殿方 育児あそばせ!第38回

2022/04/27

殿方育児あそばせ

 

怪我したママと葉子と私 其之二

殿方よ、世の中捨てたもんじゃあ無い――ここ、中国でも。

前回までのあらすじ
ベッドから転落したママの連絡を受け、震え上がった私であったが、男としての使命を果たすかの如く向き合った。ママのケガに普段とは違う緊張感を悟り、ママをなだめる葉子を連れて向かった病院への道のりは渋滞、着いた病院では整理券という障害が待っていた。なりふり構わず強引に急患を受診、迅速に婦人科の先生の診断を勝ち取った――
私は周囲の人から温厚、落ち着いているとよく言われる。やさおとこのイメージで通っている様だが、ママはそれは大間違いだと笑うことがある。現に中国生活において理不尽なことがあれば我を忘れて怒鳴り、抵抗することがある。冷静さを欠く、よろしくない性分だが今回はそれが役に立ったのだ。私自身、自分はこの時のために存在したとすら思った。男には、絶対に引いてはいけない時があると学んだ。
――婦人科の先生は、「直ぐに診断するので安心してください」と、やさしく対応してくれた。その間に整理券だけは取ってきてくれと言うので、素直に受付に行った。先生は私の大学の時の恩師と同じ名前。真摯な態度と相まって、私は冷静さを取り戻すことができた。
受付は長い行列。これを待っていたらどれだけの時間を食ったのだろうとゾッとした。暫くすると先ほどの婦人科の先生が受付まで降りてきて、「あなた、並んでる場合じゃないわよ!」と叫び、受付にすぐに整理券を出すよう伝え、さっさと戻っていった。状況もわからず診断室へ戻ると、すぐに手術をする必要があると告げられた。診察を受けられたことで、一息ついていた私にノーガードの衝撃が走った。まさに仰天だった。
先生によると、患部の腫れがひどく、出血も続いているため、今すぐにでも手術する必要が有るとのこと。それで先生は慌てて、受付で悠長に並んでいる私を探しに来たという。レントゲンを撮りに行くため普段からママにべったりの葉子を引き離す必要があったのだが、この時はなおさら難しかった。私が葉子を抱っこしてもママのそばに居たい葉子は泣きじゃくり、私の腕を振りほどく。見かねた先生が私の代わりに葉子を抱き上げあやしてくれた。この時の恥ずかしさときたら今もたまらない。葉子を手なずけられそうになく、この場所から逃げ出したい気持ちと、子育てをサボっていたであろう真実が浮き彫りとなったことによる羞恥心、そして、自分は十分に子育てに参加していなかったという現実に、反省の念も交じり入り乱れた。ついさっきまで強気だった私はビビり、縮こまってしまった。スクリーンショット (998)
そんな時、ママは強かった。「スマホで葉子がよく観ている童謡の動画を流せ、おなかが空く頃だから出前を取って食べさせろ、オムツを交換する必要があるか調べろ。」とレントゲン室に入っていった。
ママがそばに居なくなったことに気付いた葉子は遊んでいたスマホを置き、ママを探して大泣きしていた。私のあやしなど全く歯が立たず、途方に暮れていると、先生と看護婦さんが来て葉子を見てくれた。そんな無力な私は、その間に出張を同僚に任せる連絡などをした。
レントゲンの後も診断が続き、手術内容など説明を受けた。臓器には問題はないということが分かり、安堵したのもつかの間、ママは手術後には、数日間入院の必要が有り、しかしコロナ禍では子供の宿泊は認められないという。
葉子を連れて私一人で数日面倒が見られるのか――私はこれから起こりうることに想像をめぐらせたが、葉子を家まで連れて帰ることすらままならないことが明白となった。だが、心折れそうな私に救いの手が伸べられた。特別な状況として先生が病院側に掛け合ってくれるという。さらに看護婦さんは、わざわざ葉子に羊のぬいぐるみを用意してくれた。
続く


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神沼昇壱(かみぬま しょういち)

随筆家。広州在住の日本人。2002年に中国に渡り留学と就職を経験。その後、中国人女性と結婚した。2021年現在一児の父として育児に奮闘中。

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