殿方 育児あそばせ!第56回「番外編:紆余曲折の一時帰国」

2022/08/31

殿方育児あそばせ

7月末、大好きなゴルフで約1年ぶりに自己新を更新した私は浮かれていた。「運を使い果たす」という言葉を、間もなく体感することも知らず……
前回で長男編が一段落、今回からは長女編の予定でしたが、私は今、神奈川県厚木市のホテルでこの原稿を書いています。と言う訳で番外編です。

中国大陸にお住まいの方はご存知と思いますが、6月末に水際対策が大幅に緩和されました。日中双方の隔離期間を合わせると、2ヶ月近く会社に不在となってしまう事実に勇気がなく、2020年1月から、ひたすら広州に逗まり続けていた私ですが、今回の緩和を受けて一時帰国を決意したのでした。2年8ヶ月がどのぐらい長いかと言うと、母親は心臓のバイパス手術を受け、長男は大学を卒業して社会人となり、長女は高校を中退するという大サプライズ、ついでに愛犬の金太郎が十八歳の大往生と、それはそれは、やはり結構な長期間である訳です。連絡なんかいつでも取れるし、TV電話だって出来ると言いながら、そこはそれ、やはり家族に会えるというのは嬉しいものです。
仕事の段取りとの兼ね合いも考え、8月3日出発の17日戻りでチケット手配すると、なんと自動アップグレードで帰りはビジネスクラース!日頃の行いが良いと(批判は受け付けません)南方航空まで私の一時帰国を祝ってくれるのね!と自然に鼻歌が出る始末。同僚や得意先の方々からも「よかったね~」と言われ、猛暑の天河区をスキップで闊歩する始末。日本における感染爆発の兆候を伝えるニュースは見てみぬフリをして迎えた、一時帰国前最後の週末、冒頭の自己新記録で私の浮かれっぷりは「はぐれメタル※1」を三匹連続で倒したぐらい最高潮に達してしまっていたのである。
雲行きが怪しくなったのは出発の二日前、日本入国に必要な72時間前PCRを終えた時だった。
「17日の南方航空帰り便がキャンセルになりました的」
「え?」
「24日便も満席なので31日便になります的」
「え?」
「17日の全日空も、19日の日本航空も満席的」
「え?」
「一番早いのは21日の深圳航空です的」
「え? 俺のビジネスクラースは?」
「没有了」
「快適隔離生活の友和ホテルは?」
「也没有了」
私は日本行き自体の取り止めを覚悟した。息子は「あっそ」と身も蓋もない返事だったが、長女は残念がってくれた。最近劣化が激しい父親を気遣っての芝居だったかも知れないが……。
翌日、私は総経理に一時帰国自体の取り止めを申し入れた。やはり感染リスクの高い日本に強行して万一感染した場合、仕事への復帰が大きく遅れてしまうからだった。が、総経理は長期に一時帰国出来ていない私を気遣って「帰った方が良い」と言ってくれた。日本で感染し、最悪のケースになった場合の仕事の段取りも含め、「なんとかなるから」と背中を押してくれ、私は予定通り一時帰国出来る事になった。その事を伝えた長男は「はいよー(首絞めたろか)」、長女は「よかったやーん」と言ってくれた。芝居かも知らんけど。
と言う訳で、今日は日本における2日目。中国にいる時は「国際関係や経済的影響を考えたら、いつまでもゼロコロナを継続すべきじゃない」などと、したり顔で言っていた私だが、なんちゃってウイズコロナの日本に来てみると、街や電車の中で見かける人達すべてが無症状感染者に見えて怖いのだ。ショッカー※2に改造された本郷猛※3のように、私は知らぬ間にスーパーゼロコロナマンにされていた。あと数日仕事関連のスケジュールをこなしたら、やっと家族に会える。それまでは街角でアルコールボトルを見かける度にシュポシュポやりながら、なんとかやり過ごそうと思う。スクリーンショット (1738)

※1はぐれメタル 往年の大人気ゲーム『ドラゴンクエスト』に登場する、群れからはぐれたメタル系スライム。防御力が高く逃げ足も速い。倒すにはかなりの幸運が必要だが、得られる経験値は通常のメタルスライムの10倍にもなる超レアキャラだ。
※2ショッカー  往年の大人気テレビシリーズ『仮面ライダー』に登場する、世界征服を企む悪の秘密結社。ショッカーといえば「イーッ!」の叫び声を発するアイツらと思いがちだが、アイツらはあくまでも戦闘員だ。
※3本郷猛    往年の大人気テレビシリーズ『仮面ライダー』に登場する、仮面ライダー1号に変身する主人公。知能指数600!スポーツ万能!だったからショッカーに拉致されちゃったと。ショッカーに改造されたのは肉体だけだ。


スクリーンショット (587)

松浦儀実

1966年兵庫県生まれ淡路島育ち。2009年に小説「神様がくれた背番号」を上梓、同作は漫画化連載され、日本文芸社よりコミックス全三巻発売中。広州駐在十二年目だが臭豆腐とドリアンは未だに食えない。かつて広州に存在したヘヴィメタルバンド「東京女神」でボーカルを務めるがメンバーの帰任であえなく解散。天命を知らないどころか、惑いっぱなしで、恐らく未だ立ってさえいない55歳、阪神タイガース原理主義者。

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