花樣方言 筆菠蘿蘋果筆

2016/11/23

PPAP「海外のヒットチャートを振り返ると、“ピコ太郎的”な一発芸は、そんなに珍しくないのですね」。音楽評論家の石黒隆之氏は『女子SPA!』の記事の中でこのように批評して、「メロディなし歌詞の意味なしで、大ヒット」した例として「Boom Boom Pow」(2009年)、「MMM Bop」(97年)、「Whoomp!(There It Is)」(93年)を挙げています。音楽評論家が評論して、ビルボードホット100やCNN、BBC、そしてギネスブックまでが「PPAP」を「歌」として扱っているので、やはりあれは歌なのでしょうかね。(歌だとしたら、どんな音痴にでも歌える歌です。)

歌詞がイミフ(意味不明)だというのは、流行歌でなくても、長く歌い継がれている民謡や童謡にはよくあることです。「ずいずいずっころばし」や「かごめかごめ」、八重山民謡「安里屋ユンタ」の、♪マタハーリヌチンダラカヌシャマヨ~。また、歌でなくても、人々に広く受け入れられている語呂のいい言葉には語源のわからないものが多いのです。「アブラカダブラ」も「ハンプティ・ダンプティ」も「キングコング」も鬼太郎の「ゲゲゲ」もイミフ、世界で最も使用頻度の高い語といわれている「OK(オーケー)」も意味不明です。PPAPには、意味不明の語はひとつもありません。Pen、Apple、Pineapple、みんな意味がわかります。この場合、「意味」の意味が違うのですけど。

PPAPは、[p]音の語呂合わせを楽しむ、一種の押韻歌です(ついに「歌」であることを認めたな)。石黒氏が挙げた「歌詞の意味なしで大ヒット」の歌の題名は、子音は全て唇音[p][b][m]であり、それに円唇の半母音[w]と、そして母音も円唇母音を表す「o」と「oo」だけでできていることを、石黒氏ご自身、お気付きだったでしょうか。唇音系、特に[p]音は日本語の歌でも、ゲラゲラポー、ゲバゲバピー、ピーヒャラピーヒャラ、ポッポッポ鳩ポッポ、聞いて面白く歌って楽しい音として好んで使われます。「アップル・パップル・プリンセス」(1981年)をご存知でしょうか。♪アップル・パップル・ピップル・ポップル・ピプパペ~。また「クラリネットをこわしちゃった」では、フランス語の原曲の一部が語呂がいいとして気に入られ、そのまま残されています。♪オーパッキャマラードーパッキャマラードーパオパオパ~。これは実はでたらめのフレーズではなくて、フランス語を知っていれば簡単に意味がわかります。もとは軍隊の行進曲、「仲間(兵士)たちよ、歩を前へ、進め、進め」と歌っているのです。「パ」は「足、歩」。意味ではなく音を楽しむのも歌。♪ペンパイナッポーアッポーペ~ン、[p]音の連続に意味あり。ピコ太郎という名前も[p]音です。

ピコ太郎は「I have a pen」に続いて「I have a apple」と歌っています(また「歌」と認めたな)。しかし、正しくは「an apple」です。母音の前では「an」になる、という中学1年の最初に習う基礎的なことを、日本人は忘れてしまうのですね。PPAPは早くも世界中の人たちがYouTube上でカバー(?)していますが、英語話者は「an apple」と歌っています。彼らには「a apple」と言うことのほうが難しいのです。これが文法というものの本性であり、原曲に忠実に正しく間違えて歌える(ややこしい!)のは日本人ばかり。デスノートの死神リュークも「a apple」と歌っているので、彼もまた日本人なのですね。冠詞「a」「an」は数字の「1」からできたものなので(というより英語の「1」の古い形は本来「an」であり、「one」はなまった形。更にこれを「ワン」と読むのはケント州あたりの方言の影響と推定されます)、母音の前で「n」が付く、のではなくて、逆に、母音以外の前で「an」の「n」が落ちる、ととらえたほうが起源的には正しいのです。フランス語、スペイン語、イタリア語では「un」、ドイツ語では「ein」、オランダ語では「een」、いずれも数字の「1」。ただし英語と違って「n」は脱落しません。ピコ太郎は「I have pineapple」のところでは「a」そのものを抜かしています。羽田空港国際線到着ロビーの軽食店には「a chopsticks」という、箸が1本なのか2本以上なのか意味不明の珍しい表記あって、これは蛇足というもの。

中国語では、筆(笔、ペン)、蘋果(苹果、リンゴ)、菠蘿(菠萝、パイナップル)が偶然[p]音系の見事な頭韻になるので、これは歌い甲斐があります。傑作なのは「アラビア語バージョン」で、Ben Bineabble Abble Ben。アラビア語には[p]がないので[b]になる…という理屈はわかりますよ、でもこれ、英語の[p]をただ[b]にしただけじゃないですか。日本語には[v]がないのでピコ太郎の発音では「have」が「hab」ですが、ドイツ語では「Ich habe」、オランダ語「Ik heb」、千年前の英語も「Ic hæbbe」。現代英語「I have」のほうがなまっているのだから、堂々と「ハブ(hab)」と歌いましょう。どうせ「意味のない歌」なのだし。

そういえば「PPW」(ぽけっとページウイークリー)も[p]音の頭韻になっていますね。

大沢ぴかぴ

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