深センものがたり 第3回

2018/09/05

 

深センで遭遇の出来事(後半)

 

2004年末 地下鉄1号線開通

遊園地の乗物のようにワクワクしながら感動の初乗車。多くの乗客はケータイで実況中継するのでうるさい。「窓の外は真っ暗だ」、「バスより速えぇ〜」。「今どこ走ってるって?わかんねぇ、たぶん地下だ」。

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2006〜07年 不動産投資とマイカーが増大

筆者の中国人友(月給当時数千元)が金融機関からマンション購入資金の融資を受けた。日本人上司「へえーすごいな、マンション買ったんだ(お前がなんで買えるの?)」、ローカル部下「部屋貸しますよー(相場より高い家賃でねー)」。
マイカー購入ブーム、幹線道路は渋滞が増えたと同時に”譲らない精神“で交通事故も増大。上司「最近遅刻多いぞ」、部下「毎日事故渋滞なんですよ〜」。

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2008年 春節大寒波 

深セン観測史上初めての大寒波到来。帰省の交通機関は立ち往生。広州や羅湖の駅では運転再開まで駅構内で三日三晩数万人が並んだまま待ち続けた。「新年快楽!故郷はどう?」、「まだ深センの駅、ここで春節を迎えたよ〜新年快楽!」。休みなしで働いた駅員たちの活躍はこの後に政府推奨の映画になった。

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2010年 やまぬバブル

国家の莫大な経済支援策の資金が不動産市場に流出。深センでも投機目的のにわか資産家が増大。価値が数年で4〜5倍に上昇。深セン1人あたりのGDPは全国第1位となる。人件費もウナギのぼり※。企業の撤退や倒産はこの後も相次ぐ。
※ウナギのぼりとは…物事の程度が急に上がること。鰻は急流でもさかのぼるから。

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2011年 ユニバーシアード開催

開会式寸前まであちらこちらで突貫工事。深センの街が突如(センスはともかく)カラフルに変化。多くの浮浪者も追い出され、幹線道路沿いの街は美しくなった。毎年深センでユニバーシアード※を開催して欲しいと思った。
3月発生した東北大震災後で多くの日本人留学生が深セン大学にやってきた。例年数十人の日本人留学生が、なんと数百人になったとか(ほとんどは半年足らずで帰国)。
※ユニバーシアードとは…世界の大学生が集まるスポーツ競技の大会。学生たちのオリンピック

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2015年 8月株価バブル崩壊

株価バブル崩壊にも関係なく深セン市民の投資意欲は止まることなく元気。通信やハイテク産業界では、深センは実質的に第二のシリコンバレーとして世界の注目を集める。また、人民元の突然の切り下げにより日本へ中国観光客が大挙して押し寄せた(爆買いの始まり)。

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最初の上陸89年から90年代を思い起こせば、まさかこの街に住むなど思わなかったが、気付けば17年も住んでいる。住めば都なのだろうか…。

 


宮城 紀生

深セン在住17年のベテランコンサルタント
宮城 紀生
[email protected]

WAYA

深セン華日(ワーヤ)コンサルティング
会社設立・運営、法律相談、会計財務税務
深圳市福田区深南大道6021喜年中心A610

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