花様方言 Vol. 178<アの話>

2019/11/20

Godaigo_logo

さて、正しいのはどちらか?

①I’m Japanese.

②I’m a Japanese.

冠詞の問題としてよく見るかもしれないが(見ないかもしれないが)、これはまったく冠詞の問題ではない。①の「Japanese」は形容詞である。②の「Japanese」は名詞である。単数の可算名詞には冠詞が必要なので、I’m astudent.のように冠詞が付いている。英語の場合、国名は形容詞になっても大文字のままだ。だから①と②は表面上、冠詞があるかないかだけの違いに見える。で、この2つの文は、両方とも正しい。英米人の多くは①のほうが普通だ、と言うだろう。9割が冠詞なしだ、と断言する人もいる。けれどもそれは、冠詞を付けないことが多い、ということではない。形容詞で言うことのほうが多い、ということだ。日本人の英語はたいがい冠詞を付け忘れるので、ほうっておけば自動的に①と表面上同じになる。
冠詞は、なくても意味が通じるからといって勝手に省いてはいけない、と書いてあるドイツ語の文法書を見たことがある。いい説明だと思った。冠詞を付けるか否かは文法的に(つまり自然に)決まっていて、その状況は言語ごとに異なる。英語では職業や属性を言う場合にも冠詞が必要で、これはヨーロッパ諸語の中で異端だ。「私は学生です」=Ich bin Student(. 独)、Jesuis étudiant(. 仏)、冠詞は付けない。ドイツ語は固有名詞だけでなく全ての名詞の頭が大文字。フランス語も「~人」は大文字で、Je suis Japonais.=「私は日本人(男)です」。形容詞「japonais」(日本の)と同形だが、大文字なので名詞扱いである。ドイツ語では「~人」が形容詞と同形ではない。Japaner=日本人(男)、japanisch=日本の。後者は「Japanisch」と大文字にすれば「日本語」。ドイツ語のこの「-isch」という語尾は大変ありがたくて、国名の形容詞形と「~語」の作り方に関してはこれひとつでほぼ全て解決する。英語の「-ish」はこれに相当するが、英語では「English」とか「Spanish」は言えても、×Japanishとか、×Chinishなどとは言えないのである。
ア スウェーデン語では①②の違いが大変わかりやすい。①Jagär japansk.②Jag är japan.どちらも「私は日本人(男)です」を表し、片や形容詞、片や名詞。(スウェーデン語も昔は全ての名詞の頭を大文字で書いた。日本=Japan、日本人=japan、今は「~人」も小文字。誤植ではない。)北欧語の「-sk」がドイツ語の「-sch」や英語の「-sh」に相当する形容詞語尾である。中国語に当てはめてみてもわかりやすい。②が普通に「我是日本人」で、①は「我是日本的」。後者は、特定の場面を想定するか、あるいは「日本」を別の地名に置き換えた場合に、容易に成り立つことがある。日本語では①はありえないが、あえて言うなら「私は日本の者です」のような言い回しが該当する。2人称でも②「日本人ですか?」と聞くより①≒「日本のかたですか?」と聞いたほうがいい場合がある。ストレートな名詞形より当たりが柔らかくなる(?)という共通性がある。
スウェーデン語の「japan」(日本人、男)の複数形は「japaner」。デンマーク語とノルウェー語では「japaner」が単数で、複数は「japanere」。スウェーデン人は、かつてサッカーで日本に負けた経験がトラウマ(?)になって、いまだに「Japaner, japaner, japaner!」と叫ぶわけだが(前々回参照)、デンマーク人とノルウェー人にとってみれば、これは単数形である。スウェーデン人はたった一人の日本人が怖いのか、と、デンマーク人とノルウェー人が思ってるかどうかは、聞いてみたことないのでわからない。ドイツ語では単・複いずれも「Japaner」だが、単数なら冠詞付きで「ein Japaner」、複数なら冠詞なしで「Japaner」なので明確に区別がつく。英語の「Japanese」も単複同形だ。「I met a Japanese.」なら会った日本人は一人。冠詞を付け忘れて「I met Japanese.」と言ったら、これはもう自動的に、有無を言わさず、複数の日本人に会ったという意味に取られるので、だから冠詞は重要である。では次のうち正しいのはどれか。③I like dog.④I like a dog.⑤I like dogs.普通に「私は犬が好きだ」ならば⑤しかありえない。④は、ある種の犬が好き。③は、冠詞がないので不可算名詞の扱いになる。つまり1匹2匹という体をなしていない犬。犬の一部分とか、ぐちゃぐちゃのミンチ状にした犬…とかの意味で、私は(食べ物としての)犬(の肉)が好き、という場面で使える。「I like Japanese.」は、もしこれを極めて特殊な嗜好を持つ人が言ったのだとしたら(カニバリズムってやつだ)、私は日本人の肉を食べるのが好き、がありえる。日本人の肉の味は…って、2回続けて人肉バラバラ系の話はやめておこう。
かつて日本では、必ず「A happy New Year」と書き、こう言っていた。近年は「Happy New Year」だが、冠詞の付け忘れではない。これで正しい。ただし「A happy New Year to you」のように言うならば、これも正しい。あなたに贈る、ひとつの「おめでとう」だからだ。♪ I wish you a marry Christmas~も同じ。「you」があるから「a」もある。この歌は、~And a happy New Year.としめくくる。この部分だけ一人歩きしたのが、かつての日本の「A happy New Year」だったのかもしれない。この話題は1か月早すぎた。
ピコ太郎の「I have a apple」は「an apple」の間違い、「I have pineapple」は冠詞の付け忘れか、あるいはぐちゃぐちゃにして数えられない形になったパイナップル。では改めて問う。「PPAP」♪ I have a pen~の歌詞の間違いは何か。そろそろ懐かしく感じられるだろう、あの動画をもう一度見てみよう。答は、すべて事実ではない。彼は手に、ペンもリンゴもパイナップルも、何も持ってない。

大沢ぴかぴ

Pocket
LINEで送る