのです。それは「国民管理」です。単位制度によって中国国内の失業者をなくし、全ての国民を何らかの企業に属させ、企業側に国民管理の役を担わせたのです(実際には単位制度下でも労働の配給にあぶれた失業者がいたと言われる)。

つまり、非常に広い中国では政府が国民管理を行うことは困難だったため、各企業にどんな人がいるのか、家族構成、収入などのレポートを作らせ、それを政府に報告させることで戸籍管理を行ったのです。では戸籍管理の手段として単位制度を見たとき、学生の場合はどのように戸籍管理を行ったのでしょう。学生の場合は、学校が単位となったのです。その意味で中国語の「単位」を「企業」と訳す方を散見しますが、「所属先」と訳す方が適切と言えるでしょう。

さて、このような単位(企業や学校)が戸籍管理機関としての機能を担うということは、もし一人の人間が、複数の単位に所属したら二重計上になり、戸籍管理機関としての機能は破綻します。そのため一人の人間が一つの単位にしか所属できないようにするわけです(一人一単位の原則)。すなわち学生が企業にも所属することはブロックされ、学生バイトの禁上になるわけです。

・副業も禁止?
学校と企業という単位に二重加入はできないわけですが、企業と企業の場合はどうなのでしょうか。これも当然一人一単位の原則から否定されています。すなわち副業の禁止です。残念ながら中国には正面から副業を禁止した条文は存在しません。しかし学説上は副業禁止説が一貫して支持されていますし、中国の労働関係法規の条文をよく読めば、そもそもが「副業を前提としていない法律」となっていることが分かります。

次回は、本シリーズのタイトルにもある通り、中国での定年について解説します(続く)

高橋孝治

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


中国の学生アルバイトと定年その1

中国の労働法は現在もまだ日本と大きく異なるものとなっています。今回からしばらく中国の労働法のアルバイトと定年について見ていきましょう。中国の労働法がなぜ日本と大きく異なるのかというと、中国型社会主義の労働システム「単位」制度の流れを汲んでいると思われる条文がいまだに存在するからです。単位制度については本連載第4回(503号2015年9月第1号)でも説明しましたが、かなり前のことになってしまいました。もう一度説明しましょう。

・かつての中国の労働システム「単位」制度
単位制度とは、1950年代から中国で始まった制度で、新規労働者について政府が統一的に就職や配属先を決め、一度就職すれば定年まで解雇などもないという制度です。つまり国が誰がどのように働くかを決め、その通りに働き、それに対し拒否する自由がないという制度です。雇用関係が「契約」ではなく「配給」によって成立していたとも表現できます。

しかし、労働者の向き不向きを考慮していない、解雇などの処分がなく給料も不変なので勤労意欲が湧かないなどの理由で、やがて単位制度の非効率性が指摘されるようになりました。改革開放以降、市場経済制度の導入も手伝って1986年10月から雇用契約による労働制度が始まり、単位制度は終わりを告げました。しかし、雇用関係が契約制度となった現在でも単位制度の名残りがいくつか残存しており、中国独自の制度となっています。

・学生バイトは禁止?
現在の中国では学生のアルバイトが多くいます。しかし実は学生バイトは中国では禁止されているのです。「労働部関于貫徹執行《中華人民共和国労働法》若干問題的意見」第12条という条文に次のように規定されています。「在学生が余暇を利用して、勤務することは就労とはみなさず、労働関係は成立せず、労働契約を締結することもできない。」

つまり、学生と雇用契約(労働契約)を結ぶことができないので、学生を雇用する法的手段はないということになります。なお、この「学生」は昼間学生の人をいい、夜学に通っている人、通信制大学の学生は除くとされています。(続く)

高橋孝治

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


 

中国会社法の外資企業設立規制その2 

前回は中国の会社法の基礎知識と中外合弁企業について解説しました。今回はその続編です。

・中外合作企業
中外合作企業とは、外国企業と中国企業が中国の法律に基づいて共同出資により中国国内に会社を設立し、共同経営を行い、合作契約により合作当事者間の権利義務関係を規定する企業形態をいいます(中外合作経営企業法第2条)。出資比率ではなく、契約により権利義務関係を規定できる点や有限会社以外の形態にもできる点に中外合弁企業との違いがあります。

中外合作企業の設立時にも許可されない場合が法律上列挙されています。①中国の主権または社会公共利益を損なう場合、②中国の安全を脅かす場合、③環境汚染をもたらす場合、④法律、行政法規あるいは国家の産業政策その他の事由に違反する場合の4つです(中外合作経営企業法実施細則第9条)。

また中外合弁企業のように奨励されている業種は中外合作企業にもあります。中外合作企業の場合は、製品輸出または技術が先進的な生産型企業を奨励するとしています(中外合作経営企業法第4条)。

・外資独資企業
外資独資企業は、外国企業などが全額出資により設立する企業です。ただし中国国内の分支機構は除きます(外資企業法第2条)。

外資企業にも設立許可が下りない場合があり、その理由が法律上に列挙されていますます。

①中国の主権または社会公共の利益を損なう場合、②中国の安全を脅かす場合、③中国の法律または法規に違反する場合、④中国の国民経済発展の要求に符合しない場合、⑤環境汚染をもたらすおそれのある場合の5つです(外資企業法実施細則第6条)。

また外資独資企業は明確に新聞、出版、放送、テレビ、映画、対外貿易、保険、郵便通信などの業種を行うことを禁止しており(外資企業法実施細則第4条)、公用事業、交通運輸や不動産業などにも制限があります(外資企業法実施細則第5条)。

さらに外資企業は中国国民経済の発展に有利で、顕著な経済効果および利益を取得することができるものでなければならない、ともしています(外資企業法第3条)。(続く)

高橋孝治

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!


中国会社法の外資企業設立規制その1

中国で仕事をしている日本人は三資企業という言葉をよく聞くと思います。三資企業とは中外合弁企業、中外合作企業、外資独資企業の三つをいいます。日本企業が中国に会社を立ち上げるときはこの三資企業のいずれかの形態にすることがほとんどです。これらの企業はどのような違いがあるのでしょうか。今回からそれを見ていきましょう。

・中国の会社の基礎知識
日本では会社といえば、株式会社、合名会社、合資会社など会社の責任形態によって区分しています。しかし中国ではこのような区分を行わず、会社の所有形態によって区分を行っています。これは旧来の社会主義型の分類によるものです。すなわち国家が全ての経済活動を掌握するという社会主義的目的の下、私人が運営する会社の規制は厳しく、国家の経営する会社の規制は緩くするという目的があるのです。以下、三資企業を中心にその規制内容を大まかに紹介しましょう。

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・中外合弁企業(「合資経営企業」ともいう)
中外合弁企業とは、外国企業と中国企業が中国の法律に基づいて共同出資により中国国内に会社を設立し共同経営を行い、出資率により利益を配分、経営リスクおよび損失を負担する形態の有限会社をいいます。なお外国企業の出資比率は25%以上でなければなりません(中外合資経営企業法第4条)。

この中外合弁企業を設立する際に許可されない場合があり、5つの場合が列挙されています。①中国の主権を損なう場合、②中国の法律に違反する場合、③中国の国民経済発展の要求に符合しない場合、④環境汚染をもたらす場合、⑤締結された協議、契約、定款が不公平で合弁当事者一方の権益を損なう場合の5つです。

また中外合弁企業の設立は、中国経済の発展および科学技術水準の向上を促進することができ、社会主義現代化建設に有利でなければならない、とも規定されています(中外合資経営企業法実施条例第3条第1項)。また国家外商投資指導方向の規定および外相投資産業指導目録に従い、国家は中外合弁企業の業務の奨励、許可、制限あるいは禁止を行うこともあります。(中外合資経営企業法実施条例第3条第2項)。(続く)

高橋孝治
〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

 

 


中国での契約無効 その 2

前回見ましたように、中国での契約が無効になる場合を見ても、国家の利益、全体の利益を大きく考慮しています。ではここで具体的にはどのような場合に契約が無効になるのかを見ていきましょう。

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ここで前回「次回詳しく説明する」とした日本の通謀虚偽表示の場合について説明しましょう。通謀虚偽表示とは、相手方と通じて嘘の契約をするということです。具体的には、本当は自分のモノを売るつもりはないのに、相手と通謀して「売ったことにする」契約をすることです。日本ではこのような契約は無効になります。

ところで中国で契約が無効になる場合の一つに「②悪意で通謀し国家、団体または第三者の利益を損なうもの」というのがありました。これは具体的には中国では以下のように説明されます。「AさんがBさんに対して30万元の借金があり、Aさんは時価100万元の財産を持っていました。ところがAさんはBさんへの借金を返したくないために事情を知るCさんにこの財産を5万元で売ってしまいました。これは無効となる」。日本の通謀虚偽表示によく似ていますが、日本では相手と通謀した契約をしただけで無効になるのに対し、中国では損害の発生までを要件に入れています(もっとも、誰かを騙す意図がなければこのような見せかけの契約を結ぶ必要がないので、日本も制度的に他者の損害を前提にはしていますが…)。さらにわざわざ「国家」という表現を使って「国家の利益が重要であること」を強調しています。日本と違い「自由に行えるはずの契約であっても国家の利益が重要」という中国の民法理論の意思がここに表れている気がします。

また「④社会公共利益に損害を与えるもの」という中国の契約無効の要件はかなり厄介で、範囲が非常に広く解釈されています。社会公共利益に損害を与える契約とは具体的にはビジネス関係で言えば、婚姻の自由を奪う契約(例えば労働契約の際に「独身であること」を要求するなど)、労働者保護に反する契約、公平競争に反する契約(例えば価格協定など)を含むとしています。ビジネス以外では代理母契約、賭博契約なども含みます。このようにかなり幅広く解釈されているので、道徳的に許されない契約は無効にされてしまう、と考えた方がいいでしょう。これらは古代中国法の「人間の情に訴えかける法律」や社会主義法の「法律と道徳の一体化」という思想の現代的表れと言えるかもしれません。

高橋孝治
〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

 


中国での契約無効 その1

契約は人と人が基本的には自由に結べるものです(契約自由の原則)。そこで基本的には相手の同意がないと一度締結した契約の内容を変更することはできません。ところが特定の場合には、契約の内容を変更するどころか一方的に契約の無効を主張することができます。

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例えば日本では以下のような場合に契約が無効になります。公序良俗に反する場合(日本の民法第90条)、強行法規に反する場合(民法第91条)、通謀虚偽表示の場合(民法第94条。これについては次回詳しく説明します)、契約内容を解除する条件が既に成就している場合(民法第131条。例えば「お金を貸すけれど、2013年になったら返して」と2014年に契約する場合など)、不法な条件を付した場合(民法第132条。例えば「人を殺したら100万円あげる」と契約した場合など)、不可能な条件の成就により契約の効力を持たせる場合(民法第133条。例えば「太陽が西から昇ったら100万円あげる」と契約した場合など)などです。どれも犯罪を助長するものや契約内容に無理があるものばかりで、相手の同意なくても契約内容を無効にできることには納得がいくものばかりです。

ところが中国ではこのような論理とは異なる契約無効の理論を持ちます。つまり社会主義国家であるために、全体の利益をも考えなければならないのです。
契約関係も契約を結ぶ人同士のみがいると考えるのではなく、契約を結ぶ人と社会があると考えるのです。

具体的には中国の合同法(「契約法」と訳すことが多いようです)第52条には以下の契約は無効であるとしています。①一方が詐欺または脅迫という手段で契約を締結し、国家の利益を損うもの、②悪意で通謀し国家、団体または第三者の利益を損なうもの、③合法形式を装った非法目的のもの、④社会公共利益に損害を与えるもの、⑤法律、行政法規の強行規定に違反するもの。また契約全てではありませんが、契約のうち①相手の身体を傷つけても免責されるという条項、②故意または重大な過失で相手の財産に損害を与えても免責されるといつ条項は無効となるとしています(合同法第53条)。

(続く)

高橋孝治
〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法研究家、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治中国」でネットを検索!

 


動物による損害の賠償

生活をしていると、ケガをすることもあります。しかもそのケガの原因が人間ではない場合もあります。例えば、犬に咬まれるなど…。中国にも動物が原因による損害の賠償について規定した法律があります。いくつかの場合に分けてお話しましょう。
まず誰かに飼われている動物の場合です。飼われている動物によって損害が発生した場合は、飼い主もしくは管理人が賠償責任を負わなければならないとされています(民法通則第127条。侵権責任法第78条)。管理人とは、直接の飼い主ではないけれど、そのときに動物の管理に責任を負う者です。例えば、犬の散歩について誰かに頼んだとき実際に犬の散歩をさせていた人や、動物が病院に入っていたときの動物病院の担当者などです。ところで、飼われている動物によって損害を負っても相手が責任を負わなくていい場合があります。しかし、それは厄介なことに法律によってその内容が異なっているのです。民法通則第127条後段では「被害者の過失で損害が発生した場合、動物の飼い主もしくは管理人は責任を負わない。第三者の過失によって損害が発生した場合、第三者が民事責任を負担する」とあります。これに対して侵権責任法第127条後段は、「損害が被害者の故意または重過失によって引き起こされた場合、責任は負わないか軽減することができる」としています。故意や過失があるとは、つまり被害者側に非がある場合ということです。「犬」だと例えが難しいですが、「牛」の前で赤い布を見せて、ケガをした場合などは、動物が原因の損害に対して被害者側に非があると言えるでしょう。家畜による損害もこれらの条文が適用になるので、中国の農村などに行けば牛もおり、ありうる話です。しかし、単なる過失で免責されるのか、重大な過失で責任が軽減されるのかがハッキリしません。この場合、どちらも正解であり、「使う条文によって回答が変わることがあるのが中国法」と覚えておきましょう(なお、筆者の個人的見解では、民法通則の方が優先されると思います)。また、ここでいう「第三者の過失によって損害が発生した場合」ですが、例えば犬を散歩しているときに第三者が過失でとても大きな音を立て、それに驚いてパニックになった犬が他の人に咬みついた場合などが具体例としてあがるでしょう。飼い主でも被害者でもない第三者が原因の動物による損害です。この場合、最終責任は第三者が負いますが、被害者は第三者と飼い主、管理人の誰に対しても損害賠償を請求することができます。飼い主や管理人が損害賠償を支払った場合には、飼い主や管理人が第三者に賠償金額の求償を請求することができます(侵権責任法第83条)。
次に被害者側に過失や故意があっても損害賠償を請求できる場合があります。それは、安全措置を取っていない動物や飼うことが禁止されている危険な動物が原因で損害が発生した場合です。これは非常に大きく獰猛な犬に口輪をしていなかった場合や、ライオンなどの危険な動物を飼っていた場合などが該当します(侵権責任法第79条~第80条)。
また動物園の動物により損害を受けた場合も、動物園が動物の管理につき職責を果たしていたという証明ができた場合を除き、動物園から損害賠償を取ることができます(侵権責任法第81条)。さらに、棄てた動物や逃げた動物から損害を受けた場合には、元の飼い主や管理人が責任を負わなければならないとされています(侵権責任法第82条)。

※本記事の内容は筆者(高橋孝治)が講師を務めた「分かりやすい法律教室」(2014年11月28日北京にて実施・主催:北京日本人会婦人委員会)で受けた質問に対する回答の一部を再構成したものです。

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉高橋孝治
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。現在、中国政法大学 博士課程で中国法研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

 

 

 

 


不安の抗弁権 その2

前回中国の不安の抗弁権の規定とそれが世界にも類を見ない先履行者保護規定であることを解説しました。一体どうしてこのような規定ができたのでしょう。まず中国の民法の基礎理論を見ていきましょう。
もともと中国に民法はありませんでした。古代中国において法律は皇帝が民衆を支配する道具として作られていたので、民衆同士の間の問題を解決するための法律(民法)という概念はなかったのです。中国が本格的に民法導入へ動いたのは、1980年代半ばの改革開放の始まりによってでした。つまり中国の民法は歴史的に非常に新しいのです。しかも民法の伝統を持っていないために歴史的背景に縛られることなく、貪欲に外国の民法を参考にすることができたと言われています。
不安の抗弁権はもともとドイツ法やフランス法にあった規定です。そして契約内容の履行前に契約違反として契約解除などを規定するのはアメリカ法の特徴と言われています。つまり中国の不安の抗弁権はいろいろな国の規定を寄せ集めてできたものなのです。まさに世界中の民法を参考にした成果といえるでしょう。
中国の不安の抗弁権は一般的には以上のように説明されますが、筆者は別のアプローチもあると思います。日本法の考え方では、契約は基本的には一方的な解除は簡単に認められるべきものではありません。相手方も契約による効果を期待しているからです(そのため合意解除なら問題ありません)。これに対し中国の合同法が制定された当時(1999年)は経済改革の最中でした。そのため、経済政策が大きく変わればそれまでの契約を破棄させ、経済政策を円滑に進めようという意思が合同法には反映されたと言われています。中国で不安の抗弁権で契約解除まで認められるのは、経済政策の変更により資力が大幅に変化する企業が出現することを予測してのことと考えることもできると思います。
いずれにしろ、中国では相手に対し前号で説明したような不安を感じたら義務の履行を拒否、さらには契約解除できること、相手が不安を感じたら履行拒否、解除がされるということに注意しましょう。

高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。現在、中国政法大学博士課程で中国法研究をしつつ、執筆や講演も行っている。
行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

 

 

 

 


不安の抗弁権 その1

モノを売るときには、お金の支払いがなければモノの引渡しはしたくないものです。モノを引渡した後、代金を支払わずに買主が逃げてしまうかもしれないからです。そこでモノの引渡しと代金の支払の期日が異なると契約に定めた場合を除き、相手が支払いをしない限リモノの引渡しを拒むことができるという制度が認められています(逆にモノの引渡しがない限り支払いを拒むこともできます)。これを同時履行の抗弁権といい、日中双方で認められています(日本の民法第533、中国の合同法第65条。「合同」は日本語で「契約」の意味です)。
さらに中国ではこの同時履行の抗弁権を発展させた「不安の抗弁権」という権利が認められています(合同法第68条)。これは契約上先に義務(モノの引渡しやお金の支払など)を履行しなければならない契約当事者が相手方に対して不安があることを証明した場合、当該義務の履行を拒むことができるというものです。その「不安」とは、(1)経営状況が著しく悪化した場合、(2)財産を隠しそれによって債務から逃れた場合、(3)商業上の信用を著しく喪失した場合、(4)その他債務を履行する能力を喪失、またはその恐れのある事由が存する場合の4つを指します。
確かにこのように相手の経済状態に著しい不安を感じる場合、こちら側としては義務を履行したくはないものです。さらに中国の不安の抗弁権にはまだ続きがあります。合同法第69条後段では不安の抗弁権を行使した後、相手が合理的期間内に履行能力を回復せず、かつ適当な担保も提供しない場合には、不安の抗弁権を行使した者は契約を解除できるとしています。
日本以外の国では不安の抗弁権を認める国がありますが(日本でもいくつかの判例では認めている)、ここまで要件と効果は広くありません。例えばドイツやフランスでは不安の抗弁権の要件は相手方の明白な財産の減少です。中国では商業上の信頼の低下までも要件に加え、さらには契約解除までできるとなっています。これは世界にも類を見ない先履行者への特権と見られています。なぜこんな制度が中国にはあるのか。次回理論から見ていきましょう。(続く)

高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
中国法の研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。現在、中国政法大学 博士課程で中国法研究をしつつ、執筆や講演も行っている。
行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!


中国の監査役制度

株式会社の場合、基本的には以下のような構造を取っています。株主(株主総会)という出資者がいて、取締役(取締役会)という業務執行を行う者がいて、取締役が不正を働かないように監視する監査役(監査役会)を株主が雇う。この基本的構造は中国も同じです。しかし中国の監査役(原文は「監事」)は日本と違い、株式会社でなくても監査役を置かなければならない上に(多くの日系企業は監査役を設置しなければならない形態)、監査役のうち3分の1は労働者の代表から選ばなければならないのです(公司法第52条第2項。株主数が少数の場合もしくは小規模の会社の場合は例外あり)。
監査役の職権の中には、会社の財務検査、董事(取締役)などの会社業務の監督などが含まれています(公司法第54条)。つまり労働者に会社の財務状況や取締役の行動などが知られてしまう可能性があります。これは日本人には非常に違和感があり、在中日系企業の頭を悩ませる制度でもあります。

もともと中国の会社は社会主義体制下での国営企業で計画経済の担い手でした。そのため、かつての中国の会社構造は株主総会、取締役会、監査役会ではなく、社内党委員会、労働者代表大会、労働組合でした。ここで重要なのは「労働者代表委員会」です。社会主義国家は全体の意見を重要視します。そのため社内においても労働者が意見をあげられるように「労働者代表委員会」を作ったのです(この方法は社内民主に有益であるという表現をしました)。現在の監査役に労働者代表を入れなければならないという規定はこの社内民主の思想の表れと言えるでしょう。つまり社内で労働者が意見をいろいろ述べられるように、労働者も会社の内情を知らなければならないという思想が中国の会社法(公司法)の根底にはまだあるのです。

中国法律事情 なお、中国はかつての国営企業制度の下、雇い主は全て国家であり、全ての人が労働者であると考えていました。そのため現在も法律上の労働者には日本でいう労働者の他、管理職や幹部(役員クラス)の者まで含まれます(全民所有制工業企業職工代表大会条例第12条など)。つまり監査役になるのは日本でいう労働者とは限らない点に注意が必要です。ただし董事(取締役)および高級管理職は監査役にはなれないと明確に規定されています(公司法第52条第4項)。

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
日本文化大学卒業。法政大学大学院放送大学大学院修孔中国法の魅力に取りつかれ、都内社労士事務所を退職し渡中。現在中国政法大学博士課程在学中。特定社会保険労務士有資格者、行政書士有資格者、法律諮詢師、民事執行師。※法律諮詢師(和訳は「法律コンサル士」)、民事執行師は中国政府認定の法律専門職です。
ブログ「中国労務事情」http://ameblo.jp/zhongguolaowu/中国ビジネスヘッドライン内にてコラム連載中
http://www.chinabusiness-headline.com/author/xztakahashi

 

 

 


退職時の年休残数など

中国の有給休暇 その4
今まで中国の年次有給休暇(以下「年休」)について3回に亘り説明してきました。今回が中国の年休制度の最終回です。

⑥退職時の年休残数
前号の⑤では年度(1月1日から12月31日まで)途中に入社した場合の年休は按分計算をして付与すると説明しました。年度途中で退職する場合も同じです)つまり(例)のような計算を行います。(例)年度初め5日の年休付与をされて6月30日に退職する場合181日(1月1日から6月30日までの日数):363日(1年の日数)×5日(年度初めに付与された年休)=2・47945(小数点以下切捨)←2日つまり企業ではこの場合2日の年休付与をすれば問題ありません。ただし既に3日以上年休を取得していた場合でもその分の賃金控除などは許されません。逆に未消化年休がある場合には前々号の③で説明したように消化できるように配慮してあげてください。

⑦比例付与制度が存在しない
日本の年休ではフルタイム勤務でない労働者のための算出方法があります(日本の労働基準法第39条の3。日本ではアルバイトでも年休を付与しなければなりません)。ところが中国労働法にはそのような制度が一切書かれていません。これも単位制度下の「フルタイム労働者しかいない」という考えがまだ中国労働法の根底にあるものと言えます。現在も中国労働法はフルタイムでない労働者(非全日制用工)は例外的存在として規定しているにすぎません。
そこで企業がリスク回避を考える場合、フルタイム勤務でない労働者もフルタイム労働者と同様に年休を付与した方がいいでしょう。
理論と結びつけながら中国の年休制度の解説をしてきました。年休一つを取ってみても、法律の不備面や単位制度の影響と思われる規定がかなりありました。しかし、これらの規定は法律の最低限度の規定です。これより労働者有利にすること(年休を多く付与)は問題ありません。
中国労働法は中途退職などの概念が存在しない単位制度の影響をまだ大きく受けているので、日本人には理解し難い内容が多かったかもしれません。この年休シリーズが御社での年休活用の際の参考になれば幸いです。

高橋浩治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
都内社労士事務所に勤務するも中国法に魅了され、退職し渡中。現在、中国政法大学博士課程で中国法の研究をしつつ、中国法に関する執筆や講演などを行っている。行政書士有資格者。特定社労士有資格者。法律諮詢師(中国の国家資格で和訳は「法律コンサル士」)。詳しくはネットで「高橋孝治 中国」を検索!


中国の年休の特徴

中国の有給休暇 その3
前回まで日本と中国の年次有給休暇(以下「年休」という)の違いを見てきました。今回は中国の年休独自の特徴です。そのため日本人にはなじみにくい内容です。一緒に見ていきましょう。

④年休計算ための勤務年数
中国で年休の日数計算のために用いるのは累計勤務年数です。つまり他の企業での勤務歴も含め今までの勤務年数全てを合算します(企業職工帯薪年休仮実施弁法第4条)。さらに年休を付与する条件は三年以上勤続すること」です。これも同一の企業であることは要求されておらず前職と合算します。
つまり以下のように計算します。
(例1)入社の前の日まで別の企業に2年勤務していてそれ以外に勤務歴のない場合←入社初日に年休計算上は勤続2年なるので、入社日に年休5日付与。
(例2)過去に13年の職歴があり、2年間無職を経験した後入社した場合←「勤続1年」の要件を満たしていないので入社時には年休付与の必要なし。ただし1年勤務すると過去と合わせて14年の累計勤務となるので年休10日付与。
中国の法律を解り易く解説どこに勤務しようと常に「国家」に雇われており職場が変わのは配転に過ぎないと考える単位制度の名残と言えます。ただし実際には従業員の過去の職歴の把握は難しいと思います。本人の申告を信用するか社会保険の加入記録などで確認するしかないでしょう。なお病気休暇を一定以上取得したため年休を付与しなくていい場合の従業員も「勤務年累計」で区別していることに注意してください(前々号の①参照)。

⑤年度ごとに付与
中国では年度(1月1日から12月31日まで)ごとに年休を付与します。そのため年度の途中で労働者が条件を満たし、年休を付与する場合は按分計算を行います(企業職工帯薪年休仮実施弁法第5条)。(例)7月1日に5日間の年休を付与する条件を満たした場合184日(7月1日から12月31日までの日数:(365日貧年の日数)×5日(本来付与する年休の日数)=2.5205・←2日(小数点以下切捨)←2日の年体付与定年まで一つの企業で働き続けるとなる単位制度の名残でしょう。全員が定年まで勤務するなら年休付与日が統一されれば企業側は処理が簡便になるので、その利便を考慮したものと思われます。右の(例)で翌年1月1日からまた新しい年休を付与しなければなりません(付与日数は翌年1月1日時点で何年累計勤務年数があるかで判断します)。(続く)

高橋孝治(たかはしこうじ)氏〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
都内社労士事務所に勤務するも中国法に魅了され、退職し渡中。現在、中国政法大学博士課程で中国法の研究をしつつ、中国法に関する執筆や講演などを行っている。行政書士有資格者。特定社労士有資格者。法律諮詢師(中国の国家資格で和訳は「法律コンサル士」)。
詳しくはネットで「高橋孝治 中国」を検索!

 

 

 

 


次有給休暇、日本との違い

前回は中国労働法の全体理論と年次有給休暇(以下「年休」という)の付与要件を見ました。今回は日本の年休と異なる点の続きです。

② 付与日数

日本では勤続半年目には10日付与、1年半目には11日、2年半目には12日、以降14日、16日、18日と増えていき、6年半以上勤続したとき以降1年毎に20日付与することになります(日本の労働基準法第39条第2項)。これに対し中国では累計1年以上10年未満の勤務をした場合毎年5日、累計10年以上20年未満の勤務では毎年10日、累計20年以上の勤務で毎年20日付与します(職工帯薪年体仮条例第3条)。

③ =買取制度
日本では年休は2年間使わないと時効により消滅します。年休の買取は原則として禁止されていますが、時効により消滅した年休や退職などにより行使できなかった年休を買取することは法には触れません。これに対して中国では年休を行使できる期間は付与したその年度内(1月1日から12月31日まで)ですが、企業の生産活動などの都合による場合は年度を跨ぐことができるとされています。また企業が業務の都合により年休を与えることができない場合、労働者本人の同意を得て年休を与えないことができます。ただし、その日につき賃金の3倍の年休報酬として支払う必要があります(職工帯薪年休仮条例第5条、企業職工帯薪年休仮実施弁法第10条)。しかしここでは、どのような場合が「企業の生産活動などの都合による場合」と認められるのかが明確ではありません。さらに3倍の年休報酬を支払わなければならないのは①その年度内に付与された年体を使用しなかった場合なのか②労働者が年休の使用を申請したけれど年体が取得できなかった場合なのかも明らかではありません。これはまだ中国労働法が未熟な部分の表れでしょう。
しかし中国労働法全体の趣旨は労働者の保護を手厚くするものです。その点から考えれば①の説を採用していると考えられます。リスク回避を第一に考える場合中国ではその年度中に全ての年休を消化できるように配慮した方がいいと言えるでしょう。(続く)

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉

中国の法律事情


高橋孝治

中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
都内社労士事務所に勤務するも中国法に魅了され、退職し渡中。現在、中国政法大学博士課程で中国法の研究をしつつ、中国法に関する執筆や講演などを行っている。行政書士有資格者。特定社労士有資格者。法律諮詢師(中国の国家資格で和訳は「法律コンサル士」)。
詳しくはネットで「高橋孝治 中国」を検索!

 

 


中国の年休制度

中国の有給休暇 その1

皆さんは年次有給休暇(以下「年休」という)を知っていますか。中国にも年休制度はあります。しかし中国の年休は日本のそれとはかなり異なります。その異なる点を何回かに分けて紹介しましょう。しかしその前に、中国法は日本法と異なる理論によっていることを知っておいてください。まずは中国労働法の全体理論を見ておきましょう。

・中国労働法の基礎理論
中国は労働者が主人公の社会主義国です(中国の憲法第43条第3項)。そのため労働者保護は非常に手厚くなっています。しかし労働法の整備は遅れていました。1950年代からの中国の労働制度は新規労働者について国が統一的に就職や配属先を決め、一度就職すれば定年まで解雇などもないとい
う制度でした。つまり国が誰がどのように働くかを決め、その通りに働くという制度だったのです(単位制度)。このように雇用関係が「契約」ではなく「配給」によったため労働法の必要がなかったのです。しかし単位制度の非効率性が指摘されるようになり(向き不向きを考慮していない、解雇などの処分がなく給料も不変なので勤労意欲が湧かないなど)、改革開放以降、資本主義的制度の導入も手伝って1986年10月から雇用契約による労働制度が始まりました。
このため中国では労働法研究の蓄積はまだ薄く、労働法の起草委員も不備が多いことを認めています。現在単位制度は実行されていませんが、単位制度の残存と言える規定はまだ存在します。この中国労働法の背景理論を理解した上で年休を見ていきましょう。
①付与する要件
日本では同一の企業に半年以上勤続し、全労働日の8割以上出勤した場合、年休が付与されます(日本の労働基準法第39条)。これに対し中国では1年以上勤続した場合に原則として年休が付与されます(中国の労働法第45条、職工帯薪年休暇条例第2条、企業職工帯薪年休暇実施弁法第3条)。中国で年休を付与しなくていい場合は以下の3つのどれかに該当する場合です。
①法によって受け取った夏休みや冬休みが年休の日数を超えていた場合
②私用の休みの日数が20日超でその日数の賃金が控除されていない場合
③勤務年累計1年以上10年未満の従業員が2か月以上病気休暇をした場合(累計10年以上20年未満の従業員は3か月以上、累計年数20年以上の従業員は4か月以上)
(年休付与後に②か③の場合に該当した場合は翌年の年休を付与しない。職工帯薪年休暇条例第4条、企業職工帯薪年休暇実施弁法第8条)。
このように原則として年休を付与し、例外的に付与しないという考えは労働者保護が手厚い証と言えるでしょう。

高橋浩治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
都内社労士事務所に勤務するも中国法に魅了され、退職し渡中。現在、中国政法大学博士課程で中国法の研究をしつつ、中国法に関する執筆や講演などを行っている。行政書士有資格者。特定社労士有資格者。法律諮詢師(中国の国家資格で和訳は「法律コンサル士」)。
詳しくはネットで「高橋孝治 中国」を検索!

 

 

 

 


補償金について

中国法律事情2損失を与えていないのに補償金を支払う?
補償金と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。相手に損失を与えたときに支払う金銭?その通りです。しかし、中国では生活の中で、相手に損失を与えていないにも関わらず補償金を支払わなければならない場合があることをご存じでしょうか。
中国の侵権責任法第87条には以下のように規定されています。なお、侵権責任法は日本語では「不法行為責任法」と訳されることが多いようです。
「建築物内部から物品が投げられまたは建築物の上から物品が落下して他者が損害を被った場合で侵害行為を行った者が確定できなかった場合は、自らが侵害行為者ではないと証明できた者を除き、加害建築物の使用者がこれを補償する」。この条文は読んだままの効果です。建築物から物品が落下し、その原因となった者が分からない場合には当該建築物にいる落下させることが可能だった者全員で補償金を支払わなければならないのです。
これについては実際に中国で起こった事例がありますので、具体的に説明しましょう。あるマンションの窓から重いガラス製の灰皿が投げ出されて、通りを歩いていた人に当たり、その人がケガをしました。しかし、その灰皿を投げた人が誰なのかが分からず、「投げることができた人」全員で補償せよと人民法院(裁判所)が判断しました。このマンションには22人の居住者がいましたが、灰皿が投げ出されたとき外出していたことが証明できた者、部屋の位置から灰皿をその位置に投げることが難しいと思われる者以外の20人が共同して約18万元の補償金を支払いました。
灰皿を投げていない人にとっては、自分は悪いことをしていないのに、なぜ補償金を支払わなければならないんだと思うところですが、中国ではこれが法律通りの結果なのです。日本ではこのような場合には被害者が加害者が誰なのかを証明しなければなりません。つまり日本では誰が加害者か分からない場合には、補償金を取ることができないのです。この点、「加害者のみ」に補償を負わせ、加害行為をしていない人が補償金を支払うことのないようにする日本と、「加害者以外」も補償を支払うことで被害者の補償を充実させる中国と対比できるでしょう。しかし、これは中国ではの集合住宅に住んでいる場合、「ただ集合住宅に住んでいる」というだけで補償金支払いのリスクがあること言うことです。このあたりのことはしっかりと知っておいた方がいいでしょう。
この事例ではマンションの話でしたが、法律は単に「建築物」としかいっていないので、商業ビルの一テナントである会社にも同じリスクがあると言えます。

中国法律事情※本記事の内容は筆者(高橋孝治)が講師を務めた「中国で家を借りる時の法的注意事項」(2014年2月22日北京にて実された「専門家による無料セミナー」の一項目・主催:北京日本人士業連盟)の講演内容の一部を再構成したものです。

中国法律事情目から鱗の〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。都内社労士事務所に勤務するも中国法に魅了され、退職し渡中。現在、中国政法大学博士課程で中国法の研究をしつつ、中国法に関する執筆や講演などを行っている。行政書士有資格者。特定社労士有資格者。法律諮詢師(中国の国家資格で和訳は「法律コンサル士」)。
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家電が壊れていた場合

家電が壊れていた場合 中国

 

DVDプレイヤーなどの家電を買って使おうとしたら壊れていた場合、これは返品などできるのでしょうか。もちろん、買ったお店に相談に行き、店員さんが対応してくれれば問題ありません。しかし、対応してくれない店員さんもいるでしょう。そんなときには下の条文知識が役に立ちます。

家電が故障していた場合合同法第155条に「売主が交付した目的物の品質が要求に適合しない場合、買主は本法第111条の規定により違約責任を追求できる」と規定してあります。なお、「合同法」は日本語では「契約法」と訳されることが多いようです。そして合同法第111条では「品質が契約内容と一致しない場合、当事者間の契約に応じて違約責任を負う。品質の約束がない場合もしくは不明瞭で補充の約束が結べない場合、損害を受けた者は目的物の性質、損失の大小に応じて修理、交換、再制作、返品、代金もしくは報酬の減額などの違約責任を合理的に選択し要求することができる」と規定しています。

普通、DVDプレイヤーを買うときにいちいち品質について相談する人はいないと思います。しかし、「DVDが再生できない」場合は明らかに「品質の約束がないけれど損害を受けた」に該当します。

つまり合同法の規定に基づき修理や交換などをお店に要求できるのです。
さらに消費者権益保護法第45条には「国家の規定あるいは経営者と消費者の約定によって修理、交換、返品が保証された商品に対し経営者は修理、交換、返品を行わなければならない。保証期間内に二度修理を行ってもまだ正常使用ができない場合、経営者は交換、返品を行わなければならない」という規定があります。つまり、修理を保証期間内に二度してもらってもまだ故障していた場合、三度目にはお店は必ず交換か返品をしなければならないのです。この条文も覚えておくといいでしょう。

しかし、「修理」については若干問題があり、中国の個人経営に近い電気屋さんの場合、お店の人が直接修理する場合があるのです。これは家電メーカーの正規の修理ではないため、お店の修理によってもまだ壊れていて、家電メーカーに直接持って行った場合に、「改造済」と判断されることがあります。改造品は当然に保証の対象外になるため、それ以上の修理や返品は受けられません。

お店に修理を頼むときは、そのお店が直接直すのか、それともお店がメーカーに送るのかも確認して、メーカーに送るようにお願いした方がいいでしょう。
なお、法律を持ち出すのは最後の手段ということも覚えておいてください。トラブルがあるから法律が必要なわけです。そしてトラブルがないほうが望ましいことは言うまでもありません。いきなり「法律通りに修理しろ」と言ってお店の人との話がこじれたらトラブルが拡大します。まずは法律を持ち出さず、柔らかく「修理してくれませんか」と言ってみましょう。

 

高橋孝治(たかはしこうじ)

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。
都内社労士事務所に勤務するも中国法に魅了され、退職し渡中。現
在、中国政法大学博士課程で中国法の研究をしつつ、中国法に関す
る執筆や講演などを行っている。行政書士有資格者。特定社労士有資
格者。法律諮詢師(中国の国家資格で和訳は「法律コンサル士」)。
詳しくはネットで「高橋孝治 中国」を検索!


交通事故

中国 交通事故

中国で交通事故に遭ってしまったらどうすればいいのでしょうか。中国で交通事故が起きた場合について交通安全法という法律が細かく規定しています。そして実は中国では交通事故が起きても必ずしも公安に連絡しなくてもいいのです。

 

まず、交通事故が道路上で起きた場合、運転手は直ちに車の運転を止め、現場を保全しなければなりません。そして死傷者が出ている場合は、死傷者を救助し、直ちに交通警察か公安の交通管理部門に通報しなければなりません(交通安全法第70条第1項。以下の条文番号も全て交通安全法)。死傷者が出ず、当事者が事実や原因につき争いがなく、直ちに現場を離れることができる場合には、交通を回復させ当事者間で損害賠償につき協議を行います。直ちに現場を離れることができない場合には交通警察や公安の交通管理部門に通報します(第70条第2項)。交通事故が道路上で起きた場合で、財産損失も軽微でかつ基本事実も明確な場合、当事者はまず現場を離れ、その後協議をすることになります(第70条第3項)。また、交通事故が発生したにも関わらず逃走された場合(いわゆるひき逃げ)、事故現場の目撃者およびその他事情を知る者は交通警察か交通管理部門に通報しなければなりません(第71条)。

 

以上のように少なくとも法律上は、死傷者が出ておらず、交通事故の当事者双方が話し合いをし、自分たちで解決できる場合には中国では公安などに通報する必要はないのです。しかし、交通事故というのは後日後遺症のようなものが出る可能性があります。そのための対処として、交通警察や交通管理部門にはなるべく通報した方がいいでしょう。通報すると交通管理部門は「交通事故認定書」という書類を作ります(第73条)。交通事故認定書とは、交通事故が起こったときに、公安の交通管理部門が交通事故の現場検証をして交通事故の事実や当事者の責任について記載する書類です。この書類には事故の原因および責任などの後々重要な証拠となる内容が記載され、民事賠償責任の負担にも大きな影響を与えます。

 

この交通事故認定書があれば後に当該交通事故が原因と思われる後遺症が発症しても加害者に責任を追求できるでしょう。なお、交通事故認定書に記載される内容は、交通事故の当事者、車両、当時の道路および交通の状況、交通事故の基本的事実、当事者が交通事故を起こした過失および責任の所在などです。なお、公安の交通管理部門の電話番号は「122」です。この番号はなるべく憶えておくようにしましょう。

 

高橋孝治(たかはしこうじ)

〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
中国法ライター、北京和僑会「法律・労務・税務研究会」講師。都内社労士事務所に勤務するも中国法に魅了され、退職し渡中。現在、中国政法大学博士課程で中国法の研究をしつつ、中国法に関する執筆や講演などを行っている。行政書士有資格者。特定社労士有資格者。法律諮詢師(中国の国家資格で和訳は「法律コンサル士」)。詳しくはネットで「高橋孝治 中国」を検索!

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