応援したい!日本で夢追う香港人 Vol.2 ルイさん
Vol. 2 Cafe Celeste ルイさん
昨年、外国人観光客の訪問者数が1,000万人を超え、過去最高を記録した京都市。宿泊者数も初めて外国人が日本人を上回った。そんなインバウンド景気に沸く日本の古都で、今年、新たな挑戦を始めた香港人がいる。鑽石山(ダイヤモンドヒル)出身の伍志成(以下、ルイ)さんだ。40歳を目前にして大手銀行を退職し、和菓子作りを学ぶため日本へ留学。先日、京都にカフェをオープンさせた。
古都を支えるインバウンド消費
京都・五条の松原通は、個人商店がまばらに立ち並ぶ静かな住宅街。しかし、ここでも行き交う人の多くは外国人だ。京都駅から地下鉄で1駅という利便性の高さから、一般住宅に混じり、外国人向けのゲストハウスが軒を連ねている。そんな通りに面したCafe Celeste(カフェ・セレステ)が、ルイさんのお店。「お客さんの8割は外国人観光客ですね。特にゲストハウスの宿泊客が朝食を食べにくることが多いので、朝の時間帯がいちばん忙しいです。お隣の八百屋さんも、買っていくのはほとんどが外国人らしいですよ」。この街では、八百屋もインバウンド消費によって支えられているのだ。

ワンピースで触れた日本文化
ワンピース、ナルト、ファイナルファンタジー……。多くの香港人少年と同様に、ルイさんもアニメやゲームを通して日本を知り、語学を身につけていった。「聞いたことのない単語が出てくると、一旦停止してその言葉を調べたりしていました。勤勉な子どもだったなと自分でも思いますよ(笑)」。大学卒業後は、独学で学んだ日本語を活かして日系の貿易会社に就職。数年後には、より待遇のいい香港の大手銀行に転職した。ただ、ストレスはかなりのものだったそうで、「行員は何万人もいますが、それでも人手が全然足りていなくて。太陽が昇る時間まで働くなんてこともありましたね。6年ほど勤めましたが、もう少し生活にゆとりが欲しかったので、日系銀行の香港支店に再転職しました」。そんな矢先に訪れたのが、コロナ禍だった。在宅勤務となりさらに時間に余裕が生まれると、心の奥底にあったもやもやとした想いが静かに湧き上がってきた。「果たして、このままでいいのだろうか──」。
安定した生活の中で覚えた違和感と決意
「大学を卒業して、普通にサラリーマンをして、振り返れば自分には何も残っていないな、と感じたんです。そこで、今までやりたくてもやってこなかったことに挑戦しようと決意しました」。2022年、ルイさんは将来安泰な銀行員という職を捨て、以前から興味のあった和菓子を学ぶため日本に渡ることを決めた。38歳のときだった。「京都の専門学校へ入学しましたが、同級生は私の子どもでもおかしくないような若い人たちばかりです。しかも、みんな日本人。その中におじさんの私が混ざって勉強しました(笑)」。

叶わぬ夢から生まれた新たな挑戦
ここまで強い想いを持ちながら、卒業後に和菓子の道へ進まなかったのはなぜなのだろう。「和菓子にいちばん大切なのは、美しさなんです。あの繊細な美しさは、多少学んだくらいでは到底身につきません。だから、卒業後は和菓子店に就職してさらに技術を磨く人も多いんです」。ただ、外国人であるルイさんにその選択肢は残されていなかった。和菓子作りは専門知識として認められず、就労ビザが取れないことが分かったのだ。悩んだ末にルイさんが出した結論は、将来的に永住権の申請も可能な“経営管理ビザ”を取り、自分で店を開くことだった。ただし、和菓子の奥深さと難しさを痛感したからこそ、和菓子店ではなく、洋菓子を提供するカフェの道を選んだ。
「何度も、何度も、もう香港へ帰ろうと思いました」
未経験、しかも異国での起業に不安はなかったのだろうか。「不安だらけでしたよ。会社の立ち上げについてはネットで調べながら少しずつ準備していったのですが、ここまで来るのに何度諦めようと思ったか……。特に店舗が見つかるまでがきつかったですね。不動産会社から何度も外国人NGの連絡をもらいました。やっと物件が決まった後も、内装業者とのやり取りがうまくいかなくて。こちらの要望とはまったく違っていたりして、結局自分で仕上げたところも多かったです。あの頃は挫折の連続で、“もう香港に帰ろう”と何度も何度も思いましたよ。でも、“諦めるのは簡単。やってみないと分からない”と自分に言い聞かせて、なんとかオープンまでたどり着きました」。

口説き落とした有名店出身パティシエ
カフェの経営者になろうと決めたものの、洋菓子は未経験。そこで、アルバイト先で知り合った日本人パティシエに、一緒に働いてくれないかと頼み込んだ。「何度も話し合って説得しました。“逃げないから安心して”と(笑)。今は2人で商品開発をしていますが、彼は有名洋菓子店やホテルでの経験もあるベテランだし、男同士ですからね。お互い言いたいことを遠慮なくぶつけながらアイデアを出し合っています」。そうして妥協なく作り上げられたスイーツからは、どれも丁寧な想いが感じられる。

カフェという場所が好きだから
お店はまだオープンしたばかり。休みがまったく取れないほど、やるべきことは山積みのようだが、それでもその表情からは充実した毎日がうかがえる。そんなルイさんに、今後どんな店に育てていきたいのかを聞いてみた。「日本人も外国人も関係なく、誰もが安らげる場所にしたいですね。コーヒーってお酒のように何杯も飲むものじゃないし、ケーキだって賞味期限が短い上に手間がすごくかかる。利益を考えるなら、バーや居酒屋の方が効率的なんだろうけど、私はカフェが好きなんです。お客さんとゆっくり触れ合えるから」。
人生の折り返し地点に来て、ふと、このままでいいのだろうかと考える人は多いだろう。まだいけるかもしれないという自分自身への期待、積み重ねてきたものを手放すことへの不安、今を逃せばチャンスはもう来ないのではないかという焦り……。さまざまな想いと葛藤した結果、日本で新たな一歩を踏み出した彼の挑戦を、心から応援したい。

Cafe Celeste
京都府京都市下京区松原通西洞院東入藪下町6
8:00~18:00 (不定休)
www.instagram.com/celestekyoto
1万人とも3万人とも言われる日本在住香港人。我々が香港で外国人であるのと同様に、彼らも日本では外国人だ。それぞれが悩みや苦労を抱えながら、異国の地で切磋琢磨している。なぜ彼らは日本を選び、ビジネスを始めたのか。日本で奮闘する香港人の姿を追った。
Vol. 1 蓮蓮 サロミさん

ディープな街の片隅で香港に出会う
とある雨降る休日の午後、大阪の下町エリア、九条にある香港料理店には、ランチタイムをとっくに過ぎたというのにまだ多くの客の姿があった。中国語で盛り上がる若い団体、西洋人の中年ビジネスマン、広東語で店員と会話を楽しむ香港人らしき男性……。普段、客の半分は日本人、残り半分は主に中華圏の外国人だという。
店の名は「蓮蓮(レンレン)」。店内には香港映画のポスターや中華柄グッズが溢れ、どこを見渡しても香港を感じさせる。厨房に立つのは、香港人オーナーの李嘉兒(以下サロミ)さんだ。
なぜ大阪に?
サロミさんは大埔(タイポー)出身の36歳。数ある都市の中でなぜ日本、しかも大阪を選んだのだろうか。「元々日本には興味があって、6年前にワーキングホリデーで来日し、日本語学校に通って語学を学びました。大阪を選んだ理由は、東京は都会過ぎると感じたことと、大阪人は香港人と似ているから生活しやすいと聞いたからです。実際は……。やっぱり香港人のほうが本音でぶつかってきてくれると感じます(笑)」。
パティシエから家庭料理人へ
彼女は元パティシエで、香港ではデコレーションケーキを販売する店を経営していたという。「香港人は家族や恋人の誕生日に数千香港ドルもするような豪華なケーキを贈るのが一般的なんです。だから高価なデコレーションケーキの注文も多かった。でも日本にはそういった文化がないので、ケーキでやっていくのは難しいかなと思いました。そこで、香港の家庭料理を振る舞う店を開くことにしたんです」。
2年足らずで話題の店に
当初は元銀行員の妹と共にスタートさせた飲食店経営。知人が営むバーを間借りし昼間のみ営業していたが、ランチだけでは利益がほとんど出なかったという。そこで、自身の店を持つことを決意。2023年5月、ついにこの地に新店をオープンさせた。その後すぐに日本のグルメ雑誌やテレビ番組などで取り上げられるほどの話題店へと成長。香港のテレビ局の取材を受けたことで、香港人旅行客も訪れるようになった。
外国人ならではの困難も
外国籍の人が日本で住宅や店舗を借りるのは容易ではない。家賃を滞納されるのではないかなどと大家が心配し、貸すのを嫌がるからだ。サロミさんは縁があって現在の店を借りることができたが、ここに至るまでに苦労も多かったそうで、「店を決めるのは本当に大変でした。いい場所を見つけたと思っても、オーナーが私の名前を見て外国人だと分かると、貸したくないと言い出すんです。保証金を多く払うからと言ってもダメで……。困っていたところ、台湾人のオーナーがこの店を貸してくれることになりました」と話す。


在住香港人も認める本物の味
店の一番人気は「黯然銷魂飯(香港チャーシュー目玉焼き飯)」。広東省特産の柱侯醤(チューホージャン)を使うなど調味料にもこだわり、クセのない程よい味つけが特徴だ。分厚く切られたチャーシューはトロトロの目玉焼きとの相性も抜群で、柔らかな肉質がたまらない。メニューにはほかにも、冬の王道ローカルグルメ「煲仔飯(香港風釜飯)」や、香港式おでん「滷水雜錦(ルウスイの盛り合わせ)」など、高級広東料理とはまた違った、香港ならではの地元料理が並ぶ。
最低でも月に2回は来店するという大阪在住香港人の常連客に話を聞くと、「大阪にはいくつか香港料理店があるけど、ここはホンモノ。私は5年以上香港に帰っていないんですが、地元の味が恋しくなったらわざわざ電車に乗ってここまで食べに来ます」と語ってくれた。

一番人気の「香港チャーシュー目玉焼き飯」

オリジナル蒸籠で運ばれてくる「ハチノスと大根蒸し」

香港式レモンティーは苦味・雑味なしで日本人好み
今後の夢は?
最後に、サロミさんの今後の夢について聞いた。「日本の人に香港料理をもっと知ってもらいたいですね。日本人は香港料理と聞いてもあまりイメージが湧かず、どんなものか分からないという人が多くて……。台湾料理は有名になりましたが、香港料理はまだまだ知名度が低いと感じます」。
食べ歩きが趣味というだけあり、店のインスタグラムではサロミさんおすすめの関西グルメ情報も紹介している。近くへお越しの際は、大阪の香港家庭料理をぜひ味わってみてほしい。
蓮蓮
大阪市西区九条1-6-4
www.instagram.com/renren_japan




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