花樣方言 日本の、シン・国語

2016/10/26

シン・ゴジラ今年の夏、ポケモンGOのほかに想定外の大当たりをしたもう一つのモンスターが『シン・ゴジラ』。震災のときの原発事故を暗示しているとして話題になりました。確かに、「想定外」という語が6回も出てきています。

「シン」は、新、真、神、などの意味を含んでいるとのことですが、こういうワザが使えるのも日本語にカナ表記があるおかげ。香港での題は『真・哥斯拉』、日本語とは勝手が違って漢字をどれか選ばなければなりません。普通に考えて「新」だろうと思っていたので、「真」にはちょっと意表を突かれましたね。「哥斯拉」は、香港人なら誰でも知っています。30年以上前からずっとゴジラは「哥斯拉」です。

新と真と神は、広東語でも北京語でも、同じ音にはなりません。音節の数が日本語はだいたい110(モーラ)であるのに対して北京語は約400、広東語には700以上あって、更に声調があるので、漢字は日本語にすると同音だらけになる、という欠点が生じます。掛け言葉やダジャレには好都合なのですけど。日本語で「シン」となってしまう字はほかにも、信、審、心、芯、臣、秦、伸、親、進、振、慎、深、晋、震、申、紳、寝、診、辛、身、侵、蜃、針、津、浸、賑、疹、請、清、辰、娠、唇、薪、森、…このへんでやめておきますが、まだまだあります。ちなみに、クレヨンしんちゃんは「新之助」、おしんのシンは「信」。

深圳の「圳」は、田んぼのまわりなどにある溝という意味で、特に地名として広東省で多く使われています。この字も、日本語で読む場合、「シン」です。辞書によっては「シュン」「シュウ」を載せています。「セン」になってしまったのは、旁(つくり)の「川」(セン)につられたため。このような読み間違いによって字音が変化することを「百姓読み」といって、「消耗」の「毛」につられた「しょうもう」(本来は、しょうこう)や、「攪拌」の「かくはん」(本来は、こうはん)、「洗滌」の「せんじょう」(本来は、せんでき)などがあります。「洗」もまた本来は呉音「さい」と漢音「せい」、そして「輸」は「しゅ」。こういうことを知っていると中国語を覚える際に足を取られずに済みます。広東語でも「洗」は「サイ」、「輸」は「ユ」ではなく「スュ」ですから。「洗滌」と「涸渇」は更に昭和31年、国語審議会の「同音の漢字による書きかえ」によって「洗浄」「枯渇」に変えられ、これによって「せんでき」「かくかつ(かっかつ)」という本来の読み方は完全に葬られたことになります。「深圳」も、いまさら「シンセン」は間違いだと言っても、もう絶対に直らないでしょうね。直す必要も特にありませんし。三省堂と岩波の新しい漢和辞典には、ついに「圳=セン」が慣用音として登場しています。こういった言葉の変化はほとんど不可逆的なものだと思ってましたが、最近、次のような事例を見つけました。

文化庁の「国語に関する世論調査」によると、日本語の慣用句には次のような変化が起こっています。間が持てない→間が持たない。足をすくわれる→足もとをすくわれる。怒り心頭に発する→怒り心頭に達する。押しも押されもせぬ→押しも押されぬ。声をあららげる→声をあらげる。采配を振る→采配を振るう。上を下への大騒ぎ→上や下への大騒ぎ。のべつまくなし→のべつくまなし。出る杭は打たれる→出る釘は打たれる。ところが、青田買い→青田刈り、は、平成16年度の調査では29.1%対34.2%と変化形のほうが多かったのに、平成26年度の再調査では47.4%対31.9%と、もとの形のほうが増えています。熱にうかされる→熱にうなされる、も平成18年度の35.6%対48.3%から平成26年度には57.2%対27.1%と再逆転。的を射る→的を得る、も平成15年度の38.8%対54.3%から平成24年度には52.4%対40.8%。このような復活劇の背後には、「青田刈り」のような言い方は誤りだとする国語学者や文学者の懸命な営業活動があるのかもしれませんが、「的を得る」は三省堂国語辞典第7版などが「的を射る」のれっきとした同義語として載せています。芥川竜之介、夏目漱石、泉鏡花、国木田独歩、幸田露伴、宮沢賢治、石川啄木…などなど名だたる文豪たちが使いまくった「一生懸命」も、本来の「一所懸命」に戻されることなく今日に至っています。

「日本」はニホンかニッポンか、という問題は2009年に国会答弁を経て「統一する必要はない」と閣議決定したのでとりあえず解決しているのですが、ニッポンが正しいと主張する人はまだいます。英米人は「England」「English」の[g]を発音しないことが多いですが、イギリスやアメリカの辞書はこの発音を認めていません。けれども日本には[ˈɪŋɡlənd][ˈɪŋɡlɪʃ]のほか[ˈɪŋlənd][ˈɪŋlɪʃ]の音声記号も載せた研究社と大修館の辞書があって、とてもシンセンな感じがします。

大沢ぴかぴ

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