花様語言 vol.113です。よろしくお願いいたします

2017/04/12

映画『君の名は。』が売れて、書店では小説版も売れて、前作『言の葉の庭』に続いて『小説・秒速5センチメートル』までもが平積みで売られています。香港はコメから車から家電から、何から何まで輸入していますが本も輸入でまかなっています。英語の本はアメリカやイギリスから来ます。漢字の本は、同じ繫体字圏である台湾から来ます。特に翻訳小説の類はほとんどが台湾発行、また中国の古典や近代文学も多くが台湾で出版されたものです。同じ言語圏、文字圏での書籍の流通はヨーロッパなどでは普通で、フランスの本はスイスやベルギーのフランス語圏に、ドイツの本はオーストリアやスイスのドイツ語圏に流通しています。昔は川端康成など日本の文学を読む香港人は(ものすごく少なかったですけど)みんな英訳で読んでいたのですが、今では多くの日本文学が台湾で翻訳されて香港に流通しています。また、「輕小説」という、和製英語の「ライトノベル」をそのまま訳したジャンルそのものが入ってきていて、どの書店にも専用の書架があって日本人作家の翻訳本がずらりと並んでいます。

 

『小説・秒速5センチメートル』の翻訳の題は『小説・秒速5公分』。「公分」はセンチメートルの台湾での表記で、香港発売の広東語版BD/DVDは『秒速5厘米』です。高校生が学校指定のホンダ・スーパーカブで登下校する種子島のことが書かれていて、この「オートバイ」にあたる訳語が小説では「機車」です。香港では「電單車」、中国大陸では「摩托车」(摩托=モーター)。中華圏では自転車の呼称そのものがかなり多様で、台湾でも使っている「腳踏車」(腳=脚)というのがもともと中国大陸で最も広範囲に使われていたのですが普通話に選ばれたのは「自行車」。台湾には「孔明車」というのもあり、中国南部には広東語圏の「單車」のほか、「線車」「鋼絲車」などがあります。「機器腳踏車」を縮めたのが台湾の「機車」。「単車」は日本ではオートバイですが広東語圏では自転車。香港ではオートバイはあまり普及していません。ひと昔前なら「幪面超人」(仮面ライダー)の乗っていたカッコいい乗り物、または『天若友情』でアンディー・ラウ扮する「華Dee」が乗った憧れの乗り物。

花様語言 587

新海誠監督は電車が好きなのでしょうか。電車や駅や踏切が全ての作品に出てきていると思いますが。同じ東宝の勝ち組映画『シン・ゴジラ』の庵野秀明監督(エヴァンゲリオンの監督です)が『君の名は。』を、そして『シン・ゴジラ』を新海監督、と、逆にしてみても面白かったと思います。「かけこみ乗車はキケンです!」のシールがドアに貼られたキラキラ輝く山手線がゴジラに突っ込む、とか。…それはともかく、台湾の翻訳では山手線などはそのまま「電車」なのですが、香港では「電車」とは路面電車、トラムのことです。香港の空港内を走っている電車、あれも「電車」とはいわないのかと空港職員に確認してみたことがあります。やはり「電車」ではないそうです。「火車」だと断言されました。このように香港の用語は台湾の本と違っているものが多いのですが、これで問題はないのでしょうか。英語圏でも、地下鉄はアメリカで「Subway」、イギリスでは「Tube」。台湾と香港程度の違いは、まだまだ許容範囲なのかもしれません。でも、香港の人たちが村上春樹を漢語翻訳で読むとすると、「歐巴桑」(オバサン)などという、香港では絶対使わないようなコトバに出くわすわけです。赤川次郎など推理小説のタイトルに多かった日本語そのままの「殺人事件」、これを実際の殺人事件のときに本気で使おうものなら、変なやつだと思われることでしょう。

 

「日本人が使う誤字」だとして、よく「占領」の「占」が挙げられます。香港では「佔領」であり、「うらない」の「占」とは違います。台湾では「占領」を使うのですが(小説『君の名は。』の翻訳にも出てきます)、もともと「占」は四角い土地に旗を立てていることを表した象形であり(口+卜)、古代中国では「占領」の意味にも「占い」の意味にも、両方に使ったのです。このような漢字の認識の違いによるズレもあり、また本物の誤字もあります。『小説・秒速5公分』に、「櫪木」が出てきます。このコラムでも数回取り上げましたが「櫪木」(←栃木)は「渉谷」(←渋谷)と同じく常に香港の新聞やテレビなどで間違えられてきた地名。こんな意外なところで台湾が香港と同調していたとは。もっとすごいのは広東語版DVDの「櫪木」と言っているところの字幕が「効木」になっていること。わたくし、「櫪木」という誤字がたいへん気に入っていて、わざわざ栃木市まで行ってみたことがあります。そう、ちょうど『秒速~』の主人公と同じように、電車に乗って。これって、いま流行りの「聖地巡礼」になるのでしょうか。

 

秒速5センチメートルとは、桜の花びらの舞い落ちる速度のこと。アニメではこれの描写がものすごくきれいです。この季節、日本から離れて暮らす人の心をなごませてくれますが、『君の名は。』とは違って、ラストに近づくにつれ、秒速で切なくなります。

 

大沢ぴかぴ

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