花樣語言 vol.123 漢字ドリル

2017/08/29

『うんこ漢字ドリル』というのが小学生に人気です。情報機器がいくら進歩しても漢字の手書きはまだまだ必要、ということで子供たちは今も国語の時間の多くを漢字学習に使っているのです。漢字の勉強を少しでも楽しく、というのが『うんこ漢字ドリル』。

A

周期、周回、周遊、などの「周」と、週末、週刊、週日、などの「週」、これらはIMEの日本語変換機能なら絶対間違えることはありませんが、かつて手書きの時代には、子供も大人も、けっこう間違えていたのです。中華圏では「周」と「週」の区別はない、ということを前回書きました。実は日本でも混同されやすかったわけで、誤字は同音語において起こりやすい、というのは普遍的な性質。区別が負担になるような無理な書き分けなら、自然に消えてなくなります。

意味の区別が失われれば、それすなわち異体字です。「遊」と「游」。陸地を行くのがしんにょうの「遊」、川や海を行くのがさんずいの「游」、というのがかつての区別、それが「遊」のほうに統合されて、現在、常用漢字表に入っているのは「遊」だけ。中華圏で「游泳」と書かれる、「泳ぐ」意味がはっきりしている場合でも日本では「遊泳」です。中国の簡体字では逆に「游」のほうに統合で、「遊」は廃止。だから『西遊記』は今の中国では『西「游」記』なのです。香港では、浮遊は「浮游」、遊離は「游離」、「遊・游」を一応使い分けますが、舟あそびを「游船河」とも「遊船河」とも書くし、ビクトリア・ハーバーのクルージングは「維港遊」、大いに混同が見られます。「遊」と「游」は、「斿」という一つの字から生まれたもの(「游」が先で「遊」があとです)。部首が付いて一旦は意味が分かたれたものの完全な定着には至らなかった、グレーゾーンに浮遊~浮游している異体字です。ちなみに「遊学」というのは「留学」と同じ意味。あそび目的の留学ではありません。船で行くと游学、野を越え山越え陸路はるばる行けば遊学、じゃあ飛行機で行くなら…、となってしまうので、やはり陸海空どれも「遊」ひとつで足りそうです。なお中華圏で「あそぶ」は「遊」ではなくて「玩」。日本でも野球の遊撃手(ショート)は、あそんでいるわけではありません。

部首の付加と、そして「当て字」は、漢字の歴史そのものです。前回登場の、「豆」の異体字「荳」。もともと「豆」はマメの意味ではなくて、祭壇に供え物をするのに使ったりする、高脚の器「たかつき」を表した象形文字です。「豆」がマメを表す当て字として使われるようになって、区別のため草冠が付けられたのです。その後、祭器の「豆」が使われなくなったので混同される心配がなくなり、草冠は不要となって「荳」はほとんど使われなくなった、といういきさつ。

同様の過程を経て作られた字はとても多いです。「雲」は、もともと「云」だけ。「云」が「言う」の意味に当て字されたので、本来の「くも」の意味のほうに「雨」を冠したのです。「寺」は本来「手を使って処理する」すなわち「持つ」の意味。それが「役人が仕事を処理する所」(役所、のちに仏教の寺)になったので、区別のため手偏を付けたのが「持」ですが、もともと「寸」も「手」を表しているので、「手」が二重に付いています。「國」は本来「或」、「地域」の「域」に通じる字。「或」が「或(ある)いは」として使われるようになったので、「囗」で囲って「國」。中身を「玉」に変えたのは、國(コク)と玉(ギョク)、日本語漢字音で韻が共通するから。だから「国」は日本製の漢字です。日本製の熟語は中国にたくさん入っていますが、日本の略字をそのまま取り入れたのはこの「国」ひとつだけ、といわれています。『ジュラシック・パーク』が『侏羅紀公園』、日本語みたいだ、と思った人、多いでしょう。その通り、「侏羅紀」(ジュラ紀)は昔の日本の学者による当て字です。「羅」を「ラ」と読むのは日本語。中国語なら、北京語音「ルオ」、広東語「ロー」なので、『羅馬(ローマ)浴場』(テルマエ・ロマエ)、『所羅門的偽證』(ソロモンの偽証)のように「ロ」の音に使われるのです。

「植民地」は中華圏で「殖民地」と書かれます。「植民」は、日本の「同音の漢字による書きかえ」ではありません。江戸時代の頃のオランダ語「フォルク(ス)・プランティン」(民を植える)からの造語です。漢字本来の解釈では「植」は植物に使い、動物や人には「殖」を使うので、中華圏のほうで「植民→殖民」と書き直されたのです。ところで日本の国語辞典は「花」の説明が、最近はオックスフォードなどイギリス系の辞書にならって「植物の枝や茎の先端にある、色や形の美しい部分」のように変わってきていますが、以前はどの辞書もアメリカのウェブスターの古い翻訳の孫引きで、「植物の生殖器官」のようになっていたのです。男子小学生の心をつかむキーワードは「うんこ」と「ち●こ」なのだそうですが…(『うんこ漢字ドリル』は女子にも人気だそうですけど)。生殖器を、生「植」器、と書きかえたなら、草食系っぽくなってイヤラしさがいくぶん薄れるような気がします。

大沢ぴかぴ

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