花様語言Vol.143 Kの福音

2018/06/05

アイウエオを日本人はローマ 字で「a、i、u、e、o」と書く。これには一応、方針が明治初期に作られていて、いわゆるヘボン式ローマ字は「子音は英語の音、母音はイタリア語の音(すなわちドイツ語またはラテン語)を採用する」と明記している。すなわちイタリア人やドイツ人や古代ローマ人もアイウエオは「a、i、 u、e、o」と書く、ということである。英語話者は違う。書いてみろ というと、このように書くだろう。Ah(ア)、Yee(イ)、Woo(ウ)、Ay(エ)、Oh・Aw(オ)。かつて野茂投手がメジャーに行ったと き、ドジャースの捕手マイク・ピアッツァは日本語を覚えるためメモにこう書いていた。「Hee coo coo.」=低く(投げろ)。

英語は母音がローマ字と大きくズレているわけだ。では子 音はどうか。カ行音の場合、英語の語彙では、car、king、cute、 key、corn、「i」と「e」の前にしか「k」を書かない。「a、u、o」の前 に「k」を書く単語はとても少なくて、全て外来語である。 kangaroo、kung fu、Hong Kong。この「法則」に気づいている 人はものすごく少ない。skate(スケート)は見慣れた単語だ から違和感がなくなっているが、法則に合わないので外来語である。かつては「scate」と書いたが、古いオランダ語起源と いうことで、ご丁寧にわざわざ「skate」と直した。では、カキクケコを本物のローマの字で書いたらどうなるか。ca、ci、cu、 ce、co、である。古代ローマの著名な文人「キケロー」は「Cicero」と書く。だからヘボン式「ローマ字」というのはウソである。ローマ人、ウソつかない。ローマ人、「k」書かない。

これを引き継ぐイタリア語、フランス語、スペイン語などラ テン系の言語も、外来語以外は「k」を使わない。対して、「k」を全面的に採用したのがゲルマン系民族である。コーヒーはイ タリア語で「caffè」、フランス語、スペイン語、ポルトガル語で「café」と「c」であるが、ゲルマン諸語では、ドイツ語「Kaffee」、オランダ語「koffie」、デンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語「kaffe」と「k」で書く。Africa、AmericaもAfrika、 Amerika。英語はゲルマン系のくせに「c」を使う。coffee。英語のつづりにラテン的要素が多いのは、ローマ帝国の影響と、ノルマン・コンクエスト、すなわちフランス語を話すノルマン人による支配のせいである。イギリスはかつて国王や貴族など支配階級がフランス語話者となった時代が11世紀からおよそ300年続いた。英語のラテン語フランス語かぶれは筋金入りのものなのだ。

ローマ字の起源はギリシャ文字。「k」はローマ帝国の時代にはすでに使われなくなっていたが、「y」は逆に、あとからラテン語に入ってきたギリシャ文字だ。現代英語では「y」はヤ行音および「i」の代用であるが(これもフランス語のまね)本来は、rhythm、type、cycle、cyber、のようにギリシャ語起源の語に使われる字である。「東京」はアメリカでも戦後まで「Tokio」と書かれた。ギリシャ語起源でもないのに「y」で書く理由はないからだ。ヨーロッパでは今も多くの言語で「Tokio」と書かれる。彼らはそもそも「キョ」という発音はでき ない。「Tokyo」と書いたところで読むときはトキオ、トキヨ、ト キュオ、トックヨー、「Tokio」からの進歩は全く望めない。

「Hong Kong」はフランス語やイタリア語でも「K」で書く が、ポルトガル語では「Hongue Congue」がよくある。アイルランド語も「C」で、Hong Cong。ラテン語だとこうなる。 Hongcongum。「Coca-Cola」は南米産の植物「coca」とアフリカ産「kola」の合成語であるが、見た目のキレイさを考慮して「C」で合わせた。「King Kong」は「k」でそろえて、エキゾチック な雰囲気を出す。英語は頭韻がとても重要、つづりにおいても、こだわっているフシがある。確かに「King Cong」だとマヌケに見えるかも。「king」はかつて「cyng」と書いたので、もしその時代にかの巨猿がいたら「Cyng Cong」としただろうか。「ci、ce」が「スィ、ス」と変わってしまったフランス語ではカキクケコは、ca、qui、cou、qué、co、と書く。しかし英語では「qui、 que」は「クィ、クェ」だから、「キ、ケ」に使うわけにはいかな い。そこで、そうだ「k」があった!…と、天啓にうたれたかのように誰かが気づいて、「ki、ke」としたのだろう。ゲルマン魂への回帰か。(グーテンベルクの活版印刷と宗教改革が影響し たはず。)かくして英語は「c、k」混交になった。cake、cookie、 Coke、などは1語の中に仲良く同居している。呉越同舟なら ぬ、ラテン・ゲルマン同舟。

かくして英語のつづりは益々複雑になった。ひとつの字を何種類にも読み、同じ音を違う字で書き分け、読まない字を 書き(high、autumn、climb)、余分に字を重ねる(egg、kiss、 staff)。はたして蜂をわざわざ「bee」とする必要はあるのか。 こういう問題に直面したシェイクスピアは苦悩の跡を作品に残している。蜂は「be」と書くべきか、それとも「bee」とすべきか。この葛藤から生まれた名言がこれだ。To be, or not to be: that is the question(. …くれぐれも本気にしないように。)

大沢ぴかぴ

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