花樣語言Vol.134 めでたい話

2018/01/29

めでたいから鯛。賽銭には五円(御縁)。縁起の良いことにはダジャレがつきもの。こういう語呂合わせが概して後付けで、いかに新しいものであるかは、
ちょっと考えてみればすぐにわかることです。

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日本が通貨を「円」と定めて五円金貨を初めて作ったのは明治4年、だから賽銭の五円は絶対に江戸時代やそれ以前ではありえません。明治初期の5円は1年分以上の米の価格になるので、そんな高額を投げ入れるやからはいませんから、物価から考えて、やはり戦後に広まった風習とみるべきです。日本語の形容詞の歴史で、終止形「めでたし」連体形「めでたき」が音便によって「めでたい」のような形に変化するのは平安時代。鯛はもっと昔、万葉集の時代、いやいやもしかしたら縄文時代からすでに日本人にとってめでたい魚だったので、めでタイから鯛、というのも後付けです。そもそも鯛は旧仮名では「たひ」、この発音は万葉以前の時代には「タピ」ですから、タピは、めでタシ、では文字通りシャレにもなりません。タピ→タフィ→タウィ→タイと変わったあと、つまり中世以降に、言葉の上でも鯛はメデタイになったのです。中世京都の「カリ活用」から発展したのが九州の「めでたか」。めでたくあり→めでたかり→めでたか。これも「シャレ」にはなりませんが、名古屋弁なら、テァ(鯛)は、めでテァ。ちゃんと語呂が合います。めでたしめでたし。

恵方巻を切らずに丸かじりするのは「縁が切れないように」。具に、かんぴょう、キュウリ、しいたけ、伊達巻など7種類を使うのは七福神にちなんで「福を巻き込む」。巻かれて食べられる七福神はたまったものではありませんが、七福神もまた、7人セットで人気者になったのはそんなに古い時代ではありません。富士フイルムのCMが広めた、などと極論を展開する人もいます。♪お正月を、写そう。ポン!(確かにあのCMは恵方巻よりは古い。)サンタクロースの服が赤いのはコカ・コーラの宣伝のせい。この手の都市伝説は「コークロア」と呼ばれます。

日本では、七不思議とか七つの呪い、七人みさき、七つ道具、のような「7」は「一揃い」を表し、八百万(やおよろず)、千代に八千代に、ヤマタノオロチ(八岐大蛇)のような「8」は「数が多い」ことを表します。後者のほうが古いのですが、「7」でも特に古い「七草」はおそらく中国のある古い習慣が伝わったもの。「七宝」は仏教。地域によっては「八福神」もあり、また、七福神の由来を中国の「八仙」に求める考えもあります。「8」は中華圏ではめでたい数。また「9」も「九龍壁」などがあり、「久」に通じる幸運の数字です。中華圏では「9」が「苦」を表すということはありません。広東語圏では「狗」(イヌ)も「久」と同音になるのでイヌ年の結婚は吉とされます。夫婦仲が久しく続きますように。2013年1月4日は「1314」で「一生一世」、これは香港だけでなく中華圏全体に、結婚式はぜひこの日にと話題が広まったのですが、あまり発音が似てないという苦情も多かったのです。地域による発音の違いが大いに影響しますが、そのわりにはよく広まったものでした。人は、めでたいものを求めるのです。

七草といえば春と秋ですが、冬の七草というのもあって、これが冬至のカボチャに大いに関係してきます。大阪では冬至に「ん」の付くものを食べるので、ナンキン(カボチャ)。これは「冬の七草」が冬至に適用された「運盛り」に由来して、ひな祭りの菱餅やお月見のダンゴなどに相当する、お供えです。このように小道具や調度で生活や儀式の場を作るのが「室礼」(しつらい)。「ん」=「運」と語呂合わせして、さらに「ん」(運)が二つ重なるということで、次のものが冬至の七種(ななくさ)とされたのです。なんきん、れんこん、にんじん、かんてん、ぎんなん、きんかん、うんどん(うどん)。漢字で書くと、南瓜(南京)、蓮根、人参、寒天、銀杏、金柑、饂飩。すべて漢語であり(「ん」が二つもあるような語は概して和語ではありません)、野菜など食べ物は舶来品がもてはやされたことがうかがい知れます。寒天は日本でできた食材です。また大根も本来「おおね」という和語だったのですがダイコンと音読して、外来食品のごとく粉飾しています。現代でも、さくらんぼをわざわざチェリーとしたり、ご飯を状況によって「ライス」と言ったり。外来語の食材には食指が動く、という考えがなんとなく日本にはあった(ある)のではないでしょうか。ともかく、冬至には「との字」の付く、とうなす(カボチャ)に豆腐、という江戸の単純な語呂合わせよりは奥があります。

恵方巻には、恵方「ロール(巻)ケーキ」などの便乗商品があります。あんなものを切らずに丸ごと恵方を向いて黙々と一本たいらげたら、コレステ「ロール」による動脈硬化と高血糖で、正月の餅による窒息死以上の犠牲者を出すことになります。節分の巻(まき)物なら、すでに定番のものがあるじゃないですか。豆まき。

大沢ぴかぴ

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