殿方 育児あそばせ!第51回

2022/07/20

殿方育児あそばせ

怪我したママと葉子と私 其之五

神沼昇壱

殿方よ、どんな困難もエピローグを迎える。胸を張って――

前回までのあらすじ
もうろうとする頭でろくに分別もせず詰め込んだスーツケースを引きずって二人の待つ病院を目指す。DIDIドライバーのおかげで何とか入院付き添いの条件であるPCR検査のタイムリミットに間に合った。そこでようやく自分の力でなく、他者の助けを得ることで困難を乗り切ることが出来たと気がついたのだった。

昨夜、葉子と延々と上り下りした階段を上って入院病棟へ向かうと、朝陽が射して違って見えた。郭先生の計らいの良さであろう、入口の看護婦さんは私が来ることを知っていた。ありがちな「入れる、入れない」の攻防は無く、PCRの結果が出たら教えてくれとだけ言ってすんなり通してくれた。病室につくとママは目を覚ましていたが、夜中に麻酔が切れたあと傷口が痛んであまりよく寝られなかったと言う。ベッドに横たわったままの姿は少し痛々しかった。ベッドは一人用のごく小さいものであったが、葉子はママの隣の小さなスペースで片時も離れようとしない様子――意思を感じた。

朝ごはんを食べていない葉子のために食事を頼むこととなった。入院食のサービスもあったが、使い慣れたフードデリバリーを使うこととした。以前からよく注文をしたことのあるお粥の店からお粥と油条、小籠包など選んで出前を取る。これなら葉子も安心して食べられる。私も馴染みのお粥を口に運ぶとホッとした。重病人であればともかく、入院中に好きなものが食べられるというのは、良し悪しは置いといて時代が変わったものだと感じた。(ママは幸運にも外傷で済んだため手術から一定時間後、すぐに食事が許された。特に複雑な指示はなく、辛い物、脂っこい物は避けるように言われた)

名目上は看病に来た事になっている私は、患者の身の回りの世話をはじめ、三度の食事の配膳、飲み水の補充、スーツケースに準備しきれなかった生活用品の購入など調達係(全て出前だ)、点滴の監視役など張り切ってこなした。他にも葉子の身の回りの世話と遊び相手も兼任したが、次の日にはママの体力も回復し、ベッドから降りて歩けるほどになり葉子の世話もママがした。私はただの調達係兼、葉子の遊び相手となった。

葉子――ついこの間、2歳になったばかりの子ども――にとって病棟での生活は息苦しかったのではないだろうか。コロナ禍では本来なら子供の宿泊は認められないところを特別に許可してもらったこともあり、廊下をうろつけばすぐに看護婦さんからお叱りを受けるのだった。病室から一歩も出てはいけないということだが、子供にそれを強いるのも無理があった。はじめのうちは、看護婦さんの監視の目を気にしながら、出前を取るときだけこっそり葉子を連れて行って階段を下りて、また昇ってくるということをやっていた。入院生活は合計4日間と短いものではあったが、2日も過ぎれば葉子の度胸も据わってしまい、朝晩問わず一人で病室から出て行ってしまうので、私はその後を追いそのたびにスリルを味わった。

退院直前のころになると、傷は痛むがママは完全に元気を取り戻し、それを知ってか葉子もリラックスした状態となり、わがままを言ってママを困らせるほどだった。私はママの指示で出前を取ったキャンディで気を引き、葉子のわがままをなだめようとした。私たちは日常へと戻っていった。

――今となっては思い出。これから先、さらなる困難が待ち受けようともまた3人で一歩一歩乗り切っていけたらいい。そんなことを想いつつ、この話はここでエピローグとしようと思う。寝息を立てる葉子と、テレビドラマを見て笑っているママを眺めながら――。photo


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神沼昇壱(かみぬま しょういち)

随筆家。広州在住の日本人。2002年に中国に渡り留学と就職を経験。その後、中国人女性と結婚した。2021年現在一児の父として育児に奮闘中。

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