花様方言 Vol.197 <やばい言葉たち>

2020/09/09

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 バカ族という人たちがいる。往年のひょうきん族の仲間、でなない。アフリカ中部に住む民族であり、バカ語を話す。このバカ族が最近、少しだけ注目された。新型コロナウイルスの関連でセンザンコウの名前が出たからだ。ヒトの感染者とウイルスのゲノム配列が99%一致する、云々。密猟密輸密売(3密)で絶滅が危惧されるセンザンコウは人工飼育が難しい。だからこの動物の研究には生息地の森に暮らすバカ族の知識と協力が必要なのである。25年くらい前、日本のテレビが現地でバカ族を取材したのをバラエティ番組で見たことがある。文明社会から離れて暮らし、カメラやラジオを初めて見たというバカ族の映像を見て、ビートたけしが「バカじゃねえの」と言っていた。

 「ばか」は使ってもいいのかよくないのか、よく迷う。NHK『チコちゃんに叱られる!』で、江戸川の黒い鳥、カラスのキョエちゃんは「バカー!」と言っていた。はじめはびっくりしたが、毎回聞いてるうちに「ばか」もついに解禁か、と思えるようになった。(なんといってもNHKである。)しかしキョエちゃんはいつしか「バカ―!」を言わなくなった。どんどん言葉を話すようになり、すると「岡村の嫁探し」という企画が物議をかもした。「嫁探し」は終わってしまったが『チコちゃん』は強気の番組である。イラストレーターの山藤章二はキョエちゃんのコーナーにお便りを寄せて、「NHKは変わった」とほめたたえた。ゲストにもこびることがない。チコちゃん(木村)が笑福亭鶴瓶に「その話、いつ面白くなるの?」とつっこんだときはゾクッとふるえが来た。

(Confirmed)755_Godaigo 岡村は「コロナが収まったら風俗嬢に可愛い子が増える」とラジオで発言して騒ぎになった。笑いは、タブーの線ぎりぎり、というところに生まれるが、うっかり一線を踏み越えると面倒な事態になる。ビートたけしはそのへんの加減をこころえている芸人だ。岡村の発言についても、「ありゃあコロナのネタじゃねえよな、バブルのネタだよ」と批判。(女性蔑視も問題だが)コロナ禍の失業によって生じる「貧富の格差」を笑いのネタにしたと、問題の核心をとらえていた。ビートたけしの「コロナのネタ」は、こんな感じ。「東(東国原英夫)は講演会がゼロだって。講演会呼んでくれるのは地方自治体とかが多いから。安全になってからじゃねえと呼べねえんだ。だから、あいつが仕事で地方行ったら『コロナ落ち着いたな』って思うしかねえよな。あいつが芸能界のカナリアだよ」(危険探知の役目をしていた炭鉱のカナリアにたとえた。東の講演の再開=コロナ収束の目安。)「ソーシャルディスタンスは、スリの予防にはいいよな。近寄ってきたやつがいたら(スリだと)すぐわかる」「アベノマスク届いたんだけど、こんなちっちぇえ(小さい)んだもん、眼帯かと思ったよ」。

 「百姓」がマル禁と聞いたときは、ちょっと困った。本来、漢語の「百姓」は百の姓=多くの人たち、ということで、一般大衆を意味する。それが日本では農民の意味になり、さらに差別語に降格してしまった。(日本では農民は姓を名乗れなかったのに「百姓」とはこれ如何に。)国語学では「百姓読み」という用語を使う。「消耗」は本来「しょうこう」と読んだが「耗」の「毛」(もう)につられて「しょうもう」に変わった。こういう現象が百姓読みである。攪拌(こうはん→かくはん)、洗浄(洗滌、せんでき→せんじょう)など多数あり。「百姓」はNGでも、なぜか「百姓読み」はOKらしい。医学界では「口腔」(こうこう)が「こうくう」と読まれる。医師免許を持つ人に「ほんとは『こうこう』だ」と教えてやったら、「腔」は「空」だから「くう」だろう、と言われたので、「まさにそれを百姓読みという」と言ってやったら、若干、気分を害したようだった。やはり「百姓読み」もよくないのかもしれない。「百姓」は「農業従事者」と言い換えるそうなので、農業従事者読み。(よけい差別的でないかい。)

 百姓であれ、風俗嬢であれ、嫁であれ、今の日本では庶民階級に対する言葉づかいが問題となる。だが恐ろしいのは、皇帝様やお殿様だ。金庸の『鹿鼎記』には、金・清朝成立以降の歴史記述に明朝の元号「天啓、崇禎、隆武、永曆」を使ったとして著者とその家族、書店主、さらには本を買った人たちまでもが斬首された、という話が載っている。金庸自身も、祖先が書いた『維止錄』の「維止」が皇帝「雍正」の字の「頭を切り取った」といちゃもんをつけられて処罰された、という家族史を持つ。徳川家康が、名前を「国家安康」と切り分けられた、と言いがかりをつけた方広寺鐘銘事件に似ていて面白い。

 アメリカで「crazy」がNGにならないのは日本人の感覚からすると不思議だ。この意味に相当する日本語「キ●ガイ」は究極の禁句なのに。トランプ大統領も「crazy」をよく使う。今は大統領選の対立候補バイデン氏を「crazy」と言っている。江戸川コナンは「バーロ!」、灰原哀は「バカじゃないの!」。思うに、日本もけっこう「ばか」が出回っている。関西には「あほ」があるので、仮に「ばか」が禁止になったとしても特に問題はないだろう。漫才に支障をきたすこともない。アホちゃうか。んなアホな。日常会話の香辛料として機能してるのはもっぱら「あほ」のほうだ。「ばか」は関西ではかなりきつい言葉である。関西人の岡村は、キョエちゃんの「バカー!」や「嫁探し」に、耐えぬいた。

 一世を風靡した『8時だョ!全員集合』は裏番組の『オレたちひょうきん族』に視聴率を食われて終了したが、後続の『加トちゃんケンちゃん』が反撃して、逆に『ひょうきん』を終了に追い込んだ。コロナ禍で、バカ殿は逝ってしまった。

大沢ぴかぴ

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