花樣語言 Vol.158 ゲートウェイ

2019/01/23

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山手線の新駅の名前が「高輪ゲートウェイ」に決まって、大不評である。もっとも専門家に言わせると、この「あんまりな名称」は「一夜にして日本中の誰もが知っている新語」となって「この宣伝効果たるや、100億円のキャンペーンに匹敵」するそうだ。「JR東日本は秒速のスピードで数千億円の新規ビジネスチャンスをものにしてしまった」(百年コンサルティング鈴木貴博氏)。確かに不動産ビジネスにかかわる新地名は、六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、越谷レイクタウン…、カタカナが多い。戦後の大型不動産開発は、多摩ニュータウン、千里ニュータウン…、カタカナ「ニュータウン」で始まった。(要するに「新町」だろうが。ミッドタウン=東京中町に、六本木が丘。)

「高輪ゲートウェイ」を非難する声はおおよそ1語に集約できる。「ダサい」だ。この語がなかなかなくならないのは実に不思議である。同時期の「ナウい」や「プッツン」はとっくに死語になってるのに。かつてNHKが、公共放送なのに外来語が多すぎて意味がわからないと、ご高齢の方に訴えられたことがある。裁判は結局NHKが勝ったが、今回のゲートウェイはこれとは全く違う。「ダサい」というのだ。カタカナ外来語がカッコよかった1970~80年代には到底考えられなかったことだ。「ダサい」は今も若者が使う。ゲートウェイはSNS世代の若者たちに嫌われている。高齢者ももちろん嫌いだと思うので、その間に挟まれた、ニュータウン世代の、ミッドタウンやレイクタウンを手掛けた財界の大御所たちと同じ世代の、言葉の感覚なのかもしれない。SNSでバズることを狙うような世代とは思えないので、結構まじめにゲートウェイにしたのではないかと、思うが。

かつての「東京タワー」の命名が、ゲートウェイとよく似ている。一般公募で「東京タワー」は13位だった。「高輪ゲートウェイ」は文字通りケタ違いの130位、そりゃ怒るわな。東京タワーの公募では、上位に、昭和塔、日本塔、平和塔、富士見塔、世紀の塔、下位に、エターナルタワー、エンゼルタワー。当時、外来語は、とても少なかった。前回の東京オリンピックの直前の時代を舞台にしたジブリのアニメ『コクリコ坂から』に、ビーフが何の肉かわからない、という場面がある。あの頃は本当に、多くの日本人が「ビーフ=牛肉」すらわからなかった。その後日本は猛烈な外来語ブームにみまわれる。「タワー」にはいいかげん飽きたか、新しいのは「スカイツリー」だが、これもどうやら、すでに「ダサい」らしい。「テレコムセンター」駅も、「東京テレポート」駅も、「有明テニスの森」駅も、「ダサい」のだとか。カタカナの時代が、去ったのだ。

ゲートウェイは、ゲートウェーでもゲイトウェイでもない。Gateway[ɡéitwèi]の、同じ二つの[ei]をなぜ「-」と「エイ」で書き分けるのか。「Norway」という国はノルウェーともノルウェイとも書かれる。外務省は前者を使う。村上春樹の小説は『ノルウェイの森』だが、この題名の元となったビートルズの歌の邦題は『ノルウェーの森』である。実際には大多数の日本人が、ノルウエー、ハイウエー、ブロードウエー、と言っている。2拍の「ウェ・ー」ではない。3拍で「ウ・エ・ー」だ。ウェイもウェーも、ウエーになる。英語には遠く及ばないが日本語もつづりと発音が不統一である。

内閣告示「外来語の表記」(平成3年)によると、「語形にゆれのあるもの」は、どちらでもいいことになっている。ウエディングケーキ/ウェディングケーキ。そして「慣用が定まっているものはそれによる」とあって、【「エー」「オー」と書かず、「エイ」「オウ」と書くような慣用のある場合は、それによる。〔例〕エイト、ペイント、レイアウト、スペイン、…】。スペーン…とは、そもそも言わない。テイブルというのはめったに見ない。テーブルだ。ケーキ(cake)はケイクとは書かない。「gate」は「ゲート」、「way」は「ウェイ」と書く慣用がそれぞれ普及しているので、ちぐはぐな組み合わせになったわけだ。ほとんどの日本人は特にこれを変だとは思っていないはず。「ダサい」は大問題でも、つづりのずれの問題はいいかげんに済ませることが慣用になっている。

同じく内閣告示「現代仮名遣い」には、「原則」として、「エ列の長音」の表記は【「え」を添える】とある。ねえさん、ええ(応答の語)。野原しんのすけは「おねいさん」と言うがあの子供は極めて特殊である。で、「慣習による特例」として、次のような語は長音で発音するかエイと発音するかにかかわらず【「い」を添えて書く】とある。せい(背)、へい(塀)、えいが(映画)、とけい(時計)、ていねい(丁寧)…。実際の発音が「えーが、とけー、てーねー」でも、発音通りには書かない。「ええが、とけえ、てえねえ」もNG。そしてこの、漢字語でのエイとエーの確執(?)が無意識のうちに外来語にも及んでいるわけだ。英文学者は英語っぽく「シェイクスピア」と書くが一般人は「シェークスピア」と言っている。広東語には、寫(セー):死(セイ)、茄(ケー):旗(ケイ)のような明確な区別がある。が、こういう当て字もある。パンケーキ→班戟(kek)、ミルクセーキ→奶昔(sek)。ところで、ノルウェーには「gate」がたくさんある。ゲートとは読まないが、街中「~ gate」だらけと言っていい。Karl Johans gate、Louises gate、Sofies gate…。何のことはない、ノルウェー語の「gate」は「street」という意味だ。これぞ本物の、Gateウェイの森。

 

大沢ぴかぴ(比卡比)

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