花樣方言 7姉妹

2016/09/27

7姉妹日本にはオタクの大臣がいたり、首相がスーパーマリオになったり、領事がケロロ軍曹のファンだったりと、相当なものですが、ノルウェーの首相(女性です)はゲーマーとして有名で、訪問先のスロバキアの街なかで随行員やら報道陣やらぞろぞろ引き連れてポケモンGOをやりました。

ポケモンの劇場版アニメにはノルウェーの景観を舞台として使った『氷空の花束』(2008年、第11作)というのがあって、これは『アナと雪の女王』以上にノルウェーの雰囲気がよく出ていると思います。フィヨルド観光の玄関口であるベルゲンから始まって登山列車で山を越えて、フロムから船に乗り換えてフィヨルドへ。実際と全く同じ道筋をたどって、見る人を物語の奥深くへと引き込んでいきます。途中、セブン・シスターズの7筋の滝あり、そして終着地にはヨステダール氷河あり。アナ雪でも、城の背景にあるのがどうもセブン・シスターズの滝っぽいのですが…、さて、セブン・シスターズ=7人の姉妹という地名は、香港にもあります。

ノースポイント(北角)とクォーリーベイ(鰂魚涌)の間がかつての客家人の村「七姊妹村」で、20世紀初頭に埋め立てられて現在は七姊妹道という道路名と、そこにある郵便局にのみ、その名を残しています。面白い地名なので香港ではたまに話題になります。義理の姉妹としての契りを立て(金蘭之交)、死ぬときはみんな一緒、一生お嫁には行かない(寧死不嫁、自梳)と誓い合った7人の少女たちのうち1人が強引に結婚させられたため全員が海に身を投げて自害して、7つの岩「七姊妹石」に変わった、というのが由来ですが、もちろんウソにきまってます。…というか、ユメを壊すようで申し訳ないですが逸話や伝説はあとから生まれるもの、というのが常ですから。背後の切り立った山の急斜面を流れ落ちる、滝にも似た水流の数を数えてみたことがあります。8筋ありました。昔は、7筋だったかもしれません。高層建築のなかった2百年前、ヨーロッパ人が来た当時、船からの眺めはなかなかの壮観だったと思います。

「七姊妹」は、「七子梅」など別の字もあるので、語源俗解である可能性があります。7姉妹という地名は、アメリカ、カナダ、オーストラリア、インドなど、かつて英領だった地域にはだいたいあって、また、火星にもあります。たいがいは7つの岩や山などが連なった景観の良い所。ノルウェーには滝のほかに有名な7連山もあり、モスクワでは7つの高層ビルが7姉妹と呼ばれます。イギリスでは、イギリス海峡の白い崖と、そしてロンドン市内の一地域にこの名前があります。ロンドンのセブン・シスターズは昔、シンボルとなる大きな楡の木が7本あったそうですが、この場所はヨークシャーへ通じるローマ街道が通っていたことで有名で、そうなるとなおさら、ギリシャ神話のプレイアデス7姉妹を思い起こさずにはいられません。末の妹が、神でありながら人間と結婚したため不死身でなくなり死んでしまって、そして姉妹全員が星になった、という話。プレイアデス星団(和名、すばる)の7つの星です。実に、香港の7姉妹に通じるような話ではありませんか。ヨーロッパ人が7姉妹と名付けた、あるいは誤解、曲解、連想、類推…した7つの岩(か、滝)に地元民の価値観風習がコラボして逸話が生まれた、という流れではないでしょうか。

客家人は北方からの移住民であり、あちこちにちりぢりばらばらに住んだため、娘の嫁ぎ先はたいがい遠隔地となりました。幼馴染みとは二度と会えなくなるかもしれないので、嫁ぐときには大いに泣いた、という話を実際、客家のおばあさんたちから聞いたことがあります。客家の女子にとって、かつて婚姻は悲しい別れの儀式でもあったのです。ちなみに、ノルウェーの滝7姉妹の近くには「婚約者」という名前の滝があります。ヨーロッパで「7姉妹」と来れば、そのココロは常にプレイアデスなのでしょうね。文化的記号というやつです。

香港の、やはり埋め立てで消えた地名に葵涌の酔酒湾というのがあって、英語名はジン・ドリンカーズ・ベイ。新界租借当時の地図(1898年)からすでにこの名前です。ジンといえばオランダの国民酒ですが、これが伝来した後の19世紀のイギリスでは貧乏人の飲む低級な酒という著しい負のイメージになります(もちろん今は違いますが)。この地名の由来には、オランダ人か、あるいは当時、産業革命後のイギリスで下層階級とされた人たち、またはそのように比喩された人たち…のことが関係しているかもしれません。が、広東語では「ジン」の部分が切り取られていて、翻訳の段階で語源の意義が失われています。決して、広東語の「醉酒灣」が先でその英訳がジン・ドリンカーズ・ベイなのではない、というこの順序の「妙」が、香港の地名の面白いところなのです。

大沢ぴかぴ

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