花樣語言 Vol.116 キョンシー世代

2017/05/23

花樣語言 Vol.116      ゾンビ企業、とか、ゾンビ肉、という用語が経済関連の記事などに登場します。経営破綻してるのに政府の支援などで存続している会社がゾンビ企業、加工食品などに使われる数年前あるいは数十年前の肉がゾンビ 肉。これらは 中 国で は「キョンシー企業」「キョンシー肉」というのだ、と書く日本人記者たちの筆にはほのぼのとした感情が込められていて、ああこの人も、そしてこの人も、キョンシー世代なのだな、と、記事を読みながらほほえましく感じてしまいます。

香港のキョンシー映画がはやったのが1980年代後半、日本では特にテンテンちゃんの台湾製お子様向けテレビドラマ『来来! キョンシーズ』が子供たちに大人気で、あの頃は日本中の小学生が両手を前に上げてぴょこぴょこ飛び跳ねていたのです。キョンシー世代は今や社会人となって、各界で活躍中なのですね。わたくしはもっと前の、ミスター・ブー世代ですが、リッキー・ホイが出ている『殭屍先生』(霊幻道士)にはいたく感動して、恐らく20回以上は見ていてセリフは全部覚えています。

キョンシーは漢字で「䈜屍」。「僵尸」という字もあって、硬直した死体、という意味。これが動いて、血を吸うわけですね、ああコワい。歴史的には「僵尸」のほうが古くて、2千年前の『漢書』に出てきますがこれは普通の死体。西遊記では妖怪で、三蔵法師たちに襲いかかって孫悟空に退治されます。「䈜」の意味として、『康煕字典』が載せている「死不朽也」(死んでも朽ちない)というのが、個人的には気に入っています。だって、このほうがキョンシーの説明にぴったりじゃないですか。

1955年、中国は「第一批異体字整理表」で「䈜」を「僵」、「屍」を「尸」の異体字としてまとめましたが、これは、同音であっても意味まで全く同じということではありません。簡体字の制定で「發」(発)と「髮」(髪)が両方とも「发」、そして「麺」が「面」とされても、中国の食べ物屋で売っている「面」はお面や「顔」ではなくて麺です。

日本では「尖端」を「先端」と書きますが、中国語では「尖」と「先」は同音ではないし、書き換える理由は存在しません。「尖端的科学」を日本語式に「先端的~」としたら、変です。日本語の「蒸留」は「蒸溜」の書き換えとされますが、香港では「蒸餾」を使っています。嘘だと思ったら今すぐコンビニかスーパーに行って、ワトソンズや維他のペットボトルを見てください。「蒸餾水」と書いてあります。この食偏は飾りやアレンジではなくて、昔から中国ではご飯や饅頭を蒸すという意味でこの字を使ってきたのです。それに広東語では「餾」と「留」は声調が違うので同音字ではありません。簡体字にもちゃんと「馏」というのがあります。「蒸溜」は「蒸して溜める」、「蒸餾」は「蒸す」と「餾(む)す」の連語による熟語。香港では「溜」は「ながれる、すべる」の意味で「溜冰」(スケート)として使われています。ほかに、日本人がうっかり使ってダメ出しされやすい日本式書き換え、脈拍(脈搏)、連絡(聯絡)、知能(智能)、交差(交叉)、回復(恢復)、綿花(棉花)、食欲(食慾)、関数(函數)、死体(屍體)、風光明美(風光明媚)、それこそ鬼の数ほど、いや、キョンシーの数ほど、大量にあります。

數→数、體→体、などは1対1で対応する略字なのでまだいいのですが、屍→死、溜・餾→留、などは複数の字の統合なので、厄介なのです。「屍」(尸)は、これ1字で死体を意味する字。しかばね。一方の「死」は「死ぬ」という意味。もともと意味の違う字であるのみならず中国語ではとにもかくにも「屍」と「死」は同音ではないので、互換性はありません。中華圏の人が感じる「死体」という日本式書き換えの違和感がだいたいどんな感じか、これを日本人の側から体感してみるなら、ちょうど中国も2001年に「第一批異形詞整理表」(「字」ではなく今度は「詞」)というのを作っているので、その中の、骨董→古董、などがいい例ではないでしょうか。北京語音では「骨」と「古」が同音なのです。広東語では同音ではありませんが香港でもかねてから「古董」を使っています。ちなみに「骨董」はもともと、物が水に落ちる音などを表した擬音語で、それが宋代に「こまごまとした雑物」の意味になって、近代以降、骨董品を表すようになったのです(ホネとは関係ありません)。昔の人にとって骨董品とはガラクタのことで、特に価値のある物ではなかったのでしょうね。

日本の常用漢字表の2010年の改定では「潰」「臆」「毀」などが新たに加えられ、かつて書き換えられた、壊滅、崩壊、憶測、名誉棄損、などが元通り、潰滅、崩潰、臆測、名誉毀損、と、堂々使えるようになったのですが、死からよみがえったこれらゾンビ漢字軍(群)によってもたらされる新たな混乱、「カイメツ」は「壊滅」か「潰滅」か、などという論争はまたしばらくの間、避けられないでしょうね(ちなみに香港では壊滅は「毀滅」、崩壊は「崩潰」)。次の改定では「屍」も復活するかもしれません。これぞまさしくキョンシー漢字。

大沢ぴかぴ

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