花樣方言 区別ということ

2017/02/01

ヒナ前前前回のおさらい。

「彗星が二つに割れよる」
「彗星が二つに割れとる」

前者は割れている最中もしくはちょうど割れようとしているところで、後者はすでに割れている状態。京都大阪を除く西日本の大部分でこのようなアスペクトの言い分けが可能であることは以前書いた通り。「関西」を除く…としない理由は、神戸や奈良や和歌山には区別があるからです。もっとも和歌山などでは「おる」のほか「ある」を多く使うので「割れやる」vs「. 割れたる、割れたある、割れちゃる、割れちゃある」(割れて+ある)、奈良北部では「割れてる、割れとる」vs「. 割れたる、割れたある」となります。紀州弁では「先生あるかい」「ここに先生はないで」のように、人も「ある、ない」で言います。

京阪の言葉は全国のテレビで毎日のように聞けるのに、意外と、正しく知られてはいません。西日本の人は大阪や京都に引っ越すと、そこで初めて「おる」のニュアンスの違いを知ってカルチャーショックを受けたりします。関西内部の地域差については関西人でも関心の度合いに差があって、「関西弁」とひとくくりにするのは主に大阪人、対して京都人は一般に、京都弁と大阪弁の違いには敏感です。「来る」の否定形が、「きやへん」→「きいひん」となるのが京都、「けえへん」となるのが大阪。京都は「そやけど」で、大阪は「せやけど」。これらは言語学の用語でいうと京都弁が順行同化、大阪弁が逆行同化を起こしていることになるので、確かに両者の音韻は逆向きに発展してきたことになります。また、動詞の尊敬語は京都が「言わはる」「書かはる」なのに対して大阪は「言いはる」「書きはる」。かつて、論語の大阪弁訳というので「先生は言わはった」(子曰)というのを見ましたが、孔子様ほどの偉人だと大阪弁でも京都風に「言わはる」なのでしょうか。もっともこれはアクセントで区別されます。京都の「言わはった」は●●○○○、大阪弁では●●●○○。「行きました」なども京都は●●○○○、大阪は●●●○○。京都人か大阪人かは瞬時にわかります。

香港には広東語のほか、客家語、潮州語、台山語、閩南語、鶴佬話、圍頭話、など様々な言葉があります。広東系、福建系、または北方由来と、多様なこれらの言葉を広東語話者がいっしょくたにして「どれも一緒や」などと言うことがあるのはめちゃくちゃアバウトな感じがしますが、これにはそれなりの理由があります。例えば、李、死、美、起、旗、のような語群は広東語では、レイ、セイ、メイ、ヘイ、ケイ、のように母音が[ei]ですが、広東語の周囲で話されている上記のような言葉ではたいがい、リ、スィ、ミ(ビ)、ヒ(キ)、キ、のように[i]です。これは、広東語以外の言葉が申し合わせたように全全全部そろって[i]になったのではなく、逆に広東語のほうが[i]→[ei]と変化したのです。言葉の変化は都市部で起こりやすい、というのは言語の普遍的な性質。だから京都大阪の言葉が周囲と違っているのと同じ理由で、広州の言葉(広東語)も周囲の言葉と違っているのです。広東語話者は[ei]を[i]と言う言葉に田舎くささを覚え、京阪の人たちも「おる」を品のない言葉と感じてしまう、というワケ。

卵が割れよる(ひびが入っている):卵が割れとる(ヒナは外に出ている)。こういう「進行中:完了」の区別ができない言葉が標準語(昔は京都、今は東京)なのは変だ、という類の批評は残念ながら的外れです。状況や文脈でたいがい判断できるし、いま割れてる:もう割れてる、とか、卵が割れる:卵が割れた、でも大丈夫です。逆に、標準語は様々な地域の人たちが使うのだから細かすぎる区別は必要ない、という理屈も論外。ある言葉が何をどのように区別し、また何を区別しないかということと、どの言葉が標準語や国際語になるかは無関係です。ちなみに京阪では「いる」を400年以上前から使っていて、現在の東京標準語の「いる」とは、これも無関係です。

日本語で書いたものが英語などに翻訳される際、翻訳者から「これは単数か複数か」と質問ぜめにあうそうですが、しかし問われるのはほとんど単数でも複数でも文章の解釈にはさして影響がない個所です。でも英語では、影響があろうがなかろうが全ての語について単数か複数かどちらかに決めなければならないのです。そういう宿命を負った言葉なので。ハリー・ポッターの翻訳で、ハリーの「おば」は母の姉なのか妹なのか、作者に確認をとった上で「妹」と訳したそうなのですが、第7巻で原書に年上と書かれて、日本語訳に破綻が生じることになります。作者のJ.K.ローリングはおそらく当初は「sister」が年上でも年下でもどうでもよかったので場当たりで適当に答えたのではないでしょうか。芭蕉も、古池に飛び込んで水の音をたてた「かわず」が1匹か複数かなど問題にもせずに句を詠んだと思います。

大沢ぴかぴ

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