花様語言 Vol.147「香港のおなまえっ!」

2018/08/07

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「香港」を略して1字で表す場合は「港」である。港幣(香港ドル)、港鐡(MTR)、港交所(香港交易所=証券取引所)、港九(香港と九龍)、これには100%例外がない。ところが日本人は、多くの場合「香」とする。かつて香港在住の日本人は香港上海銀行を「ホンシャン」と言っていたし、『香港通信』という日本語の香港情報誌は「香通」(ほんつう)だった。そもそも「港」が「香港」の略だと気づいてない人もいる。香港の「機場」(空港)に着くと「抵港Arrivals」という字に迎えられ、香港を出るときには「離港Departures」という大きな字の下を通っていくのだが。

日本人が「香港」を「香」と略すことは香港のクイズ番組で取り上げられたことがある。香港で「三年零八個月」と呼ばれる先の大戦時の日本による占領期間中、「香港」の略として「香」が使われた。港九は「香九」、港督(香港総督)は「香督」のように。番組では理由を「矮小化」だとした。一部の知識人がこう解釈してしまったためこの説はある程度流布しているが、客観的に考えて、当たっているとは思えない。日本人が「香」と略すことに香港を見下したような意識は全くない。『香港通信』の元編集長は高校のときの同級生なので、彼に悪意がないことはわたくし自身よく知っている。もっとも「香通」という略称については読者から投稿があって、「港通」が正しいのでは、と指摘されたことがあった。ごもっとも。あなたは(どなたかは存じないが)真の香港通である。日本人が「香~」とするのは、日本語話者の感覚として、このほうが自然だからだ。「港」は、この字から様々なことが連想されて、慣れないとイメージが香港に絞り込めない。港はほかにもたくさんある。サンフランシスコ「桑港」は「桑」と略すのだから香港は「香」だ。ただし、不必要な誤解を招かないとも限らない。「香督」なんて笑えるし、それじゃあ港姐(香港小姐=ミス香港)は「香姐」か、とジョークも飛ばせるが、配慮が必要な場合もある。「香港」の略称が「港」であることは日本の漢和辞典にも載っている。

香港で使われる「港」の字は、下の部分を「巳」と書く。日本のように「己」と書いたのもあるにはあるがとても少ない。今回はテーマが違うのでこの問題はスルーで行くが、知らなかった、という人は巷にあふれている「港」の字をとくと眺めて確認されたし。これは中国の簡体字でも同じである。さて、「香港」の「港」とは、いったいどこを指したものなのか。え?ビクトリアハーバー「維多利亞港」に決まってるだろ、って?

それは違う。香港が割譲されて島の北側が「港」になったのより「香港」という名前のほうが先だ。明朝の『粤大記』の地図(1596年)に登場した「香港」は島の南側にある別の島、今の鴨脷洲の位置を指していて、19世紀初頭まで、古地図上の香港とおぼしき島には「紅香炉」とか「紅香爐山」、あるいは「紅江」とある。香港近海には「~島」と呼ばれる島は非常に少ない。香港島を「港島」とすることはあるが、常に「島」が付くのは南丫島、周公島、横瀾島ぐらいなものだ。南丫島は博寮洲から改名された新しい名前。蒲台島も蒲台にあとから島を付けた。東龍洲は東龍島とも言うが、大嶼山(ランタオ島)は絶対に大嶼山島とは言わない。「~洲」は「~島」の意味だが、ご丁寧に更に島を付けて、長洲島、坪洲島と言う日本人は多い。古地図では、島名に「~山」がとても多い。赤鱲角のような「~角」、蒲台のような「~台」、馬湾のような「~湾」も多い。台湾も「湾」である。また、塔門、急水門(汲水門)のような「~門」も多く、これは海峡の両側を指した。マカオ=澳門も「門」。こういう命名は島に限ったものではない。陸地側の沿岸部の地名も同様に表される。牛頭角、荃湾、鯉魚門…。山は、陸にあろうが海にあろうが「山」。島はそこにある山や湾や角(岬)に先に名前が付き、それがのちに自然と島自体の呼称になる。島名は必ずしも先行する概念ではないのだ。現代人とは海域のとらえ方がいささか違っている。では昔の漢民族が思った「香港」の「港」とは何か。ちなみにビクトリアハーバーは日本の占領期に「香港港」と改名された。なんというセンスであろう。

「みなと」を表した字は古くは「湊」である。「巷」は街や村の小道を表すのだから、それにさんずいが付いた「港」は本来、水上の道、すなわち水路のこと。それが「みなと」の意味に変わった。鴨脷洲の対岸は香港仔(英名アバディーン)、両者の間には「水路」がある。あの場所は、じゅうぶん「みなと」である。「香港」の元祖はやはり香港仔なのであろう。日本の占領期には「元香港」と改名された。意味は当たってるのだろうが、センスねえよな、ほんとに。

実は日本の「島」も若干、不思議なのである。鹿児島、広島、福島、徳島、三河島、豊島区…、香港近海とは逆で、陸上に、島ではない「島」がたくさんある。また「空港」は、ai(r空)+port(港)の直訳で、戦後から使われるようになった日本語。容祖兒の歌に「空港」というのはあるが、本来中華圏には飛行場を「空のみなと」と比喩する発想はない。

 

大沢ぴかぴ

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