殿方 育児あそばせ!第22回

2021/12/22

殿方育児あそばせ

 

私の箱入り娘

ありがちなネタだが、我が家の箱入り娘を紹介しよう。
小葉子その人である。もとい、近頃はママのしつけが厳しくなり「葉子」と呼び捨てとなった。
2歳の誕生日を迎える前後から彼女のやんちゃぶりは加速を始め、今では以前のおとなしかった小葉子は影をひそめた。
部屋中を駆け回り、ベッドをトランポリン代わりにして、大声で高らかに笑う。ヨーグルトを顔に塗りたくりパックにしてみたり、こぼしたジュースで水遊びをしてみたり、靴とか、服とか、自分の身体とかに落書きしてみたり。外へ出れば全速力で走りだしたかと思うと、次の瞬間には高いところに上ったりと、私をハラハラドキドキさせる。スクリーンショット (60)
ママも私も非常に手を焼いているのだが、そのやんちゃぶりは我々の想像をこえていた。
しかし、これも成長のあかしととらえ、以降はこのエッセイの中でも葉子と呼ぶこととしよう。
ところで、「箱入り娘」という娘は、どういう娘だっただろうか。
世間一般的には、上品なお嬢様のような良いイメージがあるのではないだろうか。私のパソコンに入っているスーパー大辞林によると、しまい込むようにして大切に育てられた娘――とのことだ。以前までは、本当の意味で箱入り娘だったかもしれない。私たちは小葉子を本当に、傷がつかないよう、繊細に、大切に育てていたことは間違いない。
しかし、今の――葉子にいたってはそのような事はない。やんちゃのあまり箱に入ってしまったのである。我が家での箱入り娘とは、「やんちゃくれ」の意味となるだろう。
そんな我が家は最近、市街地から郊外へと引っ越しをした。これは、葉子のやんちゃぶりが市街地の窮屈な生活を限界突破したとも解釈できる。スクリーンショット (61)スクリーンショット (59)
市街地では、外を出歩こうにも、何しろ人や車が多い。加えてフードデリバリーの電動バイクがそこら中から突っ込んできて、すれすれを行き交う。
この環境では安心して外で遊ばせることはできない。駆け回ることすら危険で、限られた範囲でしかできないのだ。
郊外に移ってからの葉子は、のびのびと外を駆けまわり、そのやんちゃぶりに磨きをかけている。初めてこちらに越してきた日の葉子の笑顔と、はしゃぎようと言ったら、もう私は一生、忘れることはないだろう。スクリーンショット (62)
今回の引っ越しを選択したことは、たいへんな幸運であった。
何を隠そう私自身、田舎の出身だ。子供のころ実家は、大きな庭があり、周りは畑と田んぼしかなかった。虫をとったり、泥遊びをしたり、小川でザリガニ釣りをしたりと、いわゆる野山を駆けまわり育った身である。私にとっては当たり前の世界だったが、広州の市街地で生まれた葉子にとっては、そういった広々とした大自然の中での生活があるなどとは想像もつかないのではないだろうか。さすがに大自然とまではいかないが、今まで葉子には窮屈な思いをさせてきたことをすまなく思った。
今、我々の生活は、便利で過保護でクリーンな箱から、少し不便で埃っぽい、しかし開かれた世界へ移った。
そこには、大きな空が広がっていた。やんちゃのあまり箱を突き破ってもらいたいと思った。


スクリーンショット 2021-07-20 143351

神沼昇壱(かみぬま しょういち)

随筆家。広州在住の日本人。2002年に中国に渡り留学と就職を経験。その後、中国人女性と結婚した。2021年現在一児の父として育児に奮闘中。

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