花樣方言 人間…

2017/01/17

人間東京の街の描写が美しすぎると評判の『君の名は。』。電柱、ブロック塀、アスファルトの道路にガードレール、金網に囲まれた公園、およそ景観美とは無縁の東京の風景をキレイに描いた最初のアニメはジブリの『耳をすませば』だとされますが、そのあたりの事情に詳しいファンならば『海がきこえる』こそが元祖であると評することでしょう。新海誠監督の最近の作品と20年前のジブリ作品を比べると、何かと共通点が多いことに気付きます。飛騨弁にこだわったのが『君の名は。』ならば、土佐弁の方言劇なのが『海がきこえる』。これの土佐弁指導は、ナウシカや、『ルパン三世 カリオストロの城』のクラリスで不朽の名声を博している島本須美さん。コナンのお母さんの声でもあります。そう、クラリスもナウシカも、土佐弁ができるのです。風の谷は、あてが守るぞね!

宮崎駿監督の『カリオストロの城』は今や時代を超えた名作と称されますが、かれこれ40年近く経って、さすがに言葉遣いには古さが目立ってきています。「宇宙中継」という言葉、20年前頃なら「衛星中継」ですが今はこれさえもほとんど聞かなくなっています。’60年代の流行語だった「人間蒸発」は’67年に今村昌平監督の映画の題名になり、『カリオストロの城』にも「途中で蒸発することはよくある」と出てきます。ウルトラセブンの第34話「蒸発都市」(’68年)の「蒸発」も同じく「人が突然行方不明になる」という意味。戦後の高度成長の時代、東京に働きにきていた若者の失踪事件が多発したそうで(恐ろしい時代だ)、そういった世相の中から生まれてきた、「神隠し」の現代版、都市型バージョンが当時の新語「人間蒸発」だった、というわけ。『千と千尋の神隠し』も30年早く作られていたら、千と千尋の人間蒸発、だったかもしれません。

香港に「人間蒸発」が入ってきたのは、今村監督の映画と、そして特に甘國亮さんによる小説『人間蒸發』(’84年)が大きなきっかけではなかったかと思います。2000年には映画、’05年にはテレビドラマの題名になり、’13年には中国でも、監督が香港人で大部分が日本ロケの『人间蒸发』が作られています。忘れられそうになった頃には必ず、忽然とメディアに躍り出てきて存在を主張するフシギな言葉。「人間蒸発」が香港でなかなか蒸発しないのには、それなりの理由があると、わたくしは考えます。

「人間」という語の意味が、日本語と広東語(中国語)で違っています。日本でも「人間」には二つの意味があって、一つは「人」という意味、もう一つは「人の住む世の中、世間、人間界」という意味。後者は仏教用語で、「じんかん」と読むのが正式です。日本では「人間」はほとんど前者の意味で使われるのに対して、香港(や中国)では100%後者の意味で使います。だから「人間蒸発」は「人の世において蒸発する」「世の中から消え去る」のように解釈されていて、単発の流行語ではなく、数ある「人間○○」という生産的な熟語パターンに迎合して、よって完全に忘れ去られることがないのです。香港でよく使われるのは、人間天堂、人間地獄、人間有情、人間妖域、などで、それぞれ意味は、この世の天国、この世の地獄(生き地獄)、渡る世間に情けあり、人界の魔境(蘭桂坊の別称。最近の少しヤバいイメージから生まれた)。いずれも日本語式には解釈できない、漢語的発想による表現です。この構造にたまたま「人間蒸発」がうまくマッチしてしまった、というわけ。格闘技系の「人間兇器」もやはり「人間界の凶器」のように思われているはず(「凶器」は香港では誤字になります。「兇器」です。なお「器」の中は「大」ではなく「犬」)。植物人間や透明人間は「植物人」「透明人」。複音節語としては主に「人類」を使います。人間工学は「人類工効學」「人體工學」など。妖怪人間ベムの心の叫び「早く人間になりたい!」には案の定「在人間甦醒」(人間界に蘇生)のような誤訳がありますが、「成為人類」(ニンゲンになりたい)というご名答もあります。

妖怪人間ベムのタイトルは『妖怪人間』と直訳(訳してない)ですが、意味が通るように「妖怪人」や「半獸人」というのもあります。「人間」のように意味が違っていてもなかなか気付きにくいという語は結構あって、例えば「地下」。住所に「地下」とあるのを見て、こいつ地下に住んでるのかと思ったり、「地下」への降り口が見つからず右往左往したり。香港で使われている「地下」の意味の多くは「1階、地階」のことだと早くに気付く人と、気付かぬまま何年も暮らす人と、2種類います。「太古城」という住所のためお城に住んでると思われる人がいるようですが、日本にも「シャトー」(フランス語、城)や「パレス」(宮殿)や「グランパレス」(大宮殿)に住んでいる人はいます。

RADWIMPSの新アルバムは、『君の名は。』のヒットにあやかって香港でも好評発売中ですが、タイトルの意味の解釈は日本人と香港人で違っているはずです。ラッドの新アルバム、その名は『人間開花』。

大沢ぴかぴ

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