殿方 育児あそばせ!第43回

2022/06/01

殿方育児あそばせ

 

高校に入学し寮生活を始めた長男。甲子園に出場し3年秋のドラフト会議では上位指名を受けて……
しかし、全ての夢が永遠に続くわけではない。
本人はもとより、妄想型能天気親父も少しずつ現実に気づき始めていた。恐るべき我が遺伝子は長男の身長を165cmで急停止させ、順調に伸びていた球速も135キロ前後で停滞していた。かたや後にドラフト指名を受ける読売の平内※1や、ヤクルトの寺島投手※2など少年期に鎬を削った同級生たちは、この頃には明らかに別格の活躍を見せるようになっていた。頂に近づくほど険しさを増す道、ただ絶望するわけではなく、現実は現実として受け入れながら、長男の甲子園を目指す日々が始まった。
スクリーンショット (1274)1年生大会ではエースナンバーを背負って準決勝に進出し、今をときめく山本由伸※3率いる都城高校に2-1で惜敗するなど、順調な高校野球生活をスタートさせ、私は毎日送られてくる彼の野球日誌を見るのが日々の楽しみだった。
幸福は鉢植えの小さな花。毎日眺めては成長を噛みしめるもの。かたや不幸とは晴天の霹靂。にわかに湧いた黒雲から耳をつんざいて訪れるのである。
長男の高校野球生活は監督の交代で別の物語となった。彼をスカウトした監督が甲子園から遠ざかっていることを理由に解任され、OBの元プロ野球選手が鳴り物入りで就任した。
地元の英雄が凱旋した影響は絶大で、長男の1学年下には地元中学の有力選手が挙って入学し、新監督は自らがスカウトした彼ら1年生をあからさまに優遇した。有力校の裏側は非常にシリアスで、1年生の重用によって父母会が荒んだ。上級生の父母と新1年生の父母との間に対立構図が生まれ、イジメに近しい嫌がらせや裏掲示板での陰口はとても選手たちに見せられるものではなかった。更に新監督がTV局の取材を受けた際に「地元の子供たちだけで甲子園に行きます!」なんて笑顔でぶちまけてしまったものだから、今度は上級生の父母の中で地元組と寮生組の間で抗争が勃発。チームバスの運転手まで巻き込んで、深作欣二※4さえ腰を抜かすような仁義なき戦いが巻き起こったのである。
肝心の我が長男はと言うと、冷遇されながらも「自分がマー君※5やダルビッシュ※6くらいスゴかったら関係ない」と、父親とは似ても似つかない前向き発言をし、私は思わずDNA鑑定しようかと考えた。実際、冷遇組の中では、まだ出場機会も多かったのだが、ある日、「サイド(横手投げ)に転向しろ」と突然、監督から告げられた。野球に詳しい方ならご存知と思うが、この転向指令は、本格派投手を諦めろという事と同義である。子供時代から藤川球児の火の玉ストレート※7に憧れ続けていた長男は、この監督指令に大いに逡巡した。結果的には「自分が後悔しない方選んだらええやん」という私の言葉が背中を押してしまい、長男は転向を断り、それを機に登板機会は激減した。それでも腐ることなく、毎日野球日誌を送り続ける長男に、私はかけてやる言葉にさえ苦労するようになった。
やがて最終年度を迎え、甲子園を目指す春を迎えても、父母会は崩壊したまま、長男も殆ど登板機会の無い状態が続いていた。そんな中迎えた夏のシードを賭けて戦う春季大会の初戦。エースナンバーを得た2年生投手が無名校相手に初回から炎上、五点リードされて迎えた二回も無死二三塁のピンチ、リリーフは長男だった。
長男はピンチを無失点で脱すると、その後も試合終了まで相手をほぼ完璧に抑えた。チャンスを待ち続けた臥薪嘗胆の日々、ついに巡って来たチャンスで見せた矜持。夜に電話で報告を聞き、親子で喜んだ。ビールが美味い夜だった。そして……
それが長男の高校生活最後の公式戦登板になった。

まだ続きます(汗)

※1読売の平内 平内(へいない)龍太、23歳。兵庫県明石市出身のピッチャー。読売巨人軍在籍。背番号は11。
※2寺島投手  寺島成輝、23歳。大阪府茨木市出身のピッチャー。ヤクルト・スワローズ在籍。背番号は18。
※3山本由伸  岡山県備前市出身のピッチャー、23歳。オリックス・バッファローズ在籍。背番号は43⇒18。
※4深作欣二  クエンティン・タランティーノも崇拝するほどの日本の偉大なる映画監督。「暴力を描くことで暴力を否定しよう」という考えのもと、『仁義なき戦い』『バトルロワイアル』シリーズなどの他、幅広い作風の作品を世に出した。
※5マー君  前回も出てきた投げるのがすごい人、田中将大。
※6ダルビッシュ  ダルビッシュ有、35歳。大阪府羽曳野市出身のピッチャー。日ハムからアメリカ・メジャーリーグ数団を経てサンディエゴ・パドレス在籍。背番号は11。
※7藤川球児の火の玉ストレート  高知県高知市出身のピッチャー、41歳。阪神タイガース在籍時の背番号は30⇒92⇒22⇒(メジャーリーグ等から阪神復帰後)18⇒22。「火の玉ストレート」とは浮き上がるように伸びる驚異のストレートのこと。


スクリーンショット (587)

松浦儀実

1966年兵庫県生まれ淡路島育ち。2009年に小説「神様がくれた背番号」を上梓、同作は漫画化連載され、日本文芸社よりコミックス全三巻発売中。広州駐在十二年目だが臭豆腐とドリアンは未だに食えない。かつて広州に存在したヘヴィメタルバンド「東京女神」でボーカルを務めるがメンバーの帰任であえなく解散。天命を知らないどころか、惑いっぱなしで、恐らく未だ立ってさえいない55歳、阪神タイガース原理主義者。

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