熱き深センの”草”サッカー 4

2017/11/30

深センで歩む元Jリーガー“第二のサッカー人生”

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今回のコラムは、“深センの草サッカー”ではない。深センのプロチームで 活躍後、深センでこどもたちのサッカースクールを開校した楽山孝志氏を紹介させていただく。

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2011年、中国スーパーリーグの“深セン紅鑽”の監督に元日本代表監督のトルシエが就任。元日本代表巻誠一郎と楽山孝志の両選手も入団のニュースが入った。たまたま観ていたTV放送で「日本人の中国スーパーリーグ初ゴォ〜ル!楽山〜」とアナウンサーが叫ぶ。数日後、友人の紹介で会った相手が巻選手だった(驚)。「メシでも食おう」となり、巻選手が「僕の友達も一緒にいいですか?」で、来たのが楽山孝志氏だった。数日前にTVで観た“日本人の中国スーパーリーグ初ゴォ〜ル”の彼との出逢いである。

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J1千葉ではオシム、広島ではミハイロヴィッチ、そして深センではトルシエ、世界でも著名な指導者の下でプレーした楽山氏。深センでは3年間トルシエ戦術の唯一の理解者としてチームの中心となり大活躍。13年末現役引退。その後も深センに残ることを決意。翌14年春、「TCF楽山サッカー塾」を開校。元J“リーガー第二のサッカー人生”の歩みが始まった。

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「僕は深センを愛しているし、ここで最高の日々を過ごしている。引退後、この街にどう貢献していくべきかを考えた。」。中国スーパーリーグは近年、潤沢資金を背景に多くの大物外国人が加入し発展しているが、楽山氏は中国サッカーの真の発展はプロを目指す若年層からの正しい指導が必要と考えた。 彼は日本式のトレーニングを導入。子どもたちのプレーへの考え方に刺激を与えるよう心掛けた。パスやシュート等の技術をもっと教えてくれと子どもの親が注文するが、彼は「何をするべきか自分で考えて判断させる」事を指導し続けた。現在では親たちも彼の指導の良さを理解し、開校時は10数人の生徒が今や300人を超える。

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彼は指導者としても類稀な資質がある。10〜12歳チーム初の対外戦、前半は相手チームに一方的にやられ、うなだれてベンチに戻ったこどもたちへ、楽山コーチの檄が飛ぶ、「下を向くな!〇〇〇〇〇!」、そのアドバイスで後半戦は見違えるようなチームに生まれ変わった。今や他のチームを圧倒する技術に加えて強さ逞しさが備わっている。

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指導を通じて自分のことは自分でやる、と言う自立成長に繋がる大事なことも教える。中国では一人っ子が多く、家ではなにもかも親がするそうだが、こどもたちを連れて日本合宿へ行った時は、着替え、洗濯、食事の後片付け、自分のことはすべて自分でやらせたそうだ。

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楽山塾のコーチ選定は厳しい。正しい基本技術に加え“人間性”を重要視する。園児からジュニア世代を指導するコーチは性格も大事。これにも彼のブレのない信念を感じる。
楽山氏の夢は、日本人と中国人の教え子たちが共に国の代表選手になること。彼はこの地で立ち止まる事なく確実に歩んでいる。

TCF楽山塾
電話:136-8266-0069静静
ウェブ:www.tcfclub.net/ftindex.html
メール:[email protected]

宮城 紀生
深セン在住15年のベテランコンサルタント
宮城 紀生
[email protected]

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会計財務税務の実務、法律相談
深圳市福田区深南大道6021喜年中心A610

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