深センものがたり 第7回

2019/01/02

深セントレンド
80年代初期

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深セン改革開放は1978年頃から始まり、80年代より多くの人々がやってきた。当時の男性服は黒や緑が主流であるが、深センは高温多湿気候のため白シャツがトレンド。

女性は、上海や北京の80年代女性ファッションで色鮮やかさがトレンドとして登場するが、その波は深センには到達しなかった。地方から職を求めて深センへ来た彼女たちにはファッション等を楽しむ余裕は無かった。

 

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改革開放政策による日本の娯楽文化(映画やTV作品)が開放され、当時の中国で最も人気だった俳優は、日本の男優高倉健。1979年、映画『君よ憤怒の河を渉れ(華題:追捕)』が中国でも上映され(8億人視聴)、主役高倉健と共にヒロイン中野良子は人気女優に。また、山口百恵主役のTVドラマ「赤いシリーズ(赤之伝説)」が放映され、彼女は中国男性のアイドル的存在になった。

 

健さんの髪型は “角刈り(オッサンカット)”のイメージ、現代でも中国男性に角刈りが多いのは健さんの影響であろうか…。

春節帰省

 

 

80年代後半

東門露店

東門露店

広州の衣料業者が深セン中心街の東門へ進出し、色鮮やかな布地や衣服を低価格で売り出した。これに飛びついたのは地方から来た女工さんたち。給料のほとんどが郷里への仕送り金で消える当時、彼女たちは残った少しのお金でささやかなファッションを楽しみ始めた。

当時、深センへ来た現在40代後半の女性曰く、「200元の給料もらって5元のシャツとサンダル買うのが精いっぱい、でも買って嬉しかったのは今でも思い出すよ」。

 

深南道

深南道

筆者はこの頃に深センへ初上陸したが、街中工事の砂ぼこりと、主線道路を歩く水牛以外の光景は思い出せない…。

この頃、青年たちがベルボトムジーンズを穿き始めた。必須アイテムのファッショングラス(トンボ眼鏡)をかけて東門街をブラブラするのだ。

 

 

90年代前半

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深センにもようやく華やかなファッションが登場。トレンドに敏感な女性が増えて、(センスはともかく)街は華やかになってきた。

当時を知る人によれば、街へやって来るのは圧倒的に女の子が多く、(相も変わらず)ベルボトムとサングラスで飾った青年たちは人気者だったとか…。

ちなみに携帯電話はまだ普及してなく、公用電話待ちに行列ができていた。

 

 

 

 

休日は街へ

休日は街へ

 

 

90年代後半

トレンドリーダー

トレンドリーダー

欧米スポーツブランドが深セン市場に進出。街にはブランド広告が拡がり、ファッションもプリントTシャツやジャージスタイルがトレンドに。スポーツカジュアルはプロポーションレベルが高い女性にはよく映える。

生活水準が向上してブランド品を好む傾向になるが、同時に登場したのは、ニセモノブランド品と非正規版DVD(多くがコピーもの)だった。

治安の悪化も進むが、若者たちは街へ繰り出し、ますます余暇を楽しむようになった。

この頃から女工さんたちは化粧も楽しむようになってきた。

 

 

女工の私服もオシャレに

女工の私服もオシャレに

2000年以降、深センのトレンド事情はすごいスピードで移り変わるのであるが、次月に続く…

 

 


宮城 紀生

深セン在住18年のベテランコンサルタント
宮城 紀生
[email protected]

WAYA

深セン華日(ワーヤ)コンサルティング
会社設立・運営、法律相談、会計財務税務
深圳市福田区深南大道6021喜年中心A610

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